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12-51 神蔵識村跡

 溜まる様な深い森の気配が薄まり、立ち替わる様に茹る様な日差しと生乾きのような空気が肺を満たす。

 森の木々が開けて視界に広がる廃村は昔ながらの日本の田舎と、そこから脱却しようと近代的なインフラを導入した跡が残る折衷的な有様を、時間の流れという自然の大口が丸ごと飲み込んでしまったかのような。

 かつてそこに暮らしていた人々の痕跡と今の寂れ具合とのギャップが寂寞感を助長させる。


「さすがに荒れてやがるな」


 人が住まなくなり20余年。

 大規模な事件があったとはいえ、何らかの汚染で人が住めないというわけではない。

 ただ、人間社会という繋がりから一歩距離を置く様に樹海の中に孤立して存在しているという立地が、かつての御遣いの宿のような集団以外に望まれず、また、御遣いの宿を大々的に弾圧した国の動きから、そうした場所を抑えようとする団体への監視の目が厳しくなったという事情もあってこの土地は誰にも顧みられることなく、ただ、今は誰の目にも止まらない空白地帯として地図にすら詳細を載せられることなく捨て置かれていたのだった。

 政府がある団体をカルト宗教と認定して弾圧を決行した忌まわしい場所として極々一部の人間の記憶の片隅に爪痕を残す。そんな土地だからだろうか、踏み入った黄泉路達はあまりの静けさと、言いようのない違和感に息が詰まるような錯覚を抱いていた。

 頭上を覆う枝葉よって辛うじて遮られていた真夏の陽光が容赦なく照り付ける廃墟群は主要道路だったのだろう大きく1本通った道を中心に形成されていたようで、黄泉路達の足取りは自然とまだコンクリートが残っている道の上を辿る様に進む。


「あー。くそ。理解っちゃいたが記憶も頼りにならねぇなこりゃ」

「僕なんて見覚えのない景色しかないから……」

「いやお前はここにいたのなんてほとんど物心つく前じゃねぇか」


 記憶を頼りに――とはいっても、ルカもここで暮らしていたのは5歳の頃までの話であり、面影を辛うじて残す程度の廃墟をして道案内など朧気なものでしかないのだが――先頭を歩くルカのぼやきに黄泉路がフォローする様に応えれば、ルカは呆れる様に黄泉路にツッコミを入れながら視界を脇道へと向ける。

 今歩いている主要道路こそ、当時からコンクリートによって舗装されていたお陰で今は剥げたり砕けたりしてでこぼこしてしまっていることも多いものの、未だ道としての機能は辛うじて保っていた。

 だが、ひとたび脇道に逸れ、それぞれの建物に続くだろう小道へと目を向ければ道と呼べるものは面影もなく。


「どうしたの? 歩深ちゃん」

「浮島みたい」

「――ああ。本当だ」


 かつては土を均す事で道としていただろう場所はびっしりと背の高い野草が生い茂り、道があった痕跡は傍に歩み寄ることでかろうじて読み取れるだろうかという程度にまでその役割を放棄し、脇に盛り上がった緑はよくよく目を凝らせば苔や蔦によって覆われた塀の残骸であることがわかる。

 植物の絨毯に織り込まれるように呑まれた建物が、まるで緑色の海に浮かぶ小島のようだと呟いた歩深の表現に、黄泉路も立ち止まって周囲を一瞥して納得する。


「(……僕は本当にここで生まれ育ったのか)」

「もういいか?」

「ああ、うん。行こう」


 いまいち実感が薄いまま、自然と時間の流れの雄大さに言葉もなく立ち止まっていた黄泉路へと、立ち止まって待ってくれていたらしいルカが声をかける。

 時間に差し迫られているわけではないが、たしかにこうして時間を無駄にしていてもいいことはない。

 歩深が同行している事で次回からの移動には困らないだろうが、だとしてこの調子では調べる場所を選定するだけでも日が暮れてしまうだろう。


「……」

「……」


 歩き出した3人の足音だけがざり、ざりと音を立てる。

 あれだけ聞こえていた蝉の声が、近くの野草が風に揺れる音に溶けるように遠くに聞こえ、その違和感が黄泉路達の深層にじっとりと負荷をかけるようで。

 3人は無言のまま周囲の気配を探る。

 ルカは自らが掌握する速度の差から周辺から浮く程の動きがないことを理解し。

 黄泉路は魂を知覚することで周囲に野草以外の生命が存在しない事を理解し。

 歩深は研ぎ澄まされた五感や、その他熱感知や空間把握から周囲が静止した世界であることを理解する。


「……誰かの仕業?」

「どうだろうな」


 黄泉路が警戒を表に出しすぎない程度に緩んだ仕草で小さく問いかければ、ルカは遠くへ視線を投げながら答える。

 首を傾げる黄泉路に、ルカはややあってから、言葉を纏める様にしつつあくまで印象だと念押しした上で現状に対する解釈を口にした。


「――俺は、なんていうのか……。縁さんの力が残ってるんじゃねぇか。って。そんな感じがする」

「上代縁の?」

「ああ。お前は覚えちゃいねぇだろうが、この村はいつだって縁さんに護られてた。奇跡って言う精神的支柱、信仰の依り代って意味だけじゃなく、実際に奇跡っていう有形無形の力で、この村は守られてた。俺はこの空気を知ってる気がする」


 時間が止まったような。世界から切り取られている様な不思議な静寂。

 それはまるで、外界からの干渉を拒絶するかのような。そこまで考えて、ふと、黄泉路は浮かび上がった疑問を口にする。


「……もし」

「あん?」

「これが上代縁の残した奇跡の残滓だったとしたら、何の意味があるんだろう」

「……」


 黄泉路の声で出された疑問はルカも抱いていたものだ。

 それ故、回答を持ち合わせていないふたりは黙り込んで、周囲の静寂に溶ける様な足音だけが小さく鳴る。

 既に村の入り口を過ぎて暫く経ち、剥がれ落ちた看板、崩れた屋根瓦の残骸を避けて村の中央を目指す。


「この辺はまだ見覚えがあるな」

「村役場、で合ってる?」

「ああ」

「こっから向こうに行けば病院……この村の規模で言えば無駄にデカい方だな。ほら、あの建物だ」

「……ボロボロ」


 ルカの記憶では村の中央にある役場前の広場から続く道は村の主要施設へのアクセスに使っていたため、まずはここを目指していたことは正解だったのだろう。

 指差した先の遠方、森にほど近い村の外周付近に立つ大きな建物に焦点を合わせて目を細めた歩深が率直な感想を述べれば、大人組であるルカと黄泉路は思わず苦笑してしまう。

 ここまでの道でまともに形を残していたものは家屋や商店だったものらしき建築物の外観程度で、少し覗き込めばその内装は動物に有らされたのか、それとも村が消えた(・・・)際の騒動でそうなったのか、割れ放題の窓ガラスから入り込んだ風雨や植物で荒れに荒れており、遠くに見える病院跡などは遠目でも外観でまだそうと判別がつくだけマシだとすら言えた。


「どうする?」


 ルカの、自分たちの産まれた場所に寄ってみるかという意味を含んだ問いかけに、黄泉路は少しだけ悩む様に沈黙してから首を横に振る。


「今はいいや。それより、御遣いの宿の本拠地はどっちにあるの?」

「あっちの坂道を登ってった先だな」


 ルカが改めて示した方を見れば、コンクリートの剥げた主要道路が緩やかに隆起した坂道が続いていた。


「歩深ちゃん」

「――何? 死なない人」

「病院が気になるの?」


 先へ進もうとしていた黄泉路達からはぐれるように、病院を見つめたまま立ち尽くしていた歩深へと黄泉路が声をかける。

 すると歩深は一瞬不思議そうな顔をした後、ふるりと首を振ってなんでもないという風に黄泉路達の方へ歩み寄った。


「気になるなら、後で見に行こうか」

「うん」


 坂道を上る。傾斜自体は非常に緩やかで、時々道の脇に段になった畑の跡らしきものが残る道は進めば進むほどに民家がまばらに、入れ替わる様に自然が多くなってゆく。

 やがて、坂道のコンクリートが完全な土と雑草へと取って変わった頃。


「あれが御遣いの宿の施設……」

「ああ。縁さんの住居も兼ねてた集会所ってのが近い――待て」


 白く、中央の円錐型の屋根の建物から左右に伸びる様に長方形の建物が融和したような洋風の、邸宅と呼ぶにはやや大きく、施設と呼ぶには聊か小さい構造物が見え始めたタイミングで、道の真ん中でルカが静止の声をかける。

 同時に、黄泉路もルカの呼び留めた意味を理解して足を止め、しかし、すぐにその顔に困惑が浮かぶ。


「分かってると思うが――」

「何で……」

「おい、聞いてんのか。いや、おい! 待て!!」


 困惑のまま、その中に宿る驚きと期待、不安がない交ぜになった状態で駆け出した黄泉路の背後でルカが声を張るのが聞こえる。

 歩深すら置き去りに衝動的に駆けだしてしまった黄泉路は坂道を駆けあがり、そして――


来たか(・・・)迎坂黄泉路(・・・・・)

「なんで。どうして、ここにいるんですか。リーダー(・・・・)


 御遣いの宿、その本拠地の門の前で黄泉路を待つように立っていた中年の男性、神室城斗聡(・・・・・)に対し、纏まり切らない混乱したままの想いがそのまま口に出たような問いを口にするのだった。

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