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12-49 同郷2

 ルカの真剣な眼差しに黄泉路は居住まいを正す。

 別室に移ったふたり分の気配が近づく前にと、僅かに自身を急かす様にルカが条件を口にする。


「条件は2つ。ひとつ、おふくろと涼音を関わらせるのは今日限りにしろ。ふたつ、御遣いの宿の本拠地跡には俺も連れていけ」


 提案された内容に黄泉路は僅かに首を傾げてしまう。

 どちらも念押ししてまで求める様な条件には思えない事もそうだが、前者はともかく後者の意図が読めず、黄泉路はちらりと部屋の外へと意識を向け、まだ涼音がルカの母親に声をかけて動き出そうとしているらしいことを知覚しながら問いを向ける。


「それは構わないけど、でも、ついてきたいっていうのは?」

「……なんて言えばいいんだろうな。運命なんて言葉は好きじゃねぇけど、巡り合わせっつーのか。この機会を逃したら、俺はこれからも一生逃げて生きていくんじゃねぇかって嫌な確信があるんだよ」

「逃げて――」

「おふくろは元御遣いの宿の信者。俺は宿の能力児出生実験(・・・・・・・)――神の子計画(・・・・・)で産まれた成功例だ」


 実験という直球の物言いに黄泉路が絶句してしまうと、ルカは気にするなという風に首を振り、


「そんな経歴だからな。一か所には留まれねぇし、女手ひとつで俺を抱えなきゃならなかったおふくろの苦労だって――」


 言いかけたところで、言葉を切る様にコップを口につけて冷えたお茶を飲んだ。

 そのタイミングで丁度涼音が開けた扉の音が微かに響き、リビングに再びルカの母親と涼音が顔を出す。


「どうしたの? さっきは出てけって言ってたのに」

「……事情が変わった。おふくろ、悪いが、俺の産まれた場所について教えてくれ」


 戸惑いがちに声を掛けた母へと、ルカは平坦な声でテーブルに置かれた写真を向けながら告げると、涼音が首を傾げながら写真を覗き込む。


「ふっるい写真。それがどうしたのよ」

「おふくろならこの写真に写ってる奴が誰かわかるはずだ」


 同じく写真を覗き込んだ瞬間、眼を見開いて固まってしまっていたルカの母親がその声に反応してハッと我に返る。

 だが、視線は相変わらず写真に吸い寄せられるようにしており、その眼には懐かしむような色と、それ以上に恐れにも似た感情がありありと浮かんでいた。


「この写真、どこで……?」

「僕の父が遺した物です」

「道敷さんの――」

「そこに写ってる場所に行きたい。おふくろなら知ってるだろ?」

「それ、は……」


 僅かに震えた声は、彼女の内心を表しているかのようで。

 黄泉路は申し訳ない気持ちになりつつも成り行きを見守っていると、涼音が苛立った様子で割って入った。


「ルカあんたねぇ。急に席外せって言ったり戻れっていったり、あんまおばさん困らせてるんじゃないわよこのイトクズモ!」

「微生物ですらねぇモンに人を例えんじゃねぇよ。っつかお前は関係ないだろ」

「関係ないからこそ言ってるんじゃない。ルカがその写真の場所を突き止めたい理由は? おばさんが辛そうにしてるのに無理してでも聞かなきゃならないことなんでしょ? だったら猶更ちゃんと話なさいよ」

「……」


 喧嘩というには一方的に捲し立てた涼音の言葉に沈黙してしまうルカに、びっくりして言葉を無くしてしまっていた母親が呼吸を落ち着ける様にしながら口を開く。


「遼のことだから。きっと、ちゃんとした理由があるんでしょ?」

「ああ」

「それは言いづらいこと?」

「違う。……ただ、おふくろに嫌な事を思い出させる話だから」

「なんだ。そんなこと」

「そんなことって何だよ。こっちは真剣に――」

「息子が親の心配なんてしてるんじゃないよ。大丈夫、遼も、それに―-神子様(・・・)にも関係があることなんでしょ?」


 息子を案じる母親の眼差しにルカが言葉を詰まらせる。


「それについては僕が説明します」

「――おい」

「元は僕の用件だから、全部ルカさんに話させるのも誠実さに欠ける、でしょ?」

「……わかった」


 頷いたルカから話題を引き継いだ黄泉路はこれまでの事を――自らの出自を追い、我部の監視下にある病院に軟禁されている母と再会し、父の行方を追って手記と写真を手に入れた事。

 これまでの情報から、我部という男が何かを企んでいるかもしれないという嫌な予感に突き動かされて、何か少しでも手がかりを求めて藁にも縋る想いでやってきたことを話す。


「行った所で何の手がかりも残ってないかもしれない。だけど、何も行動せずに時間が過ぎるのを待つだけなのは嫌なんです。お願いします。知っている事を話してください」


 そう結んで下げられた黄泉路の頭を、ルカとその隣に腰かけた彼の母親は無言で見つめていた。

 少なくとも、黄泉路が真剣に進んできたことは理解でき、また、その境遇がふたりにとっても理解しやすい――いうなれば同類としての親近感すら抱く内容だったことも、その沈黙を助長していた。

 涼音は若干胡散臭い顔で写真に写った若かりし頃の我部を睨みつけていたが、当事者であるルカやその母親が真剣に受け止めている様子を見てしまえば口を挟めるはずもなく。

 同じく蚊帳の外だろう白髪の少女へとちらりと視線を向ければ、話の中身を理解しているのかいないのか、ジッと自身の前に置かれたコップの表面に浮いた水滴を見つめていた。

 ややあって、気持ちに整理をつけたらしいルカの母親がゆっくりと口を開いたことで沈黙が破られる。


「……事情は理解しました。我部さんとはあまり接点はなかったけど、神子様が嘘をついているとは思えないし」


 ふぅ、と。深く息を吐いて目を閉じたルカの母親は自らの息子へと顔を向ける。


「それに、もう私も逃げるのに疲れちゃったわ」

「おふくろ……」


 自身を見つめる自らの母の表情にルカはそれ以上言葉を続けることが出来なかった。

 支えようとした親の疲れを隠せなくなっている顔。それをどうにかしたくて、自らの能力を駆使して裏の仕事もこなして。経済的にはマシになったはずだった。

 にも拘らず、取れることのなかった精神的な疲れからくる仄かな暗さを奥に秘めた表情。それが拭えるかもしれないと、ルカは小さく頷くことで母に話を促した。


「私は、御遣いの宿の信者という訳じゃなかったけど、本拠地があった場所なら知ってるわ」

「――!」


 端的に口にされた結論に、黄泉路は思わず息を呑む。

 信者であった両親が知らなかった本拠地の場所をどうやって知ったのだろうか。信者でないとするならばどうして今も逃げる様な生活をしているのだろうか。

 疑問は尽きないが、それを言及するわけにもいかず、黄泉路がただ黙って続きを待っていると、そうした疑問が多少なり所作に出ていたのだろう。ルカの母親は昔話でもするかのように静かに口を開いた。


「夫がね。熱心な信者だったのよ。本人は自分も能力者だからなんて言ってたけど、遼の力を見てきた私からすれば、夫の能力なんて常人に毛が生えた程度の可愛いものだった」


 彼女の話しぶりから、ルカの父は典型的な【速度強化】能力の持ち主だと察しつつ、確かに、ルカの持つ能力と比べてしまうと天と地ほどの差があると言われれば納得してしまう。


「……でも、当時で見ると能力の強弱なんてあまり関係なかったのかな。皆総じて弱かったし、常人の延長線上にでしかなかったから。明確に違ったのは、神の子計画で産まれた子供たちくらい」

「僕やルカさんを作ったっていう……?」

「そう。どちらかといえば、貴方を作るための計画(・・・・・・・・・・)と言った方が良いかな」


 自身を見つめる視線に含まれた感情がなんであるか、黄泉路には分からない。

 ただ、それが自分にとって悪いものではなく、ただ、彼女の中で整理をつける為のものなのだろうとわかる様子に、黄泉路は無理に話を促すこともできないでいた。


「……おやじとおふくろの馴れ初めは良いけどさ」

「ああ、そうね。話がそれちゃったわ。……とにかく、遼を身籠った頃に子育てと出産にいい環境があるって夫に誘われて神蔵識村(かむくらしきむら)に移住した」


 具体的な名称の登場に、いよいよ話が核心に近づいたことに室内の音量がぐっと小さくなったような独特の静けさが横たわっている様に感じられる中、これまで静かにしていた歩深が首を傾げる。


「神蔵識村……?」

「歩深ちゃん、どうしたの?」


 隣に座る歩深へと声を掛けた黄泉路に、歩深は自分でも何が引っ掛かっているのかわからないという様な表情で首を傾げたまま、やがてふるふると小さく首を横に振る。


「ん。何でもない」

「そう? ……すみません、話の途中で」

「気にしないわ。私も、あまりこの話題をするするととはいかないから」

「すみません」


 辛い記憶を掘り起こしながらも話をしてくれるルカの母親に頭を下げると、殊更申し訳なさそうな目で黄泉路を見つめた後、彼女は再び話を戻す。


「移住して、夫と同じ能力者ばかりの村で遼を産んで。同じような境遇で共同で子育てをする環境に助けられたのは確かね……遼が3つくらいの頃だったかしら、道敷さんもお子さんを産んで、それから村が俄かに活気づいたのは覚えてる」

「奇跡を持つ子供が産まれたから?」

「神子様は覚えてないかもしれないけど、貴方は産まれた時から他の子とは明確に違っていたから。すぐに村中に話が広がって」

「……」

「それから2年くらいだったかな。遼が5歳くらいのときだったから、あの時の事は遼も覚えてるでしょ?」

「――ああ」


 話を向けられたルカが心底忌々しそうに眉を顰めながら母親の話を引き継ぐように口を開く。


「山に囲まれた閉鎖的な村に武装した大人が大勢押しかけて、テロリストでも鎮圧する様に反抗する奴らを見せしめにしながら村を練り歩いた。そんときにはもう俺も能力を使えたからな。おふくろを連れて騒ぎに乗じて山の中を抜けて。……一丁前に足止めなんざ買って出たおやじとはそれっきりだったな」


 ルカの口振りは幼少期の壮絶な経験を不快な記憶程度にまで昇華したもの。

 同情は要らないとばかりにコップのお茶を喉に流し込んだルカは話を雑に畳む。


「ま、そんなわけで、それからは元御遣いの宿関係者だってバレない様に各地を転々としながらって感じだ」

「父さんの代わりに私を守るって言ってくれてた頃の遼は可愛かったわね」

「……うるせぇよ」


 話題が峠を越えたからだろう。多少の余裕を取り戻したらしい母親にからかわれたルカはぷいっと顔を逸らす。

 そんな息子を微笑ましく見つめたルカの母親は静かに息を吐く。


「そういう訳でね、信者の手で村を出たわけじゃないからあの村がどこにあったのかを知ってるの」

「教えてください。僕はそこに行きたい。手がかりはもうないかもしれないけど、それでも」

「ええ。……岾梨県国中地方興府、その山の中に、あの村はあったわ」


 所在を口にした彼女はそのまま、黄泉路の顔を見据えたまま深く頭を下げる。


「遼のこと、お願いします」

「――はい」


 彼女の前でルカが同行するなどという話は一切していないにも関わらず、見透かしたように言い当てた母親の洞察力に一瞬瞠目したものの、黄泉路は深く頷いた。


「……おい涼音」

「はぁ? 私は何もしてないわよ」


 会話の内容を聞かれていたと思ったルカがじっと涼音を見据えるが、心外だとばかりに涼音が鼻を鳴らせば、どうやら本当に直感のみで推し当てていたのだと理解したルカは母親の顔を見て嘆息する。

 もう隠し事にする意味もないと開き直ったルカが黄泉路にいつ頃向かうのかと予定のすり合わせを始めれば、自身を同行させないつもりらしいと悟った涼音がルカをジッとにらみつける。


「涼音、何かあったらおふくろを頼むな」

「……はいはい」


 とはいえ、ルカに真正面から頼まれてしまえば、その重要性を理解している涼音としては頷かざるを得ない。

 話し合いを終えた黄泉路達が見送りに出た面々に振り返りながら玄関先で別れを告げる。


「じゃあ、当日になったら迎えに来ます」

「おう」


 既に隣では歩深がいつでも転移できるようにと手を握って待っており、自身を見上げてくる姿に、ふと黄泉路はルカの母親へと声をかける。


「そうだ。最後にひとついいですか?」

「何でしょう?」

「“水端”って苗字に心当たりはありませんか?」


 口に出したのは歩深の苗字について。

 ルカと同じ、自分と同じ年代の強力な能力者で我部に目をつけられていた歩深はもしかするとこの件にも関係があるのかもしれない。そう思い立ったが故の疑問だったが、ルカの母親は考え込む様に目を伏せた後に緩やかに首を振る。


「……どうかしら。どこかで聞いたことのある様な気もするんだけど……ごめんなさいね」

「いえ、こちらこそ唐突でした。それでは」


 自身の名前の話題に首を傾げていた歩深に声をかけ、黄泉路達は今度こそルカの家を後にするのだった。

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