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12-48 同郷

 ◆◇◆


 黄泉路が人探しを依頼してから3か月が過ぎた7月の終わり。

 世間では既に夏の盛りを迎え、例年を上回る酷暑にメディアが警鐘を鳴らし、同時に、大型建造物を中心に東都の復興が目に見える形で目まぐるしく進む光景が連日に渡って世間を賑わせていた。

 大胆な都市再開発計画の側面を持って進行されている東都の復興は世界の関心も高い。

 工程の多くに能力者や能力使用者が建設業者など専門家の指示の下に運用され、本来であれば数か月から数年はかかるであろう大規模工事が数週間としない内に完成していく様子は世界に大きな衝撃を齎していた。

 また、能力者と共存した都市という、ひとつ上のステージに踏み込んだ復興後の都市コンセプトに明確なヴィジョンを示す様なそれらの光景が世界へと発信されると、各国から少しでもノウハウが欲しいと機を見た実業家や政府関係者が連日訪れては東都の視察や関係者との会談に精を出し、その結果として日本は大規模テロによって首都が壊滅状態になったとは思えないほどの好景気に沸き立っていた。


 ……とはいえ。

 黄泉路が現在居るのは、そうした喧騒の中心たる東都――関東圏からやや遠い東北。

 石出県の山間にある町の外れであり、ここまでくるとそうした世間の騒がしさはひとつ壁を隔てた向こう側のものへとなり下がる。

 交通量もさほど多くなく、そもそも住宅地であるという点から日中の人の往来も稀という、どこにでもある閑散とした街並みを前に、地元の若者というにはやや垢抜けた着こなしの淡い色合いのシャツとジーンズ姿の黄泉路――それから、つばの広い麦わら帽子を被り、裾が広がり一見するとスカートの様なシルエットに見える紺のワイドパンツにベージュのブラウスを合わせた、背に届く程のすらりと伸びたストレートの白髪を靡かせた歩深の姿すらさして目立つことなく存在していた。

 これが東都であったならば黄泉路は当然のように顔を隠す工夫をしていただろうし、歩深も髪を目立たせないための工夫を凝らしていただろう。

 そうしたわずらわしさがない分だけ自由であるとはいえ、真夏の茹る様な暑さだけは全国共通とばかりに路地の先のコンクリートの道の景色を歪ませていた。


「……證司(あかしし)、ここだね」

「チャイム、押す?」

「お願いできる?」

「うん。歩深は出来る子なので」


 黄泉路達が並び、正面に見据えた一戸建ての住宅にピンポーン、という電子音が響く。

 家の外観自体に不自然なものはなく、どこにでもある――強いてあげるならば片田舎の街であるにも関わらずやや敷地が狭く、少人数家族向けの物件であろうということくらいだろうか――2階建ての家から感じる気配は3つ。

 そのひとつがとたとたと玄関までやってくると、警戒もなく扉を押し開けた50代に乗ったかどうかという程の女性は来客の若さに驚いたように僅かに目を瞠る。


「……どちらさま?」

「はじめまして。こちらに――」


 黄泉路が用件を告げようと口を開いた所で、女性の背後からどたどたと慌ただしい音が響くと、続いて女性と扉の間に体を割り込ませるようにして黄泉路達の前へと立ちはだかった少女が口を挟んだ。


「いらっしゃーいいい! おばさん、この人たち、ルカ(・・)の友達、ね!?」

「……」


 飛び出してきた少女――かつての共同戦線の際には通信役として過不足ない働きを見せた、裏の社会では【潮騒】として知られる海張(うなばり)涼音(すずね)の必死過ぎるフォローに、黄泉路は静かに頷くのみで調子を合わせると、最初に応対に出た女性は勢いに驚きながらも一旦は知り合いらしいと疑問を飲み込んだようだった。


「そう。息子は上に居るから、涼音ちゃん、呼んできて貰っていい?」

「は、はーい」

「外は暑いでしょ。上がっていくなら麦茶くらいなら出せるけど」

「すみません、突然の訪問で。どうしてもルカに会わなきゃいけない用事があったので。あがらせてください」


 突然の見知らぬ来客とはいえ、礼儀正しい少年が頭を下げ、隣の少女も――奇抜な髪色をしているとはいえ――丁寧に頭を下げる姿は女性の不信感を払拭するには十分であった様子で、ふたりを迎え入れる。

 扉を潜れば、山間部の夏特有のむわっとした熱気と風に染みついた草木や土などが交じり合ったような匂いが途切れ、肌を撫でる様な冷やされた空気が黄泉路達を出迎えた。


「今お茶を――」

「おい」


 リビングに通され、テーブルに座ったふたりへと女性がお茶を出そうと動き出したところで、開けられたままだったリビングの扉から素タガを現した青年が低くドスの利いた声が黄泉路の背にかかる。

 黄泉路が振り返れば、どうやら寝起きであったらしくボサボサの髪をかきながらも、それでも仄かな敵意を孕んだ目が自身を睨みつけていた。


「久しぶり。って言ったらいいのかな。ルカさん(・・・・)

「……何の用だ」


 かつて、この地で覚醒器の密造と密売に携わっていた極道への捜査を行った際、用心棒として相対し、その流れで新興の能力宗教団体であった憂世解放会を壊滅する為に共闘したことのある孤独同盟(アライアンス)の青年。明星(あけぼし)ルカ。

 黄泉路の記憶の中にあった顔立ちそのままだが、よれたジャージ姿に寝ぐせのついた姿はだらしない青年という印象を強く抱かせる。

 そんな青年であれど、孤独同盟の中でも指折りの能力者であることに変わりはない。

 くだらない用事だったら叩きだす、そう主張する様な声音に、黄泉路はちらりと自身と歩深の前に麦茶の入ったグラスを置きながら意識の外に徹しているルカの母親を見やってから端的に答える。


「“御遣いの宿(・・・・・)”について、話を聞きたくて」

「――!」

「ッ!?」


 ハッと息をのむ音。それはルカの口から洩れたものではない。黄泉路達にお茶を出し、その後台所へと戻ろうとしていた女性から漏れた声音に、黄泉路はやはりかと小さな確信を抱く。

 同時に――


「お前」

「話、聞いてくれる気になりましたか?」

「……チッ。おふくろ。少しの間涼音と席外しててくれ」

「いいんですか? ルカさんのお母さんも、関係者なんじゃ?」

「良いんだよ。おふくろにもうあんなのに関わらせたくねぇ」


 極限まで眉を顰めたルカに促され、表情を無くすほどに狼狽した母親が逃げる様にリビングの外へと歩いて行く。

 そんな背中を見送るようにしながら、黄泉路は口を開いた。


「先に言っておくと、僕も関係者だ。興味本位で調べたわけじゃない」


 すっと、取り出した手帳をテーブルへと置く。


道敷(・・)出雲。それが僕の本当の名前。……聞き覚えない?」


 黄泉路の父が残した手記がルカの意識を引寄せ、未だ、リビングの音が届く範囲から脱していなかった彼の母親の耳にも、黄泉路の言葉は耳に溶ける様に自然に聞き取れてた。


「みち、しき――」


 バッと、表情を失っていたルカの母親がリビングの方へと振り向いて、今度こそまじまじと黄泉路の顔を見つめて、やがて何かに気づいたようにハッとなる。


「似てる、けど、年齢が合わない――どうして、今更……」

「おい! おふくろ、早く出ていけ!!」

「でも、(はるか)、その子は」

「いいから!!」


 怒鳴るようなルカの言葉にびくりと肩を揺らしたルカの母親。ややあって落ち着きを取り戻したのだろう、黄泉路をじっと見つめながらも、今は息子のいう事に従おうと思ったのか、今度こそリビングの扉を閉めて気配が2階へと移ってゆく。


「……お前が本当にあの道敷出雲(・・・・・・)だとして、今更何の用だ」

「この手帳は、数か月前に亡くなった父が遺した物です」


 黄泉路は手帳の表面をなぞり、それから適当なページを開いてルカへと見せる様にしてからこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。

 魔法使いの言葉から自らの出自を洗い、御遣いの宿で神子として遇されていた事実を突き止めたことを。

 そして、さらに深く知るためには、御遣いの宿の本拠地があった場所を知る人物の協力が必要であり、その為にルカの力を借りたいのだと正直に告げる。


「解放会で共同戦線を張った時。ルカさんが強く反応して自分の手で仕留めたいと言っていた人がいたことを思い出したんです」

「……それだけで、俺を探し出したのか?」

「母の口からも重枝という名前が出てましたし、少なくとも、僕よりは事情を知っている人間だと」

「……はぁ」


 ルカは大きくため息を吐くと、一言断ってから黄泉路から手帳を受け取り、パラパラと読み進めて納得したように手帳を黄泉路へと突き返した。


「お前があの神子サマだってのは確信した。ルーツを辿りたいって話もな」

「じゃあ」

「だとして、俺に何のメリットがある。俺はおふくろに堅気の仕事をしてるって説明してる。見ただろ。おふくろもお前の両親と同じで御遣いの宿が潰されてから必死に隠れてきたんだ。それを掘り起こされてまで、俺がお前に協力してやらなきゃならない理由は?」


 あくまで淡々と。怒りが閾値を超えたわけでも、一周回って冷静になったわけでもない。ただ、条件をすり合わせる様な冷徹さを以って激情を押し隠している今のルカは、正しく裏社会を渡り歩いてきた歴戦の能力者であった。


「脅すつもりはないけど、まずひとつめとしては、僕の伝手でも居場所を突き止められたっていう事実。僕が襲撃者や敵対者じゃなくて良かったって事で納得してほしいところだけど」

「……まぁな」


 ルカは母親を守りたい。その為に身を隠す様に拠点を変えて潜伏しているにも関わらず、黄泉路がその居場所を探し当てたことはある意味幸運であったことは、ルカ自身も納得できるものであった。

 これが敵対者や無理にでもルカを働かせようという人間であれば、今ある平穏も母の安否も脅かされていたのだから。

 小さく相槌を打ち、まさかそれだけじゃないだろうと促すルカに、黄泉路はすっと、手帳の末尾に挟んだ写真を取り出してルカへと見せる。


「ふたつめ。現在の国の能力利権、それから東都復興に紛れた怪しい大型建造物の噂。そのどちらの中枢にも、我部幹人がいる。……この写真を見て、その事実が物凄く意味のある事のように思えて。確かめずには居られなかった」


 裏面に久瀬能力研究室出向メンバーと書かれた古い集合写真を、その中のひとりの顔を見たルカは、射殺さんばかりに写真を睨みつけ、


「……はぁ。クソッ。――涼音! おふくろをつれてきてくれ!」

「ルカさん?」


 上階へ響かせる様に声を張ったルカに、黄泉路は一瞬驚いたように眼を開く。

 隣で麦茶を飲んでいた歩深が僅かに上階へ意識を向ける様に目を向ける中、


「いいぜ、わかった。乗ってやろうじゃねぇか」


 ルカは何かを決心したような、写真を睨みつけていたのと同じ鋭さを持った眼差しを黄泉路へと向けた。


「ただし、条件がある」


 上階からする物音が近づいてくる前にと、ルカは黄泉路を見据えながら有無を言わさない調子でそう告げるのだった。

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