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3-16 夜鷹の蛇1

 黄泉路が三肢鴉・夜鷹支部の正式なメンバーとなってから早1ヵ月。

 あの新人研修が終わってからというもの、黄泉路は生活拠点を地下へと移し、支部内に宛がわれたエージェント用の宿泊スペースで寝起きをしていた。

 これは単に、黄泉路が正式なメンバーとなった事でお客様気分から脱却しなければと自発的に申し出た事でもあった。

 朝、というより、目覚ましの時刻どおりに起床した黄泉路は部屋に備え付けられている洗面所で洗顔を済ませ、カガリが町で用意してくれたジャージへと着替える。

 1ヶ月の間に叩き込んだ脳内地図を辿って迷うことなく暁の間の隠し出入り口から旅館の方へと顔を出せば、そのまま中庭の方へと向かう。

 日も昇ったばかりという早朝にもかかわらず、中庭にはすでに誠の姿があった。

 とはいえ黄泉路もこの1ヶ月ですでにその光景にも慣れてしまっており、サンダルへと履き替えて中庭へと出て誠へと声をかける。


 「おはようございます、誠さん」

 「ああ、おはよう。黄泉路君」


 朝の挨拶を交わし、黄泉路はそのまま誠の指示に従って庭の手入れを手伝い始める。

 これは黄泉路がただ住まわせてもらっているだけでは申し訳ないと提案した事で、現在では黄泉路は【夜鷹の止まり木】の住み込み従業員として扱われている。

 誠の黄泉路に対する敬語が外れているのもそのためだ。


 「それでは今日も励んでいきましょう」

 「はい、よろしくお願いします」


 誠の指示に従って庭の手入れをはじめた黄泉路は、ここ数日で少しばかりは手慣れてきた様子で水を撒きながら、枝葉に虫がついていたりはしないかと見て回る。

 芸術品とも呼べる景色を維持するために毎日これだけの作業をしているのかと思ったのは初めの1日2日の事で、今ではすっかりそれぞれの手入れの方法や意味について納得して作業していた。

 それらの作業も午前の間には完了すれば、一般の宿泊客が目覚めてくるであろう時間になる前に黄泉路は地下に存在する三肢鴉の支部へと引き払う。

 指名手配こそされていないものの、どこに政府の目があるか分からない状態である事には変わりなく、匿われていると言う現状を鑑みれば人目に触れない事に越した事はない。

 また、オフシーズンの平日中に明らかに成人していないだろう、見ようによっては中学生にも見える少年が昼間から働いている姿は要らぬ詮索を生みかねないとの配慮でもあった。

 中庭での植物の手入れは思いの他体力を使う様であったが、全く堪えた様子のない黄泉路はそのまま自室で昼食を済ませれば、ついこの間能力測定を行った訓練場へと向かう。


 「すみません、遅くなりました」

 「いえ、大丈夫ですよ」


 先に訓練場で柔軟体操を行っていた誠に声をかける黄泉路に、誠は普段と変わらない柔らかな笑みを浮かべて応える。

 実戦経験のあるカガリ、美花、誠の3名による話し合いの末、各々が空いている日に受け持つ持ち回り制で行う事が決まった護身術講座。

 それが新たなる苦行の始まりであると理解したのは能力測定の翌日、護身術講座の初日の事であった。


 「それでは、習うより慣れろという言葉もあることですし、早速はじめますよ」

 「は、はい」


 黄泉路に準備運動や体力作りの工程が必要ないことは数日の訓練の間で判明していた為、準備運動を終えた誠は気負うことなく黄泉路へと声をかける。

 やや硬いながらもしっかりとした返事を返し黄泉路は堂に入った仕草で構えた誠と正面から対峙して相手の動きを注視する。


 「では、いきます」

 「――ッ!!」


 柔らかな笑顔を浮かべたまま、素人目に見て歩いているようにしか見えない動きで、なんの警戒もしている様子も滲ませずに歩み寄ってくる誠に、黄泉路は思わず一歩後退りする。

 黄泉路は既に普段から優しげで温和な誠が、それだけではない事を知っていた。


 「おや、距離を取るのは間違っていませんが、まだまだ初動が遅いですよ」

 「ぅ……っ」

 「相手の出方を観察するのは良いですが、そういった事は後の先を取れる様になってからするべきでしょうね」


 とん、と。

 緩やかな歩みから一転、強い踏み込みによって誠はほんの一瞬で黄泉路の懐へと入り込む。

 未だ後退のために重心を後ろにずらしたままの黄泉路にとっては瞬間移動したようにすら思える緩急をつけた移動。

 呆気にとられるよりも早く、黄泉路の腕が掴まれれば、その腕を手繰ってさらに一歩踏み出した誠の拳が黄泉路の鳩尾を穿つ。


 「――ぐっ」

 「黄泉路君の持ち味はその耐久力の高さです。これくらいでひるんでいては捕まえてくださいと言っているような物ですよ」

 「……ぁ、ッ!!!!」


 身体を奔る鋭い痛みに思わず膝を折りそうになっている黄泉路に淡々と声をかけながら、掴んだ黄泉路の腕を強引に引き寄せ、誠は伸びきった腕へと膝蹴りを放つ。

 肉の中で骨が砕ける鈍い音が響き、黄泉路は思わずかみ殺した悲鳴を上げてしまう。


 「ぎ、ィ!!!!!」

 「そう、それで良いんです」


 骨が折れている事を気にする余裕もなく、力任せに振り回して拘束を解けば、肩で息をする黄泉路へと誠は緩やかな表情のままに賞賛を送る。


 「はぁ……はぁ……、ッ」

 「まずは下手な技術を身につけてしまうより、戦闘における心構えを作る事が大切です。ですから今は退く事は忘れなさい。黄泉路君の強みはその不死性、下手な回避や防御に頼らず、相手から目をそらさない、一歩も退かない姿勢を保つんです」

 「……は、い」

 「それでは、再開しますよ」


 模擬戦と言うにはあまりにも過激なやりとりの合間に丁寧な言葉でアドバイスをする、それが誠の教育スタイルであり、普段の穏やかな調子のままに行われる数々の暴力に戦々恐々としながら訓練を受ける。

 黄泉路がこの日の護身術講座を終えたのは、それから数度四肢や肋骨を折られ、硬いコンクリートの床に叩き付けられた後の事であった。

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