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12-42 親子の再会2

「……ま、こんな所だな」


 自分が覚えている限りの、恥じらいも混じって殊更これまで口にすることを憚られていた秘密の思い出を語った常群が、入り混じった感情そのものを伏せて横に置く様に結んだ言葉で出雲――黄泉路は思い出す。


「母さんが」

「……」

常群を見倣って(・・・・・・・)普通になるように(・・・・・・・・)って言ってたのは」


 幼少期。それこそ、常群が先ほど語った思い出の時期とさほど変わらない、恐らくは事件の直後にこそ教え込まれたものだろう古くぼやけた記憶から、今の自分(・・・・)に繋がる声を思い出した黄泉路がぽつりと呟けば、奈江は静かに、そして後悔する様に深く息を吐いて頷いた。


「そうよ。……でも貴方の生まれた時からの業だけは変えられなかった」

「……やっぱ、そういうことなんすね」


 なんとなく予感はあった。そうじゃないかという確信にも似た直感を黙っていた常群は、奈江の沈み込むような声に静かに首を振る。


「……幸也くんに倣う。お手本があった方がいいと思って言った言葉だったの。けれど、この子は本当に倣って(・・・)しまった」

「出雲は確かにあれ以来能力は使わなかったけど、他人(だれか)にとって都合のいい人間であろうとしてるみたいだった。どんだけ俺の趣味趣向に乗っかって流行り廃りに一喜一憂してる風でも、普通のガキみたいに成績だ恋愛だとかで周囲に溶け込んでいても、そこだけは」


 ――願いを叶えようとする(・・・・・・・・・・)性質(・・)だけは。変わっていなかった。

 それこそが今の黄泉路が根底に抱えた、他人(だれか)に必要とされていたいという、必要とされていなければいけないという気質の根にあたるものだろう。

 必要とされていなければ願いは聞こえない。必要とされていなければ、願いを叶えてあげられない。


「……それが僕の」


 無自覚――否、奈江や常群の望む様に(・・・・・・・・・・)忘れ去っていた自身の根幹。

 向き合ってしまえばこれほどしっくりくるものはなく、自身の内側で靄のかかっていた部分が一気に取り払われるような感覚に黄泉路は懐かしさを感じてしまう。

 そんな黄泉路(むすこ)を見た奈江は漸く肩の荷を降ろせた――降ろせてしまったのだと自覚して、同じく片棒を担がせてしまった常群へと向き直って申し訳なさそうな色を滲ませた、疲れたような笑みを向ける。


「幸也くんにはいつもお世話になっていたわね……」

「良いんすよ。俺だって自分で選んだ結果だ。それに、出雲(コイツ)の隣も嫌いじゃなかったし」


 片棒を担がせたという言葉ですら生温い。幼少期の過ちにつけ込んだ、ひとりの少年の人生を歪ませるに足る所業だったにも関わらず、当の常群はからりと笑って奈江の謝罪染みた笑みを受け止める。

 そのやり取りに、黄泉路はこれまでもずっと周囲に支えられてきていたのだという自覚に胸が温かくなるのを感じていた。


「……常群、ありがとう」


 常群が黄泉路の傍らに立つことで周囲からの過度な願望――言い換えれば人の善さ(・・・・)とも言える在り方を利用しようとする人物をそれとなくシャットアウトしていたことも、今にして思えば偶然ではなかったのだろう。


「気にすんなよ。俺だってお前に寄ってきた子達と仲良くおしゃべり出来て役得だったんだぜ?」

「またそういうこと言う……」


 明らかに茶化していることが分かり切った返答は、負い目からくるものか、それとも、照れ隠しだろうか。

 感謝を素直に受け取ろうとしない常群に黄泉路は呆れ交じりな視線を向けつつ淡く笑う。


「……ねぇ母さん」


 常群とのやりとりがひと段落し、話題が着地したことでできた空白を1拍おいて、黄泉路が口を開く。


「何?」

奇跡なんて(・・・・・)使わなくても(・・・・・・)いい子になるように(・・・・・・・・・)。ってどういう意味?」


 黄泉路の他人(だれか)にとって都合のいい人間であろうという――必要とされていたいという気質の本質は恐らく生来からの教育(・・・・・・・)だろう。

 であれば、その根底にある出自を知るのもまた、母親である奈江に相違ない。

 幼き日の道敷出雲が事故そのものをなかったことにした、あの日の帰りに母が口にした言葉の続きにあった文言を問う様に口にした黄泉路に、奈江は僅かに瞠目する。


「それは――」


 そこまで思い出してしまっているならばと奈江が答えようと口を開きかけたその時。


「誰か来る」

「は?」


 黄泉路は病室にやってくる際に通ってきたナースステーションの方から何者かが近づいてきている事を察して意識を切り替える。

 この時間であればだれもやってこない、その為にコネを駆使し、手筈を整えていたはずの常群は一瞬呆けたような声を上げるも、黄泉路が嘘を言う理由もない事から即座に病室唯一の出入り口に意識を向けて乱入者を待ち構える。

 魂の知覚。黄泉路が持ちうる物理的な障害を意に介さない生体探知が、迷いなくこの病室へと向かって歩を進めてくるふたつの魂を認識していた。


「……」


 音が近づいてくるにつれ、その足音からわかる身のこなしが片方は手練れのものであるとわかり、警戒度が高まる中、足音と気配が寸分たがわず病室の前で止まる。

 からから、と、ノックもなく開かれた扉。いつでも動けるように身を起こしていた黄泉路の目が、扉を開けたらしい黒髪の少女(・・・・・)の瞳とかち合った。


「いず兄……」

「憂――」


 きょとり、と。互いが瞬きひとつするほどの僅かな意識の空白。その直後、


「いず兄ーー!!!」

「うぇっぷ!?」


 もうじき20歳にもなる()の全力突撃を受けた黄泉路が肺から息を吐き切った情けない悲鳴を上げて数歩たたらを踏む。

 ここで倒れないだけ、兄としての威厳は辛うじて示せていただろうか。


「いず兄、いず兄、いず兄!」

「憂、待って、落ち着いて。倒れるから」

「あー……」


 見た目でいえば姉が弟を抱きしめてぐりぐりと全体重をかけて鯖折りを仕掛けているようにしか見えず、苦しそうな声は上げないものの困惑を隠しきれない様子の黄泉路に常群が納得とどーすんだこの状況という諦めにも似た投げやりな声で唸る。

 一瞬にして混沌とした現場を収めたのは、やはりといえばやはり、黄泉路と穂憂、ふたりの母である奈江であった。


「はいはい。憂、出雲から離れなさい。もう大人になるんだから少しはお淑やかにしないとお嫁に行けないわよ?」

「うー。だってぇー」

「だってじゃないの。ほら、出雲が困ってるでしょ。それに、幸也くんも居るんだから」

「はぁーい」


 名残惜しむ様に離れた妹――道敷穂憂(ほうき)に、黄泉路は今だ混乱抜けきらぬ様子で戸惑いながらも声をかける。


「……憂」

「お兄ちゃん?」

「久しぶり……で、いいのかな。その、大きくなったね」

「うん」


 先ほどまでのテンションはどこへやら、黄泉路の控えめな、距離感を探る様な物言いにしおらしい態度で応じた穂憂に、常群が黄泉路も疑問に思っているであろう質問をぶつける。


「……で、一応聞くけど、憂ちゃんはどうしてここに?」

「んー。なんとなく(・・・・・)? 今日お母さんに会いに行くと良いことがありそう(・・・・・・・・・)だなって思ったから」

「そんな理由で――」


 さらっと返された穂憂の答えに思わず唖然としてしまう黄泉路を他所に、常群は納得したようにがっくりと肩を落として息を吐く。


「憂ちゃんはさぁ、そういう能力(・・・・・・)なんだよ」

「――!」

「そうそう。なんていうのかな、私がこうしたいなー、こうなったらいいのになーって思うことにね、繋がる直感が働くというか。周りも目的に対して協力的になってくれたりするんだー」

「……常群も(・・・)その範疇(・・・・)ってこと?」

「ああ、そうだ」


 因果を捻じ曲げる。望んだ目的に対して最短を目指すための道を敷く能力。自身のみならず、周囲にまでそのレールを押し付けることのできる破格な能力に、黄泉路は静かに息を呑む。


「(母さんを人質に取ってまで、穂憂を手元に置きたかったのは僕に対する保険じゃなくて、穂憂の能力を知っていたからか……でも、だとして、どうして我部がそれを――?)」


 長年過ごしてきたはずの黄泉路ですら知りえなかった、穂憂の力。仮に黄泉路が離れてから発現した能力だったのだとしても、我部が都合よく発見できたことに疑問が生じる。

 黄泉路が脱走して帰宅してすぐに電話がかかってきたことと言い、まるで、最初から道敷家そのものが目をつけられていたかのような周到さ。

 目を見開いて驚きをあらわにする黄泉路に、奈江が楽し気に新たなカップを用意しながら笑う。


「憂はね、私がここに入ってからもちょくちょく見舞いに来てくれてたのよ。……あの人(・・・)も憂の手綱を完全に握ることはできないみたいで安心したわ」


 引っかかる物言いをする母と何らかの能力を行使しているらしい穂憂、どちらを優先的に問いかけるべきか逡巡した黄泉路であったが、ともあれ先に確認しなければならないことがあると口を開く。


「憂。このことは対策局は……」

「知らないよ。私用で出てきてただけで、うちは基本的に放任主義だから。尾行もないはず。ね? 葉佩さん(・・・・)

「!?」


 廊下の方へと気安く声をかける穂憂の呼んだ名に黄泉路は驚いてそちらを見る。

 確かに人の気配はふたり分あり、片方が穂憂のものだったとしてももう片方はそのまま廊下に残っていた事を失念しかけていた黄泉路だったが、視線の先、廊下に佇んだ男の姿を見て更に驚いたように目を見開いてしまう。


「久しいな」

「貴方は、地下の……」

「その件は今は話すこともないだろう。せっかくの親子水入らずだ。邪魔をして道敷――穂憂さんに殺されたくないのでな」

「っ、それはどういう」


 廊下の影に入ったことでより一層厳つく見える強面が、淡々と、しかしそれでいて遠慮する様に首を振る。

 その顔は以前、終夜グループが執り行っていた地下違法闘技場で飛び入り参戦した際に対戦者として見たものに相違なく、互いに本気ではなかったとはいえ真剣勝負としてかなりの接戦を繰り広げた徒手空拳のプロとして記憶している男のモノであった。

 葉佩(はばき)宗平(そうへい)、のちの調査の結果、国外で傭兵活動を行った末に対策局の前身、我部幹人の護衛として雇用されてそのまま対策局に所属した経歴を持つ歴戦の兵。その男が、どうして妹の護衛――しかも、態度を見るに完全に穂憂が上位に立った関係性を構築しているのか。


()ーぃーさん」

「!」


 疑問の上に疑問が積み重なる様な形で思考を巡らせる黄泉路を遮る様に、穂憂ががばりと黄泉路の両肩を掴んで無理やりに顔を自身の方へと向けさせる。


「今はそれより、もっとこう何かない? せっかくまた逢えたのに」

「でも」

「でもじゃないの!」

「う……」


 姉のようにも見える妹の我儘に言葉を詰まらせた黄泉路。助けを求める様にちらりと視線を向ければ、向けられた側である常群は小さく息を吐いて葉佩の方へと声をかける。


「んで、アンタはマジでただの付き添いってことでいいんだな?」

「ああ。無論、私用に干渉はしないし、報告義務もない」

「……ふーん。ま、いいや。信用はしとくよ」

「常群!?」

「いいんだよ。聞きたきゃ後で教えてやるさ。それより出雲、お前まだ聞きたいこととかあるんだろ? さすがに憂ちゃんがきてすぐ出て行くとは言わねーが、元々の面会時間も近い。あんま長居するとまたイレギュラーが起きねぇとも限らないからな」

「……わかったよ」


 他でもない常群にそう言われてしまえば、黄泉路としては強く反対するだけの根拠にも乏しい。

 燻る些細な疑問に蓋をした黄泉路が奈江に向き直ると同時、これ以上介入するつもりは無いという意志表示からか、背後で葉佩が無音で扉を閉めた事で室内の空気が変わる。


「……神子とか奇跡とか。どういう意味なのか。教えて」


 失われていた幼少期、その最中に見聞きした自身に纏わる意味深な言葉。そこに、刹那が口にしていた“刹那では勝てない理由(・・・・・・・・・・)”がある気がして。


「……ふぅ」

「お母さん?」


 奈江の吐き出したいつもとは雰囲気の違うため息に、黄泉路を後ろから抱きしめた状態で席に着く様に引っ張って促していた穂憂が首を傾げる。


「わかったわ。……穂憂、ここで話すことは」

「ん、んー。むずかしーかもしれないけど。幸兄なら出来るよね(・・・・・・・・・)?」

「はいはい。ちょっと待ってくれよー」


 ちらりと、期待の視線を向けられた常群が諦めたように溜息を吐いて立ち上がると、手荷物として持ち込んだ鞄から手慣れた調子で聴診器めいた端子のついた小型の機械を取り出して壁面やコンセントの差込口、植木鉢などに翳しては、鞄の中から取り出したボタンめいた小さな機械部品を置いて回る。

 ものの数分で部屋の中を見て回った常群が再び席に座って一仕事終えたと出されていたカップに口を付けた。


「防諜ヨシ。つっても、妨害されてんのは向こうも分かるだろうから、手早くな」

「……ありがとう、幸也くん」


 あまりにも手際の良い常群の挙動に驚きつつも、その原因が穂憂(むすめ)にあることも理解している奈江は小さく頭を下げると、黄泉路に真正面から向き直り、


「……これから話すことは、譲さんとも話し合って墓まで持っていこうと思っていたことよ」


 自身の息子と娘に対し、罪を告白するように口を開いた。

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