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12-37 我部幹人の■世界■■計画4

祝・500話です。

 カツカツと規則正しい足音が反響する。

 継ぎ目を見失ってしまいそうなほどの白さで統一された広々とした通路をひとりの青年が歩く。

 頭上から照らす蛍光灯の明かりが足元に作る影だけがこの空間で唯一違う色なのではないかとすら思えるほど、病的な白さが前面に押し出された道は青年にとってよく知ったものだ。


 ――東都能力解剖研究所。

 先の能力テロによって機能停止に陥った東都の名を冠して居ながらも、郊外にあったことと元々能力者を監禁する為に能力に対して剛性を持つ施設であったことから被害らしい被害を受けなかった巨大施設。

 現在では多くの職員が政府間のあらゆる分野に求められるままに駆り出されていることもあって常駐の職員は多くなく、こうして青年が歩いている最中もすれ違う人はまるで見かけない。

 それだけ職員が減って収容されている能力者達が蜂起する危険性がないのかという疑問はあるが、起きていないということはそういうこと(・・・・・・)なのだろう。

 とはいえ、それらは自身の影を見つめる様に俯きがちに歩く青年には関わりのないこと。――元は似たような立場であったとしても、それは変わらない。


「先生。お呼びですか」


 時間ぴったりに扉の前で顔をあげた青年、【“欠陥(・・)”電磁使い】渡里(わたり)悠斗(ゆうと)が扉をノックして押し開けば、先ほどまでの白一色だった通路にはなかったカーペットの暖色が悠斗を出迎える。


「よく来たね。そこへ掛けなさい」

「はい」


 システムデスクに腰かけて書類を手にしていた白髪の目立つオールバックの男、我部(がべ)幹人(みきと)が銀縁の眼鏡越しに悠斗を認めると、来客用のソファへと視線を移しながらそう声を掛けて席を立つ。

 促されるままに着席した対面へと自身も身を移した我部が腰かければ、飲み物もないまま、もてなしも不要とばかりに口を開く。


「健康そうだね。変わりはないかい?」

「はい。問題ありません……」


 世間話の様な問いかけだが、受け手の態度も相まってその様子はどこか健診のような雰囲気が滲む。

 我部も元より悠斗と世間話をするために呼び出したわけではない為、事務的に返答することで控えめに不満を表明する悠斗に対して笑みを浮かべ、


「祐理と離れているのが不満かい?」

「っ」


 子供の我儘を見る様な目で窘める様にそう口にした我部の言葉に、悠斗の眉が僅かに動く。

 お前の所為だろう、と口に出したい内心をかみ殺す様に、いつものように心の奥底に沈めた悠斗は努めて従順な態度で困ったような笑みを浮かべて頷いた。


「……僕が付いていなくて祐理が何かしでかさないか不安で」


 代わりに口に出すのは、祐理には自分が必要だという自負であり主張。

 我部は納得する様に深く頷く。だが、直後に開かれた我部の口から出た音は悠斗の主張を肯定するものではなかった。


「彼は目に見える成果が大きいからね。今は国に能力者を根付かせる大事な時期だから、彼みたいに華のある顔は引っ張りだこになるのは仕方のない事だとは思わないかい?」

「そう、かもしれませんね……」


 祐理がこの場に居ない理由。メディアへの露出をはじめ、不法能力者への撃滅、捕縛や、対策局に所属して部下となった在野の能力者や試験を潜り抜けて覚醒器を受け取ったことで能力使用者になったものの訓練など、引く手数多の現状に文字通り忙しなく飛び回っている現状を引き合いに出され、悠斗は納得する様に困り顔に笑みを浮かべたまま小さく頷いた。

 だが、我部の言葉の裏に潜んだ棘を正確に理解している悠斗の内心は酷く冷え切ったものであった。


「(確かに祐理はすごい。外に出てからだんだんと社交性も身に付いてきてるし、僕が居なくてもこうして単独で活躍できてる……だったら、僕は――?)」


 悠斗と祐理はずっと一緒だった。

 生まれた時から、箱庭の中で育った無二の親友。ともすれば肉親以上に近しい間柄で、そのことについては祐理とて異論はないだろう。

 天然の能力者の中でも上澄みに当たる強力な能力を身に宿したこともあって箱庭の中で大事に育てられてきたふたりだが、同じ環境下で生育されても個人差は出る。

 活発で好奇心旺盛、狭い世界の中でさえどこまでも自由だった祐理とは裏腹に、悠斗は隣に祐理さえいればそれで満足と言えるほどに消極的で欲が少なかった。

 だが、欲が少ない事と欲が浅いことは必ずしも一致しない。そぎ落とされた少ない欲の為にかける熱量はどこまでも圧縮されて深く、飼育動物同然の閉じられた環境にあって、悠斗は自身の担当職員などとの会話から徐々に彼らの認識を誘導し、外の知識を手に入れ、ふたりの関係を周知させていった。

 祐理は優秀だ。大気圏の内側であれば誰にも負けない程に優秀な能力を持っていた。だが、その反面精神性や性格はどこまでも幼稚で不安定な物として研究者に認識されていた。

 箱庭と比べたら何もかもが広い外を知れば、祐理は外へ飛び出そうとするだろう。それこそ、実験も研究も施設もすべてを投げ出して。

 彼らにそれを防ぐだけの手立てはなく、祐理を繋ぎとめる為の鎖を欲している事を知った悠斗は自らその役割に名乗り出た。

 名乗り出た――とはいうものの、自らそう主張したわけではない。

 悠斗もまた、祐理と並ぶほどに強力な能力を身に宿す。それは現代の電気文明において、その場にいるだけで全てを狂わせる磁場を纏い、たった一度の放電で大電力発電施設をも上回る電力量を発生させられる、文明の発展と進歩に最も率直に結びついた権能。

 だが、その強力過ぎる能力は歯止めが利くものではない。

 絶えず身から溢れる磁場が周囲の電子回路を焼いてしまい、悠斗たちが収監されていた部屋の絶縁仕様の中ではアナログな方法でしか記録をつけることが叶わなかったほど。

 ――それを、祐理の力で封じ込める。

 祐理の能力で空気の層を何重にも作り、それで悠斗の体を覆う。そうすることで、祐理は自らが暴れて外に出る為のリソースを常に悠斗に割かざるをえず、悠斗は祐理なしではまともに生活することすらできないと、周囲に認識させた。

 悠斗は外が怖かった。――否、世界を正しく認識していた。幼い世間知らずの子供が、たったふたりきりで生きていける程、優しい世界でない事を知っていた。

 何の下地もなく、箱庭の中で生まれ育った無垢な身でそこまで理解できた悠斗は正しく天才だったのだろう。

 天才であったが故に、祐理が求めるものが叶わないと知っていたから、彼を閉じ込める為の檻となることを決めた。

 だが、


「祐理は順調に成長している。直近のデータにも目を通したよ。能力規模の成長も著しいが、特にコミュニケーション能力の成長には目を瞠るものがあるね」

「……」

「それに、最近開発した対能力素材を編み込んだその服があれば、悠斗もその体質に悩まされることが無いようだし、ね?」


 箱庭の管理者、ふたりが先生と呼び習わしている我部に従って外に出されてから、その関係は歪みを深めつつあった。

 能力は強力であれど協調性と社交性に難があり、逃亡の危険が示唆されていた祐理の精神的な成熟は、精神的に成熟しており、箱庭に対する協調性も相まって体質的な瑕疵による鎖を期待されていた悠斗の必要性を揺らがせるに十分なもので。

 加えて、その体質的な瑕疵による鎖も、代替品が支給されるとなれば声高に主張する材料にはなりえない。

 それを祐理も良く知っているからか、最近では祐理の空気の層は剥がされて、傍に祐理が居ない事も多くなっていた。

 祐理が自分から離れて行こうとしているような感覚は、悠斗にとって何よりも耐え難いものだった。


「……僕は、何を、すればいいですか……?」

「ふむ。特にこれと言って喫緊の課題はないのだがね」


 箱庭では総合的にはデメリットはあれど祐理の抑止役にもなれる悠斗の方が優秀という評価であった。

 だからこそ、悠斗の我儘は多少なりとも許され、祐理を繋ぎとめているという価値で瑕疵を相殺して余りある実益を提供できていた。

 だが、今となってはそこに在るだけで無秩序な被害をばら撒いてしまう瑕疵を持つ悠斗よりも、暴れた際の被害規模は大きい物の、その力で民衆に支持されつつある政府の顔、偶像(アイドル)としての役割も期待されている祐理のほうが、関係者からの評価は高い。


「……任務にしても、君の体質があるとどうしても扱いに困ってしまう」


 ……文字通り、悠斗は重石になってしまっているのだ。祐理という、使いやすくて優秀な駒に侍る欠陥品として。

 それを面と向かって指摘された悠斗は答えに窮する様に唇を強く噛みしめる。


「(どうすれば、どうすれば僕の価値を、必要性を認めてもらえる……? 僕は祐理が一緒じゃなきゃダメなのに……祐理には、僕が必要なはずなのに――)」

「ああ、そうだ」

「!」


 思いついたとばかりに声を上げた我部の、少しだけわざとらしい態度にすら、悠斗は簡単につられてしまう。


「そろそろプロジェクトも大詰めなのでね。誰か、信用できる子にこれを受けてもらおうと思っていたのだよ」

「こ、れは……」


 すっと立ち上がった我部がシステムデスクの引き出しから取り出した、クリップに纏められただけの複数の紙束からなる書類が悠斗の前へと差し出される。


「……【能力者強化訓練所】草案……ですか?」

「元々、いずれ提出するつもりで纏めていたものだ。昨今の情勢不安や強力な能力者によるテロ、能力者に能力者で対抗する新しい治安の実現へ向けたアプローチとして世界から期待されている日本に求められる課題の解消に、打って付けだとは思わないかい?」

「……」


 中を読んでも構わないという、むしろ、読むように促す我部の態度に流され、悠斗は書類に書かれている内容へと目を通す。


「……わかり、ました」


 やがて、書類の最後の1ページまで読み終えた悠斗が顔を上げ、決心したような眼差しを我部へと向けた。


「僕を、この計画の被験者1号にしてください」

「いいのかい? 最初の被験者ということは相応のリスクもあるということだが」

「構いません」


 書類を返した悠斗に、我部は柔らかく微笑みながら頷いて見せる。


「わかった。君を第1被験者として登録しておこう。ああ、リスクとは言ったが、そこまで危険な事は無いと断言しよう。既に過去の積み立ててきたデータが証明しているからね。あとは実践と実証だけのものだからね?」


 安心させるように説く我部の言葉をどこまで信じて良い物か。悠斗は怪訝な内心を押し隠して緩く頷き、話は終わりだろうと席を立とうとすると、立ち上がりかけた悠斗を我部の声が引き留めた。


「ああ。それと」

「……、まだ、お話が?」

「いや、これが最後だ。座り直す必要はない」


 親の真似事にも見えた先ほどの柔らかい態度とは区切られた、職務上の上司部下の関係性を思わせる事務的な言葉に、悠斗は立ち上がった姿勢を正して続きを待つ。


「公安能力対策課の課長――そう、前に君たちに追いかける様に指示していた男がいただろう? 彼の周囲がまた少し動きそうなんだ」

「……監視を? 僕一人では、その、限度があるので……人員はどれくらいでしょうか」

「ああ、既に割り当てられている者と連携してくれればいい。動きがあれば協力する様に」

「わかりました」


 これで本当に話は終わりと、悠斗は深々と頭を下げて我部の執務室から退出する。

 再び白一色の通路を引き返す、ひとりきりの寂しい道すがら悠斗は足音すら振り払う様に強く歩を進めた。


「(何だって良い。祐理と、ずっと一緒に居られるなら。僕はなんだってするし、出来る(・・・)してみせる(・・・・・))」


 普段であればふたり分の足音。そして騒がしくも心地いい相棒の声と緩やかな風があったはずの隣はぽっかりと空白が出来ていた。

 そんな現状から早く脱却するためにも、課されたことは早々に熟さねばならない。

 悠斗の早足はそんな決意の表れであるかのように、黒い石が編み込まれた手袋の内側で、紫電がパリッと小さく爆ぜた。

今後も変わらず更新を続けていきますので、お付き合いいただければ幸いです。

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