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3-15 夜鷹支部7

 撃鉄が火花を散らし、空薬莢を吐き出しながら黒々とした凶器の先端から鋼鉄の弾丸が射出される。

 それは黄泉路の黒々とした髪に覆われた側頭部に直撃するや否や、黄泉路の頭部を、身体を、弾き飛ばすような強い衝撃を伴って黄泉路の白い肌を赤黒と薄灰色に穢す。

 鉄筋コンクリートの冷やかな床に空になった薬莢が落下し、硬質な音を奏でる。


 「――ば、っかやろう!!!!! 何やってんだ!!!!!!」


 慌てた怒声を上げるカガリの声は、銃声によって作られたキンキンと耳に優しくない静寂に溶けて消えた。





 「(……ああ。そういえば。“自殺”をしたのは、始めてかも)」


 脳内が衝撃によって攪拌され、風穴の開いた側頭部からはどろりと血と脳漿が入り混じった液を止め処なく溢れさせながら、黄泉路は揺れる身体に制動をかけつつぼんやりとそんなことを考えていた。

 視界が明滅して光が遠くなる感覚。痛みを通り越して熱いと感じる頭の痛みがすぅっと消えて行く。

 瞬きをしようと幾度か瞼を動かせば、自身が深く暗い水底に立っている様な錯覚に陥る。

 初めて能力に覚醒した時と同じ光景に、黄泉路は緩やかに視線をめぐらせた。

 一寸先すら見通せなかった闇は以前に比べれば幾許か見通しがよくなっており、自身が立っている場所は水灰色をした砂場のようであった。

 サラサラとした足場に立つ黄泉路は靴を履いており、自身の服装にどこか懐かしいものを感じるのも束の間、それは自身が身につけなれた高校の制服である事に思い至る。


 「(……ここは、死後の世界? でも、なんで……)」


 先ほど自らの脳天に銃弾を叩き込んだ時は、確かに旅館の浴衣に袖を通していたはずであった。

 にも拘らず、現在の黄泉路の格好は高校の制服である学ランで、しかもどこを見ても傷ひとつ存在しない状態である事に黄泉路は首を捻る。

 そうこうしている内に頭上から眩い、燃えるような光が差し込んできて、自身が死んだままというの色々と問題がある事を思い出す。


 「(後で考えよう。まずは、戻らなきゃ)」


 そう認識するや否や、ふわりと身体が軽くなり、水面の光へと呑まれるように浮上していった。





 「――みじ、黄泉路!!! おい、しっかりしろ!!!」


 カガリは目の前で自らの頭部を躊躇無く打ち抜いた黄泉路に駆け寄り、側頭部に銃を突きつけたままの姿勢で静止する黄泉路の肩を掴む。

 正面から顔を見れば、黒々とした夜のような瞳からは光が失われ、目や口から血液と脳漿が交じり合った体液がどろりとあふれ出していた。

 虚ろな闇そのもの、見ているだけですべての熱が吸い込まれてしまう底なし沼の様な瞳に一切の生を感じられず、カガリは乱暴に黄泉路の肩を揺する。

 本来、重傷者を揺さぶる事自体ほめられた行為で無いことくらい、医療は専門外とはいえ鉄火場に身を置くことに慣れているカガリは当然承知していた。

 しかし、どう考えても即死しているとしか思えない黄泉路の姿に、カガリはそのような通常の医療の知識は何の役にも立たないと直感で理解していた。


 「おい、おい!!! ふざけんな、ふざけんなよ!!!!!! 何のためにお前を助けたと思ってる!!!!!!!」


 届いているかもわからない声を張り上げ、何度も肩を揺らす。

 ガラスの向こうではショッキングな光景に言葉をなくしたオペレーターと美花、そして、じっと観察するように揺さぶられるだけの黄泉路を見つめるリーダーの姿があった。

 カガリはガラスの向こう側へと顔を向けて、鋭い視線でリーダーを射抜く。


 「おい、リーダー!!!! どういうことだよ!!!! 何とかいえよ!!!!!!」


 八つ当たりとは違う、明確な怒気に反応するように、カガリの周囲の空気が熱せられて強く歪む。

 当然その熱は黄泉路にも届き、じゅう、と、焼け焦げるような匂いが漂い始める。


 『……そう焦るな』

 「焦るな!? ふざけんなっ!!!! いくら“不死身”なんて大層な肩書きがついていようが能力者だって人間だろうが!!!!! 頭ぶち抜いても生きてる能力者がいるのかよ!!!!」

 『現に、目の前にいるだろう』

 「――な、ん……」

 『私がお前たちの奪還作戦中に別行動をしていたのは知ってるな?』

 「それが、何だっていうんだよ」

 『私はその間に彼に対して行われた研究データの破棄をしていた』


 リーダーによって告げられた言葉に、カガリはおろか、美花やオペレーターすら呆然とリーダーの顔を見つめてしまう。

 なぜなら、聞かされていた作戦内容はSレート能力者の奪還だけであり、それ以外に人員が割かれている事など知らされていなかったのだ。


 「……それじゃあ、俺たちも囮だった、って訳っすか」

 『そうとも言えない。あくまで本命はSレート奪還任務だ。私のほうこそ火事場泥棒じみた副産物だ』

 「……まぁいい。で、それがなんだってんだ」

 『研究データを見て驚いたよ。すべて道敷出雲、68号と記載されていたが、彼一人に対する殺害報告データはおよそ50万件にも及んでいた』

 「――は?」

 『データの番号が若いうちは投薬実験、実験動物への投薬の過程を飛ばした治験が多かったが、それも1万を超える辺りから物理的にどの程度まで損壊しても生存していられるかの実験に移ったようだ』


 淡々と、普段と変わらぬ調子で告げられる実験の経過報告の概要に、そういった事に直接接点の無い後方支援担当のオペレーターは勿論の事、荒事やグロテスクなものにたいしてある程度の耐性があるはずのカガリや美花ですら顔色を青ざめてしまう。


 「う、そだろ……」

 『ああ、私も目を疑った。まさかそのような実験が行われていたなどとな。救出したとして、すでに人間としての精神を持ち合わせていないだろうと思っていたのだが、直接会話をする限り、彼はあまりにも正常すぎる』

 「それで、俺たちにも告げずに普段どおりの能力測定で確かめようとした?」

 『その通りだ』


 締め括る様な端的な回答に、カガリは愕然とした表情のまま黄泉路へと視線を戻す。

 目の前の少年がそれほどまでに悲惨な4年間を過ごしていたなどとは、たしかに到底思えない。それほどまでに、道敷出雲、迎坂黄泉路という少年は一般的な感性を持った普通の子供であった。

 下手な拷問よりも拷問じみた所業に、あの研究所すべてを焼き払っておけばよかったと、後悔とも憤怒ともつかぬ感情が込み上げて来る。

 そんな憐れみにも似た感情を込めて黄泉路を見つめていたカガリは、ふと、違和感を覚える。


 「……あ、うそだろ……?」


 サラサラ、と。目や口、傷口から滴り、浴衣を汚していた体液が粒子状になって宙へと溶けて消えてゆく。

 死後硬直のように銃を突きつけたまま静止していた右腕がだらりと下がったかと思えば、痛々しい傷口のあるはずの右側頭部の孔から、ひしゃげた金属の塊がころりと吐き出されて地面へと落ちる。

 異物を吐き出し終えた孔は流れ出していた体液同様に粒子状にぼやけ、次第にそれが薄らいでいくと同時に、カガリが瞬きした直後には何事も無かったかのように黒々とした宵のような髪が皮膚を覆っていた。

 その異常極まる光景に言葉をなくし、ただ肩に手を置いたまま呆然としているカガリと、目を細めてその様子を観察しているリーダーの前で、黄泉路の虚ろな瞳に再び光が宿る。


 「あ、あれ……えっと」


 黄泉路は自身の現状を把握しきれずきょとんとした顔で目の前で自身の肩に手を置くカガリを見上げた。


 「……あ、あの、カガリさん……?」


 痛いくらいの静寂に居た堪れなくなった黄泉路が声をかければ、黄泉路の声に反応してハッとなったカガリと目が合う。

 その形相に普段と違う感情の色を見つけ、それが何であるかは黄泉路には心当たりが無かったものの、何となしに居た堪れない居心地の悪さを感じて黄泉路が曖昧に微笑んで誤魔化す。

 困ったように笑う目の前の少年を、カガリはじっと観察するように見つめ、改めて静かに息を吐いて問いかける。


 「黄泉路、もう何ともないのか?」

 「えっと……」


 自身がどのような状態であったかを客観的に知るすべも無い黄泉路は、やはり困った様な笑みを浮かべたまま、どうやら心配しているらしいとカガリを落ち着かせるようにゆっくりと答える。


 「大丈夫ですよ、ほら、もう傷も治ってるでしょう?」


 いつの間にか下げられていた右手に握ったままの銃の先端で側頭部、銃弾が確かに当たったはずの場所を示して見せれば、漸く黄泉路が無事であると納得したカガリが拳を握り締める。

 その拳に嫌な予感を覚えるものの、黄泉路は避ける猶予もないままに拳骨を食らい、目を白黒させてカガリを見上げた。


 「っ、っ痛ぁ!? な、ん――」

 「ああ言うのは心臓に悪いからせめて宣言しろ!!!!!!!!!」

 「ッ!!! ご、ごめんなさいっ」


 本気で怒っている。それが容易に分かるカガリの剣幕に、黄泉路は驚くよりも先に謝罪を口にしてしまう。

 しかし、謝罪してからすぐに、それは自身を心配しての怒りであると思い至り、黄泉路は再びカガリに対して申し訳ないと思う気持ちがこみ上げてくる。


 「ったく。 ……で、お前の能力はそのバカみたいな再生力って事か?」

 「……だと思います。研究所でも【エンハンス・リジェネレート】って単語を聞いた覚えがありますから」

 「はぁー。そりゃ特別な訳だ。即死状態からでも回復しちまう再生能力者ならそりゃ不死身だわな」


 得心行った反面、それがどれほど“能力者としても異常”な能力であるかに理解が及んでいるカガリは、それらの思いをない交ぜにした深い息を吐く。

 ガラスの方へと向き直ったカガリはひらひらと手を振りながらリーダーへと声をかける。


 「ま、何はともあれ能力測定は終わりだろ?」

 『まさしく【黄泉渡(リヴァイヴ)】の名に相応しい不死性というわけか』

 「リーダー、これなら護身術覚えさせれば十分かもしれないぜ」

 『ああ、【再生強化(エンハンス・リジェネレート)】能力ならば制御の方法を学ぶよりは身を守る為の技術を学ぶ事に重点を置いたほうがいいだろうな。その件に関して人員の調整は支部長に一任する』

 「あいよ。皆見さんには伝えとく」


 とんとん拍子に進んでゆく会話を呆然と眺めながら、黄泉路はどうやら三肢鴉の成り立ちや能力の系統の説明に始まり、身体測定、能力測定と続いた今日の日程が終了するようだと密かに胸をなでおろしていた。


 『これにて【黄泉渡(リヴァイヴ)】迎坂黄泉路を正式に夜鷹支部の一員とし、本日の任務は終了、各自自由解散とする』


 頭に響くリーダーの宣言によって、迎坂黄泉路としての濃密な初日が幕を下ろした。

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