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0-4 終焉へのプロローグ5

 ぼんやりと、夢見るような心地が出雲を包んでいた。

 真っ暗な水中にいるようで、しかし、息苦しさや寒さを感じない水の中。

 先ほどまで絶えず苛んでいた痛みや熱をまるで感じる事がなく、出雲はぼんやりと、ここは死後の世界なのかなと思った。

 それほどまでに暗く、静かな空間だった。

 方向など意味をなさない場所を漂う出雲は、黒い学ランに黒い髪と瞳、全身黒ずくめのいつも通りの格好だった。

 制服をしっかり着ている割には、セットとなるべき学校指定の鞄は手元になく、出雲は逃げる最中に手放してしまったことを思い出す。

 今は傷ひとつない自身の手を見つめながら小さく呟く。


「……誕生日、祝ってあげたかったなぁ」


 音が波紋となって静かな世界へと広がって、すぐに出雲の目の届かない遠くへと消える。

 その光景が無性に寂しいように感じて、出雲はもう一度口を開いた。


「死にたく、ないなぁ……」


 再び生への願望を口にした途端、辺りに光が射した。


「――何?」


 眩いまでの鮮烈な光が、闇に沈んだ水中を照らす。

 誘うような明りに惹かれ、出雲の身体は緩やかに光の射し込む上へと浮上して……




 ◆◇◆


 世界に音が戻ってきたように、急激に耳へと流れ込む雑音の多さに、出雲は思わず顔をしかめた。

 しかし、顔をしかめてすぐに出雲は気づく。

 先ほどまでと違い、水中にいるような漂う感覚はなく、重力に引かれた己の肉体の重みが確りと感じられる事に。


「……ぅ」


 眩い明かりの中で目を開けた出雲の視界に飛び込んでくるのは、出雲を照らすように向けられた懐中電灯の光源。

 思わず再び目をつぶり、それから幾度か瞬きをしながら手を庇の様に翳して目元に陰を作る。

 懐中電灯の主はそれに気づいた様子で、慌しく駆け回る足音を捕まえて何事かを指示しているのを、出雲は戻ってきた聴覚で理解した。


「……あ、の」


 倒れたままの上半身を起こしながら、出雲は遠慮がちに声を上げる。

 あのあと自分はどうなったのだろう。

 既にここが死後の世界でないことくらいしか理解できていない出雲に、落ち着いた男性の声が掛かる。


「大丈夫かい?」

「え、っと。あの……」

「意識が確りしているかどうか、これからいくつか質問をするからちゃんと答えてくれるかい?」


 徐々に眩しさにもなれてくることで、出雲の前に立つ男性の姿がはっきりとしてくる。

 黒いスーツに銀枠の薄いフレームの眼鏡を掛け、髪をオールバックに撫で付けた40代の半ばといった頃の痩身の男だった。

 眼鏡の奥の細い目は優しそうに見えて、出雲は先ほどの恐怖との落差で助かったのだと遅ればせながらに自覚する。


「まず、名前は?」

「道敷、出雲です……」

「年齢は?」

「15歳、来月で16歳になります」

「……ふむ」


 向けられた質問にできる限り落ち着いて答えようとする出雲に、眼鏡の男は自身の顎をさすり、思案するように瞼を下ろす。

 幾許かの沈黙、出雲の意識が自然と周りで何らかの作業を行っているらしい人たちに向きかけた所で、眼鏡の男は静かに尋ねた。


「君は能力者(ホルダー)かい?」


 その問いには、出雲は咄嗟に答えることができなかった。


「え……」

「もう一度聞こう。君は能力者(ホルダー)かい?」


 能力者(ホルダー)

 それは、ありえざる現象を引き起こす存在。

 一般人である出雲とは縁のない――いや、つい先ほど、好ましくない縁ができてしまった存在だった。

 狼男に襲われたという事実を思い出し、ハッとなった出雲は自身の体に視線を落とし――


「……え?」


 襲われ、追いつかれた時よりもなお無残に破けた制服は、上着は左肩、ズボンは右足の膝から先がごっそりと千切れていて、全身余す所無く血肉で赤黒く変色していた。

 しかし、一際大きく開いた穴から覗く腹部はまっさらの肌が露出しているのみで怪我をしたとは思えないほどであった。

 無駄がないと言えば聞こえがいいが、筋肉もついていない華奢な、見慣れた自身の体をまじまじと見つめる出雲に、再度眼鏡の男の声が掛かる。


「理解できたかい? 君は一度、こちらの追っている能力者(ホルダー)によって瀕死の状態だった」

「追っていた……?」

「――ああ、自己紹介が遅れた」


 そういって目の前に提示された警察手帳に、出雲は僅かに瞠目する。


 「特殊対策課の我部(がべ)幹人(みきと)だ。 ……辺りの出血量や現場の状況から、常人では当に死んでいる程の重症なのは間違いない」


 特殊対策課は、超能力犯罪者を専門で捜査する部署として知られる警察でも指折りのエリート集団として世間一般に広く知られていた。

 当然出雲も目の前の男性――我部の素性を知って先ほどよりも驚いたものの、その後に続く言葉に気を取られて、どうにか反応を返そうと言葉を詰まらせる。


「でも、僕……こうして――」

「そう、こうして生きている。それが何故だか、もう君にも理解できているんじゃないか?」

「それは……」


 確かに、気を失う直前、出雲は考えていた。



 自分も能力者だったら死なずに済んだのかな。と……。



「詳しい話を聞かせてもらえないかい?」


 差し出された我部の手を、出雲は握る他なかった。

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