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12-33 次世代防衛設備展示会 LastDay-Epilogue

 刹那だったモノが残滓すら残さず宙に溶けて消えた後も、黄泉路は静かにその場に佇んだまま刹那の言葉に返す言葉を探していたが、やがて、諦めをつける様に大きく息を吸い込み、深く吐き出してから顔を上げた。

 黄泉路の視界に広がるのは破壊の限りを尽くされた演習場と、黄泉路の周囲に散らばった蒼銀の砂丘。会場を守る様に生い茂った銀の大樹の枝葉。雲一つない日中だというのにも関わらず薄暗い――黄泉路にとってはなじみのある景色が交じり合った世界。

 この後どうするにせよ、まずはこの状態をなんとかせねばならない。そう考え、黄泉路は削れ細った銀の槍を引き抜いて軽く振る。

 すると、周囲に散っていた銀の砂が流れを持ったように槍の穂先へと集まり、見る見るうちに槍は元の姿を取り戻す。

 そのまま、黄泉路は槍を自らの足元へと突き立てる。




 ――ズァアァァァ……。




 砂が引く、潮の音にも似た静かな音が演習場を満たす様に伝播して、仄暗い空が、銀砂の砂丘が、黄泉路の足元へと引き寄せられ、槍の穂先と黄泉路へと吸い込まれて消えてゆく。

 当然、銀砂の砂丘に根を張った大樹も、銀砂によって形を与えられた屍者達も、それら一切が夢だったかのように砂へと戻り、黄泉路の足元へと吸い込まれて、最後には手にした槍すらも形を失って黄泉路の内側へと仕舞われれば、そこに居るのはデモンストレーションが始まる前の学生服に身を包んだ無傷の少年だ。

 1分と掛からない撤収作業が終わると、穏やかになった風が黄泉路の頬を撫でる。


「(さて、と。これから――どうしようかな)」


 会場へと振り返った黄泉路の足は動かない。

 物理的に縫い留められているのではない。黄泉路は魂の知覚を以って、会場から黄泉路へと向いた強烈な感情が壁の様に立ちはだかっている様な錯覚から足を動かせないでいた。


「……」


 静寂(・・)

 あれだけの人間を収容して、そのすぐ傍で天変地異ともいうべき戦闘が起きたにもかかわらず、会場から聞こえる音がない。

 皆、あれだけの事象を引き起こした存在の片割れにどう向き合ったらいいのか分からないのだ。

 その根底にあるのは、先ほどまでの事象を独力で起こしうる――下手をすると東都の崩壊と並ぶかそれ以上の――強大な力を持つ存在への畏れ(・・)

 喝采も、それどころか罵声すら向けるのを憚られる。嵐を前に頭を低くただ過ぎ去ることを祈るが如き超常的なモノへと向けられた感情たちが、黄泉路に会場へと踏み出すことを躊躇わせていた。


「(まぁ、そうなるよね)」


 黄泉路がこれまで、人前で屍者を使わなかった理由。内側の世界を引きずり出してまで戦おうとしなかった理由だ。

 基本的に黄泉路は目的の為ならば何でも使う。とはいえ、それで人に見放されては意味が無いという分別――というよりは、人に頼られることに縋る黄泉路にとってはそれこそが何よりも恐ろしいという思いから、真っ当な倫理観に照らして退かれる様な能力は極力人に見せないように気を使っていた。

 だが、刹那との闘いにその様な縛りを課している余裕もなければ、本気でやらなければ刹那に応えられないという思いから人前においての使用する決断をするに至っていた。

 ……まさか、それが中継に乗って全国に流れるとは、黄泉路も考えてはいなかったが。

 故にこの反応はある意味では黄泉路の想像通りでもあり、勝負の為と、刹那に全力で向かい合うためと目をそらしていた現実であった。


「(これからどうしようかな)」


 この場を離れること自体は容易いが、それはそれで後に残る問題を投げ捨てるようなもの。

 会場に戻ることも、この場から逃げ出すこともできずに立ち尽くしていると、黄泉路の耳にエンジン音が届く。

 見れば、会場の方でも引き始めた鈍色と黒曜の植物群の合間から飛び出してきた敷地内向けの小型車両が黄泉路の方へと向かってきており、程なくして車が黄泉路のすぐ前で横向きに停車する。


「黄泉路さん!」

「――唯陽さん」


 扉が開くなり小走りで駆け寄ってきた少女、終夜唯陽の姿に黄泉路が瞠目するのも束の間、そのまま飛び込むように抱き着いてきた唯陽に黄泉路は困惑してしまう。


「え、あの……」

「無事、なのですよね?」

「……はい」


 思わず抱き留めた黄泉路だったが、自身の腕の中で小さく声を震わせた唯陽の言葉に、ふっと気が抜けたように苦笑が浮かぶ。


「心配かけてごめんね」

「いいえ、信じていましたもの。ですが、巻き込んでしまった事を改めて謝らせてください。もし私がもっとうまく言い含められていれば、この場で戦う事は避けられたはずなのに」

「あー……ううん。以前から本気で決着をつけたいって言われてて、どこでやってもそれなりの被害はでたはずだし……」


 それに、と。密着していた唯陽を放す様にしながら、照れるように唯陽を見つめ、


「僕一人だったら諦めていたかもしれないから。ずっと信じていてくれたから勝てた、そう思うんだ」

「――」


 だからありがとう。黄泉路がそう締め括ると、今度は唯陽が瞠目する番であった。

 言葉もなく口元を手で覆い顔を赤らめ、それからおろおろと視線を彷徨わせた末に、ややあってから漸く、探る様におずおずと問いかけた。


「その……どうして……?」


 何故自分が祈り、応援し続けていたのがわかったのだろうと、まさかこれが両想いの以心伝心なのかと色惚けた事を唯陽が頭の片隅で浮かべかけた所で、黄泉路が僅かに言いにくそうに、秘密を告白する様に答えを口にする。


「実は僕の能力、世間で言われてるような再生能力じゃなくて、魂に関するモノなんだ。戦ってる最中、唯陽さんの魂が光るのを見た。僕に向かって灯台みたいに差し込む光だった」

「そ、そうなんですの……?」


 自身が想像したそれとは違うものの、それでも思いは届いていたのだと戸惑いつつも喜ぶように表情を綻ばせる唯陽に、今度は黄泉路が首をかしげていると、唯陽を運んできた車の扉が開いてここまで運転してきたのだろう白峰が顔を出す。


「お嬢様。迎坂様。そろそろ」

「あ、あら。そうね、迎えに来たのだものね。……参りましょう、黄泉路さん」

「……良いんですか?」


 差し出された唯陽の手と、唯陽の顔を見つめ、黄泉路が問う。

 その問いが意味していることも唯陽は正しく理解している。先ほどまでの私人としての年相応に恋愛脳をしていた少女から、天下の大財閥、終夜の直系としての顔になった唯陽が躊躇いなく黄泉路を見つめ返す。


「構いませんわ。元より、国の制度を外れて動く黄泉路さんと組むと決めた時点で、私は黄泉路さんの味方をするつもりでしたもの。お父様もそれを念頭に根回しをしてらっしゃいますし、彼女という超越戦力が国内で野放しになっていた実情と、それを制したという事実は揺るぎません。あとはそれを如何にして使う(・・)か。そうでしょう?」


 であれば、そここそが我ら終夜の舞台であると告げる唯陽に、黄泉路は自分の方こそ唯陽の事を侮っていたのかもしれないと小さく笑みを零す。


「そういう事なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

「ふふっ。損はさせませんわ」


 唯陽の手を取った黄泉路がエスコートする形で車へ乗り込むと、緩やかに発進した振動が黄泉路の疲労した精神をゆりかごの様に揺らす。


「……少し、休ませてもらってもいい?」


 外傷はないとはいえ、黄泉路の本体はあくまでその内に広がる幽世の水底とも呼べる世界にある魂である。

 今回はその魂を直接傷つける手段を持った相手であり、現実世界に本体が戻っている状態で戦闘をしていたこともあって精神的には酷く摩耗した状態をなんとか格好つけていたというのが実情であった。


「ええ。会場があの様子ですから、裏から部屋に上がれば問題ありませんもの」

「それじゃあ、少し、休むね……」

「はい。おやすみなさい」


 ――私の王子様。

 微かに、そんな言葉が聞こえたような。黄泉路はその言葉の音を理解するともしないとも言えない曖昧にぼやけて行く思考を緩めたまま、意識を内側に広がる仄暗い水底へと沈めて行った。






 黄泉路を運ぶ車が会場へと向かってゆく。そこかしこに激戦の痕が目立つ演習場の上空を小さなプロペラ音が風を切る。

 それは本来のデモンストレーションを捉えるべく配置されていた小型無人機(ドローン)の中でも、刹那が乱入した後の激戦の被害を辛うじて免れた幸運な最後の1機。

 搭載されたカメラの音声機能はとうに機能しておらず、辛うじてノイズ交じりの映像を捉える事が出来る程度の代物であったが、無人機はその役目を全うしていた。

 黄泉路に駆け寄り抱き着く唯陽の姿は会場のモニターに大きく映し出され、そこに居合わせたマスメディアが降って沸いた特ダネに正気を取り戻して騒ぎ出したのは黄泉路が常群らの手によって部屋に運び込まれた後の事であった。

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