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12-31 次世代防衛設備展示会 LastDay-7

 刹那を中心に溢れ出した光は演習場の空を覆うほどにまで膨張した幽世の闇を貫き、会場のモニターはおろか、展望室の窓から広がる景色すらも飲み込んで天高く柱の様に立ち上る。

 もしも。上空のはるか先、大気圏の外から地球を観測している宇宙飛行士がこの時見ていたならば、光の柱が乙女の棚引く髪の様に、地球に覆いかぶさるように拡散したのが見えただろう。

 時間にして1分にも満たない極々短いそれが、逆再生する様に起点へと向かって収束してゆく。


「くっ、う……」


 光柱の起点のすぐ傍で、風ではない、純粋な力の様な圧によって周囲の銀砂が吹き飛ばされて行く中、地面に槍を突き立てて支えとした黄泉路が呻きながら光の根元へと目を凝らしていた。

 そこにあった(・・・)のは少女の形をしたヒト型の宇宙(・・・・・・)

 夜空に瞬く星々の輝きだけを集め、重力の名のもとに押し固め、元の銀から透けるような白へと変じた長髪がふわりとゆれる光景は河川が地形を作る光景を幻視させる。

 見開かれた瞳は輝く地殻の熱を想起させる紅。その肌を再現するのは天の川を押し込めたような、黒い下地に輝きのマーブル模様。

 凡そ、人としての姿を形だけ残したような姿のそれが、ほんの数センチ浮いた足のつま先をとん、と。地面へと着地させる。




 ――ごぅっ(・・・)




 瞬間、吹き荒れた力の波が、その存在のスケールを物語っていた。

 黄泉路は自身も似た領域を扱う(・・・・・・・・・・)が故に理解する。


「あ、はは――現世の理そのもの(・・・・・・・・)になっちゃった……」


 目の前に顕現したそれ(・・)は現世そのもの。

 現世の理という、自然の摂理(・・・・・)ともいうべきモノの凝縮存在。

 黄泉路が幽世を敷く者だとするならば、目の前のこれは常世を掴む者。

 どちらも、ただ在るだけで、その力を広げるだけで、世界という枠組みを壊しかねない存在。


「縺輔=縲∬ク翫j縺ョ邯壹″縺�」

「っ」


 ――さぁ(・・)踊りの続きだ(・・・・・・)

 音としては絶対に成立しないそれが、黄泉路には確かにそう聞こえた。

 その瞬間には彼我の距離が圧縮された様に目の前に存在していた刹那に対して槍を構え、黄泉路はそのまま刹那の星を内包した細腕一本の雑な薙ぎ払いで受けたはずの槍を握っていた両腕がぐしゃぐしゃに拉げてはるか後方へとノーバウンドで吹き飛ばされていた。


「ぐ、あ……!!」

「蟷ス荳悶�邇九h縲∵�縺檎炊縺ォ螻医○繧茨シ�」

「いや、だ!」


 幽世の王よ、我が理に屈せよ。そう告げる魂の音に、黄泉路は空中で滑る様に身を起こしながら銀砂の槍を投擲して否を叩きつける。

 両腕は既に後方に吹き飛んだ際に滞留していた銀砂によって瞬く間に補修され、現世よりも黄泉路の領域に近くなったことで黄泉路自身の身体の傷が跡形もなく溶けて消えていた。

 だが、対する刹那ももはや理を超えた者。これまでであればあらゆるものを障子紙の如く貫いてきた銀砂の槍の一条はその片手によって包み込むように握られ、かしゃん、というこの場に不釣り合いな優しい音と共にはじけて銀の粒子に変わる。


「縺薙�遞句コヲ縲√b縺ッ繧�у螽∬カウ繧翫∴縺ャ縲�」


 そこに常人としての常識が介在する余地はない。刹那がお手玉でもするように手をかざせば、先ほど黄泉路が投擲したモノと遜色ない光の槍がそこに生まれ、刹那の身振りとは無関係に、意思を持つかのように手元から飛び出して黄泉路へと飛来する。


「その程度が通じない、のはっ! 僕も同じだよ!!」


 自らの領域まで引き下がった黄泉路は足をダンッ、と銀砂が積もる砂丘に踏み鳴らす。

 直後、飛来する光の槍を絡めるように盛り上がった銀砂が光を飲み込んで散らし、黄泉路に届くより前に幽世の闇へと溶かしてしまう。


「(とはいえ、僕と刹那ちゃんじゃ掌握してる広さが違いすぎる……!)」


 自らの領域として現世に広げた内部領域が、現世との境界で競り合って押し負けているのを感じて黄泉路は内心歯噛みする。

 それはつまり、現実に無理やり幽世という内部領域を出力している黄泉路と、現世――現実という領域そのものを自らのモノとして掌握した魔女との影響力の差を表していた。


「縺薙%縺悟ケス荳悶〒縺ゅl縺ー縺セ縺滄&縺」縺溘°繧ゅ@繧後↑縺�′縺ェ」


 ――幽世であれば話は違っただろう。

 そう呟く声すらも、黄泉路には耳元で囁かれたようによく聞こえていた。

 言語ならぬ言語は広く、世界に響く様に拡散して人々の魂を震わせる。

 至極単純な話。世界の中に存在するならば、世界そのものと融和し、掌握せしめた魔女の言葉が届かぬ道理がない。

 ましてや、それが魂という存在の核ともいうべきものに語り掛ける――黄泉路の領分にまで片足を突っ込んだものであるならば猶更だ。

 黄泉路の魂の知覚を超えた、生死を超えた世界という魂そのものに語り掛ける話法は黄泉路の内心すらも朧気ながら読み取るに至り、常人であればその来歴から今考えている事に至るまでのすべてを丸裸にされてしまう程のもの。




「縺オ繧€縲り€ウ髫懊j縺�縺ェ」




 ……だから(・・・)、だろう。

 すべての存在に声が届けられるということは、すべての存在の声が聞こえてしまうという事。


塞いでっ(・・・・)!!」


 咄嗟に、黄泉路はその言葉が聞こえ、刹那の意識が黄泉路から外れた瞬間には自らの領域に根を張り、先ほどまで天上から降り落ちてきていた疑似太陽を受け止めていた銀の大樹を操るふたり(・・・)へと指示を出す。

 同時に、ざわりと、通常の樹木の生長をあざ笑う様な速度で膨張した枝葉が、根が、幽世の空と銀砂の砂丘を裂く様に伸びて演習場と会場施設の間を埋め尽くす。

 そこにあったはずの刹那の防御結界は無く、直後に降り注いだ光の雨が銀の大樹の枝葉を強かに打ち付ける硬質な音が響き渡った。


「会場にいる人たちに手を出さない、被害を出さないようにって取り決めだったはずだけど?」

「繧ゅ�繧�姶蝣エ縺ッ荳也阜縺昴�繧ゅ�縲ゅ〒縺ゅl縺ー蟾サ縺崎セシ繧€繧ゆス輔b縺ェ縺九m縺�€�」

「――世界そのものを戦場に、って、本気!?」


 刹那はこう言っているのだ。

 既に世界そのものが戦場であるならば、巻き込むもなにもないだろう、と。

 それはある意味では真理であった。

 今、この場に限っては、世界そのものともいえる刹那の影響を受けない場所はない。

 あるとするならば、死者の行き着き溜まる先である黄泉路の領域くらいである。

 刹那はこう言っているのだ。現世にあると邪魔(・・・・・・・・)だから守りたいなら(・・・・・・・・・)お前の所で管理しろ(・・・・・・・・・)、と。

 あまりにも横暴。理不尽極まるものだが、黄泉路がそれを否定するには力を以って示すしかない。


「螳医▲縺ヲ縺�◆縺九i蜍昴※縺ェ縺九▲縺溘€√�閨槭″縺溘¥縺ェ縺�◇��」

「分かってる!!」


 再び、世界が動く。

 矢の様に引き絞られた空間が爆ぜ、黄泉路の展開した領域にまで飛び込んできた刹那が夜空を纏った拳を振るう。

 それだけで、黄泉路が支配していた幽世に穴が開く様に空間に色が戻り、刹那が踏みしめた銀砂がバリバリと音を立てて捲れあがって演習場の大地が露出して吹き飛ぶ。

 存在そのものが領域を塗り替える偉業が当たり前の様に飛んでくる極限の攻勢に、黄泉路は背から突き出した3対の赤黒い塵の巨腕を振りかざして対抗する。

 拮抗してなお凝縮された刹那という概念に押し負け、巨腕が一瞬で吹き飛んでは周囲の銀砂を巻き込んで再生し、それでもなお押し込まれた黄泉路がクロスレンジで刹那の徒手空拳を槍で受け流すも、余波だけで黄泉路の体の一部がはじける様に爆裂し、痛みを自覚するよりも早く銀砂が補修することで何とかその場にとどまって槍を振るい続けることが出来ていた。

 ただ……と。黄泉路は一見拮抗しているように見える高速戦闘の中、自分と刹那との違いをその拳や魔法を超えた現象を通してはっきりと認識する。


「(守ってたから勝てなかったなんて言い訳にもならない……! それ以前に、僕と刹那ちゃんじゃ芯が違いすぎる……!!)」


 黄泉路が感じていたのは、刹那の一撃一撃から感じ取れる、魂にまで響き、揺さぶり、突き刺さる様な強烈な熱。

 物理的な熱ではない。黄泉路が知覚する、魂としての在り方。もしも殺しに命の輝きを見出す殺人鬼が居れば目を輝かせたであろう。キラキラしたもの。


「(――絶対的な自信。魂の中心で燃える柱みたいに太い芯……)」


 絶対的な己の美学に、魂も人生も、この一瞬すらも薪の様に捧げ、一撃一撃で爆ぜる星の煌めきとして、全身全霊で世界を掌握している。

 刹那のそのような在り方は、まさしく名は体を表した、刹那的(・・・)に過ぎるもの。

 黄泉路はその在り方に目を奪われていた。同時に、それに相対する自身の何と芯の無いことかという、最近芽生え始めた自我(エゴ)が自身の内の虚無感を克明に曝け出す。


「縺ゥ縺�@縺溘€りイエ讒倥∪縺輔°縺昴�遞句コヲ縺ァ縺ッ縺ゅk縺セ縺�↑」

「……」


 その程度か、と。詰る様な言葉の中に僅かに滲んだ失望を抑え込んだような刹那の問いかけに、黄泉路は言葉を返すこともせずにただ槍を振るう。


「(そうだよ(・・・・))」


 黄泉路は返答しない。

 恐らくは魂の認知すら可能とする今の刹那にとって、言語にしようがしまいが他者の意識など手に取る様に把握できるだろうが、黄泉路だけは別だ。

 現世を掌握することの延長として魂への理解を果たした刹那では、幽世の支配者としての能力を持つ魂全般のスペシャリストである黄泉路が魂への干渉拒絶を固めた今、それを貫いて内心を透かし見ることは適わない。

 とはいえ、黄泉路の内心が刹那に伝わっていようといまいと、現実この瞬間に起きている事象は変わらない。


「(僕には刹那ちゃんみたいに全部を賭けてでも、死んででも(・・・・・)成したいことなんてない。目指したい場所なんて分からない)」


 がりがりと、刹那の作り上げた新たな法則がうねるように黄泉路の体を領域ごと捻じ曲げる。

 槍が欠け、銀砂が吹き飛び、幽世の暗がりが照らされる。

 必死に持ちこたえ、これ以上領域を削られないように立ち回る黄泉路はしかし、次第に戦域を押し込まれるままに後方へと押し込まれてゆく。


「くっ、僕は……!」

「繝上ワ繝上ワ繝上ワ繝�シ√€€縺薙l縺薙◎縺後€∵�縺瑚�縺」縺滄嚴縺ョ譫懊※��」


 哄笑。喜んでいる。楽しんでいる。そう全身で表現する様に人の四肢を模したマーブル色の宇宙の中で星が瞬き流れ、指先から放たれた火球が幽世の大気の代わりに存在する液体などまるで無視して黄泉路を焼き焦がして後方へ――


「しまっ――」


 咄嗟に身を捩り、それでも上半身の右半分程がごっそりと焼き溶かされた黄泉路が残った左目で後方に抜けた火球が銀の大樹の枝葉を焼き、その奥――会場へと抜けようとする姿を見て悲鳴染みた声を漏らす。

 あの火球がそのままの威力で着弾してしまえば会場なんてひとたまりも、そう本能的に察し、次に訪れる悲劇に時間が止まったような錯覚を抱く中。




 ――さりさりさりさりさり(・・・・・・・・・・)




 世界を歪ませる音が響く中でも黄泉路の耳に、会場中の人々の耳に届く、黄泉路達にとっては聞きなれた金属がこすれ合う音がした。

 直後、大樹を焼き、なおも勢いを残しつつも多少の火勢を落とした火球が会場に直撃する寸前に、聳え立った黒曜を纏った(・・・・・・)鈍色の植物群(・・・・・・)がそれを阻んだ。


「――はぁ、はぁ。はぁ。……こっちのことは、こっちで何とかして見せる。迎坂君は気にしなくていいわ」


 未だ爆炎と衝撃であらゆる音と視界が乱れる中にあって、黄泉路に届いた魂を伝う言葉。

 地面へと両手をついて粗く息を吐きながら、顔色を土気色にまで悪化させてなお、作り出した金属質の植物たちを動かして会場を守ろうとする彩華の姿が。黄泉路の意識にはっきりと浮かぶ。

 その隣、本来ならば敵であるはずの存在が力を貸している様子もあることは、黒曜に覆われた彩華の刃を見ればなるほどと思う。

 黄泉路は即座に補修された身体を破棄(・・)し、枝葉を伸ばした大樹の枝の上、銀砂を材料に再構築した無傷の身体で刹那を見下ろす。


「すぅ。はぁ……」


 見上げ、仕切り直しに静観する様な――期待する様な(・・・・・・)意識を向けてくる刹那へ、黄泉路はぽつりと小さく口を開いた。


「僕は確かに、刹那ちゃんみたいにブレない芯もないし、美学とか。プライドとか。そういうのもよくわからない。これまで僕は、ずっと、誰かの望む僕であればそれでよかったから。……たぶん、今も本質はそんなに変わってないって思うよ。人って、そんなにすぐに変われるものじゃないからさ」


 改めて言葉に出す、黄泉路自身の本質はあやふやだ。

 幽世を満たす水に滲む様に。舞い踊る蒼銀の砂に煙る様に。

 当然だ。刹那が幽世と評し、黄泉路がそうであると受け入れたこの領域は、元々は黄泉路の内面世界。

 満たす水が固体を希釈し、降り積もった銀の砂丘が全てを埋没させる。

 それこそが黄泉路の本質で、誰かに傍にいて欲しい、誰かの役に立っていたい。そうでなければ、自分が存在する価値がない。そう自認していた黄泉路の根幹だった。

 けれど、と。幽世の闇の中でなお輝きを失わず、柱の様に立つ大樹の幹へと手を触れながら、黄泉路は言葉を続ける。


「だったらさ」


 黄泉路の手の触れた箇所から、パキパキと音が鳴った。

 それは銀の大樹を構成する銀砂と同質の、想念因子そのものとも言える素材が変質する音。


僕が勝つことを(・・・・・・・)信じてくれてる(・・・・・・・)人がいる(・・・・)その信頼に応えたい(・・・・・・・・・)と思う(・・・)


 音は更に広がりを見せ、それはいつしか幹から枝葉、根を通して銀砂の砂丘、刹那を取り巻く幽世の水にまで伝播して、それらが淡く、蒼く、輝きを纏いはじめる。


「菴募�縺セ縺ァ繧ゆサ紋ココ縺ョ轤コ縺�」

「いいや。結局は僕の為だよ。君が、誰よりも強い自分が好きなのと同じで……誰かに必要とされる僕(・・・・・・・・・・)が好きだから(・・・・・・)

「!」


 あっけらかんとして、他人の為ではなく、あくまで自分の為だと言い切った黄泉路のエゴそのものとも言える発言に、刹那が唖然とした表情を浮かべた気がした。

 黄泉路はそんな刹那に、まだ人らしいところが残っていた事を可笑しいと思う様にくすりと微笑んで、意識をはるか後方へ。

 今なお警戒する様に会場中の物質を組み替えて黒曜で飾り立てた鈍色の花を咲きほこらせて強固なバリケードを築き上げている彩華の魂の輝きを。

 それよりも高い位置、展望室の一角から、この戦闘が始まってからずっとその場を動かずに、ただ只管に黄泉路へと向け、一筋の光の様に常世から幽世を貫いて輝いた祈りを向ける唯陽の魂を改めて認識した黄泉路は、口に張り付けた笑みを更に吊り上げて口を開く。

 誇る様に、


「ちょっと」


 命じる様に。


「本気で勝ちたいんだ」


 黄泉路の声が刹那によって食いちぎられた幽世の全てへと浸透する様に大きく深く響く。


「濶ッ縺九m縺�€∬イエ讒倥′莠コ繧呈據縺ュ繧九→縺�≧縺ェ繧峨�縲∵�縺ッ荳也阜繧呈據縺ュ縺ヲ豎昴r險弱◆繧難シ�」


 一瞬で空気の変わった刹那が手を天へ翳し、黄泉路の宣言を真正面から受けて立つと吼える。

 刹那の手の上で弾けた宇宙が渦を巻き、光を呑んで凝縮する。それは宇宙の始まりを告げる光景に相応しい頂上的な光景であったが、しかし、黄泉路は大きく笑う様に、銀の大樹の幹についた手を握り、そのまま何かを引きずり出す様に手を手繰りながら声を張り上げる。


だから皆(・・・・)手を貸せ(・・・・)!!!!」






 ――オオォォオオォォォ(・・・・・・・・・)ォオオオオォォォ(・・・・・・・・)






 刹那の手元で宇宙が圧縮されて爆裂するのと同時に、黄泉路の幽世に音が満ちた。

 局所から発生した時空すら歪んでしまったのではないかと錯覚するほどの大爆発に、銀砂が捲れあがって――吹き飛ばず人型が作られる。

 それはひとつではなく、広がった幽世の砂から現れる無数の人型はそれぞれに人の形を保ったまま、元が砂の流動体であるとは思えないほどに流暢に刹那へと殺到する。


『ハハハハハハハハッ!!! 良い、良いなァオイ!!! 最ッ高じェねェかァ!!!』


 ある熊と見紛う程の大男を模したそれが哄笑を上げ、蒼く輝く身体に赤い塵を纏いながら、その肥大化した筋肉を誇示する様に爆発の渦へと飛び込んで、ズタズタになりながらも刹那の手を弾き、


『死んでも、皆ここにいる。素敵ね』


 下肢を持たず、ただそうあるがままに赤黒い3対の翼の如き巨腕で宙に浮いた女性の姿が溜息を零す様に呟くと、振るわれた巨腕が蛇の様にしなりながら爆発の余波を囲い抑え込む。


「……」


 その他、砂が象った人型が流体のままに刹那へと、その行動を阻害する様に、縋る様に群がり、少し離れた場所では全身から砂を吹き出しながら、その砂が数多の蟲へと変じて刹那に群がる人型に合流しては振り払われてゆくなど、凡そ、ひとりの能力者が再現しうる能力の範疇を超えたそれらが黄泉路の展開した幽世のいたる所から湧いては、ただひとりの敵として刹那へと向かってゆく。


「(いない、か)」


 その中に、獣を宿した者はいない。

 炎を操る者もいなければ、樹木を操る者もいない。

 銀の大樹の根元に元々居たそれ(・・)は、透き通るような眼差しを閉じて大樹と一体になって黙したまま。


「それならそれで、希望は残る、と!」


 気を取り直した黄泉路は大樹と一体化したそれに意識を向け、銀の大樹の制御を受け取ると、大樹を構成していた銀砂を手元に収束させ、これまでに作ってきたものよりも鋭く、巨大な塊となった槍を両手で構えて空中で跳ぶ。

 幽世は自らの領域で、その中を占める水は黄泉路の制御の内にある。であれば、空間を飛ぶことくらい、今の黄泉路であれば訳もなく。


「譚・繧九°�√€€謌代′螂ス謨オ謇具シ�シ�」

「うん。これで最後だよ」


 群がる銀砂の屍者達を薙ぎ払って上を向いた刹那に降り落ちながら黄泉路が振るった槍の刃と、クロスして受けた刹那の両腕が硬い音を響かせた。


「はあああっ!」

「縺昴�遑ャ縺輔€∽ク也阜縺吶i遐エ繧九°��」


 世界すら貫く、そう定められた槍が振るわれる度、周囲の屍者諸共刹那によって浸食されて現世が滲んだ黄泉路の幽世に闇に戻る。

 それは黄泉路が刹那から領域の支配権を奪い返している証左。

 同時に、刹那が振るう手によって生じるもはや詠唱すら不要となった魔法が黄泉路を焼き、凍えさせ、切り刻むが、刹那に群がり、黄泉路をサポートする様に溢れた屍者達の体から解れた銀砂が黄泉路の体を即座に修復する。

 幽世を満たす水を、銀の砂丘を、時には屍者すらも踏み台にして宙を縦横無尽に駆ける黄泉路が槍を振るい、受けきれなかった刹那の身体が僅かに切り裂かれる度、刹那の体を構成するマーブル色の宇宙が歪む。


「(いける。勝つ、僕は――)」

「縺薙l縺ァ縺薙◎縲√%繧後〒縺薙◎縺�謌代′螂ス謨オ謇具シ�」

「……刹那ちゃんは楽しそうだね。僕は、どうだろう」


 高速で戦場を駆けまわりながら魔法と槍、拳が行き交う、真に互角となった両者の視線が至近距離で交わる。

 この戦いを純粋に楽しんでいる刹那の言葉に、無意識に張り詰めすぎていた黄泉路の感覚が適度に緩む。


「楽しくはない」

「――」

「けど、嫌いじゃないよ」


 槍の石突が爆ぜ、ジェット噴射の様に推進力となって黄泉路を空へと誘ってゆく。


「でもそろそろ終わらないと」

「雖後□縲∽ス墓腐縺昴�繧医≧縺ェ莠九r莠代≧��シ�」

「僕らは世界を壊しすぎるから」


 大切なものは、まだ現世(そっち)に置いておきたいんだ。

 そう微笑んだ黄泉路が、流星の如く銀の穂先を地表へと、世界の掌握者と化した刹那めがけて降り落ちる。


「縺上€√♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀縺翫♀��シ�シ�」

「世界を、貫けぇッ!!!」


 ふたり分の咆哮。それらを世界を劈く悲鳴染みた音が掻き消して、刹那が胸元で合わせた両手から生み出した小宇宙と、銀の流星と化した黄泉路の槍の先端が衝突する。






 その瞬間、世界から色と音が消し飛んで、ピシリ(・・・)、という小さな音が響いた。

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