表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
493/605

12-30 次世代防衛設備展示会 LastDay-6

 ちりちりと炎が降る薄暗がりの空に金属がぶつかる激しい音が響く。


「せぇい!!」

「ぐぬぅっ!?」


 雪の様に深々と、満天の星空の様に煌々と、降り注ぐ炎が地を埋める勢いで溢れかえった銀色の巨蟲を焼き、地に落ちてなお燃え尽きることのない炎が次第に地形を変えてゆく中、黄泉路の素早い切り払いを杖で受けた刹那が歯を食いしばりながら唸る様にバックステップで距離を空ける。


「《星》よ!」


 距離が空いた瞬間、槍と杖が弾きあって生まれた火花にも似た輝きがそのまま矢に変じたように黄泉路へと一条の筋を空間に描きながら殺到し、黄泉路は足場を侵す炎の位置に気を配りながら手にした槍で光の矢を叩き落とす。


「ッ、ぐ」


 だが、数にして20を余裕で超えるそれらを全て弾く事は適わず、行動に支障が出るであろう四肢や、黄泉路をして明確な急所足りえる頭部を守りきる代償として、黄泉路の胴体に少なくない風穴が空く。

 顔を顰める黄泉路の身振りに支障はなく、即座に踏み込んだ足が地にくっきりとした跡を刻んで刹那までの数メートルを一瞬にして踏破、片手で握った槍を鋭く引き絞って突きだせば、刹那は息つく暇もなく横へと転げるように飛ぶ。

 再び距離を離そうとする刹那を追う黄泉路の動きに迷いはなく、追いつめているのは黄泉路の側に見えるが、その身体を見れば一概にそうとは言い切れない。


「ふ……ぅ……」

「修復が間に合わんのはお互い様といった所か。我が好敵手」

「さぁ、ね」


 胴に空いた風穴から漏れ出す赤い液体が大気に振れる端から揮発する様に赤黒い塵へと変わる。それはつまり、この戦いが始まってすぐの頃の様に傷が出来た端から塞がっていたような無尽蔵の回復力がないという証拠。

 黄泉路の修復は元をたどれば自らの領域内に存在する蒼銀の砂丘や空間を埋める薄暗い水。それらを肉体に補填して修復する類のもので、こうして領域から離れてしまえば現在の体を支える物には限りがあった。

 だからこそ、刹那と黄泉路の能力を削り合うために維持せざるを得ない領域から出征するに当たり、群と呼ぶべき銀の巨蟲達は外部貯蔵庫の役割を兼ねていたのだが、それも刹那の破砕された疑似太陽の残滓を用いた降り注ぐ炎によって機能不全にされ、結果、黄泉路は自らを修復する手段を欠いたまま、刹那に回復の暇を与えない為の無理な攻勢を仕掛けているのだった。


「――」

「はぁ!」

「ぐぬ、まともに、息すらさせぬ、つもりか貴様!」

「刹那ちゃんはそれが一番危ない――からね!!」


 対して、刹那はと言えばこちらも普段の不遜な態度は鳴りを潜め、首筋や腕、脇腹についた浅い切り傷から滴る血が珠の様な肌の上に細い線を描くのをそのままに、肩で息をしながら黄泉路の鋭い攻撃をなんとか凌いでいるといった具合。

 元々、刹那は後衛タイプであり、自らが至近距離で切った張ったを出来るタイプではない。そもそも大抵の相手は近づく前に魔法で消し飛ばされるか、近づいたところで障壁を割れずにその隙に発動した魔法でお陀仏になるのだ。

 こうして刹那が傷を負ったり疲労したりというシチュエーションそのものが、ある種異常であると言えるだろう。

 刹那の魔法に陰りはなくとも、慣れていない痛みや疲労からくるスペックダウンは、傷だらけの黄泉路に接近戦を許し、その上で対等に殴り合いの様相を呈している現状が良く表していた。

 既に手に握った杖で受けた攻撃の数は両手の指では足らず、黄泉路の渾身のスイングをまともに受けた刹那が杖を取り落とさなかっただけでも快挙に近い。

 そんな、本来であれば障壁を抜きうる相手との近接戦闘に発展した時点で負けが確定している様な刹那が、どうして近接を得手とする黄泉路と対等に渡り合えているのか。動体視力の面から見ても、肉体の動かし方の面から見ても、本来であれば場数もセンスも違いすぎる両者が対等に見えている訳――


「とはいえ、それ(・・)の効果時間が切れるまでの辛抱だ、よね!!」

「ハッ、我が魔導に限りなど――ない!」


 刹那の体を覆う淡い燐光が、刹那の体を無理やりに動かして適応させる。

 黄泉路という、己が見定めた強敵と対等に渡り合うために必要な技量を、今この場に限って成立させる無理筋の奇跡。

 限界などないと高らかに謳いながらも、その顔色は出血以上に体の酷使によって悪化し、気丈に獰猛な笑みを浮かべて星を手繰る魔女は補給先を失った黄泉路と同レベルの損耗具合を露呈していた。




 それでも。




 両者の武器が、魔法が、弾き合う音は消えない。


「はああああっ!」

「踊れ踊れ星屑の坩堝!!!」


 それどころか、激しさを増し、周囲に滴った炎すらも巻き込んで、ふたりは戦場を高速で駆け回りながら魔法を、槍を振るう。

 ひたすらに高速で距離を詰め、人体の駆動を無視した槍捌きで槍が奔る。

 槍の軌道に残った銀の残光の中に瞬いた星が刹那の手によって礫へと化け、黄泉路の槍の軌道に割り込んで弾け、刹那の障壁を薄く削ぐように槍の穂先が刹那の銀糸の様な髪を掠めて裂く。

 刹那の超重力の黒球が発生する僅かな予兆を感覚で察した黄泉路が、地面に突き立てるように振り下ろした穂先を更に土に埋める様に力を込め、槍を軸に棒高跳びの要領で宙へと逃れると、その直後には背に圧倒的な引力による大気の圧縮と、それに引きずられるように炎と銀砂が混じった周辺物が吸い寄せられて一塊になる。


「回れ天蓋――」

「! (穿て、銀砂の槍!)」


 頭上を取った黄泉路が槍を引き抜き、落下までに合わせて刹那へと向けるより早く、刹那の言葉に合わせて黄泉路の周囲の景色がぐにゃりと揺らぐ。

 引き戻した槍を投擲した直後、黄泉路の体が腰の辺りを軸に捩じ切れる。だが、違わず打ち出された銀の閃光は刹那の障壁を障子紙の様に貫き、咄嗟に身を捻った刹那の左腕が宙を舞った。


「う、あああっ!?」

「こひゅ……」


 弧を描いて二の腕の半ばからちぎれた腕が赤いしぶきを飛ばす。

 左右で色の違う瞳を見開き、苦痛に叫ぶ刹那がふらりと半歩下がると、その直後に上下が完全に別たれた黄泉路の体が墜落する。


「……は、っ、僕の、勝ちじゃない?」

「――ぎ、ぅ……うううう……!」


 傷口を抑え、両の眼からぼろぼろと大粒の涙を零しながらも粗く息を吐く刹那は黄泉路の言葉に睨むような視線と唸りを向ける。

 その視線の先では、つい先ほど黒球によって吸引、圧縮されて炎が消えてしまった銀砂の塊が解れ、黄泉路の胴を最低限繋ぎ合わせ、手の中で徐々に槍を形作っていく所であった。


「回復する、隙はないよ」

「ふぅ……ふぅ……ふぅ――!」

「!」


 身を起こした黄泉路は槍の穂先を向けながら、粗く、喘ぐように息をしていた刹那の最後の呼吸が静かに深い物であることを――精神力で苦痛をねじ伏せたが故のものであることを理解すると同時に、気になっていた事を問いかける。


「……どうして、君はそこまでして戦うの?」


 それは、刹那がここまで戦いに、黄泉路に執着する理由。

 夢見がちな子だと思った。そのどこまでも高く、広がる夢があるからこそ、魔法という奇跡を扱える能力者に相応しいとも。

 だが、だからといって、夢は夢だ。

 痛みにここまで過剰に――否、正常に反応して見せる目の前の少女が、命を懸けてまで自分と戦いたいと、そう思う理由はなんだろうか。

 これが普通の能力者で、利害から退くことのできない、相容れない間柄であれば話は簡単だっただろう。

 黄泉路にはわからない。日常的な顔を少ししか知らないとはいえ、普通の少女の様に振舞っていた刹那がこうまでして戦いを求める理由が。


「――ふ、ふはは」


 一瞬だけきょとんとした、痛みすらも忘れたような顔で黄泉路を見つめ、黄泉路が本気でそれを口にしていると理解した刹那の喉が震え、笑い声が漏れる。


愚問だな(・・・・)

「?」


 ゆるりと足を広げ、仁王立ちかのように真っ直ぐに立った刹那は傷口を押さえていた手すら放し、血にまみれた手で握った杖を掲げて声を張り上げる。


「何故貴様に勝ちたいのか――決まっている、我が見定めた頂の果て(・・・・)醒めぬ夢のその先(・・・・・・・・)に立つ我が見たい(・・・・・・・・)からだ!」

「な――」


 知らず、黄泉路の口から絶句にも似た声が漏れる。


「(なんて身勝手な……!)」


 同時に、黄泉路は不思議と納得してしまっていた。

 黒帝院刹那という少女の持つ、己の世界をこそ中心と考える強固な精神性は、こうした下地が無ければ作りえないものであろう、と。


「……その為には、死んでもいいって?」

「無論。……いや、そうでなくては目指す価値が、ない!!!」

「っ!」


 刹那の手の中で杖がぐにゃりと変質し、同時に強く踏み込むような――これまでの魔法による補助が大半の跳躍というよりは飛翔と呼ぶべきものとは明確に違う――急接近に、黄泉路は咄嗟に槍を突き出し、


「我は貴様を超え、真理を踏み、理想の我になる!」

「その、腕――!?」


 がしり、と。銀砂の槍――その穂先に触れれば何であれ切り裂けてしまう程に鋭利なそれ――の刃を、刹那の銀に輝く左腕が掴んでいた。

 咄嗟に振り払おうと力を込めた黄泉路だが、刹那の銀の塊と化した左腕がその外見からは想像もつかない膂力で持って黄泉路を吹き飛ばす方がはるかに速かった。


「(っ、空に打ち上げられた、足場を――)」

言葉を飾らず(・・・・・・)虚飾を捨てよう(・・・・・・・)

「! (あの言葉は――ダメだ(・・・)……!)」


 放り出された空中、身を捩って足場を探す黄泉路の耳に届いた刹那の誓願(・・)とも呼べる詠唱に、黄泉路は背筋が粟立つような感覚と共に直感する。

 あれは今までの比じゃない。あれだけは完成させてはいけない。本能的にそう判断した黄泉路は槍を通して自身の領域に強く働きかけ、砂を、マグマによって囲まれた領域を無理やりに押し広げて手繰り寄せる。


幽世の楔を引き抜こう(・・・・・・・・・・)

「ぐ、ぅ、ああぁあぁあ!!」


 刹那の領域を無理に突破し、砂を手繰り寄せる時間すらも惜しい。

 マグマによって大量に浪費させられた砂が漸く領域を超え、一点突破の為に蛇か龍の如く蛇行した流れそのものとなって黄泉路と刹那へ向かって殺到する。


私は私の意志で(・・・・・・・)常世を捨て(・・・・・)人を棄て(・・・・)

「(間に、合え――!!)」


 銀砂の濁流の先端が黄泉路の槍に触れる。

 途端、制御が繋がった黄泉路は銀砂を大量に巻き込んで足場を形成すると自動で始まった体の修復も待たず、ただ槍の穂先だけを強く、鋭く押し固める事のみを意識して構え、弾かれるように刹那へと降り落ちる。






万象を果てに(・・・・・・)手を伸ばす(・・・・・)。――《変生する(アイディール)理想の現像(アライバル)》」

「!!」


 障壁もなく、黄泉路を睨みつける様に見上げた刹那の胸に槍の穂先が触れる直前。

 世界に光が溢れ、黄泉路の視界が塗りつぶされた。

評価人数がぴったり100人になってました。

いつもありがとうございます。今後ともお付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ