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12-29 次世代防衛設備展示会 LastDay-5

 今、日本において最も注目を集めているであろう平地は、超越者同士の戦闘が始まって30分と経っていないにもかかわらず、その有様を現実からほど遠いナニカ(・・・)へと変貌させていた。

 実際の時刻にしてまだ昼前。だというのに、世界が切り取られてしまったかのように、空気の色そのものが黒になったかのように暗澹とした空間が広がっていた。

 深夜の様に黒く、空に瞬く月はない。だが、そこには明かりが溢れていた。


「ハハハハハッ! 良い、良いぞ! それでこそ我が――」

「っ、楽しそうで、いいなぁもう!」


 木霊するふたり分の少年少女の声はどこかぼやけたように空間を跳ねて波紋の様に広がる。

 地上から天へ向け円柱状に広がる闇の外周から、中心に立つ少年へと降り注ぐ、煌びやかな光の礫が闇の中で星の様に瞬いて、少年は殺到するそれらを丁寧に手にした特徴的な槍で打ち落とす。

 闇の淵、外周の外側ギリギリに立つ少女――刹那の声に呼応する様に鳴動した大地が裂け、龍の様にうねる赫灼として泡立つマグマが闇の領域へと押し寄せる。

 同時に、少年――黄泉路が銀の槍を振り、絶えず足元から湧きだし、黒く染め上げる世界の中で唯一の光源として機能していた蒼白く輝く銀色の砂が大波となって打ち合って互いの勢いを食らい合う。


「大口を、叩くわりには……! 牽制ばっかりだね!」

「ええい! 貴様が幽世を拡げておるからではないか!!」

「それをいうなら、会場ごと蒸発させようとするのはどうかと思うんだよね」


 彼らの背後、そして頭上には、外周に押し寄せて拮抗する溶岩の龍と蒼銀の砂波に勝るとも劣らない異常な光景が鎮座していた。

 天から闇を、黄泉路が拡げた空間ごと焼き溶かし擂り潰さんと極小の――と言ってもあくまで実寸との比であって、この場においては会場ひとつを飲み込んで余りある――恒星が迫り、それを押し留めているのは黄泉路の領域の中心に沸き立った巨大な砂山に根を張り、天へと向けて高々と伸びた銀色の巨樹。

 こちらも実在して居ればどこの由緒ある寺社仏閣のご神木と比べても勝ると言えるほどに太く現実離れした巨大さで、天から迫る恒星を受け止める様に広げた枝葉は巨大な掌のようですらあった。

 幽世の世界樹、そう呼ぶに相応しい非現実的でありながら神秘的と言えるそれの根元に眠るふたり(・・・)へと、黄泉路は僅かに意識を向ける。


「(手を貸してくれて助かったけど、()()ももう使えない……。あと使えるのは――)」

「よそ見する余裕など」

「ッ」


 咄嗟に横へと跳んだ黄泉路のいた座標が一瞬にして周囲の黒い空間とは別の()によって引き潰され、圧縮される。


「ぐ……!」


 マイクロブラックホールとも呼ぶべき一撃をかわしたものの、展開の速さと影響範囲の広さから完全に避ける事は出来ず、跳んだ際に残された左肩から先が捩じ飛ぶように消滅し、黄泉路は苦痛に顔を顰めて小さく呻く。

 とはいえ、負傷と同時に地面から沸き立った蒼銀の砂が損傷個所を補填し、一瞬にして傷が塞がってしまえば、僅かに顔色を悪くしただけの黄泉路が刹那を見上げて睨む。


「(あと一手、足りぬな)」


 視線を受けてなお涼しい顔を崩さない刹那ではあるが、その内心は苦い物だ。

 黄泉路と違い、すべてを独力で制御している刹那は黄泉路が思っているほどの余力はない。

 杖という補助具を作り出し、能力の行使を容易にしているとはいえ、空想を実現する破格の能力をこれほどまでに酷使することは刹那にとってはまたとない事だ。

 先ほどの一撃は何もこの戦いが始まってから初めて与えた有効だというわけではない。

 黄泉路の顔色を見るに、普段とは違い痛覚があることで精神的なショックとしてのダメージは与えられている可能性はあるものの、あの程度の一撃であれば一瞬にして修復してしまうことは見ての通りであった。


「(浮き上がった幽世(・・・・・・・・)ごと消し飛ばせるだけの一撃が……)」


 刹那は直感的に、黄泉路を倒しきるには展開された空間そのものを叩かねばならないと考え、その上で、それだけの大規模な技を仕掛ける余力がない事を歯噛みしていた。

 同時に、そう分析されている黄泉路が有利かと言われれば決してそんなことはなく。


「(痛っっっ――ったい! 一瞬で治るにしても、痛い物は痛いし、痛みで怯む間はやっぱり制御が甘くなる……!)」


 黄泉路が現世に内面の世界である幽世を展開しているということは即ち、今この場にいる黄泉路こそが本体であるということ。

 元々、黄泉路はその特殊な不死性から一般の再生能力者や身体強化能力者の様に、痛みに慣れ(・・・・・)ながら成長する(・・・・・・・)ことができない。

 再生や強化の能力者が、既存の肉体の機能を向上させて結果として死に辛くなるのに対し、黄泉路の不死性は回帰に近い。

 受けた傷や成長のために必要な筋肉の破壊といったものが、能力を発現した15歳の肉体を起点に常にリセットされてしまうという特異性は、成長できないことを引き換えに他の能力者にはなしえない不死性を発揮するが、逆に言えば、いつまで経っても苦痛に対して耐性を持てないという事だ。

 肉体が頑丈になったならばその分だけ得られる耐久度も持ち合わせず、平凡な少年としての機能しか持ち合わせない肉体は痛みに対してひどく脆い。

 そんな黄泉路が解決策として用いていた現実の肉体と魂の分離はいわば応急処置に近く、魂という本体が肉体を離れている以上、物理現象である肉体の危険信号など感じることもないという理屈だが、そうした絡繰りを突破した刹那に対しては――自然現象すらも制御下に置く魔女に対抗するには。ただの少年ひとり分の肉体ではあまりにも不都合であった。


「(幸い、砂塵大公(マーキス)達のお陰で領域は拮抗してる)」


 どの道本体へのダメージが通ってしまうのであれば、刹那が占有する現世への干渉を自身の周囲から排斥し、圧倒的な範囲攻撃を無効化できる方が良いと判断したが故の自己領域の現世への露出。

 とはいえ、あくまでも苦肉の策であることに変わりはない。


「(刹那ちゃんを倒すには、あのバリアみたいな防御を突破する必要がある)」


 睨んだ先。空中に立った刹那の周りはうっすらと景色が歪み、そこに見えざる障壁があることを感じ取れた。

 無意識に銀砂の槍の柄を握り込み、手に伝わる硬い感触を確かめる様にした黄泉路はこれまでの戦闘を分析しながら、無意識化ではこれしかないとわかり切っていた結論を改めて思考に上げる。


「(あれを突破するには、銀砂の槍じゃなきゃダメだ。投擲の無駄撃ちは出来ない以上、近接戦を仕掛けるしかない)」


 黄泉路の持つ槍は一言でいえば、超高密度の想念因子結晶の塊である。

 即ち、あらゆる能力の根源であり、能力に最も干渉しやすく、干渉され辛い素材であるということ。

 補助具として扱えば使用者の能力を大幅に拡張し、本来のキャパシティを超えて能力を行使できるメリットと、それ故に制御を誤ると能力に呑まれて(・・・・)しまうデメリットを持つ諸刃の剣。

 黄泉路がこれほどまでに十全に扱えているのは偏に黄泉路自身のキャパシティが高密度結晶である銀砂の槍の前身たる祭器をも受け入れて余りある、規格外の能力者であったからに他ならない。

 その穂先であれば刹那の障壁を貫ける。だが、その為には黄泉路か刹那、あるいは両方が現在の均衡を崩すほかなく、黄泉路は静かに息を吐いた。


「――そろそろ。お互いに覚悟を決めようか」

「来るか……!」


 刹那は黄泉路の領域へと積極的に突入することはない。

 空想を現実に、物理現象を魔法で塗りつぶして世界に押し付ける刹那の能力は、言ってしまえば淡く雑多な色が乗ったキャンバスに新たに絵筆で上から色を塗るに等しいものだが、逆に言えば、黄泉路が展開している、既に塗りつぶしているキャンバスの上に新たに色を置くことは普段以上の負荷をかけることになる。

 絶えず黒い絵の具を垂れ流されたキャンバスの上に、それでも負けないだけの色を絵筆ひとつで乗せるには、本来であれば環境そのものを支配下にすら置くことができる能力を研ぎ澄まし、座標そのものを攻撃するブラックホールや、光の礫の様な鋭く迸る一閃のみが黄泉路に届いていることがなによりの証明であった。

 逆に、黄泉路もまた積極的に自身の領域の外へ出ていないが、それは刹那の領域となりつつある現実世界へ身を晒すことと、本体がダメージを回復するには砂の供給を受けることが最も手っ取り早く、外へ出れば出る程回復へのラグが生じるという問題からであった。


「――行け」


 すぅっと息を吸った黄泉路が槍の穂先を刹那へと向け、挑むように告げれば、刹那は杖を構え直し、黄泉路のアクションに備え、舐める様に舌先で唇をなぞる。

 直後、蒼く輝く銀の砂丘が蠢き、その砂の中から数多の存在が姿を現す。

 それは砂と同じ色相――黄泉路が手にした槍と似た光沢を放つ()だ。

 飛蝗や百足、天牛を始めとした、硬い甲殻と鋭い顎を持った凶悪な虫たち。本来であれば取るに足らないはずのそれらだが、一匹一匹が成人男性の拳ほどともなれば、その見た目の異様さと相まって恐怖を誘う光景なのは間違いない。


「創生を気取るか、幽世の王!」

「さぁね」


 突如現れた凶悪な軍勢を前に、杖を掲げて自身の周囲で星の瞬きが如き光を周遊させる刹那に、黄泉路は短く応えて駆け出す。

 黄泉路の姿を隠す様に群れを成した蒼銀の昆虫が刹那へと殺到する。それは黄泉路の敷いた領域から、刹那が押し留める為に操るマグマを亡骸の砂を積み上げることで踏み越え、境界を超える。


「チッ! 厄介な!」

「そうでなきゃ困るよ!」


 一点突破した幽世の砂で出来た昆虫たちを、刹那が吹き荒ぶ風や凍てつく冷気によって対抗する。

 その隙に昆虫たちに紛れて迫っていた黄泉路が宙に浮いた刹那へと槍を振り抜けば、刹那は咄嗟に杖を合わせ、


「く――」

「ッ」


 同格の物質同士がぶつかり合う硬い音が、澄んだ管楽器の様に響く。

 そこにあったはずの刹那の障壁は既に破られている証左だった。


「(やっぱり)」

「(であれば)」


 押し込もうとする黄泉路は、刹那の口元が動くのを見た瞬間、押し込む力に抗する様に空中で静止している刹那を足場代わりに距離を取る。


「《緑光纏いし巨人の息吹(エメラルドブレス)》!!」


 そこへ吹き付ける――というよりは、叩きつけると評すべき――緑の光で出来た暴風が黄泉路を更なる高所へと打ち上げる。

 空中で姿勢を持ち直した黄泉路の足元で、足場を作ろうと銀の虫達が互いに折り重なって一つの塔へと姿を変える中、この隙を逃すつもりのない刹那の追撃が奔る。


「《宵より来るは光の矢(ミーティアスボウ)》!」

「う、ぐっ!!」


 刹那の周囲を旋回していた光の礫が不規則な軌道を描いて宙に浮いた黄泉路を穿つ。

 貫かれた箇所は焼けるでもなく、ただただそこにあった肉や骨、血を消し飛ばして通り抜ける光の矢に穿たれた黄泉路が錐揉みしながら落ちて行く。

 巨大な昆虫の群れへと落ちた黄泉路だったが、直後、刹那は背筋に粟立つような寒気を覚えて大きく後方へと飛び下がる。




 ――ビュン。と、風すらも切り裂いた鮮烈な音と、蒼銀の軌跡を残したナニカが可視速度を大きく超えて刹那の居た座標を貫いて空へと昇り、銀の大樹によって支えられているように見える恒星へと突き刺さる。


「しま――」


 直後、刹那が作り出した天から降り堕ちる疑似太陽が爆ぜ、その暴威的な熱量と光がまき散らされた。


「よそ見は良くないんじゃなかったっけ?」

「がはっ!」


 その光景に気を取られた絶好のタイミング、本来ならば、槍が投擲された場所ではなく、投擲した場所へ注意を払うべきを怠った刹那は蒼銀の砂を修復途中の身体から零す様に飛び上がってきていた黄泉路によって蹴落とされ、地へと叩きつけられる。


「――なるほど、な。ただの突破要員ではなかったらしい」

「これも元は銀砂だからね」


 空へと飛びあがることこそないものの、即座に障壁を展開しなおして周囲を大地の隆起で薙ぎ払った刹那は、追撃せんと降ってくる黄泉路を即席の石の槍で迎撃しながら、さらさらと煙の様に、黄泉路の傷口へと向かって吸い込まれてゆく銀砂の出所を確認して苦い顔を浮かべた。


「我は万能、我は不滅――」


 黄泉路の領域を超える供として群れを成した銀の蟲。それらの一部が元からそうであった様に粒子状に崩れ、銀の砂となって黄泉路の傷を塞ぐ光景は、数多溢れ出した蟲達が黄泉路の補修要員を兼ねていたことを示しており、その手に再生成された銀の槍の素材も兼ねているだろうことは容易に想像が出来た。

 即座に回復の詠唱に入った刹那に、黄泉路は行く手を塞ぐ隆起した大地の槍を砕きながら迫る。


「回復の隙はあげないよ!」

「であろうな! 降り注げ焔の残照!」

「ッ!」


 ブラフを仕掛けられた、そう黄泉路が認識するより早く、銀の大樹の最上部を巻き込んで爆ぜたはずの疑似太陽が灼熱の欠片となって降り注ぐ。

 それらは無差別に演習場を焼き、黄泉路が作り出し、回復と槍の再生成にかなりの数を消費したばかりの蟲達を巻き込んだ。


「互いに王手へあと数手。……ふは、はは。楽しいなぁ我が好敵手!!」

「――!!」


 握りしめた刹那の杖が怪しく瞬く。その光は、黄泉路の持つ銀砂の槍の原形――想念因子結晶の持つ特有のそれに似て……


「だが、勝つのは我だ!」


 口元に垂れた赤色を散らし、迫る黄泉路に向けて刹那が吼えた。

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