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12-28 次世代防衛設備展示会 LastDay-4

 世界が軋む音、というのはこういう音がするのかと。この日会場に押し寄せていた観衆は誰に尋ねるでもなく自身の根幹、魂とも呼ぶべき場所で理解していた。

 荘厳な鐘の音のようにも、今際の劈く断末魔のようにも聞こえるそれ。

 自身の内側から同様の振動が発されて世界との間で共振している様な浮遊感が現実感を薄れさせ、会場の巨大なモニターが、ホテル上層の展望室のガラスを隔てたの向こう側が映し出す非現実としか思えない光景が、それ(・・)を現実だと直視させる。

 発狂したくても発狂を許されていない。誰の許可があれば発狂できただろう、そう神に問いかけてしまいそうなほどに悍ましく、それでいて美しい祭典を前に、人々は人生で最もパニックに陥っていると言ってもいいにも関わらず、その物理的な動きは静謐とすら呼べるほどに大人しい物であった。


「……黄泉路さん」


 そんな中にありながら、展望室という実際の動きをガラス越しとはいえ肉眼で見ることが出来るにも拘らず、唯陽はぎゅっと腹部で重ねた手を握りしめて祈るように呟く。

 世界創生を目の当たりにしているかのような、魔女の号令という秩序の名のもとに無節操に現出する自然法則と、黄泉路の意に沿う様に沸き立ち、蠢きながら世界を蝕むようにその領域を広げる暗がりの様な()がぶつかり合う光景は、当然のごとく唯陽にとって初めて目にするもので、直視をするには自分という存在の理解が邪魔になる類の狂気でしかない。

 だが、それでも、自身の為に戦うことを選んでくれた人があの場に立っている。ただそれだけの理由で、唯陽は常人でありながらもその光景を目に焼き付ける様に見つめていた。

 とはいえ、そうした決意を基に埒外の戦場を直視できる者ばかりではない。


「――い。しっかり。してください」

「ッ! は、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

「あ。やっと呼吸しましたね。良かったです」


 強めに肩を揺すられ、挙句背中を思い切り叩かれた事で、溺れた人間がそうする様にどっと水の代わりに息を吐きだした月浦瑛士がえずく(・・・)様に荒く呼吸をしだすと、御曹司の背を思い切り叩くという暴挙にも見える救命活動によって命を救った揚町真麻が静かに息を吐く。


「いったい、何を」

「忘れてたんですよ。呼吸。まぁ、あんな光景見せられたんじゃわからなくもないですが」

「……」

「また直視しちゃだめですよ。はいこれ。多少はマシになるでしょう」

「あ、ああ」


 差し出された黒曜のサングラスを掛けた瑛士が呻くように頷く。

 それもそのはず、大企業の御曹司としてあらゆる分野の芸術や希少とされる物事に触れる機会を得てきた瑛士をして、自社のドローン越しの粗い映像でしかないその光景に魂を奪われかけた。

 飛び交う非現実的な――まさしく魔法と表現すべき事象とぶつかり合う、この世ならざる法則。

 それだけでも二度とないものであるのは間違いないだろうと断言できるが、それ以上に、魂を鷲掴みにされたような感覚が心身を乖離させたように身動きを許さなかったのだ。


「あの光景は非能力者には毒です。中継も、出来る事ならすぐに切った方がいいでしょうね」

「……。なんなんだ、アレは」


 黒曜で保護された視覚を経てもなお、現実をただ映しているだけという様にドローンから送られてくる映像に広がる非現実的な光景に、取り繕う事も出来ずに言葉を吐き出した瑛士。

 それは非能力者として、能力を縁遠いものとして、対抗すべき商売敵の一種として捉えていた瑛士にとっては屈辱的とすら言える感想であった。

 まさしく理解不能。まさしく、自分たちでは手を伸ばしても届かないはるか高みにあるもの。

 一瞬でも、自分たちが開発した最新兵器が拮抗していたと思っていた事すらも児戯以前のものだと突き付けられるような絶望感に、外部協力者として耐能力に関する技術提供を行ってくれていた真麻も、そこに関しては同感であった。


「能力者、と一括りにされてはたまりませんが、アレも私達の一種ですよ。想念因子に働きかけ、現実を改編する能力者という存在。御心文書で明らかにされた、私達という存在の証明です」

「……お前も、あれほどのことが出来るか?」

「無理ですねぇ……。そもそも、あれはもはや能力者という範疇に含めて良い物か」

「?」


 怪訝な顔を浮かべる瑛士に、真麻はいえ、と首を振った。

 脳裏にちらりと掠めた自身の上司の言葉を流す様にして、真麻はそれよりもと現実的な話題を口にする。


「このままではパニックは避けられないでしょう。外部出向員とはいえ対策局の立場としていうなら、これ以上の被害が拡散する前に手を打つべきだとは進言させてもらいます」


 対策と一口に言われても、月浦に取れる手段は限られている。

 既にデモンストレーションという名目で行われていた自社の最新兵器と最強の能力者という触書はもはや過去の物となり、この一件が無事に終息したとしても話題の主となることはありえないだろう。先の対戦カードを用意した終夜をしても、現在の状況を誂えたとは考えられない。

 偶発的な事故とも、開戦前の口ぶりから、暗闘時代からの因縁の発露とも取れる刹那と黄泉路の戦闘を外部の人間である月浦が介入できるはずもなく、であれば、残された手は如何に集まっている観衆を穏当に遠ざけ、保護するかという点。


「……会場は耐えられそうか?」

「会話を信じるならば、ですが、おそらく【黄泉渡】はこちらにまで被害が拡散することをよしとしていません。それを前提とするなら耐えます(・・・・)。いえ、耐えさせて見せましょう」

「わかった。至急、視覚防護グラスを関係者に配布して観衆の混乱予防と対策に当たらせろ」

「いいでしょう。私としても、対策局に身を置きながらこの状況を放置したとあっては後で責任を取らされかねませんから」


 ビジネスパートナーとして信頼関係が深まった実感もないまま、ふたりは動き出す。

 周囲で同じように固まり、または憑りつかれた様にドローンを動かして配信を続ける作業者たちを正気に戻す作業に没頭したふたりが動き出した頃には、徐々に浸食して規模を拡げつつあった戦域は会場のすぐそばまで迫ってきていた。






「――うぷ……おぇ……」

「ちょっと。吐かないでよ?」


 場所は変わり、一般客も立ち尽くす観戦モニター付近。

 民衆からやや離れた場所に位置取って戦況を観察し、会場内で対策局を始めとした外部の横槍が入らないかを警戒していた彩華と遙のやり取りに気を配れる者はいない。

 皆、一様に画面に魂を吸われたかのように固唾を呑んで画面の中の出来事に気を取られている中、遙は体の芯から沸き立つような吐き気に口元を抑え、それをしてハッと我に返った彩華が心配混じりの苦言を呈する。

 彩華とて、遙が吐き気を催しているモノを理解できてしまう。だからこその、吐くなよという文句の様な言葉が苦言として通じていた。


「……迎坂君が、本気で戦っているんだもの。私達(・・)がそれを拒むのは、ダメよ」

「わ、かってる……」


 身を屈めて少しでも吐き気を逃がそうとし画面から眼を逸らしていた遙が彩華を見つめ、見つめ返してくるその瞳に宿った恐怖と戦う様な決意めいた命の光を確かに見た遙はこみあげていた吐き気を飲み込んで小さく答える。

 身近に黄泉路という少年を知っているからこそ、この場に集まった観衆の中の誰よりも、目の前の戦闘が恐ろしい。




 ――死という概念が押し固められた、深く底に沈殿していた世界がひっくり返ったような事象そのものであると物語る、見知った少年という矛盾が。




 今も画面の向こうで、会場を形作る壁を一つ挟んだ先で、黄泉路は戦っている。

 地が裂け、マグマが吹き上がり、大気が白く輝く程の寒波が世界を白く染め、天高く輝いた灼熱の星がそれらすべてを焼き溶かす、新たな世界の創生を見せつけるような魔女に対し、黄泉路はただただ深海の如き暗がりの中で槍を振るう。

 銀の砂が湧き立ち、生命の樹を連想する様な巨樹を象りながら降り注ぐ灼熱の天体を押し留め、砂から形作られた歪な人と動物、虫の混成部隊がマグマをその身で受け止め、貪りながら地上で拮抗する。

 波打つ冥府の暗い水が極寒の中でも凍らず滞留して絶えず沸き立つ銀の砂が無数の手を象る様に折り重なって寒波を散らす。

 それは生と死の拮抗そのものであり、現実を自在に改編する能力者と、この世ならざる領域を支配下に置く能力者。超越存在の到達点と呼ぶに相応しい両者が拮抗している姿だった。

 能力者であるが故に、想念因子に働きかけることで書き換わる事象にある程度の耐性を持つ彩華や、曲がりなりにも現実を半端なれど覆うことのできる遙だからこそ、この両者の激突を前にして吐き気を催す(・・・・・・)という正常な反応を取ることが出来ていた。


「で、でも。どうするんだ。あんな戦い……戦いで良いのか? あんなの」

「どうもしないわよ」

「は?」

「私達の役割は?」

「……会場の見張り?」

「そ。今私たちがすべきなのは、ここに集まってる人達が立ちかえった後のパニックに備える事よ」


 彩華に促され、遙は今一度会場へと視線を巡らせる。

 人こそごった返しているというのに、こうして会話している声すらも大きく響いているようにすら感じてしまう程に人の声がない異常なほどに静かな光景だが、しかし、それは今まさに起きている黄泉路と刹那の戦いに文字通り目を奪われているからに他ならない。

 声が響かないのも、断続的に魂と共振する様な世界そのものを震わせていると表現すべき音が余波として会場にまで届いており、その振動にかき消されているに過ぎず、何がきっかけで我に返った人が出てくればたちまちパニックに変わるのは容易に想像できることであった。


「私は転倒騒ぎが起きないように建物を掌握するわ。真居也君は幻影で少しでもパニックを起こしそうになっている人が居たら落ち着かせて」

「わ、わかった。でも、もしアレがこっちに飛んで来たらどうするんだ?」


 アレ、というのは言わずもがな、画面の向こうで暴れている両者の戦いの本格的な飛び火を指しており、そんなものが飛んで来たらパニックを防ごうとしている最中じゃどうしようもないだろうという問いに、彩華はあっけらかんとした顔で肩を竦めた。


「そんなもの。考えるだけ仕様がないわよ。それに、迎坂君が本気で戦うと言っているのだもの。信じるしかないでしょう?」

「……」


 確かに、聞いてもどうしようもないことだ。そう頭を切り替えることで、今まさに自分が死地に居ることを飲み込んだ遙は静かに意識を集中させた。

 頭の片隅で、もし本当に死んだら絶対に黄泉路に文句を言ってやると、恐らくは実現可能になってしまったであろう戯言がチラついてしまうのは仕方のない事であった。

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