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12-27 次世代防衛設備展示会 LastDay-3

 世界が砕けるかのような轟音が響き渡り、圧縮された大気が解放されると共に弾けて吹き荒れ、上空を飛び交うドローンの制御が乱れて舞う。

 その音や衝撃はノイズ塗れになって暗くなった画面を経ずとも会場にまで轟いており、観客たちは一瞬の出来事にパニックになるというよりは、ただただ茫然として立ち尽くす。

 程なくして無事だったドローンからの無線が届き、ぽつぽつと映像が回復すると、そこには先ほどまで時の人となった超能力者の少年と熾烈な戦いを繰り広げていた異形の戦車――だったものが巨大なクレーターの中心で沈黙していた。

 少年の槍が幾度となく突き立てられてなお、僅かに欠けるのみだった黒曜の装甲は元がそうであったように出土した黒曜石であると言われれば信じてしまいそうなほどに押し固められ、少年をたった1発撃ち抜いた主砲など、どこにあったかもわからないほどに捻り潰されてしまっていた。

 辛うじて原形のある本体から出っ張った下部が脚部とキャタピラだったのだろうとわかる程度。それほどまでに悲惨な最後を迎えた戦車が映し出されると、観客の中でも立ち直りの速かった者達の身体に震えが走る。

 強大な戦車をいとも簡単に押しつぶすアレは一体なんだったのか。それを成した者は。

 理解を超えた異常を前に、ただ、現実にあるがまま受け止めざるを得ない被害の痕を見せつけられた人々は声もなく恐怖する。

 それが気まぐれにこちらに向いていたら。そう考える事すら、本能が拒絶していた。

 そんな中。ドローンを操作していたスタッフが事態究明のために必死に本能を押さえつけて現場の様子を捉えていると、ふと、上空に陽を遮る小さな点があることに気づく。


「ふははははははははっ!!!!」


 点へとカメラを向け、ズームすると同時に響いた少女の哄笑が会場に届くと、観衆はびくりと体を震わせて意識が吸い寄せられるようにそのカメラが映す映像へと視線が集まり、そこに映し出されたひとりの少女を認識する。

 黒。全身に纏うゴシック&ロリータ調の、やけにドクロやら銀やらの装飾がじゃらじゃらと取り付けられた魔女のコスプレにも見える衣服の上からロングコートを纏った銀髪の少女が、足場らしきものも存在しないはずの高高度に当たり前のように立っていた。

 左右で違う金と赤の瞳が地を睥睨する様に細められ、手にした一本の木から作り出されたように継ぎ目のない捩じれ曲がった杖を地上の一点へ向けて突き付け、少女は吼える。


「対能力者だのなんだのと大層なことを謳っていた割には呆気ない! こんな玩具と何を遊んでいたのだ、我が好敵手よ!!」


 咄嗟に、別のドローンで杖が向いた先へとカメラを向けられれば、画面には先ほど巻き込まれた――直撃していないにしろ、会場まで届く程の余波のある事象を直近で受けたはずの――少年、黄泉路が学生服姿で銀色の槍を手に少女を見上げていた。


「――ああ、やっぱりきちゃったんだね。一応、約束は守るつもりだったんだけど」


 どこか困ったような、先の強大な力を見せつけた少女に向けるにしてはあまりにも負の感情が薄い声で黄泉路が言い訳とも取れるような言葉を口にすれば、少女――黒帝院刹那はゆるりと銀髪を揺らして首を振る。


「我とてその点に関して疑っているわけではない。だといえ、我との約定を後回しにした事実は揺ぎ無い」

「それは、うん。ごめんね。それで、刹那ちゃんは何をしにここに?」


 答えは恐らく予想の通りなのだろうが、それでも黄泉路はあえて問う。

 刹那がふんと鼻を鳴らす。ふっと足場を失ったように地上へと向けて自由落下し、墜落――速度的には間違いなく墜落である――する直前に、ふわりと引力が消えたかのように柔らかな足取りで地上へと足をつけて着地すると、杖の石突を地に突き刺してじろりと空を飛び交うドローンへと目を向ける。


「知れた事、お誂え向きに眼もあるのだ。我はここで約定を果たすことを貴様に求めるとしよう」


 約定――すなわち、黄泉路との真剣な1対1の勝負をする。そう宣言した刹那に、黄泉路はだよね、と内心で溜息を吐きながらも、刹那との約束を後回しにし、フォローを常群がしてくれるものと思い込んで今に至ってしまった事実を諦めるように受け入れた。


「そうなるか……言っても聞かなそうだし、勝負は受ける。でも条件があるよ」


 明らかに自身に非があるとはいえ、それでも刹那と勝負するからには最低限の条件は譲れないと、黄泉路は真っ直ぐに刹那を見据えながら宣言する。

 対して眉をピクリと動かす刹那は僅かに沈黙した後、


「言ってみるがいい」


 聞くだけならば、そう言いたげな尊大な態度で黄泉路を睨みつけた。

 その態度も仕方ないことと、黄泉路は極力冷静に諭す様な声音で条件を提示する。


「会場を巻き込むような攻撃はしないこと。全力でやって巻き込むなら、事前に遮断する手段を講じること。それが条件だ」


 それは黄泉路にとって絶対に譲れないもの。

 最悪、黄泉路があらゆる手を(・・・・・・)使ってでも(・・・・・)防ぐことも考えているが、それはそれで刹那が望むであろう本気の、お互いの事だけに集中して戦うという目的からは逸れてしまうだろう。


「何を戯けたことを。我は貴様との全身全霊の決闘を望んでいるのだぞ。蒙昧なる民草を気遣うなど笑止千万――」

「なら僕はここで勝負しないし本気も出さない。そうされて嫌なのは刹那ちゃんだよね。……それとも、天下の大魔法使いは会場にいる一般人に被害を及ぼさないようにしつつ全力で戦うなんて器用な真似は出来ないかな?」


 似合わず煽る黄泉路とそれを受ける刹那という構図は以前にも見たモノ。

 涼し気な笑みを浮かべて黄泉路がくるりと槍を回し、空に飛び交う――どうやら予備を投入して配信環境の回復を果たしたらしい――ドローンへとアピールする様に振舞えば、刹那はややあってから地面に突き立てた杖を引き上げて両手で構えた。



「……いいだろう。その挑発、乗ってやろうではないか!!! 深き清廉なる盾、広がり満ちて世を隔て、万障別つ――《触れ得ざる無彩敷層(アンタッチャブルロウ)》」


 刹那の詠唱がドローンのマイクにも乗り、会場中に響く。

 直後、演習場と会場の間にオーロラめいた光の帯が舞い降り、観客たちはその幻想的な光景に目を奪われる。


「ありがとう。今回は引き分けにはしない。全力で君に勝つ。それでいいよね? 刹那ちゃん」

「ああ、そうだ! 我が好敵手、幽世の王! 以前預けた勝利、此度は我が貰い受けよう!」


 光の膜が薄れ消えてゆく。それでも、黄泉路には刹那によってこの場が区切られた(・・・・・)のを肌で感じられ、期せずして刹那のリソースを割かせてしまった事への申し訳なさも含め、今回ばかりは出し惜しみしない(・・・・・・・・)事を宣言する。

 対する刹那がその容姿に似合わない獰猛な笑みを浮かべれば、一拍の間の後に両者が同時に動き出す。


「《緑光纏いし巨人の息吹(エメラルドブレス)》」

「力を借りるね、【無掌幻肢(フリーハンド)】!」


 輝く風の奔流と赤黒い塵によって作られた巨大な腕がぶつかり合い、中空に光の粒が舞い踊る。


「くっ」

「ちっ」


 一瞬の拮抗を待つことなく、互いに後方へと飛んで距離を取れば、宙に浮く様にふわりと自信を固定する刹那と、背から赤黒い塵で出来た巨腕を翼のごとく広げて地に突き立てることで空中に身を置いた黄泉路がそれぞれに次の手を打って出る。


「《宵より来るは光の矢(ミーティアスボウ)》!!」

「っ、前より厄介になったね!」

「ふはははは! 今の我はかつてとは違うぞ! もはや詠唱の隙など晒さん!」


 杖を振る。たったそれだけの動作で光が凝固して礫となって黄泉路へと殺到し、大気の焼け焦げる音を置き去りに殺到する光速の矢を黄泉路は背に広げた無掌幻肢を使ってかわしながら、地に突き刺し密かに潜行させていた赤黒の塵の巨腕を刹那の足元から突き出すことで応じる。

 だが、それすらも今度は呪文の宣言すらしない無色透明な球の様な盾に押しとどめられ、赤い巨大な手が刹那の入ったボールを握りつぶさんと覆う力と拮抗する。


「ふん。視界を塞ぐのも目的の内か」

「(前戦ったときとは同じとは考えないほうがいいね。杖、でイメージを補強してるのだとしても、恐らくあれを手放させる労力をかけるより全力でぶつかる方がマシかな) ……だって刹那ちゃん、あくまで照準は目視だろ?」

「はっはっ、やはり良いな! 我の絶技を見てなお戦意を絶やさぬとは! とはいえ、真体(・・)も出さずに様子見とはさすがに侮り過ぎだな」

「なっ――」


 もはや腕という形すら曖昧になった、ただただ内にある物を圧殺するための赤い塵が、刹那の示唆的な言葉と同時に揺らいで霞む。

 刹那の盾に押し負けたから、ではない。その原因は無掌幻肢の行使者である黄泉路の状態(・・・・・・)にあった。


「こふっ……!」


 黄泉路の口元から赤い液体が滴る。

 いつの間にか、外周から黄泉路の死角を回り込むように周遊していた光の矢が黄泉路を上空から背後を貫いて地へと抜けており、黄泉路の胸元にぽっかりと大きな穴が開いていた。

 普段の黄泉路を、【黄泉渡】の能力を知る者であれば心配すらしないであろう傷。

 しかし、今の黄泉路を知る者であればあるほど、口元から血を滴らせて苦し気に顔を顰める黄泉路の表情は驚愕に値する物であった。


「……」


 どれだけの傷を負っても澄ました顔を歪ませることのない黄泉路の表情が歪む。それは、黄泉路が何らかのダメージを受けていることに他ならない。


「どうした。まさか我が先の敗北から対策を取ったのは詠唱の隙だけだと思ったか?」


 完全に塵が解け、自由の身になった刹那が誇るように、その上で黄泉路に対し、これで終わることはないだろうという絶大な信頼が籠った表情で問いかければ、


「――は。はっ」


 口の中に残留した血を吐き出す様に黄泉路の笑う声が漏れる。

 内側から溢れる様に湧き出した銀の砂によって瞬く間に塞がり、口元から伝った血の跡が塵となって掻き消え、傷そのものがなかったもののように回復した黄泉路が無掌幻肢を解除して地面へと着地する。


「ごめんね刹那ちゃん。ちょっとナメてた」


 やや高い位置に浮く刹那を見上げる様に、挑むように見上げた黄泉路の口の端が吊り上がる。


「――銀砂の槍よ。境界を(・・・)開け(・・)!」


 力強い宣言と同時に地面へと突き立てた槍の先から砂が溢れ出す。

 それは先ほど黄泉路の内から湧きだしたものと同質の銀色の、物質界に存在しえない魂の質量とも呼ぶべき異界則の顕現。

 湧き出した銀砂が黄泉路を中心に地を埋め、領域を形作り、世界を塗り替える。

 夜のように暗い大気が満ち溢れ、水の様に深い異界が口を開ける。


「刹那ちゃん風に敢えて名前を付けるのなら……“天逆鉾(さかしま)氾濫深界(はんらんしんかい)”って所かな」


 突如として地上に沸きだした死の世界。魂を引きずり込むような、肉体や精神よりも更に深い所に強制的に紐づいていると嫌でも理解してしまう、常人が直視すればそれだけで発狂しかねない領域の中心で槍を引き抜き、水中で流れに巻き上げられた砂の様に揺蕩う銀の砂の奔流を従えた黄泉路の声はどこまでも深く、先ほどまでその場にいた黄泉路とは同一でありながら異質と感じる声音が鼓膜よりも深い場所を震わせる。


「――ッ。ついに我が前に姿を見せた、それが貴様の真体か」

本体(・・)、というのならばそうだね。今の刹那ちゃん相手に、痛みを避けるのは難しいみたいだから」


 しゃりん、と。漂う銀砂に擦れて槍の穂先が澄んだ音を響かせ、その先端が刹那の胸元に迫る。


「宣言通り、出し惜しみなしだ」

「ッ!!」


 ギャリッ、という甲高い音と共に砕け散った透明な膜と、眼を見開いた刹那が身体を仰け反らせ、槍の穂先が刹那の胸があった場所を駆け抜けるのは同時であった。

 一瞬にして距離を詰めた黄泉路の振り抜いた槍が障子紙の様に刹那の防壁を切り裂き、その先端が僅かに避けそこなった刹那のコートの端を裂く。


「奔れ光の矢!」

「逃がさないよ」


 避けると同時に転移し、上空へと距離を取った刹那が降り下ろす光の矢に対し、黄泉路は槍を掲げて指揮棒の様に揮う。

 足元に滞留していた銀の砂――徐々に規模を拡大し、今では地上に出来た銀の砂丘とも呼べるそれが意志を持っているかのように隆起し、降り注ぐ光を受けて弾けて暗い大気に漂い淡い火花の様に周囲を照らす。


「《赤く燃ゆる星の血脈(スカーレッドフロー)》!!」


 黄泉路の押し広げるこの世ならざる領域を飲み込まんと、未だ呑まれていない領域の端の演習場の大地を割って沸きだした溶岩流が銀の砂塵と拮抗する。


「この能力――」

「頼むね、“砂塵大公(・・・・)”」


 荒れ狂う銀の砂塵。ただの現象の様にも見えるそれの中に、刹那は確かに()を見た。

 巨大な砂塵の中に作られた人の顔。それは東都で黄泉路や対策局の風使いと共に相対した砂使いが自らの身を棄ててまで至った砂の巨人そのもの。

 巨人の姿こそないが、間近で相対した刹那が見間違うはずもない。


死者の使役(・・・・・)。やはり、幽世の王であればそれくらいはできるか」


 即座に黄泉路が何をしているのかを理解した刹那は杖を掲げて声を張る。


「いいだろう! 破れ散った亡者共が束になろうと、終焉の魔術師(エンドオブウィザード)たる我の敵ではないことを教示してくれる!」

「終焉なんて訪れない。僕がいる(・・・・)んだから!」


 幻想と夢想によって塗り替えられた世界と、死と沈着によって積み上げられた世界が激突した瞬間。

 すべての生命が世界の上げる悲鳴を聞いた。

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