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12-26 次世代防衛設備展示会 LastDay-2

 黄泉路が屋外演習場に立てば、乾いた砂埃を巻き込んだ冷たい風が全身を叩くように吹き抜けた。

 多少の起伏はあれど、都会や街中の様な遮蔽になる物は一切なく、少しばかり高く盛られた地点から見下ろせば演習場の遠くに広がる森まで見渡せてしまう程に解放感に溢れたロケーションをして、黄泉路のテンションはどこまでも凪いで居た。


「……」


 ちらり、と、黄泉路が空へと目を向ければ、青く天に抜けて落ちて行きそうな錯覚さえ抱く程に澄み渡った空に無数の無人小型機(ドローン)が飛び交っており、そこそこの高度を持っているとはいえ、黄泉路からすればそのローター音は束ねられればそれなりに聞こえてきてしまうもので。


「(こうして見世物になるっていうのも、なんだか懐かしいような。そうでもないような)」


 黄泉路自身、客寄せパンダや見世物扱いされることに好悪はない。望まれればそうあろうとしてしまう対面の人を映す鏡の様な元からの気質に加え、今回は依頼であることや唯陽に頼られたからという理由の方面でも、黄泉路がこのシチュエーションを嫌う理由にはなりえない。

 黄泉路がテンションの置き所に迷っているのは偏に、これから対面するショー(・・・)の相手について。


「(無人兵器(・・・・)……あんまりいい思い出が無いんだよねぇ)」


 黄泉路が演習場へと出向く間際。

 これから始まる演目に対する前口上として月浦が客へのアピールとして会場内に流していた音声案内が喧伝していた内容に黄泉路は珍しく晒したままの素顔に無表情を作らせていた。

 今頃会場では展望室から肉眼で見物しようとする人や、会場内に設置された大型モニターに移されたドローンの映像で観戦(・・)しようとする人でごった返しているだろう。

 遠く離れていてもわかる熱のこもった気配を感じつつ、黄泉路は大きく息を吸って吐く。


「まぁ、やることは変わらない。今の僕は、昔とは違う」


 よし、と。黄泉路が気合を入れ直した、その時だ。




 ――ガラガラガラガラ。




 大質量が無限軌道(キャタピラ)によって土を踏み固めながら高速で近づいてくる音が響き、黄泉路の意識は無論、ドローン越しの会場中の目線がそちらへと向けられる。


「……ああ。やっぱり」


 程なくして黄泉路の視界に映り始めたソレ(・・)を見た黄泉路はぽつりと呟く。


「聞いた時から、もしかしたらって思ってたんだよね」


 土煙を上げながら姿を現した黒光りする巨大移動物の姿はさながら歪なカブト虫といったもの。

 主砲と思しき太く正面に伸びた巨大な筒と、同面の端に備えられた銃口らしき細い筒。

 その砲塔を支えるに足る奥行きのある流線形の巨体から生えた六つの足とその先端で結合されたキャタピラ。

 表面こそ前日彩華たちが奪取してきたバイザーと同様の結晶に覆われているものの、その姿は黄泉路が知るとある物の面影を色濃く残していた。


「対能力者用超小型遠隔操作戦車・REX(レックス)……の後継機。能力解剖研究所以来だね」


 思い返すのは、あの日。白一色の実験施設という監獄から黄泉路を助け出してくれた鮮烈な赤色の背中が対峙した、屋内用に開発された小型無人戦車。

 その設計コンセプトも対能力者性能実験も、かつて実験の中で付き合わされた黄泉路は良く知っていた。

 パン、と。手を手を打ち合わせ、右手を胸へと当てる。


「今回は、僕が勝つよ」


 何かを引き抜く様な仕草で右手を胸から放してゆけば、そこには銀色に輝く1本の槍が握られていた。

 陽光を弾き、鈍く色相を変えながら揺らめく様に輝く銀の穂先を向けた黄泉路の姿が会場に映し出され、響く歓声が空気の揺れとなって黄泉路の耳に僅かに届き――




 ビィィィィィィ!




 開始を知らせるサイレンが鳴り響く。


「ふっ!」


 サイレンの名残も待たずに駆け出した黄泉路の足が赤い塵を散らしながら滑るように地を駆け、高所かつ複数の視点によるドローンの映像が辛うじて黄泉路の姿を銀と黒の混じった線として捉える僅かな時間。

 観客が開始の合図に沸き、その後の一瞬に意識が追いつかない間にも、黄泉路は素早くREX後継機のキャタピラへと穂先を切り払う。

 その全身が想念因子の結晶によって形作られた銀砂の槍は本来であれば大抵のモノを切り貫くだけの性能を持っているが――


「――か、たいッ……!」


 ギィ、ン、という硬いものが弾きあう様な鈍く高い音が響き、槍を握った黄泉路の右手が反動に痺れる。

 だが、手の中の振動が収まるのを待つ暇もなく、その図体からは想像もできないほどの速度でキャタピラを回し、その場で急旋回したREX後継機から一足飛びで距離を取り、


「っと、あぶ、ない、な!」


 高く飛んだ着地を狙う様に向けられた機銃による掃射を地面に突き立てた穂先を軸に体を宙で捻るようにしてかわし、再び地に沿う様に低い姿勢で一瞬にしてトップスピードにのった黄泉路が戦場を駆ける。

 追いすがる機銃の掃射を上回る速度の黄泉路の姿はドローンという小型な撮影機器では十分に捉えることは出来ないものの、それでも弾が当たっていないという事実だけは観客にも手に取るように伝わり、黄泉路のヒットアンドアウェイの一撃離脱戦法によって甲高い音が響く度、黄泉路の健在と接触時と離脱時の緩急によって一時的に克明になる黄泉路の戦う姿に歓声が上がる。


「(照準は対応できる範囲内。まだ使われてない主砲が気になるけど、何より硬い(・・)!)」


 機銃は脅威にならないと断じた黄泉路はデモンストレーションが始まってから1分と経たないにも関わらず、既に2桁に上る程の攻撃を加えていたが、手に返ってくる鈍い感触と、戦車表面に僅かに傷をつけるに留まる防御性能に舌を巻く。


「! (突っ込んできた!)」


 どうやら遠隔で操縦している側も、機銃では埒が明かないと断じた様子で、キャタピラの舞い上げた砂埃を引き裂く様に突撃してくる戦車が黄泉路を進路上に捉え、速度を上げながらその巨体でもって引き潰さんと迫る。

 黄泉路としては轢殺はおろか、先まで避け回っていた機銃による斉射ですら実際の所は痛手になるとは思っていない。

 だが、此度の大衆に見られている環境下で終夜の株を下げずに戦い勝利するというお題目を守るには、黄泉路の不死性やグロテスクともいえる捨て身を前提とした光景は避けるべきだろうと言うのが、事前に皆で相談した結論であった。

 勝てはするだろう。であれば、どう勝つかを吟味すべし。そう提言した常群に黄泉路が乗っかった形で、自らに縛りを課しての現状。

 黄泉路は既に目前にまで迫った戦車に対して槍を構え、衝突する数瞬早くその前面、歪な流線形の装甲へと穂先を突き刺した。


「――こ、のッ!!」


 黒曜石の表面を僅かに砕きながら穂先の数ミリが食い込んだ槍を起点とし、同時に飛び上がった黄泉路は棒高跳びの要領で戦車の頭上を取る。

 猛スピードで爆走する戦車の上部へと飛び盛るように着地した黄泉路は足元の装甲へ向けて銀砂の槍を叩きつける勢いで振りかぶる。


「せぇいっ!!!」


 ギィン、ギィン、と、叩きつけるたびに激しい音が鳴り僅かな黒曜石の破片が飛び散る。

 だが、これまでと違うのは黄泉路が戦車そのものに取り付いたことでまったく同じ個所を狙う余地が出来た事、そして、


「(さすがに何の対策もないとは思わない。だけど機銃じゃここは狙えない!)」


 前方に取り付けられた機銃の範囲は可動式で、ある程度の射角を持っていることは体験済みだ。しかし、それはあくまで前方に向けてのものであり、その旋回力によって常に攻撃方向を正面に固定する事で全ての方向へと銃口を向けることを可能としているに過ぎず、銃口の死角そのものを解消しているわけではない。


「次は、何が出るか――」


 幾度目かの振り下ろしの最中、まさかこれで終わるなどとは思っていない黄泉路は次なる手に警戒していると、ぐんと足元が滑る。

 頭上の邪魔者を振り落とさんと、人が乗っていない事を前提とした異常なまでの速度の超信地旋回による大回転が黄泉路の足を払って宙へと放り出す。


「これくら……いッ!?」


 放り出された拍子に体がふわりと宙に浮き、一切の支えを失った黄泉路が放物線を描く。

 そこへ、これまで沈黙していた主砲がぐりんと有機的とすら言える滑らかさで向けられ――


「やば」


 黄泉路の目線で主砲の穴の奥に広がる暗がりまで見えてしまう程、正確に捉えられた主砲の射線を認識すると同時に、空気が爆ぜるような振動がドローンのカメラ音声にノイズをまき散らし、吐き出された巨大な砲弾が黄泉路を捉え、


「ぐ、ッ」


 音速を超える弾頭に対し、咄嗟に槍を引き寄せて身体の前で構えることに成功したが、それだけだ。

 衝撃を逃がす場所もなく、人体の認識範囲を容易に超えたそれが槍という、砲弾を受け止めるにはあまりにも細い軸の上で圧し潰れる様にひしゃげて爆ぜる。

 空中で上がる爆炎に会場が悲鳴に包まれるのも束の間、全身から赤い塵を吹き出しながら十数メートルの距離を放物線を描いて飛ぶ黄泉路の姿をドローンが捉え、誰もがその生存を絶望視する中で、黄泉路は中でくるりと体勢を整えて着地し、膝をついた。


「はぁ、はぁ、はぁ…… (痛っっっ、ったい!!! 弾頭、絶対普通じゃない、内側にまで刺さってきた……!)」


 黄泉路の本体とも言える水底の砂丘。そのいたるところに天から降り注いだが如く、黒曜石のつらら石が蒼銀の砂丘に深々と突き刺さり、そのいくつかが砂丘に佇む黄泉路の四肢を貫いていた。


「機銃までこうだと思いたくないなぁ……」


 本体から黒曜石を引き抜き、その穴を塞ぐように周囲の蒼銀の砂が寄り集まって黄泉路本体を補修する。

 その間にも立ち上がった黄泉路は先の煙の中で全身を再生させたことで傷ひとつなく、しかして格好はいつもの学生服へと早着替えを披露した状態で、吹き飛ばされて砂と消えた槍を新たに生成しながらぼやく。

 恐らくは装甲と同じ、対能力者に特化した素材を用いた炸裂榴弾だったのだろうそれを冷静に分析しつつ、再び向いた主砲の射線から逃れる様に足を動かす。


「(やっぱり、機銃の方は普通の弾。警戒すべきは主砲と装甲――)」


 機銃の弾丸ひとつひとつをコーティングないし生成するだけの安売りはできないと見た黄泉路の読みは正しい。

 黄泉路が受けた対能力貫通弾はその生成に物質改編系能力を用いねばならず、その能力を行使できるだけの人材は現在をもっても数えるほどしか存在していない。

 今回こそ、対策局から出向いた人材が用立ててくれたお陰で全体装甲分と主砲用の弾頭を急遽用意できたものの、本来であればデモンストレーションの為にほいほい使っていい――使える弾頭ではない。

 だが、だからこそ。東都の英雄と持て囃される世間に置いて“最強の能力者”と目されている黄泉路に対して使用する価値があると月浦は考えていた。


「効果が確認できないぞ。ちゃんと当たったんだろうな!」

「はい! こちらで飛ばしている観測用のドローンで熱源、赤外線、対能力用の映像で確認しています」

「だったらどうして奴はピンピンしてる!? まさか本当に不死身だとでもいうんじゃないだろう!?」


 月浦の指揮所とも言えるブース。その中で吠える瑛士に、操縦を担当する技術者が映像で送られてくる戦況に対して自動補正をかけて動くREX後継機の調整をしながら必死に応えていた。


「くそ、もっと能力貫通弾頭のコストダウンが出来れば……!」

「――? なんだこの反応」

「どうした」


 不意に、観測班に割り当てられていた作業員が漏らした声に瑛士が反応し、操縦補正を含めた全員の目線が一つの画面へ――会場の上空を飛び交うドローンのひとつへと向けられる。

 そのドローンは他のドローンよりも更に高度を取って飛翔しており、月浦が会場中継とは別に観測用として飛ばしていたもの。その画面に、ふと宙に立つ人影が現れる。


「な、人!?」


 驚く面々と、少女の形をしたソレが手を挙げた瞬間、


「――ッ!?」


 ぞわりと世界が歪むような、身体がかつて体験したことのある異物感に即座に反応した黄泉路が戦車への接近を中断して大きく背後へと飛び下がる。


「我を差し置いて随分と愉快な玩具遊びをしているようではないか」


 降り注いだ声。尊大な、それでいて大人とは呼べない少女の声に、黄泉路の頭は直感的に事態の厄介さを理解すると同時に認識を拒絶する。

 さりとて。いくら黄泉路が認識を、現実を認めたがらなかろうと。


「嫉妬してしまいそうだぞ幽世の王(・・・・)、我が好敵手よ!」






 空想(まほう)は容赦なく、等しく地上に降り注ぎ。






「《黒より黒き至る死の星(ダークスフォーム)》!!!」


 頭上より降り堕ちた黒が、黄泉路諸共に地上の戦車(くろ)を擂り潰した。

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