12-25 次世代防衛設備展示会 LastDay-1
東都の崩壊を受け、新たに再出発を世界へと発信した日本が開催する次世代防衛設備展示会の最終日に相応しく、広くとられた窓の外には2月の澄み渡った青空が広がっていた。
「静かなはずなのに、こっちにまで熱気が伝わってくる気がするね」
窓の外――階下に広がる展示会建物同士を繋ぐ舗装された通路や屋外展示スペースを見下ろした黄泉路の呟きが静かな室内に溶ける。
元々VIP専用、厳密に言うならば終夜関係者のさらに上層部に近しい人間のためだけに作られたスイートルームは黄泉路を含めても最大で7人にしかならない面々を全員揃えたとて広さを持て余すほどのものだ。
最後の大詰めの準備の為に僅かながらに緊張した雰囲気が漂う今ならば猶更、室内の静けさも一層増している様で、普段であれば何かと騒がしい遙ですら神妙な顔で窓の外を見下ろしていた。
「東都の英雄サマの戦いが間近で見られるってんだ。そりゃ大騒ぎにもなろうってもんだぜ」
「揶揄わないでよ常群」
隣に寄ってきた常群が悪戯っぽく笑いかければ、黄泉路は呆れたように半目になった視線で見上げて息を吐く。
とはいえ、その調子には隠しようもない懐かしさに対する軽い空気が混じっており、常群もそれを分かっている為、軽口を返す様に悪い悪いと悪びれもしない謝罪を口にするのだった。
「ちょっと男子ふたり。じゃれてる暇があるならこっちを手伝ってほしいのだけれど?」
そんなふたりへと、咎めというよりはやはり揶揄いが混じる調子で、彩華がソファに深く腰掛けながらテーブルに置かれていた黒々としたバイザーを手に取って角度を変えながらのぞき込んだりしつつ声を掛ければ、ふたりはほぼ同時に振り返りながら肩を竦める。
「いやぁ。俺能力者じゃねーしさ。専門の分析機器渡されたってわかんねぇし」
「僕も、彩華ちゃん以上の分析は出来そうにないからね。頼りっぱなしで悪いとは思うけど」
「……冗談よ、冗談。私だって正直断片的なことしか分からないから後でちゃんとした分析班に渡すだけよ」
一見するとサングラスのような色のついたガラスに見えるそれを自身の目元に重ねて顔を向けてくる彩華に、黄泉路はくすりと笑みを零す。
「断片的にでもわかっただけありがたいよ」
「でも、昨日戦った時に推測できたことが補強されただけよ?」
「それでも、だよ。初見で対応するのと、少しでも心構えが出来てるんじゃ違うしね」
バイザーを顔の前から除け、ひらひらと手で振ってからテーブルへと戻す彩華の様子に、常群が黄泉路へと顔を寄せて声を潜め、
「彼女、案外お茶目だよな」
「なんで内緒話?」
「本人の前で堂々とってのも違うだろ?」
ひそひそと、それこそ自身の通う学校の男子がするような他愛もないやりとりをする黄泉路と常群の様子はそれなりの付き合いになった彩華の目からしても自然体で、1時間もしない内に大仕事が待っているとは思えない態度にいっそ感心すらしてしまうほどであった。
「それで、どういったものなのでしょう?」
「そうね……終夜の対能力素材とやらを見せてもらっていないから何とも言えないけれど、モノとしてはだいたい同じ、完成度としてはかなりのものって所じゃないかしら」
彩華と同じテーブルで個人用のソファに腰かけ、コーヒーを飲んでいた唯陽が口を挟むと、彩華はテーブルの上へ置いたバイザーを手に取るように促す。
唯陽が手を伸ばそうとするのを咄嗟に止めようと傍に控えていた白峰が動くも、彩華が問題ないとしている以上大丈夫だとばかりに素手でバイザーを手にした唯陽はまじまじと黒い結晶のようなそれを観察する。
「見た目はガラスというよりも宝石……いえ、鉱石でしょうか」
「近い物を挙げるなら黒曜石あたりかしらね」
「黒曜石を使ったアクセサリは見たことがあります。言われてみればそれに近いですね」
「問題は、それを通して見たモノは能力によって作られた視覚効果を無効化するという点よ。それ越しに真居也君を見てみたらわかるわ」
「!?」
急に話題に上がってびっくりするのは、今日も今日とて黒スーツにオールバックという格好――に見える真居也遙。
その実体は金に近い明るい茶髪で、格好も年相応のカーディガンにシャツ、カーゴパンツといったラフなものを身に纏っており、唯陽は色こそバイザーによって曖昧になってはいても、その髪型が全く違うことに目を見開く。
その後何度かバイザーを目線から除けたり重ねたりを繰り返し、遙が幻影を被っていた事実を知った唯陽はなるほどと小さく息を吐いた。
「狐憑きさんは、能力でご自身の顔を隠してらっしゃったんですね」
「そういうこと。まだ見習いに近いから、リスク管理の意味合いもあって顔を隠してもらっていたの」
「でも、確かにこれは頼もしい反面、能力者の皆さんからすると脅威になりますね」
非能力者である唯陽であっても、遙のこれまで気づきようもなかった高度な幻影を一瞬で看破できてしまう代物だ。
恐らくは葉隠の光の屈折を操る能力もこのバイザーにかかれば無効化されてしまうだろう。
これまで、そうした隠蔽能力によって度々恩恵を受けてきた唯陽はすぐにバイザーの技術によって齎される防犯上の恩恵と、潜入やお忍びといった諜報の難易度上昇を把握し、再び深々と溜息を吐く。
「久遠寺さんにお願いして外出というのも厳しくなりますね」
「私としては、ええ。その方が安全上良いと思いますけどね。でしょう? 白峰さん」
「ああ」
悲し気に嘆きを口にする唯陽に突っ込みを入れる葉隠とそれに同意する白峰からすれば、お嬢様のお忍びなどないほうがいいという切実な感想であった。
そんな三者を横目に、テーブルの傍へと合流した黄泉路と常群は汚れが落とされ、畳まれた状態のアーミージャケットへと目を向ける。
「そんで、こっちは防刃・防弾性の強化だっけ?」
「繊維に能力製の素材が混ぜ込んであるらしいね」
一見すると、どこにでもある様な迷彩柄のロングコートのようにも見える軍用ジャケットだが、その性能はざっくりと聞いただけでも常群は欲しいと思ってしまうほどのもの。
「そうね、私なら切り裂こうと思えばできなくはないけれど、普通の刃物や銃弾なら防弾ベストと同程度かそれ以上の防御力になるんじゃないかしら」
「それでいて普通の服と同じ軽さだもんなぁ……つくづく、能力って便利だよな」
「あら。気になるのでしたら、私の方から人工能力生成装置の貸与を申請しましょうか?」
「いいっすよ別に。俺にゃ今の身の丈で間に合ってるんで」
シレっと終夜の持つ技術の被検体を勧める唯陽に常群は冗談とばかりにひらひらと手を振って拒否して見せる。
常群自身、能力者に対して偏見など持っていないものの、能力というものを間近に見てきた身として、自身が能力を持ったとしても手に余ると思えてしまうが故の返答であった。
……もう半分ほどの理由として、終夜の実験に付き合ったら何をされるかわからないという不信感がなかったとは言えないのも事実ではあるが。
「っと、そろそろ時間だな」
そうこうしている内に、常群が振ったばかりの手についた腕時計の時間を見て話を切り上げる。
「そのようですね。では、黄泉路さん。参りましょうか」
「うん。それじゃあ、皆、またあとでね」
時刻は10時を回っており、少し前に入場が開始された地上は人でごった返しているだろうことが予想できた。
その為、白峰を伴った唯陽と黄泉路は関係者用の裏口から会場へ向かい、黄泉路が演習場へ向かった後、唯陽はVIP席へと向かう手筈になっていた。
席を立った3人が部屋を出て行けば、続いて葉隠がバイザーとジャケットを手に立ち上がる。
「私はこれらを解析班に回してきます。合流は後ほど」
「じゃあ、私達も出ましょうか。真居也君も、忘れ物はないかしら」
「忘れて困る様なもん持ち込んだら怒られるじゃないっすか」
「ええ。そのつもりで聞いたのもの」
「ひでぇっすよー!」
「ふはっ。ほんっと仲いいな」
彩華が立ちあがり、遙へと揶揄いと確認を兼ねて問うやりとりに思わず笑いを零した常群もまた、三肢鴉の面々が部屋を出て行った後に席を立つ。
元より立場的にフリーで動きやすいこともあって部屋の戸締りを頼まれていたのに加え、黄泉路が演習場で戦車と、唯陽がVIP席で月浦瑛士と戦い、彩華と遙が一般客に混じって不測の事態に警戒する中で、常群には今日までに作ってきた企業との面識を利用した今後に向けたコネの構築と選別という仕事が割り当てられていた。
ひとりだけ出発時間が違うのもそうした事情であったが、常群がそろそろ自分も出るかと考えていた時だった。
――ブー。ブー。ブー。
ポケットの中で無音のまま震える携帯端末が着信を主張する。
「(……誰だ? この携帯は裏専用のだぞ)」
複数台の端末で自身のリスクを分散していた常群は取り出した機種を見て怪訝な顔をし、更に着信画面に映った名前でその表情を更に深めつつ端末を耳に寄せ――
「……は?」
通話口に流れてきた声の告げる内容に思わずといった常群の間の抜けた声が、無人の静寂に満ちた室内に零れ落ちた。