12-24 次世代防衛設備展示会 SecondDay-4
複数の足音が慌ただしく風に乗る。
「隠密系の能力者がいるぞ! バイザーを使え!!」
「了解!」
野太い声の応酬が響き、迷彩柄のアーミージャケットに目元を覆う深い色のバイザーを掛けた男たちが小銃を片手に倉庫から飛び出してくる。
その人数は倉庫の規模にしてみるとそれほどではないと思える程度であるものの、だとしてあの倉庫ひとつの警備とするにはあまりにも多い。
5人1組の小隊からなる動きは訓練を受けたプロのものであると容易に見て取れ、それぞれが広く展開する様を、彩華と遙は姿勢を低く低木に身を寄せる様に観察していた。
「あの目元の黒いの、やっぱさっきのと一緒の奴っすかね?」
「そう考えておいて間違いはないでしょうね。準備は良いかしら」
「――すぅ。はぁ……。っし。いけるぜ!」
「それじゃあ――《飛刀牡丹-乱れ裂き》」
彩華が手袋をつけたままの両手を地面へと押し当て、ふっと息を抜くように自己の内で取り決めたイメージを即座に固める為の言葉を口にする。
「散開ッ!!!」
分厚いギロチンの刃の様な刃が水平に飛び、その直前で発されたざりっ、という細かな砂がこすれあう様な摩擦音と、あらかじめ警戒を高めていたことによってアーミージャケットの一団が掛け声ひとつで即座に散開する。
そこへ着弾と同時に大きな砂煙を上げる牡丹の花弁を模した巨大な刃たちが降り注げば、続けざまに彩華が能力で畳みかける。
「《鉄線籠目-茨回廊》」
飛刀牡丹が着弾した場所を起点として砂煙を攪拌するように地面を叩きまわりながら鈍色の紐のようなナニカが爆発的に増殖する。
その光景はつい先月まで東都で撤去作業が行われていた巨大な刃の植物群を思わせるが、しかし、
「今よ」
「おうよ。《祭囃子》っと!」
彩華の掛け声に重ねる形で遙はパパンっと手を叩く。
遙の手が打ち合わされた音の波が大気を伝播し、本来であれば男たちへと届く距離でもないにもかかわらずあたり一帯に均一に響く幻聴に、男たちはびくりと一瞬身体を硬直させる。
その間にも、景色は砂埃の一帯を除いて音の電波と共に塗り替わり、殺風景な平地でしかなかった場所が古めかしい祭り会場へと塗り替わってゆく。
客も店主もいない、所々塗装の剥げた出店屋台の連なりで出来た通りが広がり、どこからともなく祭囃子の様な規則的な旋律が耳を打つ。
砂埃を隠れ蓑に拡大する鉄の茨を中心とした放射状に描かれた虚像の祭会場に彩華が僅かに呆れるような感想を遙へと向けかけるが、男たちの様子を見てその感想を引っ込めた。
「なんだこの音は」
「能力者が近くにいるはずだ。警戒して探せ!」
「砂煙から距離を取れ!!」
「気をつけろ! 音や臭いを起点にした催眠の可能性もある!」
彼らは一様に、どこからか香り彩華の鼻腔をも擽る祭り特有の屋台料理の匂いや虚ろに響く祭囃子を認識しながらも、視界に入っていたならば反射的に避けて通りそうな古びた屋台や人も居ないのに熱々に熱せられているらしい湯気の立った鉄板などを認識していないように寂れた祭会場を警戒しながら歩き回っていた。
「……どうやら、彼らが無効化できるのは視覚だけみたいね」
「そっすね。つっても目を通した効果が一番デカいんでオレとしちゃ痛いっすけど」
遙が確認したかった、どこまで幻影をスルーできるのかという点について互いに結論を得たふたりは小さく言葉を交わす。
「視覚だけ誤魔化して移動できない以上、彼らのバイザーを剥ぎ取るのが第一目標でしょうね」
「っすねー……。このまま隠れてても埒明かねーし」
未だ、彼らの布陣に楔を打ち込むように作り出した砂煙を纏った茨のお陰でふたりの隠れている茂みの方には注意が向いていないものの、今しがたの検証結果を考えれば時間の問題と言えるだろう。
「真居也君。少し音を大きくできるかしら。具体的には私の茨が暴れても分からない程度に」
「おっけーっす。こっちで合図出したら動いてくれ」
「ええ。任せたわ」
遙が姿勢を低く保ったまま、両手を何かを持つように曲げる。
一瞬の瞬きの後、遙の手の中にはあたかも最初からその場に存在したかのように拍子木が握られていた。
カカンッ、と。拍子木が打ち鳴らされる乾いた張りのある音が鳴る。
「――さぁさ、祭囃子の第二章だぜー。幻のお祭りは今日限り、騒いではしゃいでハメはずそーぜ!」
カン、カン、カン、カン、カンカンカンカンカン――カカン……。
次第に間隔が短くなる連続した拍子木の音が響く度、幻のお祭り会場に気配が現れる。
それは音。大小無数の土を踏む足音であったり、甲高く燥いだ様な子供の声と窘める様な大人の声が入り混じった、個別に何を喋っているのか聞き取れない喧騒が小銃を構えた男たちの隣を、背後を、正面をすり抜ける様に、鳴り響く祭囃子に混ざって“姿なき人”を描き出す。
それは匂い。冷たい冬の風に混ざった屋台のソースの香りや高く積まれた蒸し器から上がる蒸気が纏うジャガイモや肉まんの香り。熱源たるバーナーなどから上がるガスの匂いや鉄板に敷かれた油が上げる蒸気の匂いに、箪笥に仕舞われていた布の匂いや香水の匂いといったものが混じって他者の存在を窺わせる。
その他にも吐息のようにも聞こえる風の音や大きく鳴り響く祭囃子が、冬の寒空の下に夏の夜の縁日を描き出し、幻影だけを見ることが出来ない男たちは数人ずつのグループに分かれて身を寄せ合って背を預けて警戒を露わに周囲を見渡していた。
「な、なんだこれは。音が、それにこの懐かしい匂い――」
「おい、バイザーを外すなよ。外したら何が起きるかわからんぞ」
「だが、周りに人がいる様に感じるのに何もいないのは不気味すぎるだろ」
「うわぁっ!? お、おい今誰か俺に触れたぞ!?」
「落ち着け! 敵の罠だ!」
バイザーが防げるのはあくまでも視覚的なもの。音や臭い、肌触りといったものまで再現された、人の気配だけがある祭りの会場の雰囲気は男たちの不安を煽ることに成功していた。
そうして注意が乱れた隙を、土煙を起こしながらも密度を増していた茨が男たちの足元の土中を貫いて突き上がる。
「う、ぐっ!?」
「しま――」
2人組になっていた男たちの足元から伸びた鈍色の蔦がその葉の端でバイザーを引き裂き、男たちが咄嗟に顔を庇って跳ぶ。
攻撃を受けた対象を視認すべく慌てて目を見開いて周囲へと目を向け、そこに広がる祭りの会場に一瞬放心してしまうと、その様子に気を取られた別のグループの足元にもまた彩華の伸ばした蔦がバイザーを剥ぎ取ることに成功する。
「おー、すっげぇ早業……」
「言ってないで、バイザー剥ぎ取った奴を誘導して遠ざけて。出来るなら残りの標的の目にもわかる様に」
「――っす。やりますやってみせます」
広域への幻影は遙にとってもそれなりに重労働だ。加えて視覚効果だけでなく、複数の音や臭い、触覚といったものをその場にある様に見せかけることは、ただの学生として枯崙へと踏み込み、中華暴動で死線を潜ったことで成長した今の遙にとってもギリギリのラインである。
にも拘らず特定個人を誘導しろという彩華の無茶振りであったが、自身への信頼とも取れる彩華の要求を断れる遙ではない。
能力の行使にリソースを割かれ、現実への注意が散漫になるのも自覚しながら、遙はバイザーが剥がれた男たちの歩みを誘導する様に幻の屋台を、気配の動きを作り出す。
「……なん、だ。これは」
「幻でも見てるのか俺は」
「お前らも、これが見えてるんだよな?」
「ああ。俺たちは何処に来ちまったんだ……」
唯一現実と幻覚の区別が付く遙の目には、虚空へと視線を彷徨わせながらもふらふらと歩く男たちの姿が見え、
「おい、お前ら!! 何処に行こうと――」
「危ないッ!」
「ぎゃああ!!」
その男たちを引き留めようと、バイザーを被った別のグループの男がその背に声を掛けた。そのタイミングで彩華の茨が駆け抜け、男のジャケットを深々と引き裂きながらバイザーを剥ぎ取ってゆく。
当然、遙の幻影は実際に存在しているものや起きた物事を隠すことは出来ない為、男の挙げた悲鳴は幻覚を見ている面々にも明確な音として響き、その瞬間に男たちの足がピタリと止まって肩を寄せ合うように幻覚の中で陣を敷いて周囲を見回す。
「今声が」
「あっちの方から聞こえたはずだ」
言葉少なに頷きあって男たちが屋台を避ける様に動き出す。
その先にある、幻像によって包まれた土煙を上げる茨へと。
「お前ら何を!!」
「ぎゃあああ」
次第に大きくなる異音を警戒しつつも、それが何であるかを認識できない男たちが土煙の中へと突入し、途端に呼吸器に思い切り入り込んだ土にむせ返る中、彩華の茨が男たちの武器を次々と切り刻んで束縛する。
次々と無力化される仲間の姿に悲鳴染みた制止の声を上げる残りの面々も、殊更鳴り響く祭囃子と祭りの匂いによって感覚が狂わされ、既に自分たちがバイザー越しに見ている光景すら幻覚なのではないか、バイザーを取ったら現実に祭りが目の前に広がっているのではないかとすら思えてしまう極限の精神状態へと追い込まれていた。
男たちの動揺を、隙を狙いすましたように土中から飛び出した茨によってバイザーが切り飛ばされ、ひとりまたひとりと幻の中へと叩き込まれてゆく中、ついに全員のバイザーが剥がれたタイミングで彩華は遙へと声を掛ける。
「5秒後に仕上げる。もう一度意識を足元から逸らして」
「りょう、かい……すぅー……はぁ……」
彩華が幾人かをリタイアさせてくれたことで負担が軽減された遙は深く息を巡らせて祭りと言えばこれだろうと決めていた大玉を打ち上げる。
「咲けよ天輪、《大尺狐火》!」
瞬間、彼らは撃ちあがる音に無意識に目が空を向く。
知らぬ間に夜にすり替わっていた黒い頭上にこれまでの音をかき消す様な巨大な火花が燃え盛り、直近で爆ぜたと思う様な爆音が彼らの聴覚を奪いつくす。
「――良い演出だわ。《鉄線籠目-縊木蔦》」
意識が頭上へと向いた男たちの足元から、これまで土煙を上げて姿を隠していた茨の中で土中を這い巡って男たち全員の足元へと伸ばしていた蔓が一斉に芽吹き、土汚れを纏ったままの鈍色の蔦が男たちの四肢を絡めとる。
「ひぇ……」
「今回は殺してないわよ」
ギシギシと音が聞こえてきそうなほど、彩華にしては刃の少ない金属の蔦が男たちの首を締め上げて意識を刈り取ってゆく光景に、思わず遙が小さな悲鳴を上げ、それを呆れたように立ち上がった彩華が鼻を鳴らした。
「(まぁ、確かにこうも頭数揃った大人が首つり自殺してるように見える姿ってのはやりすぎたかもしれないけど)」
全員の意識が刈り取られていることを確認した彩華がたん、と小さく靴底で地面を叩く。
ずるずると男たちを引きずる様に解けた蔦が一か所へと集まってゆき、意識を失った男たちが無造作に投げ出される中、それをなした鈍色の蔦が土に還るように塵へと変わる。
「……これ、どーするんすか」
「どうもしないわ。1時間もすれば目を覚ますもの。今回は私達……特にリコリスね。派手に動いたから能力でバレそうなものだし、痕跡を残さず無力化して離脱するのが目的だから、これでいいのよ」
これ以上幻影を維持する必要もなくなった遙がふたり分の隠蔽だけを残して疲労を訴える様に低い声を上げれば、彩華は淡々とした様子で男たちを一瞥していた視線を周囲へと向け、
「これだけ回収していきましょうか。良いサンプルになるわ」
「……そっすね」
ちゃっかりと、男の纏っていたアーミージャケット1つと地面に散らばったバイザーを手にして歩き出す。
帰りもこの何もない寒空の中を歩くことになるのかと辟易した気分が精神的な疲労にのしかかる様で、遙は大きく息を吐いて空を見上げたものの、先に歩きだしてしまった彩華に追いつくために慌てて小走りで後を追うのだった。