12-23 次世代防衛設備展示会 SecondDay-3
遙の能力によって風景に溶け込んだ彩華達は建物の側面から侵入経路を探る。
「迷彩されてる以外は普通の倉庫っぽいっすね」
「……どうかしら」
外から見た建物の構造はよくある――といっても月浦の規模相応に巨大なものだが――倉庫のような飾り気のないものだ。
自衛隊演習場の奥にひっそりと佇むその立地と、周囲の景色に溶け込もうと努力するかのような迷彩柄が無ければ見逃してしまうほど、目の前にある倉庫は特徴のないものだったが、隠したい物をしまう箱を装飾するバカはいないのだから当然と言えよう。
「少なくとも、普通の倉庫ならあるはずのものがないのは確かね」
「え? ……ああ。よく見たら窓がない」
「ついでに出入口も少なめね」
出入口が少ないという事は出入りを固める警備の人員を少なくできるということでもあり、人経由での情報の漏洩リスクも下がる。
外壁に施された迷彩柄と言い、この倉庫はどうやら見つかることそのもののリスクを最大限落とすことに特化しており、こうして見つかった後のことに関しては手薄になっているのではないかと彩華は推察していた。
「正面にひとつと――」
声は潜めつつ、建物の外周を観察する様に目を凝らす彩華は建物の後方まで歩き、正面の大型の車両が出入りして余りある巨大な出入口とは違う、人ひとりが出入りする事だけを目的とした小さな通用口を見つけ、試す様に隣で身を潜める遙へと問いかける。
「背後にひとつ。真居也君はどちらがお好みかしら?」
「っぱ、後ろから……とかっすかね?」
「理由は?」
「へ!? や、なんか、正面から堂々とーってのは能力あってもどーなんかなって思ったんすけど。裏口ってマズいんすか?」
焦ったようにきょろきょろと周囲へと顔を向け、裏口を目を凝らす様に視線を固定する遙に、彩華はそこまで焦ることはないだろうにという感想を内心に仕舞い込んだまま、ただ淡々と後学の為という体で口を開く。
「裏口って言うのは確かに人目を避ける、自分たちに後ろめたいことがある場合はよく使われる通路だから間違ってはいないわ」
「じゃあ――」
「今回みたいにそもそも建物そのものが隠されている場合、あえて裏口を使う理由というのもあまりないから、緊急用の避難経路として作ってある以外は、あえて用意されている場合もある」
「……罠ってことっすか」
「あくまで経験則と勘よ。建物自体が見つからないようにしているのに、その出入りに気づかれにくくするための裏口なんて必要なのかってね」
「あー。なるほど。じゃあ正面に戻ります?」
「それもいいけれど、まずは背面から回って向こう側も一応確認。その後に適当に横から私が穴をあけるから、真居也君の能力で景色に溶け込みながら入りましょう」
「なるほど」
せっかく物の作りそのものを変質させられる能力者がいるのだ。
あえて作られた出入口を律儀に使う必要もないだろうという、身も蓋もない彩華の提案に、感心した様子の遙が頷く。
これが黄泉路の提案であったならば、先の問いはなんだったんだと遙が文句を言う一幕もあっただろうが、能力を頼りにされているという自覚に満たされている現金な遙の思考に不満が上がることはなかった。
僅かに歩幅を大きくとり、移動速度を上げて建物側面から背面、そして反対側の側面を観察したふたりは、他に出入口がないことを確認した後に壁の傍へと歩み寄る。
すべてが締め切られていたため内部を窺い知ることはできないものの、壁面へと振れれば彩華にとっては内部の構造を把握することは容易であった。
「……当たりね。内部中央に大きな何かがあるわ。それと、作業員なのか警備員なのか。複数の人の気配」
「っす」
外壁の傍へと寄った彩華が手を触れ、仮面に隠れた顔を僅かに顰める。
「(想定はしていたけれど。ここも通りが悪い)」
普段であれば砂地に水が沁み込むように。自身が扱える範囲が物質に伝播してイメージの通りに作り替えることが出来る彩華の能力。
それが現在小さな穴を穿とうとしている壁は水捌けの悪いコンクリートの様な強情さを彩華の手に伝えており、彩華は普段以上の消耗を実感しつつも緩やかに壁面を歪ませてゆく。
「内側は隠せてる?」
「――っと。ばっちり。周りからは見えてないはずっす」
「助かるわ。さ、入りましょう。警戒はしてね?」
人がひとり、身を屈めてやっと通れるというサイズの穴を潜り、ふたりが倉庫の中へと入ると、外気が遮られたことで仄かな暖かさがふたりを出迎えた。
遙が通り抜けた段階で彩華は外部の地面を変化させて簡素な衝立を作り風の流れを整え、改めて倉庫の中へと目を向ける。
「――なんだ、あれ」
僅かな作業員が歩き回る倉庫の中は小声で話す分には問題ない。遙が思わずと言った具合に零してしまった声を咎めなかった彩華だったが、例え声を発することを咎めるような状況であったとしても、彩華は遙を注意することは出来なかっただろう。
「まるで怪獣ね」
応える様に小さく呟いた彩華の言葉はその視線の先、倉庫の中央に堂々と鎮座するそれを表すものであった。
窓がない倉庫という構造上、内部を照らすのは等間隔に並んだ照明による人工的な光源によって一定の明るさに保たれた室内において、殊更に光を集める様に周囲に設置されたライトを浴びた巨体が照り返す光が屋内全体へと拡散し、室内の明るさを一段階引き上げているようにすら思えてしまう。
まず初めに抱いた印象はその巨大さからくるもの。
通常の戦車よりも二回りは大きい重量級の車体、その側面は未だ整備中なのだろう、高い台に底面を載せた状態で手足を投げ出すようにも見える形で伸びたキャタピラで覆われた3対の極太のアームの様な構造は今にも立ち上がって歩行できそうなほどに頑丈そうに見えた。
次いで目に飛び込んできたのは戦車――強いて分類するのであれば戦車というのが的確だろう――の象徴ともいえる主砲に相当する前面兵装だが、兵器に詳しくないふたりの目から見ても、それらの形状は既存の戦車や兵器車両に見られない形状をしているとわかるもので、大きい物は砲塔とも呼ぶべき太く、経口の大きなものがひとつ。左右対称に前面のやや端に設置された兵装は機関銃のもののようにも見え、事前の触れ込みからそれが何を狙ったモノであるかが一目でわかる。
だが、それらの特徴的な造形ですら、ふたりを絶句させる要素には届いていない。
何よりも遙を――そして彩華の目をして驚愕させられたのは、その兵器の全体を覆うナニカであった。
スポットライトを浴びて方々に光を乱反射させる黒々とした多面体は一見すると黒曜石のようであったが、しかし、人工的にその様な物質を戦車の外面に取り付けるとするならば当然するであろう研磨処理などが一切施されておらず、それがかえって天然モノの鉱石を思わせる。
洗練された機能美を思わせる造形である一方、その表面を覆う自然物にも見える黒曜の輝きは、巨大な鉱石で出来た昆虫――はたまた、鉱石に呑まれた兵器というような有様で、無機質でありながら有機的にも見える異様なバランス感覚を抱かせる造形として、物質造詣に一家言ある彩華の口を閉じさせていた。
同時に、彩華は先ほども直接触れ、作用させようと力を使ったからこそ分かっていた。
「(あの表面――全部が対能力素材……!)」
巨大兵器の表面を覆う黒曜石の様な装甲、それら全てが能力による干渉を阻害するナニカで形成されていることを肌身で感じた彩華は仮面の奥で目を細めて睨むように兵器を見つめる。
その視線が、兵器全体から光を乱反射する多面的な表面の一部へと移り――
「!? 真居也君、今幻影は!?」
「ッ、なんすか、心配しなくても――」
「あれ見て!」
小声。しかし、切迫した彩華の声音にびくりと肩を揺らした遙が指差す方を見つめ、眩しい光の反射に目を細めながら見た黒曜石の表面。そこに反射した自分たちの姿に思わず目を見開いた。
「う、っそだろ何で」
「いいから。すぐに脱出するわよ」
遙の幻影が解除された訳ではないことは、時折行き交う作業員の視界の中にありながらふたりが未だ発見されていない点からも明らかだ。
であれば。あの表面に映し出された景色の中に立つ彩華と遙の姿は。
「対能力素材だからってことか!?」
「その様ね。これだけ知れただけでも収穫――」
もはや落ち着いて観察し、倉庫内で情報を探るどころではない。
中央に堂々と鎮座する鏡の中に映る姿にいつ誰が気づいても可笑しくない状況に、一刻も早く脱出することを優先した彩華が踵を返そうとした瞬間。
「おい!! そこに居るのは誰だ!!」
「ッ!?」
大声で上がった男の声に、ふたりは一歩遅かったと歯噛みし、外で衝立になっていた板を蹴破って遙が外へと駆け出す。
「侵入者だ!!! 外に出るぞ!!」
銃とアーミージャケットで武装した警備の注意が向くのを無視し、遙のあとに続いて外に飛び出した彩華が即座に能力で壁を継ぎ接いで低木の密集地へと駆ける。
先行した遙がちらりと振り返れば、彩華が迅速に侵入口に蓋をしたお陰で追っ手は正規の出入口へと迂回せざるを得ない様子で、このままならば難なく撤退できる、そう思っていた所へ、追いついてきた彩華が急かす様に遙の腕をつかむ。
「急いで。演習場を迂回して追っ手を撒いてから会場に戻るわ」
「でも、外ならオレの能力がバレる心配もないんじゃ?」
「あんな場所を警備してた奴らよ。装備の中にあの表面と同じ素材の物があってもおかしくないわ」
「!」
さすがに調整中の、翌日に本番を控えた兵器を現場の独断で運用してくることはないだろうとは確信していても、兵器の表面を覆った謎の鉱石と同じ素材に似た索敵装備を携行していないという保証もまたない。
彩華の能力によって物理的に、遙の能力によって感覚全てに対して攻防共に高い水準にあるコンビであるとはいえ、その根源が能力である以上、先ほどの様なイレギュラーが起こらないとも限らないと、即時撤退を決断した彩華の態度に、遙も事態の深刻さを認識して土を踏みしめる足に力がこもる。
「探せ! まだ近くにいるはずだ!」
その背後で、どうやら裏口からも出てきたらしい武装した男たちの声が追い立てる様に上がると、遙と彩華は姿勢を低くして茂みの中へと飛び込んだ。
「――こっからどーすんの!?」
「静かに。出来るだけ能力を維持して姿を悟らせないで」
「じゃ、じゃあ適当に幻を別方向に走らせるのはどうだ?」
「……やめておきましょう。幻影を判別する手段があった場合、無駄に真居也君の能力が露見するだけに終わるのは危険よ」
「なら、彩華さんの能力で蹴散らすってのは?」
「なし寄りのありって所かしら」
本来ならば相手方にどんな能力者がいるかという情報は伏せておきたい。
侵入があったことなどはこれから月浦の上にも伝わるだろうし、まさか終夜と月浦という大企業同士が調略や工作員をけしかけないクリーンファイトをするとはお互いに思ってもいないだろうから問題はさほど大きくはならないだろう。
だが、侵入した下手人の情報が拡散するのはよろしくない。
ましてや彩華は能力を使用した際の生成物が特徴的で、日ごろなれた形以外での刃の形成は相応に集中力が削がれてしまう。
相手の武装がどの程度かも分からない状況でそれらに気を遣う余裕はないため、戦闘を行うとするならば徹底して目撃者を消すか――
「ああ。そうね。何も一人でやる必要はないんだわ」
「?」
ふと、腕を掴まれたままの状態で横を走る遙を見た彩華は、仮面の奥で小さく口元を緩める。
「ひとまずもう少し奥に行きましょうか。せめて、会場の方からは何が起きているか分からないように」
「あ、ああ。でもどうするんだ?」
「合作と行きましょうか。頼りにしてるわよ、“狐憑き”さん?」
「! 任せろ!」
彩華が仮面の奥で冗談めかして笑っただけで、遙は追われている状況でもなんとかなると、安心にも似た確信を胸に応じるのだった。