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12-22 次世代防衛設備展示会 SecondDay-2

 葉隠と常群が引き続き会場内を捜索している頃。


「うぅう……(さっみ)ぃ……!」

「風除けも何もない平地だもの。言っても仕方がないでしょう」


 幾多も轍が通り抜け、踏み固められたことで硬くなったむき出しの土砂で形成された平地で交わされるふたつの声があった。

 互いに2月の寒空の下を歩くには不足ないはずの防寒装備で、本来のシルエットよりもふた回りほど膨れたコート姿ではあるものの、どうしたって顔などといった露出せざるを得ない部分に吹きかかる冷たい風だけは如何ともし難いもので、もはや何度目になるだろうという真居也遙の弱音を戦場彩華は切って捨てる。


「こんな何もないだだっ広い場所になんか隠してるとかあんのか?」

「何もないと思っている場所こそ疑わなきゃいけないのは確かね」

「うっ。……だよなぁ」


 手袋をした両手で少しでも顔へ当たる風を軽減しようと口元を隠した彩華が窘める様に事実を口にすれば、寒い寒いと言いながらも、足だけはしっかりと前へと進ませる遙は分かっているとばかりに小さく呻いて肩を落とす。

 ふたりが歩いているのは次世代防衛設備展示会が開催されている会場――その敷地の大半を占める野外演習場。

 元々は自衛隊の大規模演習場として存在している土地の一部を使って即席の建築物で会場を設営しているが故に、残る広大な土地は手つかずのまま寒空の下に放置されていた。

 急ごしらえとは思えないほど本格的な高層ホテルに設置された展望施設から見れば、起伏と低木によってできた遮蔽が点在する実戦的な演習場を一望でき、そんな中を自衛隊関係者とも思えない若者が揃って歩いていれば人目につくこともあっただろう。

 何せ今の所展示会自体はホテルを挟むように建設されたふたつのドーム状の会場で完結しており、貸し出されているとはいえ軍事施設であることに変わりなく、用事もないのに歩き回ること自体が問題になるのは明白であった。

 だが、態々殺風景な演習場を展望室から眺めようという奇特なものが居なかったことと、同時に、遙が能力によってふたりの姿を隠している事で、ふたりの歩みは白昼堂々としたものであるにも関わらず、誰の目にも止まることなく歩くことが出来ていた。


「っつか、根本的な話なんすけど、この調査って必要あるんすか?」

「……言いたいことは分かるけれどね」


 寒さと当てもなく歩き続ける疲労からくる徒労感、だけではない遙の疑問に、今回ばかりは彩華も強い言葉で否定することは出来なかった。

 月浦の開発している新兵器、その情報を探ろうという一連の活動だが、翌日には否が応でも公開される情報を態々調べる必要性があるのかという疑問は当然のモノ。

 それが翌日に相対する黄泉路――不死身の能力者という、負けない事にかけては右に出る者の居ない、遙にとっては恋敵のようなモノ――の為であるとなれば猶更だ。

 彩華からしても、黄泉路の強さ、しぶとさについては遙以上によく知っており、初見での対応が生死を分ける彩華たちの界隈においても無類の対応力を持っていることを正しく認識していた。

 そんな黄泉路の為に寒空の下を彷徨う必要性はと問われてしまえば、彩華も強くは出れないのも仕方ない事であった。


「けれど」

「ん?」

「月浦が対策局と繋がっている以上、調べないわけにはいかないわ」

「今回に限った話じゃなくなるからってことっすか?」

「相手は兵器開発の雄とも言える大企業。それに未だに底が知れない対策局が関わってるなら、今後私達の行動の先でばったり出くわさないとも限らないもの」


 不法能力者対策法、ならびに順守させるための懲罰組織たる対策局。

 黄泉路の来歴は勿論の事、政府がしてきた能力者に対するこれまでの行いを糺すことなく成立したそのような組織を信じることは彩華にはできない。

 そんな組織が関わった対能力者兵器の潜在的な危険度は決して低く見積もることは出来ず、依頼でなかったとしても調べていた事だろう。


「……真居也君」


 不意に、彩華が呼び止める声に遙が足を止める。

 彩華の視線を追う様に向けられた地面を見て怪訝な顔をする遙であったが、じっと目を凝らすうちにある違和感に気づいた。


「タイヤの跡? こんなのその辺にいくらでもあったじゃないっすか」


 彩華が見つけたのは、何のことはない車輪が通った後を示す土の凹み。

 元々が演習場だという点からしてもなんら不審に思うことはないはずのそれを注視する彩華に遙は首を傾げる。


「これだけ真新しいのよ。それこそ、今日中に付いたくらい」

「えぇ……? どこで見分けてるんすかそれ」

「例えばこの轍の端の方。土が柔らかいでしょう? 何度も踏み固められて固定化されたものならこの辺りも硬く、踏めば割れる様に崩れるものだけれど、この轍に関しては土の感触が残ってるわ」

「……要するに、このタイヤ跡はついさっきついたもので、真新しくタイヤで乱されたばっかりだから端の土が柔らかい?」

「そういうことね」


 ザリザリと、靴のつま先で土をつついて示す彩華の言葉に、遙は感心したように自身でも靴の先でタイヤ跡を擦ってみる。

 とはいえ、彩華の指摘があったところで遙にはその些末な違いが理解できず首を傾げてしまうのだが、その辺りの理解度は能力の傾向によるものであろう。


「それにこのタイヤ跡、向きを見ると会場側と繋がる様に続いて見えない?」

「……確かに。じゃあ、この続きを追いかければ」

「少なくとも車両が向かうだけの何かがあるのは間違いないわ」


 真新しい轍が作る道の先は演習場の奥へと続いており、会場からも公道からも離れた演習場の奥へとただの車が向かうとは思えないという事も合わさって、二人の足取りが轍の上に新たな靴跡を刻む。

 加えて、遙には追加の説明は不要だろうと省いていたものの、彩華は轍からもうひとつ情報を得ていた。


「(ただの車だったらこの深さの溝は出来ないから、それなりの積載物(・・・)があったはず)」


 建物の造成や地形の変容などは、やろうとおもえば能力でどうとでもなってしまうだろう。

 しかし、兵器そのものや兵器をパーツ分けして運び込もうとするならば、姫更のような転移系能力者の力を借りでもしない限りはその重量を無視することは出来ない。

 東都で戦った対策局の転移能力者が助力しているというケースも考えたが、彩華は戦闘中に理解したあの少年――菱崎満孝の能力の性質から無いと結論付けていた。


「(あの子の能力は転移と言っても空間そのものの切り取りと貼り付け(カットアンドペースト)のようなもの。物を運ぼうと思えば接地している地面ごと抉り取ってしまうような能力を運搬には使えないはず)」


 東都で菱崎が飛び回っていたのは、あくまで自身が跳躍することで接地面をなくして空間の余白事自分を切り取って別の場所に張り付けていたからに過ぎず、演習場を利用して誇示しようとする兵器と称されるような代物を移動させるには瑕疵が多すぎる。

 もしかすれば、終夜の様に能力使いを人工的に生み出して転移能力を付与している可能性もあるだろうが、人工能力者技術も政府が持っているものを除けば大権を持つ終夜ですら転移能力者は作れていない。人工能力者の分野で劣る月浦が侍らせているとは考えにくいことも、彩華の判断を後押しする要因であった。


「これまで以上に偽装は丁寧にお願いね」

「了解」


 ここからは気を抜かずに行くことを告げる様に、彩華はポケットに仕込んでいた懐炉を2枚の仮面へと作り替え、1枚を遙へと手渡して歩き出す。

 つるりとした仮面をかぶり、既に前を歩き出した彩華を追って遙もまた小走りで轍を踏みしめる。

 吹き抜けた風が仮面の表面を流れていくのを思えば、会場から離れた時点で仮面をつけておくべきだったかと後悔するのも束の間。

 タイヤ跡を追って会場から離れ、いくつかの高低差を乗り越えたところで、ふたりの視界に変化が現れる。


「なんかある……よな?」

「ええ。周囲に溶け込むように外壁を塗装してあるみたい」


 当たり(・・・)だ、と。声には出さないものの、ふたりは仮面越しの顔を見合わせた。

 すでに会場からはだいぶ離れ、今では遙の能力がなくともホテルの展望室から覗き込んでも探すのは難しいだろう遠方にまでやってきており、空振りでは堪らないというふたりの感想が一致した瞬間であった。

 彩華は手早く近くに低木が密集して茂みを形成している場所を見つけると、遙を手招いて其方へと身を寄せてしゃがみ込む。


「よくもまぁ、この短期間にこれだけの建物を作ったものね」

「それ、あのホテルとかも言えることじゃね?」

「あちらはほぼ単色だから、やろうと思えば何とかなると思うけれど。こうも隠す気満々ですって迷彩柄に塗装した建物って言うのは手間がかかるはずよ」

「あー……」


 それは確かに、と。遙は目先に見える建物を観察する様に視線を向けつつ小さく呟く。

 ならされていない起伏を再現するための大小の大地の膨らみと、低木などによって作られた茂み。それらが幾重にも重なる様に点在する森林と丘陵の境のような場所に建設された建物は一見すると工場の様にも見える平淡なつくりであるが、その高さと奥行きを隠すためか、全体に深い色合いの迷彩が施されており、彩華たちが遠方から見ても発見できないのは無理もないと言える完成度でそこにひっそりと佇んでいた。


「戻りも考えるとあまり時間もないわ。手早く潜入して軽く偵察するに留めましょう」

「? 良いんすか?」

「私たちが確認すべきなのは、月浦の兵器の詳細なデータではなく、その規模と予想できる性能、それから対策局の裏方とやらがどんな手を加えているかの推察が出来る情報よ」


 本来であれば入念な調査によって詳細を暴いてしまいたいが、あくまで黄泉路が戦いやすいようにするための布石でしかない現時点では、欲をかいて向こう側に黄泉路だけではなく、その仲間までもが終夜の陣営として動いていると露見するリスクの方が危ういと彩華は言う。


「了解っと。ま、いざとなったらオレが何としてでも誤魔化すんで、彩華さんは大船に乗ったつもりでいてくれよな」

「……ええ。そうさせてもらうわね」


 行きましょうか、と。短く告げた彩華に遙も頷き返し、ふたりは姿勢を低く茂みに隠れるようにしながら建物の側面へと回り込んでいった。

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