12-21 次世代防衛設備展示会 SecondDay-1
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唯陽達によるサプライズの効果が大きかったものの、初日を盛況のままに終えた展示会の2日目が始まると、会場内は前日や準備日の比ではないような大盛況で幕を開けた。
どこを見渡しても人でごった返した会場内に行き交っている親子連れの家族や若いカップル、学生と思しき若いグループなど、展示されている物に対してあまり関連性を見いだせない人々。
軍事や防災、建築や医療などの業界に携わる者をターゲットとした初日とは違う客層にてんてこ舞いになりながらも、ここぞとばかりに一般認知度を上げる為のPRを盛んに繰り広げる企業の懸命な活動によって、会場内は入場開始して間もない午前であるというにも関わらず活気に満ち溢れていた。
元々は一般入場客を受け入れることを想定した2日目以降であっても、来場するのは所謂オタクと呼称すべき趣味人などが主であり、時折会場の近くを通りかかったことで認知した飛び込みの一般人が訪れるくらいであろうイベントがここまでの大盛況になったのには、やはり前日前々日と会場を賑わせた唯陽達の存在が大きかった。
とはいえ、彼らが目的としているのは前日の業界人たちの様に終夜唯陽ではない。
現代に生まれた新たな、そして最新の英雄譚。その当事者であり主役と言っても過言ではない若き英雄。未だ謎多き少年が世界に轟く大財閥の手によって表舞台へと足を掛けたのだ。
遠い世界の人物を一目見られるかもしれない。もしかすると話しかけることが出来るかもしれないという期待に背を押されて集まった人々は会場内を散策し、展示物へと興味本位の視線を向けながらも、その意識は常に周囲、黒髪の少年を探す様に向けられていた。
そんな諸々の期待が膨れ上がった会場に、黄泉路の姿はない。
「やっぱこうなるよな」
「予想よりもだいぶ大規模になっていますが、ええ。待機してもらって正解でしたね」
お祭りの様な空気感の中、行き交う人々をそれとなく観察しながら肩を並べて歩く常群と葉隠の会話は喧騒の中では誰の耳にも留まることはない。
「たぶんだけど、東都から疎開した人がそれなりに居たんじゃないすかね」
「ああ。なるほど」
過熱気味に、過剰に持ち上げるような報道が多いというのも事実に加え、壊滅状態の東都から疎開した人々が各地へと飛ぶ中、比較的会場に近い近隣県にも多く避難していたという点を挙げる常群に、葉隠は小さく頷く。
普通に考えれば、いくら有名人がいるかもしれないと言えども報道で知ったはずの前日からの今日でそうそう駆け付けられるものではないが、元より近場に居たのならばそれなりに選択肢に入るだろうという常群の推測は正しかった。
ましてや、自身が生活していた場を壊され、その被害は甚大なれど止める為に立ち上がり、解決に導いたという背景があれば、こうした人気も納得出来ようというものだ。
さすがにここまでの騒動になるとは当の唯陽も想像していなかったものの、黄泉路が2日目に身を潜めるのは当初の予定通りの行動であった。
黄泉路を連れ歩く目的は第一に月浦瑛士に対抗するための見せ札であり、次点の目的として、その後黄泉路や三肢鴉を支援する為の世論作りがあり、報道の目に黄泉路と連れ立って身を晒すのは後者を意識したものだ。
そうして初日に注目が集まれば、嫌でも2日目、3日目に人は集まるだろうという唯陽は見立てており、そこであえて黄泉路を隠すことによって、そうした一般人たちへの応対をする煩雑さを避けると共に、一般人の目線での“謎多き英雄”という印象を膨らませる狙いがあった。
「……それにしても、慣れていますね」
「うん?」
メインで動けない黄泉路と、元より不特定多数がごった返す場所などを出歩くのは良い顔をされない唯陽が揃ってホテルに引きこもることから、残る彩華と葉隠、遙、常群の4人で調査が継続されることとなっていた。
それら当初の行動予定を微修正し、先日明らかになった対策局と月浦の接近を調査するべく、隠密と情報収集に長けた葉隠と常群という組み合わせで会場内を歩いていたのだが、その能力を駆使し、数多の敵地へと潜入してきた葉隠は思わずといった具合に隣を歩く青年を観察する様にしながら呟いた。
「いえ、ええ。常群さんは一般家庭出身で能力も持たない身と聞いています。ですが、こう言っては何ですが、大変こういった活動に慣れているように見受けられたので」
「あー……まぁ、なんつーか、必要に駆られてって奴っすかね」
「必要……迎坂さんのことですか」
葉隠も大まかにではあるが、黄泉路と常群の関係性については聞き及んでおり、黄泉路という少年が迎坂黄泉路になる前。ただの少年であった頃からの付き合いであり、黄泉路を探すために自らこちらの世界に首を突っ込んできたという経歴はある意味ではうらやましいとすら思える物であった。
「眩しいですね」
「どしたんすか。急に」
「能力者にとって、非能力者というのは隣人であり弾圧者でもあります」
「……」
葉隠がぽつりと語るのは、能力者を取り巻く当たり前の事情。
最近こそ東都の事件を境に二極化し、能力者を持ち上げようとする動きと、従来以上に厳重に隔離すべきとする意見に別れつつあるものの、根本にあるのは能力者という無手で拳銃以上の暴力を叩き出す隣人への恐怖だ。
「能力者であると知られたが最後、親子であっても絶縁されることもある世の中ですから、ええ。常群さんの様な友人が居ることは、救いでしょう」
薄氷の中で、能力者の側も一般人に対してある種の壁を築かざるを得ない中、常群の様に自分の人生を賭けてまで友人を追いかけて危険な世界に飛び込んでくる関係性は葉隠には眩く映っていた。
「救い、か……」
葉隠の本音の混じった声音に、常群は噛みしめる様に静かに呟く。
常群にとって、今の自分の立場は責任であり、義務だ。黄泉路への友情は当然ある、だが、それだけではない。
そんな濁り切った自分が黄泉路にとっての救いで良いものか。
「事情はあるでしょうが、ええ。私は少なくともそう思います」
「……そっすか」
ふたりの足取りは一般客がごった返す会場から、出展側の通用口へと向かう。
人の視線が途切れ、行き交う気配が薄くなったタイミングで葉隠が常群の手を握る。
それだけの所作でふたりの姿が肉眼からも、カメラからも掻き消えて、光学的手段による一切の探知を遮断する光の膜がふたりを覆う。
「こっちです」
「りょーかい」
言葉少なに向かう先は出展側の中でも更に奥、電子鍵によって封鎖された月浦側のプライベートエリア。
先日は施錠されていたことと、彩華による無理やりの突破を行うには時期尚早ということもあって後回しになっていた場所だが、事実上の最終期日という事もあって、彩華よりも穏便に突破できる可能性の高い常群に白羽の矢が立っていたのだった。
「じゃ、隠蔽と見張りよろしくお願いします」
「そちらはお任せします」
扉の前でポケットから端末を取り出した常群が操作を始める。
液晶の中で目まぐるしく流れていく文字の羅列を流し見しながら、常群がそういえば、と葉隠へ声を掛けた。
「今回のが終わったらの話なんすけど」
「なんでしょう?」
「出雲の奴、ちょっと借りて良いですかね」
「迎坂さんは今や私達三肢鴉にとっても代え難い人物です。……理由をお聞きしても?」
常群の背に手を当てたまま周囲を警戒して目を配る葉隠の問いに、常群は画面に視線を落としたまま、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「詳しい話までは聞いてないすけど、三肢鴉はもう流れに乗ってますよね」
「……」
黄泉路がどこまで話したのか。ちらりと頭の片隅に過った感想を飲み込み、葉隠は沈黙でもって常群の推測の続きを待つ。
「アイツが組織運営とかにしっかり関わってると思えないんで、たぶんですけど、今は割と浮いてますよね?」
「……そうですね、ええ。あまり迎坂さんにばかり負担をかけるのもどうかという話も出ています」
「その間だけで良いんで、ちょっと、膝詰めて離さなきゃならないことがあるんで」
静かに、決意を固めるような常群の言葉は、先日黄泉路が揚町真麻から受け取った、穂憂からの言葉を思い出してのもの。
その真剣な口ぶりに、その詳細を知らないまでも黄泉路のために危険に踏み込むことを躊躇わない友人である常群の立場で黄泉路を悪いようにはしないだろうと結論つける。
「どうやら込み入った事情のようですね」
「頼みます」
「……わかりました。三肢鴉には私から根回ししておきましょう。そちらは終夜さんの方を折衝しておいてくださいね」
「勿論ですよ……っと、いけました」
「……早いですね」
「ま、ちょっとした取柄ってやつですかね」
音もなく開錠された扉に片手をかけながら、端末をポケットへとしまう常群の謙遜に葉隠は無言のまま、そんな訳があるかという視線を向けて扉を開けるように促すのだった。