12-20 次世代防衛設備展示会 FirstDay-3
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
◆◇◆
黄泉路達が会談を終え、情報共有を行うべく集合へ向かっている頃。
昼食会から先に退室した月浦瑛士もまた、同様に自らの陣営へと足を運んでいた。
「ったく、何が東都の英雄だ」
品を損なわない程度の早歩きで移動する最中に漏れるのは、つい先ほど顔を合わせた少年に対する率直な感想。
世間でどれほど騒がれ、持ち上げられていようとも、あの場に居たのはただの子供。
それも不法能力者対策法に定められた、能力登録申請を行っていない違反者だ。
今でこそ東都という日本の中枢が外国の――それも同盟国を謳う国の手によって大規模な破砕に見舞われたという報道と、その阻止に動いた立役者という事で衆目を集めているが、そうした色眼鏡は期間限定、すぐに根底にある違法能力者という底が透ける。
だというのに終夜唯陽は、世界に影響力を持つ大財閥の一人娘は、その犯罪者をこそ擁立すると、月浦瑛士という真っ当な社会の成功者である大企業の跡継ぎへの当て付けに使うと、そう宣言したのだ。
愉快であるはずもなく、表情こそ誰とすれ違うかも分からない通路であるがゆえに取り繕っていたものの、次第に自らの縄張りである月浦所有の倉庫へと近づくにつれて崩れてゆき、強い不快感を滲ませた顔つきで扉を開ける。
「戻ったぞ」
先の会食の時であれば絶対に出さないような不機嫌そのものといった瑛士の声音に振り返るのは、秘匿工廠を任されていた部門長の大貫だ。
「おお、坊ちゃん。お戻りで」
むしろ、それ以外の作業員や技術者などは明らかに機嫌の悪い年下の上役などに恐ろしくて触れられるかといった有様で自身の手元の作業に没頭する振りをして自らの直属の上司である大貫の身を挺した行動に内心で称賛を贈る。
「大貫」
「なんですかい、我らが未来の社長殿?」
部下たちの立場を分かった上で緩衝材を買って出ていたこともあり、大貫は普段よりも砕けた仕草で瑛士の下まで歩み寄ると、言葉だけは慇懃に整えて揶揄う様に問いかけた。
瑛士もそこまでわかりやすい態度で接されてしまえば、不満とも不快感ともつかない内に蟠った不機嫌の根源をむりやりに吐き出す様に大きく息を吐く。
「わかってる。お前たちに当たる様なことはしないさ」
「そりゃあ分かってますがね。それでも心配するのが世知辛い社会人ってヤツですなぁ、はっはっはっ」
「……チッ」
未だに子ども扱いに近い態度の大貫だが、瑛士は注意するには今は自分の立場がよろしくない、大人げない態度であったことを認めると小さく舌を打って話を切り替える。
「終夜と話をつけてきた」
「ほう。探り、の予定だったんでは?」
「さあな。向こうはやる気だぞ」
「でしょうなぁ。ここで準備する間にも表を歩く機会があった奴らは皆察してましたぜ。あの噂の広がり方は意図的だ」
「向こうは東都の英雄サマを広告塔にするつもりで――俺たちの新作を当て馬に使うつもりだ」
「そりゃあまた」
鼻を鳴らして告げた瑛士の言葉に短く相槌を打つ大貫だったが、その口元には挑戦的な笑みを浮かんでおり、それは瑛士と大貫の会話に耳を傾けていた作業員たちにも通ずるものであった。
「東都を救ったと言われるだけあってずいぶんと自信があるようですなぁ」
「ふん。実績もネームバリューも政治力も向こうが上だ。どうする?」
試すような、自信を問う様な瑛士の言葉。
大貫はちらりと今も作業を進めている部下たちへと視線を向け、その背後で搬入に当たって一度解体され、今まさにくみ上がろうとしている工廠職員全員の子供の様なそれを見上げてから瑛士へと振り返り、
「実力を示すまでですなぁ。なぁに、東都テロの映像は見てました。あの英雄殿と言えど人の延長上の存在に過ぎません。やれんことはないでしょう」
静かに、ただ事実を告げるのみといった様子で答えた大貫の言葉は開発に関わった者すべての総意。
「それに、私の手助けもあるんですから」
「っ。揚町女史」
「や。遅くなりまして。かなりお急ぎだったみたいですね」
瑛士の背後からかかる、こうした力仕事の多い作業場では珍しい女性の声に注意が一斉にそちらを向けば、丸眼鏡越しに揶揄う様な視線を投げかける揚町真麻が扉に背を預ける形でひらひらと軽く手を振っていた。
いつから話を聞いていたのか、皮肉と捉えた瑛士が眉根を寄せて睨みつけるも、当の真麻はまるで気にした風もなく歩み寄り、その身長差から大貫を見上げる様にしながら会話に混ざる。
「私が用意した素材はどんな具合で?」
「ああ。揚町さんのお陰で目標想定の2割強って所だ」
「ふーん、そんな物ですか。ま、そこは元が優秀だったということでしょうか」
「【黒曜造り】……対能力能力者という売り文句はあながち誇大広告というわけでもないわけか」
「そんな大層な物じゃないですよ。私の能力は」
パーツが組み合わさり、装甲が取り付けられつつある巨大な機構へと歩き出す真麻は自慢するほどのものではないと肩を竦める。
「たまたま、私の在り方がそうであったというだけの話ですから」
「何でもいいさ。俺たちが欲しいのは結果だけだ」
背後からかかる瑛士の率直な物言いに真麻はにぃっと笑みを作る。
それは、この場にいる技術者――開発に携わる者であれば理解を示すだろう、機能への自負からくる笑みであった。
「(【黄泉渡】は肉体の損壊を度外視した怪力と速力こそが一番の持ち味。不死性というどうしようもないものは関係なく、ただ性能で落とされなければそれだけで【黄泉渡】は勝ち筋を失う。兵器としては落第。けれど、見世物としては悪くない)」
真麻は手近にあったレンチを手に取り、バトンの様に手元でくるくると慣れた手つきで回転させながら、作業員が脇へと避ける中を進んで巨大な兵器の前――装甲が取り付けられている部分へと歩み寄ると、手にしたレンチを頭上に掲げた。
「懸念はあの光る槍くらい。けれど、それも凡そ見当はついているから、問題なし!」
パキパキパキ、と。頭上で硬質な何かが割れるような音が断続して響くのも構わず、真麻はレンチだったものを装甲へと勢いよく叩きつける。
「っ!!」
瞬間。先ほどよりも激しく、大きく鳴り響いた硬質な音。
同時に月浦兵器工廠出張秘匿倉庫の内部で、光が乱反射し瑛士達が思わず眼を庇う。
強い発光は一瞬。しかし、その前と後で大きく様相を変えた光景は瑛士達の眼を見開かせるには十分なものであった。
「さぁ、大詰めを始めましょう?」
振り返り、静かに宣言した真麻の声は不思議と倉庫の中に反響し、背後に佇んだモノと相まってどこか無機質な寒気を感じさせる。
だが、この場にそれを恐れるものはひとりとしていない。
「勿論でさぁ。ま、能力者に対抗するんに能力者の手を借りるってのは課題だとは思いますがね」
「ははぁ、大貫さんは相変わらずですねぇ」
「そんくらいで機嫌悪くする人じゃねぇだろう?」
「そうですね。私は能力者である前に技術者ですし。私として見れば、あなた方が工具を使うのと変わらない、むしろ手を動かすのと変わらないので、あえて能力者が能力がと分けて考えていることのほうが疑問ですけどね」
「そういう考え方出来る奴はまだ少ないでしょうよ」
気安く話しかける大貫と、こちらも、ともすれば能力者の助力にケチをつけるような発言を意に介さない様子で薄く笑う真麻。
そんなやりとりを尻目に、瑛士は未だ記憶に新しい会食での唯陽の挑むような碧眼を幻視し、対する様に正面を――部下が作り上げた社の新兵器を睨むように見据えるのだった。