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12-19 次世代防衛設備展示会 FirstDay-2

 唯陽達の目論見通り、集まった業界人が思い描いた絵になる憶測(・・・・・・)が会場を駆け巡り、目敏いメディアがそれを全国区へと広げつつある中。

 騒ぎの中心である黄泉路と唯陽は自分たちの行動が広げた波紋など気に留めた様子も見せないまま、遠巻きに機会を窺う人々を取り巻きの様に引き連れてデートとしか呼べない様な距離感で会場を巡っていた。

 歳若い男女が親し気に展示物を見て談笑する、言葉にして表せばその程度の行いは逢瀬と言われればケチのつけようもなく、また、それを行っているのが両者ともに公に顔が売れている有名人である。

 自然と噂が熱を帯び、ふたりの仲を邪推する方向へと噂話が広がってゆけば、当然、事情通として終夜と月浦に関する話を聞きかじっている者の耳にも届き、そのうわさ話に別角度からの色が添えられてゆく。




 ――曰く。

 終夜と月浦は近々婚約する流れであったが、仲が拗れているのではないか。


 ――曰く。

 此度の催しで月浦が行うメインへの牽制ではないか。


 ――曰く。

 東都の英雄と終夜の姫君はかねてよりの恋仲であったが月浦が横やりを入れたのではないか。




 様々な、ずばり正鵠を射ている物からてんで的外れでありつつも、一側面から見ればある意味惜しいと言えるものまで。

 どの年代、身分をしてもそういった噂話を好む人は一定数おり、噂話を娯楽と捉える者、新たな商機を見出す者、誰彼の瑕疵を探ろうという者、異なった思惑が入り混じる噂が飛び交う人ごみの音は内容を精査出来ないまでも、雑音という形で黄泉路達を取り囲んでいた。

 そんな人だかりをすり抜ける様に、僅かに姿勢を傾けて人々の頭よりも低く下げて寄ってきたスーツ姿の男性に、護衛として控えていた白峰が真っ先に反応し、次いで遙も何事かと身構えたところで、その人物に気づいた唯陽が黄泉路と共に振り返る。


「お嬢様」


 小走りで近寄りながら、ネックストラップに繋がった終夜の者であることを示す身分証を提示した壮年の男性が一言声を潜めて声を掛ければ、ざわめきはそのままに人ごみから複数の注意が向く。

 黄泉路は無論のこと、護衛としての経験から白峰も、社交界の中で人の注目を浴び続けてきた経験を通して唯陽すらも把握している複数の意識が集約することで感じる圧は、唯陽へと近づいた男が何を口にするのかを興味津々と言った具合で耳をそばだてていた。


「なにかしら」

「内密な事ですので、少々お耳を」

「白峰」


 問う唯陽に内緒話を持ち掛けた壮年の男性の前へと出た白峰が、用件は自分が聞くという姿勢を見せれば、すぐに男性は白峰へと歩み寄り、耳元へと何事かを告げる。


「わかりました。後の対応はこちらで」

「お願いします」


 短い応答の後、男性がすすっとその場を離れてゆくのに僅かに注意が逸れている隙に唯陽の下へと戻った白峰が先ほど男に伝えられた内容を口にする。


「月浦瑛士が会場入りしました。先方が委員会を通じてお嬢様に会談を申し入れているとのことです」

「……黄泉路さん。そろそろお昼時ですし、一度ホテルへ戻りませんか?」

「確かに、昼食には丁度いい頃合いですね。小休止しましょうか」


 自然なやり取りで行き先を示すふたりが踵を返すと、それまで控えていた白峰が先導する様に先を歩きだす。

 唯陽達を遠巻きにしていた人混みがゆったりと波を引くように割れていく中を4人が進み、来た道を引き返す様に西館の入口へと歩き出せば、残された人々はその場にとどまって雑談に華を咲かせるのであった。


「何か動きが?」

「はい。月浦瑛士さんが到着したようで」


 会場を出れば、まだまだ春には遠い2月の風が全身を叩くように吹き付ける。

 寒空の下に1秒も居たくないのはみな同じようで、唯陽達を目に留めてもあえて足を止めるようなことはせずに足早に過ぎ去ってゆく人に僅かに注意を向けながら、小声で答えた唯陽に黄泉路は小さく頷いた。

 おそらく瑛士がホテルに到着し、会場で流れている噂が既に耳に届いている為、直接確認をするつもりでアポイントを取ってきたのだろうと察した黄泉路は、ホテルまで目と鼻の先となった道すがらに唯陽へと問いかける。


「月浦瑛士と会ってる間、僕は別で動こうか?」

「……」

「わかったよ」


 瑛士が現地にいるという事は、否が応でも月浦側のガードは瑛士の傍に集中する。

 その隙をついて偵察に加わろうかという黄泉路の提案に、唯陽は黄泉路の手を握る。

 意図を察した黄泉路が緩く握り返す事で応えれば、唯陽は寒風の所為で僅かに赤らんだ鼻を隠す様に塞がっていない方の手で口元を隠して目を細めるのであった。

 ふたりがホテルのエントランスへと入ると、暖かな空調の出迎え、そして――


「こんにちは。終夜唯陽さん」

「ええ。ごきげんよう。月浦瑛士さん」


 会談を申し入れた張本人、月浦瑛士が営業用とわかる糊の効いたスーツを身に纏って席から立ちあがった。

 ふわりと纏まりのある自然に焼けた茶髪の下に覗く涼やかな眼差しは以前に地下格闘賭博場のVIP席で顔を合わせた時と変わらない。

 だが、唯陽にはその整った顔に浮かべた笑顔が表面上のものでしかないという事が手に取る様にわかっていた。

 真っ直ぐに唯陽の前まで歩いてきた瑛士は僅かに腰を折る様に身を屈め、


「ここじゃあ人目も多い。お互いに不要な腹は晒したくないだろうし、場所を変えませんか?」


 含むものがあったとしても乗りたくなるような甘い声音と表情で手を差し出す。

 普通の女性であればころっと流されてしまうだろう洗練された所作、しかし、相手取るのは社交界の華であり、隣ですでに思い人の手を握った終夜の姫。

 差し出された手を握る素振りすら見せず、文句のつけようのない笑みを瑛士へと向けた唯陽はちらりと黄泉路へと視線を向ける。


「ええ。丁度昼食を頂こうと思っておりましたの。よろしければご一緒頂けます?」

「レディのお誘いです。喜んでご一緒させていただきましょう」


 黄泉路をあえて無視する様な瑛士の態度に、唯陽が言外に黄泉路の存在を仄めかす。機微のわかる人間であれば寒気のするような上品な殴り合いも、これ以上をこの場で行うのは不毛だという両者の一致の元に、黄泉路とは逆側の唯陽の隣へと陣取った瑛士が雰囲気を切り替える様に声音を作る。


「さぁ。行きましょう」


 白峰が先導する形で一同は会食用の個室へと案内され、それぞれが席へと腰を下ろす。

 室内にはすでに瑛士が手配したらしい4人分の座席がひとつの大き目なテーブルに備え付けられており、黄泉路と唯陽が隣り合い、唯陽の正面に瑛士が座る。

 護衛を省けば3人。にもかかわらず、1席分だけ空いているのは誰が来ることを想定しているのか。黄泉路と唯陽が内心で不審に思っていると、


 ――コンコン。


 白峰と遙が固める扉が外から叩かれる音が響く。

 急造のホテルの個室ではあるが、元より業界関係者の会食の場にも利用することを想定されて作られた個室の防音性は高く、曇ったノック音は扉を直接叩いてようやく発生したという程の小さなもの。

 扉を細く空け、誰何する白峰に対して応じたのは若い女性の声だ。


「お食事をお持ちしました」


 短い、事務的な言葉で要件を告げた女性に、白峰はちらりと扉の隙間から姿を確認する。

 ミディアムボブの亜麻色の髪に、不摂生を体現する様なくまに縁どられた気だるげな半目を隠す丸眼鏡。

 格好こそフォーマルなスーツ姿であるものの、だからこそ、不摂生を隠しもしない人相に白峰が警戒感を募らせる。

 終夜唯陽や月浦瑛士のような上流階級の人間を持て成すにしては身なりがちぐはぐなのだ。

 所作も型にはめたようなぎこちなさがあり、なにより、食事を持ってきたのであればホテルの従業員だろうと考えるのが自然だが、フォーマルなスーツという服装がホテルの従業員であることを否定している。


「何者だ」

「えぇ……?」


 チリ、と。空気が一瞬にして張り詰める中、殺気にも似た警戒を叩きつけられているはずの女性は困惑したような声を上げ、


「普通に食事を持ってきただけですよ。ねぇ(・・)月浦さん(・・・・)?」


 扉越し、射線が通らぬように身体で室内への道を塞いだ白峰を飛び越える形で投げかけられた女性の言葉に、唯陽の注意が対面に座った瑛士へと向けられる。


「……」

「?」


 瑛士はちらりと黄泉路へと視線を投げかけたのち、扉の前に立ちふさがる白峰へと声を掛けた。


「彼女の身分は保証する。入れてあげてくれ」

「……」

「瑛士さんがそう言っていますし、入れて差し上げて」

「畏まりました」


 短く視線で確認する白峰に唯陽が許可を出せば、扉を大きく開きながら脇へと退けて女性が通れるように道を作る。


「いやぁ、悪いですね。……人が悪い、とかけたわけじゃないですよ」


 のらりくらりと、緊張感の欠片もない風に入室してきた女性は確かに身なりだけを整えてきたという具合の、この場に接待として訪れるには不釣り合いな仕草で瑛士の元まで歩み寄ると、


「よいしょ」

「――」


 さも、当然の様に瑛士の隣、唯一空いていた席へと腰を下ろしてしまう。

 その様子に唖然とする周囲を他所に、料理が運び込まれてくる。

 元々会食と言っても会談をメインと認識していた瑛士であり、コース料理のように順次提供される料理ではなく、複数の品が個々人の前に一斉に供される会席形式のそれが4人分並べられ、正規の従業員たちが楚々と退室すると、後に残ったのは料理を持ってきたと従業員の様な事を言って席に座り込んでいる女性。


「……瑛士さん、よろしければそちらの方、紹介いただけませんか?」


 切り込むとするならば自分だろう、そう意識を切り替え、既に機先を制されていることを認識している唯陽が問いかける。

 すると、瑛士は今気づいたという様な仕草を挟んで微笑み、


「勿論です。ですが、私も先ほどから気になっていまして。そちらの少年についてご紹介頂いても?」


 今の今まで、あえて存在を無視してきたとしか思えない態度であったにも関わらず唯陽へと問い返す。


「――。そうですわね。ご紹介いたしますわ。ご存じかも(・・・・・)しれませんが(・・・・・・)、こちら、先の東都能力者テロの折に広く活躍なさった、能力者の迎坂黄泉路さんですわ」


 唯陽の紹介に合わせ軽く会釈した黄泉路に、瑛士は僅かに視線を向けた。

 その視線の意味を測りかねていた黄泉路だったが、瑛士の言葉ですぐにその意味を悟る。


「なるほど。彼があの。……こちらの女性は私共の研究開発に協力いただいている不法能力者対策局(・・・・・・・・)所属の揚町(あげまち)真麻(まあさ)女史です」

「っ」


 思わず腰を浮かしかけ、臨戦態勢に入りかけた黄泉路。一瞬で室内の空気が先の白峰の威圧以上に冷え込む錯覚の中、件の女性――揚町真麻が丸眼鏡越しにその気だるげな瞳を黄泉路へと向け、


「ああ、今は対策局として動いてませんから。ご心配なく」

「――」

「それとも、私は技術者であって戦闘者じゃない、とでも言っておけば良いですかね。裏方の私は警戒に値しないと自負していますが」


 それとも、戦闘者でなくとも敵であれば時と場も弁えず殺すのか。とでもいう様な、ある種不遜とも取れる態度の真麻の言葉に、黄泉路は改めて椅子に深く座り直してちらりと唯陽へと視線を向ける。

 唯陽はといえば、奇襲された事実もそうだが、月浦に対策局の人間が研究開発という名目で出向しているとは思ってもおらず、それが意味することを察して僅かに力の籠った眼差しで瑛士を見据えていた。

 元々の目つきもあり、睨むような視線を唯陽に向けられた瑛士はくすりと笑う。


「サプライズは成功したようで何よりです」

「ええ、驚きましたわ」

「唯陽さんからのサプライズにも驚いたので、これでお相子になりましたね」


 牽制にもならない軽い挨拶を済ませば、互いに間合いを取る様に表情を整える。


「続きは食べながらにしましょうか」

「そうですわね」


 両陣営の箸と、茶碗を上げ下げする微かな音が室内の空気に溶ける。


「……そういえば」


 重苦しい食事風景がいつまで続くのかと、外野ながらに扉の傍で背景を決め込んでいた遙すら辟易していた頃。

 ふと、思い出したような声音で瑛士が箸を置く。


「どうかしましたか?」

「ああいえ。先ほどご紹介頂いたそちらの彼。こちらに足を運ぶまでにいくらか噂になっていたものですから。どこまで本当なのか、とね」

「どこまでとは」


 唯陽が探る様に問い返す。

 こちらも箸を置き、会話に重きを置いたことを示す態度で臨めば、瑛士はすっと黄泉路と唯陽を視界に収めるように両者の間へと視線を向け、


「噂とは離れれば離れる程曖昧に、無責任になるものですからね。中には唯陽さんとそちらの彼が恋人同士であるとか、その様な話まで流れてきていましてね」

「あらあら。それはまた」

「その反応からして、真実ではないのですね」


 安心しました、そう言外に告げる態度で瑛士はくすりと笑う。


「棚上げ中とはいえ、唯陽さんは私の婚約者(・・・・・)ですからね」


 婚約者を強調する様に、一度黄泉路の方へと視線を投げかけた瑛士だったが、ことり、と、唯陽がグラスを置く音で再びその視線を唯陽の方へと引き戻される。


「ですが、そのお話もあくまで両家が同じ方向を見てこそ」

「その口ぶりだと、まるで私たちが同じ目線を有していないように聞こえますね」

「――話は変わりますが、月浦さんは展示会の最終日に大規模なパフォーマンスを控えておられるとか」

「……」


 話を変えるとしつつも、その実根幹はそのままに話を進める唯陽の言葉に、瑛士は沈黙を以って話を進める様に促す。


「こちらこそ噂話で恐縮なのですが、月浦重工はそこで対能力者を想定した新造兵器のお披露目を行うというお話を耳にしてまして」


 唯陽は一旦言葉を区切り、ちらりと黄泉路を、そして真麻を視界に収める。


「……終夜の始まりは医療。人を癒し、人を助け、人の可能性を拡げる(・・・・・・・・・)事で永らえてきた者です。時代が変われどその根幹は常に人にありました。……私達終夜の能力者を重視した事業発展と、月浦さんが進める人を用いない機械による事業発展。それはお互いの分野でこそ輝くもの。そうは思いませんか?」


 静かに言い切った唯陽の声は凛と静かな室内に波紋を広げ、終夜の立場を胸を張って宣言する唯陽の姿にテーブルを挟んだ向かい側に座っていた真麻すらも僅かに息を呑む。


「確かに。私達の事業に対する根幹の視点は異なります。だからこそ、互いに手を携えてとは考えておられないのですか?」

「元より、互いの権勢の被らぬところで手を携えようという話だったと記憶しております」


 唯陽と瑛士の婚約は、終夜の持つ莫大な財力と政治力と月浦の持つ世界の軍事産業への強いパイプ。それらを互いに融通しあおうという前提のもの。

 だが、終夜が能力者を創り、活用することで軍事産業へと参入する際に、その能力者をターゲットとして排する兵器を月浦が売り出すとなれば、協力関係の土台は消滅する。


「……なるほど。それは確かに。しかし、元より軍事(こちら)は私共月浦の領分。後から参入した側にこそ配慮があってしかるべきだとは思われませんか」

「ええ。ですから、配慮している(・・・・・・)のですわ。財力や政でことを荒立てるよりもスマートな、そちらに有利な条件でこちらの態度を示すことで」

「……そちらの()、ということですか」

「ええ」


 やろうと思えば資本力の違いと軍事以外あらゆる方向へと伸びた長い手を使うこともできた。だが、あえてそうせずに先にその業界に根を下ろしている月浦のフィールドで戦ってやるのだと、あまりにも傲岸な唯陽の物言いに眉ひとつ動かす事なく、その自信の根拠になっているであろう黄泉路へと注意を向けた瑛士は考える。


「(目的はうちの目玉にコイツをぶつける事か。……)揚町さん」

「何でしょう」

勝てますか(・・・・・)?」


 諸々を省いた短い問いかけに、これまで話を聞くともなくマイペースに食事を続けていた真麻がにぃっ(・・・)と笑う。


勿論(・・)


 ピリッ、と。空気が張り詰める。戦場を錯覚させるほどの圧が駆け抜け、真麻の一言に黄泉路は警戒感を強めるが、


「……ああ。勿論、私自身が、ではないですよ?」


 こてり、と。首を傾げた後に、黄泉路へと向けて注釈する様につけ足せば、先ほどの圧は何だったのかと思う程に気の抜けた空気になってしまう。


「(月浦の兵器はそれほどってことか……)揚町さんはどのように協力を?」

「守秘義務がありますから、答えられませんね。なかったとしても答えませんが」

「あはは。ですよね」


 とはいえ、黄泉路は真麻の様子から、たしかに彼女自身は戦闘者ではないと確信し、その上で対能力者兵器に何を協力するのかという点ですでにある程度の推論を組み立てつつあった。

 ちらりと唯陽に視線を向ければ、唯陽も分かっているとばかりに瑛士へと顔を向け、


「どうでしょう? それだけ自信がおありの様子ですし、最終日の催しの趣向に手を加えてみるというのは」

「……伺いましょう」

「そちらの兵器のお披露目、元の想定が何であったかは存じ上げませんが、もし、仮想対戦相手として東都の英雄が立ってくれるというのであれば、これ以上ない宣伝になるのでは?」

「そうですね。加えて言うなら、英雄殿が上手い具合に(・・・・・・)立ち回ってくだされば言うことはありませんが」

「ふふふ。さすがにそれは。月浦重工の技術の精髄とも呼べる最新機に対して失礼でしょう?」

「ははは。ご配慮痛み入ります」


 和やかなオブラートに包まれた言葉の殴り合い。宣戦布告と言っても差し支えないやりとりに一段落つくと、瑛士はゆっくりと席を立ち、


「それでは、私はこれから部署の者と打ち合わせをしなければなりませんので。後ほど実務者同士での段取りの打ち合わせをさせて頂きます」

「ええ。こちらこそ急な提案で申し訳ありませんわ。外は冷えますから、暖かくしてお体に気を付けてくださいね」

「はい。唯陽さんもお体に気を付けて」


 すれ違い様、小さく会釈して部屋を出ていく瑛士を見送った唯陽と黄泉路は、次いでかたりと小さな音を立てて食器を置いた真麻がまだ残っていたことを思い出す。


「さて。私もそろそろ行かないと。美味しい食事、ありがとうございました」

「いえ。あまり盛り上がる話題でなくて申し訳ないくらいですわ」

「何かの機会にまた会うこともあるでしょう。それでは」


 席を立った真麻がテーブルの脇を通り、黄泉路の傍を通りかかった時だ。


「……ああ、そうそう」


 ふと、思い抱いた様に足を止めて席に座ったままの黄泉路を見下ろす形で顔だけを黄泉路へと向けた。


「伝言がありました」

「? 誰から……」

「『いず兄へ。お母さんが会いたがってたよ』……だそうです。私は何のことかわかりませんけども」

「ッ!?」


 言うべきことは言ったと、追及を避けているとも、月浦という身の保証をしてくれる人間のいない敵地に留まることを良しとしなかったとも取れる足の速さで扉を潜り、真麻の姿が廊下へと消える。


「待っ――」


 慌てて立ち上がり廊下まで追いかけた黄泉路が声を上げるが、その後ろ姿から答えるつもりがないという無言の意志を感じ取ってしまえば、唯陽をそのままにしておくことも出来ずに廊下にただ立ち尽くす。


「……黄泉路さん?」


 気づかわし気な声にハッとなった黄泉路が振り返れば、席を立って傍に寄ってきていた唯陽が黄泉路を心配そうに見つめていた。


「ごめん、取り乱して。食事はもう?」

「ええ。食べ終わりました。黄泉路さんは」

「僕は、もういいかな。……午後はどうします?」


 気を取り直した黄泉路の態度はすでに動揺の跡もなく、唯陽はこれ以上の追求は出来ないと意識を切り替えて黄泉路の質問に思考を巡らせる。


「そうですね――」


 ともあれ、今しがたのやりとりも含めて一度すり合わせをしたい。唯陽の提案に、黄泉路達もまた部屋を後にするのだった。

1日遅れのメリークリスマス。

今回が年内最後の更新になります。

今年も一年お付き合いくさだり、長年の読者様にも、今年から新しく追い始めたという新規の方にも、厚く感謝を申し上げることで今年の締めとさせて頂きたく思います。


来年も変わらず定期で更新を心掛けていきますので、今後ともお付き合いいただければ幸いです。

それでは皆様、やや気が早いですが、良いお年を。

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