12-18 次世代防衛設備展示会 FirstDay-1
とうとう8周年を迎えました(18日)。
今後ともお付き合いいただければ幸いです。
思わぬトラブルが発覚したものの、すぐに手を打ったとしてそれが正解に繋がるか分からない案件であることも踏まえた面々は当日に備えて早めに身を休め、翌日。
そんな懸念とは無縁に開催される次世代防衛設備展示会のその初日は主催側が当初想定していた以上の賑わいをもって迎えることとなった。
というのも、3日間の開催日程における初日は防衛設備――すなわち軍事に携わる企業や国防にかかる組織などといった限られた分野の人間だけをターゲットとして招待状を送った関係者だけの予定で、翌日、翌々日に一般客を迎えることを想定して作られたこの会場を賑わすには絶対的に総数が不足するはずであった。だが、前日に突如来訪したある要因によって、それらの計算が大幅に狂ってしまったのだ。
――終夜唯陽。言わずと知れた世界を股にかける大財閥の一人娘であり、この展示会において2柱の主催の片割れの直系。
どの業界の人間であっても、この地にあって経済活動をしている限りは無視できない存在である終夜の至宝。言葉を交わしたというだけでも次の商談のタネにできるとまで言われている大人物。
そのような人間がフラッと訪れたことは、最終調整に向けて会場で動いていた参加企業の社員の口から自社の本部へと届けられると、それら本社は泡を食ったように決して失礼のないように自社をアピールしろと、現地の人間が血反吐に塗れるような指示を出し、それだけでは心配だと翌日の現地に参加するための日程を急遽調整することとなる。
そうした動きが複数上がれば、同じ業界の人間はすぐに何かを察し、探りを入れ、展示会に元々参加する予定の無かった企業人は慌てて初日の関係者向けの来場枠に空きがあるかを展示会運営へと問い合わせてねじ込み、当日も来場することを示唆していた唯陽との接点を得ようと躍起になった。
唯陽が会場入りした。たったそれだけのことで業界すらも奔走させる終夜の影響力の大きさとすればいいのか、企業人の並々ならぬ貪欲さと言えば良いのか。ともあれ、そうした電撃的な、それでいて一般人には影響の少ないところで一夜を駆け巡った業界人の大挙は展示会運営の想定をはるかに上回る盛況となって当日に直撃したのだった。
無論、会場が賑わい、多くの人の関心を得るのは運営する側にとって喜ばしい事。想定をはるかに超えたと言えど元々は大量の一般人を招き入れることを前提にした設備であったことで許容量を溢れることもない。
せいぜいが運営内において想定を算出していた担当者が悲鳴を上げる、その程度の被害で済むはずのそれ。
だが、関係者の予想を大きく超えたのは、当日に唯陽と共に並んで歩くひとりの少年の存在だった。
「――おい、やっぱあれ」
「前日の報告は間違いじゃなかったのか」
西館入口に現れた唯陽とその護衛として並ぶふたりの黒服の青年と部下らしき青年。そしてその一団に混じる異色の少年の姿に、会場で唯陽の到来をまだかまだかと、開催して間もないが故に入口の近くのブースを見て回るという名目で、見慣れた同業他社の経営者と顔を合わせては雑談という名の商談に興じていた者達の視線が1点に集まる。
そのざわめきがブースを担当するという職分に置いて入口へ向かうことが許されていない後方の企業にまで波が広がる様に行き届いてゆく中、唯陽が隣の部下らしき青年や少年に向けて口を開き何かを話し出す。
「それでは、行きましょうか黄泉路さん」
「そうですね、唯陽さん」
「では、私はこれで。後ほど報告をお持ちしますので、ごゆるりと」
「はい。任せましたよ」
言葉としては短い、何気ないやり取りにみえるそれ。
だが、経営という政治に身を置いてきた業界人は即座にそのやりとりから少年の素性を、唯陽との距離感を、部下と思しき青年の立ち位置を理解する。
粗雑でない程度の早足で別れた青年が唯陽たちと別れて歩き出すと同時、黄泉路が差し伸べた手に自らの手を重ねた唯陽が護衛を引き連れて歩き出す。
二手に分かれた唯陽たちの一団が動き出せば、それを見守っていた業界人たちは即座に行動に移した。
「そちらの若い方、ええ、ええ、私こういう者なのですが――」
すなわち、唯陽という的を射ることさえできれば飛躍は間違いないという最大級の本丸ではなく、姫君に信を置かれている若き従者。――に、扮した常群幸也への挨拶攻勢だ。
あれらの光景を見て唯陽と黄泉路の間に割って入ろうという勇者はいない。いたとしてもそれは勇気ある行動ではなく蛮勇の類であろう。
そんな機微も分からぬものがこの場にいるはずもなく、報告を上げると言っていた若者をターゲットに絞り、次回に繋げる堅実策が良いと判断した人々が群がった形であった。
「終夜様。ようこそおいでくださいました」
「ごきげんよう。騒がせてしまったようで申し訳ありません」
「いえいえ、滅相も。終夜様にお楽しみいただけますよう、精一杯ご案内させていただきたく思います」
「よろしくお願いしますね」
とはいえ、唯陽に声をかける者が皆無になったわけではない。
唯陽と黄泉路が歩いてゆく先は会場入り口にほど近い場所にブースを構えた中堅企業。
今回の展示会に国産戦車にも組み込まれている精密機器の最新モデルを持ち込んだ、社長自らが近づいてきた唯陽に対して率先して声をかける。
それを見ていた周囲の業界人や隣のブースの者達は羨望するように中堅企業社長を見つめ、かれらが聞き出したいことを自らも同様の疑問を抱いているが故に深く理解している社長は自然な会話の流れの中ですっと注意を唯陽の隣に立つ少年へと向けた。
明らかに、一歩下がって周囲を警護する黒服とは違う立ち位置の少年、前日に上がってきた報告の真偽を確かめるべく、社長は唯陽に向けて何気ない風に問いかける。
「ところで……先ほどから気になっていたのですが、そちらの方は? よろしければご挨拶したいのですが」
「あら。申し訳ありませんわ。沢木さんのお話がとてもお上手で。ご紹介したものと。改めてご紹介いたしますわ。こちら、今展示会で私のゲストとしてお招きいたしました、能力者の迎坂黄泉路さんです」
「初めまして。紹介に預かりました。黄泉路と言います」
柔らかく、冗談のように軽い口調で紹介する唯陽からバトンを受け取った黄泉路がその少年然とした身なりに似つかわしくないしっかりとした挨拶をすると、沢木は一瞬だけ目の前の少年の年齢が分からなくなったような錯覚に陥り、しかし、すぐに気を取り直して手を差し出して挨拶を返す。
「こちらこそ、お会いできて光栄です。東都の折には我が社も多大な被害を受けておりまして、迎坂さんがあそこで止めてくれていなければもっと被害は甚大だっただろうと皆話しておりましたよ」
「そんな。僕だけの力じゃないですし、もっと被害を抑えることもできたかもとあれからも日々考えるばかりです」
「若いのにしっかりした考えをお持ちの様子で、終夜様もそんなところを買っておられるのでしょうね」
立て板に流れる水の様にすらすらと流れ込むお世辞に嫌な顔一つせずにそつなく受け答えする黄泉路の姿に、周囲はやはりという確信をもって自らが接触する機会を窺う空気が広がってゆく。
社長――沢木は黄泉路の名を聞いて一言も黄泉路が東都の英雄であるかを確認せず、まるでそれが前提であるかのように話を広げた。それに対し、黄泉路もそれが正しいという風に応えて見せた段階で、黄泉路イコール東都の英雄という図式は公式のものとなって周知されたのだ。
隣にいる唯陽がにこりとして口を挟まない様子から、周囲もそれを広めて良いのだと方々から囁く様なざわめきが上がる。
「終夜様のゲストということは、以前より交流がおありで?」
それはすなわち、東都の英雄は終夜によって創作されたものなのかという言外の問いに、唯陽は微笑んだまま首を横へ振る。
「いえ、個人的な面識はありましたが、本格的な交流はあの一件以降になりますわ」
「そうでしたか。いやはや、終夜様も人を見る目は伝え聞く御父上と同様のようですね」
終夜の手によるものではない、天然の英雄であるという唯陽の証言は、在野の能力者にあれだけのことができるのだというポテンシャル、潜在的な金の鉱脈の深さを示すとともに、いち早く特大の宝石を掘り当てた終夜唯陽という少女の、その地筋を思わせる目利きに周囲は舌を巻く。
おそらくは先ほど別れた、幹部にしては若々しい部下もそうした終夜唯陽の腹心の様な存在なのだろうと、成り行きに耳目を集めていた業界人は部下に常群の動向を注視する様に指示を出す。
周囲をそれとなく観察していた唯陽は頃合いかとゆるりと微笑んで黄泉路の手を握り、
「ありがとうございます。……さて、これ以上この場に長居しても他の方のご迷惑になりまし、黄泉路さん、次はどちらへまいりましょう」
決して、父親の話題が不快だったのではない、ただ周囲に気を使っただけなのだとアピールし、ついでに黄泉路の気を引きたい年頃の少女らしさを印象付ける様に仕草をつければ、周囲は終夜唯陽という天上人も人の子であるのだと認識すると同時に、自分の子ほども歳の離れた子供であるのだというある種の油断めいた気の緩みをもって微笑ましくそのふたりのやりとりを眺め、
「そうですね。やはり順に巡っていくのが良いのでは? 沢木さん。興味深いお話をありがとうございました」
「ええ。良い一日を」
「ありがとうございます」
次に話しかけるのは自分である、顔を覚えて、あわよくば何かしらの言質を引き出したいという考えから、機会を狙って喧騒が遠巻きに移動を始める。
人ごみの台風の目と化した唯陽と黄泉路は前日の出来事をリハーサルだとでもいうように、ふたりで歓談しながらも周囲に目を向けてそれとなく観察しながら会場を歩き始め、唯陽が黄泉路を自陣に引き入れたという話題が満遍なく広がっていくのを確認した。
人ごみの中、黄泉路達とはやや離れたところで大きな人だかりができて会話の順番待ちとでも言う様な状態の常群が、それとなくふたりの関係と今回の目的についてを匂わせる。
――3日目の大規模デモンストレーションを行う月浦に対するものである、と。
意図して流された噂は指向性をもって広がってゆく。
業界関係者はなにも社長などに限らない。それらの製品を広報する雑誌や、報道機関も招かれたこの場で流れる噂はたちまち即日のニュースとして、リアルタイムに世間へと発信される。
『終夜と東都の英雄の繋がり! 次世代防衛設備展示会に巻き起こる時代の風!』
『こちら次世代防衛設備展示会の会場ですが、まだ一般公開を翌日に控えた初日であるというにも関わらずの盛況、その要因は東都の英雄と共に来訪した終夜財閥のご令嬢であると――』
元々関係がないと、興味もなく開催することすら知らなかった者へも。それらの情報は瞬く間に拡散する。
「……」
それは当然、異なる場所でモニターを見ていた、黄泉路に縁のある者達の下にも届いていた。
「いず兄」
「行かれますか?」
「……今行ってもダメだと思うから。もう少しだけ、我慢する」
「わかりました。揚町が現地に行っているようですが、言伝くらいはしてもいいのでは?」
「そうですね……。兄さん達に逢ったら伝えておいてもらえますか。お母さんが会いたがってたって」
「……わかりました。伝えておきます」
「うん、お願いします」
黒髪をひとつに括り、歳に見合わない安っぽい飾りのついた髪飾りだけをつけた少女はモニターの電源を落とす。
「あー。早く逢いたいなぁ……」
曇天に遮られた鈍い日差しの下、天を衝く様な白い巨塔の上層の窓辺から復興中の東都へ、その先にあるはずの、黄泉路がいるだろう会場へと視線を投げかけて呟く道敷穂憂の声を、隣で控えた葉佩だけが聞いていた。