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12-17 次世代防衛設備展示会 PreviousDay-4

 黒い塔とも呼称すべき会場特設宿泊施設の最上部が徐々に夜の空模様に溶けてゆくような時刻。

 冬という事もあり、17時にもなれば遠く見えていたはずの景色は闇の中へ消え、代わりに翌日への最終調整として、何らかのトラブルによって搬入や設営が間に合っていなかった企業や、夜間警備の者達が姿を見せ始めたことで会場となる地上施設一帯は道を照らす明かりや行き交う人の持つ証明によって疎らに照らされ、昼よりも活気があるのではと錯覚するほどの人の気配を感じさせていた。

 無論、暗くなったことで明かりによる人の往来が可視化されやすくなったこと――だけが理由ではない。

 昼間に完全なる不意打ちとして襲来した終夜の姫。その存在が瞬く間に参加企業間に周知され、ともすれば夜にも何らかのアクションがあるのではないか。もしくは、終夜の姫が視察に訪れたように、月浦の子息も視察に訪れるのではないか。そのような噂が囁かれたことによる緊急展開(スクランブル)が、下界の慌ただしさを本来の物よりも数割ほど賑やかにしている要因であった。


「……さて。各々が見聞きしたことを整えると致しましょうか」


 そのような慌ただしさとは無縁のホテル上層部。

 来訪客の中でも主催に近い関係者、そのごく一部でなければ踏み入ることすら出来ない別通路から辿りつけるVIP専用部屋のリビングで揃った少年少女を見回し、大きくとられた窓の外の夜景に重なる様な豊かな黒髪の少女、終夜唯陽が宣言する。

 下界の騒ぎの主犯であるにもかかわらず、そこにあるのは昼間の騒ぎに悪びれることのないスッと伸びた姿勢と射貫く様な異国情緒が混じった碧眼で報告を受ける人を使う立場の人間(・・・・・・・・・)の顔だ。


「なら、まずは私達からね」


 唯陽の視線を真正面から受け止める黄泉路の隣に陣取った彩華が真っ先に口を開き、昼間に見聞きしたことを葉隠の補足と共に共有すれば、能力に対して造詣の深いメンバーの顔色が僅かに緊迫感を帯びる。

 とりわけ、同じチームに属し、彩華の能力性質と構造物に対する空間把握能力の高さに信頼を置いていた黄泉路は終夜の持つ抗能力素材の完成度に感嘆していた。

 そうした黄泉路の反応により、最近になって能力と関わることになった遙や、非能力者であり実務者ですらない唯陽もまた重大な代物なのだと理解する。


「……やっぱり、連れてこなくて正解だったかな」

「歩深とかのことか? まーだよなぁー能力無かったらただのガキだし」

「“狐憑き”くん?」

「ヤッベ」


 ぽつりと呟いた黄泉路の言葉を救い上げる様に遙が口を挟み、即座に彩華によって睨まれて口を噤む。

 日中に護衛という慣れない気の張り方をした反動か、ぐってりと座り心地の良いソファに身を預けていた遙も失言を悟って姿勢を正すも、もはや遙の一挙手一投足が周囲に情報をバラまいているのと同義であることに彩華は静かにため息を吐く。


「……んんっ。じゃあ、次は僕と唯陽さんの所感を話そうか」


 名前を上げられてしまった歩深自体はこの面々に対してはすでに顔も割れていることもあり、深く言及さえされなければ困る様な情報ではないものの、これ以上の深堀をさせない――遙による墓穴も含めだが――ために黄泉路はさっさと自身と唯陽が会場を視察という名目で歩いた結果を口にする。

 会場内の人の動きや唯陽、それと黄泉路へと向けられる視線に対する所感に、唯陽が記憶している関連企業についての注釈などを交えた報告が終わると、考え込むように自身の顎に手を当てていた常群がふと口を開く。


「さすがに東館は終夜のお膝元ってこともあって目新しさはないな」

「そちらの様子はどうでしたの?」


 ひとり、別行動を取っていた常群へと唯陽が問いかける。


「まぁ、終夜関連企業の札下げた若手社員が月浦の影響が強い西館で動くんです。警戒もされるし探られもしましたよ」

「何か気になることはあった?」

「こっちはまだ仕込み段階って所だな……」


 ネクタイを緩め、首元にゆとりを作って気を抜いたような表情を浮かべる常群だが、態度とは裏腹に黄泉路の問いに応える言葉の端には難題に挑戦する様な悪戯っぽい笑みを浮かべており、隙があるように見えるその姿勢すら罠のではないかと思わせる貫禄に満ちていた。


「仕込みですか?」

「東館でお姫さんたちが動いてることを仄めかして揺さぶってみたんで、明日は終夜のブースに顔を出したら西の方に行ってもらえると助かります」

「わかりましたわ」


 如何に月浦に近い立場の企業人といえど、天下の終夜と繋がれるのであればそれ以上のものはない。

 終夜の姫君と直接の面識を持つことで得られるチャンスはこうした場に出展する企業の担当者であれば逃しがたい垂涎の的である。

 それは当然、あらゆる視線が終夜唯陽という看板へと向けられることを意味し、視線が1点へ集まればそれだけ視線の外側で隙に動く余白が生まれる。


「皆浮足立ってましたよ。あの終夜とお近づきになれるかもしれないなんて、そうそうあるものじゃない。俺がお姫様に近い立場かもしれないと匂わせるだけでも随分と口の滑りが良くなりましたしね」

「そんなことして大丈夫なの?」

「心配すんなよ。向こうだって本気にしてるわけじゃない。終夜の看板ぶら下げた若手が実際に訪れているらしいお姫様とは別行動で敵情視察してる、なんて面白いネタにいっちょ噛みしたいだけさ」


 本番は明日だと、白峰の用意したカップに手を伸ばして口を湿らせた常群が唯陽へと顔を向け、


「そういう事なんで、明日は西館入口までご同伴願えますかね?」

「ええ。明日は来賓の方々へのご挨拶もありますし、白峰。西館からの会場巡りでスケジュールを調整して頂戴」

「畏まりました」


 短いやり取りで意図を理解した唯陽が白峰に指示を出すのを見やり、常群は自分の報告は終わりだと態度で告げる。


「月浦の裏手はやっぱ警備が厚くて正攻法で攻めるのは大変そうな印象だったから、そっちのふたりは慎重にな」

「短い間柄ではありますが、ええ、常群さんの手腕は知っているつもりです。ご忠告はありがたく。ついでと言っては何ですが、報告するほどでない懸念等はありますか」

「……そう、だなぁ」


 葉隠の問いに改めて一日の動きを振り返るように首をひねった常群が、ややあってハッとした顔で黄泉路を見る。


「え、どうしたの? 何かあった?」


 その顔の動きの速さと、自身を見つめる常群の表情の緊迫感に思わず身動ぎした黄泉路が問いかければ、常群はとんでもないことを思い出してしまったという顔のまま、いっそ思い出さなければ良かったという様に息を吐いて本日最大級の爆弾を投下する。


「……出雲。刹那との約束(・・・・・・)

「――あっ(・・)


 再会してからというもの、後援者である唯陽の事情につきっきりで準備を進めていたため、隠れ家に帰る時間も惜しんで動き回っていた常群は失念していた。

 同時に黄泉路も、黒帝院刹那と万全のシチュエーションで再選を果たすという彼女の目的、それを先延ばしにしていた事実を思い出し、ふたり揃って刹那という少女の印象から、彼女の行動を脳内でエミュレートし、マズい状況(・・・・・)だと結論付ける。


「? ええっと、どういうことでしょう?」

「あ、ああ。えっとだな……お姫様にゃめちゃくちゃとばっちりなんだが……」


 事態を飲み込めない唯陽が首を傾げる中、常群がどう説明したものかと言葉を濁してちらりと黄泉路へと視線を向ける。

 関係性としては、黒帝院刹那は終夜唯陽が匿い雇っている殺人鬼、行木己刃の同僚であり同盟者だ。

 だが、それは直接の意味合いとして黒帝院刹那が終夜唯陽の管理下にあることを意味しない。

 なんならあの女は黄泉路との再戦――好敵手(ライバル)と定めた相手と再会するために同じ対象を似たような理由で追っている殺人鬼と手を組んでいるだけで、その備品や調査資金が大財閥の恩恵を受けているなどとは露ほども考えていない傍若無人な人物だ。

 完全に独自の世界観の中に生きる社会不適合者。でなければあれほど突飛な能力も発現すまいと、能力に詳しいものならば口を揃える異常者である。

 今でこそこうして終夜唯陽と正式に手を組んでいる常群とて、元はと言えば孤独同盟(アライアンス)の伝手を辿って黒帝院刹那と行木己刃のコンビにたどり着き、黄泉路を探す同盟として動いてきたのだ。

 元より終夜唯陽の伝手の中にあった己刃と、契約によって関係を得た常群とは違い、あの魔女には一切の鎖が存在しない。

 そんな魔女が、ライバルが自身との約束をすっぽかして目立つ場所で活動していることが耳に入った時――突撃してこない(・・・・・・・)わけがない(・・・・・)


「――東都で僕と一緒にマーキスと戦ってくれた子、わかる?」

「え、ええ」

出雲(コイツ)のことを一方的にライバル視しててな? それで……」

「あの時協力して貰う対価として勝負するって言っちゃったんだ」

「ええっと……それの何が問題なんですの?」


 首を傾げたままの唯陽と遙、反応を示さない白峰とは裏腹に、裏社会に身を置き風評として“銀冠の魔女”を知る葉隠と、実際に言動を見ている彩華は嫌な予感がすると顔を顰める中、常群は諦めたように地を這う様な声で確度の高い推測を口にする。


「……約束すっぽかされたっつって本番に乱入してくるかもしれねぇ」

「ええっ!?」

「その、刹那ちゃんって自分本位というか、あまり事情とかを鑑みないタイプなんだよね。それで、僕と約束をして暫く経ってるのに勝負について音沙汰なくて、僕がこっちのイベントに出るって耳に入ってしまったら、会場に突撃してくる可能性は物凄く高いなって」


 あの災害の様な戦場でまさしく災害そのものと言える能力者が、あらゆる事情やしがらみを無視して黄泉路と戦うためだけに襲来する。そんな可能性を突き付けられた唯陽は思わずといった具合に顔を引きつらせ、はたと、以前に己刃の周囲にいる協力者についての情報で名前を見たことを思い出す。


「で、ですが、やみっきーさんとの同盟関係で私達のセーフハウスをお使いですよね? なら……」

「そのレベルの損得勘定すら通じないから、魔女なんだ。本当なら俺から時間をかけて結論を誘導するのが一番だったんだが、今から俺が知らせても逆効果だろうなぁ……」

「そんな――」


 唐突に降って沸いた想定外のトラブルに言葉を詰まらせた唯陽を最後に、場の雰囲気が明確に落ち込む。


「もう、そうなったら僕が何とか会場から引き離すよ。幸い、この建物自体は抗能力素材で出来てるわけだし、彩華ちゃん(リコリス)が防衛に回れば余波くらいなら何とかなる……よね?」

「……おそらくは。ただ、大手振って能力を使えば来てるはずの政府の目は振り切れないわよ」

「それならこちらでどうにかしますわ。元々黄泉路さんを擁立する時点で政府との折衝は避けようがありませんし、常群さんには今からでもやみっきーさんと協力してその方の動向に目を光らせて置いてください」

「ま、そうなるか。もとはと言えば俺の不手際だしな。了解しましたよお姫様」


 思いがけず大変なことになったと頭を抱えたくなった常群だが、これも因果かと諦めたように首を振って唯陽に対して頭を下げるのだった。

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