12-16 次世代防衛設備展示会 PreviousDay-3
黄泉路と唯陽が護衛――に扮した遙と正真正銘の護衛兼付き人の白峰――を伴って会場を練り歩いているのと同時刻。
会場内の衆目を雰囲気諸共一手に引き受ける4人から離れる形で戦場彩華と久遠寺麻衣こと葉隠は何食わぬ顔で会場内を移動していた。
「さすがの注目度ね」
「ええ、はい。お陰で多少の会話程度なら交わせる余裕があるのは幸いですね」
互いにこの場において関係者を名乗っても違和感のないパンツスーツスタイルのOLといった風体だったが、見目の整った若い女性が連れ立って歩くというには相応しからぬ展示会のコンセプトもあって、本来であればそれなりに目には留まっていただろうふたり。
だが、すれ違う作業員たちはふたりをまるで気に留めた様子もなく、むしろ、遠目にちらりと見える程度の賓客の一挙手一投足に気が気ではない様子であった。
「まずはどこに行きます?」
「あちらも囮を兼ねつつ正面から探りを入れてくれていますし、私たちは反対側から回りましょう」
「了解」
それもそのはず、照明が十全に機能した明るく清潔な空間を演出された会場内においてなお、ふたりの足元に影はなく、その姿が鏡面に映り込むこともない。
「ですが、良かったのですか?」
「それ、葉隠さんの立場で聞きます?」
「あくまで終夜さんとは共犯者という立場ですが、ええ、まぁ。そちらについては中立のつもりですので」
自身の【光源変換】の能力によって人目から物理的に隠れて歩く葉隠がちらりと騒ぎの中心へと視線を向けながら隣を歩く彩華へと問いかける。
言わんとしていることを理解して彩華は小さく首を振り、問題ないと返しながら視線を人の行き来や関係者用の通用口へと向けながら口を開く。
「迎坂君が誰を選ぶのだとしても、それはあくまで迎坂君の意思だもの。先回りして芽を潰すのはフェアじゃないじゃない。それに――」
「?」
「終夜唯陽とはもう友達だもの。先に知り合って好きになったってだけで拒むほど狭量じゃないわ」
さらりと言ってのける豪胆にも程がある主張に葉隠は周りにいる女性の強さに思わず黄泉路に内心で合掌してしまうが、それはそれ、葉隠にとって黄泉路はあくまでも同じ組織の同僚であり、その身の上を大まかに伝え聞く限りにおいては同情もするし幸せになってほしいとも思うものの、だからといって面白おかしく引っ掻き回すつもりもなければ特定の誰かとくっつけようという気もない。
「そもそも、どうして終夜さんと友人になろうと考えたんですか」
葉隠が気になるのは、彩華がそのような態度の枠に唯陽を含めることになった理由の方であった。
彩華の素性や素行に関しては本部に顔を出す様になってからの数か月にも満たない期間にすれ違った程度、その間に本部の人員と交わした会話から伝え聞く程度が精々であった葉隠であるが、だからといって彩華が誰彼構わず出会ってすぐに友達になろうと告げる様な人物でないことは、今回の計画のための短い期間であっても容易にわかる。
だからこそ、何故、自身の恋敵であることが先行し、本来であれば縁もないような赤の他人を友達として扱おうと提案したのか。至極当然の疑問を向けられた彩華はそんなことかと通用口の傍に人がいないことを確認して扉を開けながら首の動きだけで振り返る。
「別に同情のつもりはないけれど。立場に縛られた人間が努力して自分で縁を掴もうとして、自分自身の人生を勝ち取ろうとしてる。そういう姿勢に共感しただけよ。私もそうだったから」
無論、終夜唯陽と戦場彩華では生まれも育ちも違う。周囲に歪められた人生と、周囲に当てはめられたレールを歩く人生、どちらが良い悪いや軽重などといったことを語るつもりは無い。
だが、唯陽も彩華も、その境遇から自らの意思で歩き出すと決め、そして、その岐路において迎坂黄泉路という少年に助けられた。
「水端さんに友達になるのを勧められた終夜さんの顔を見たら、似たような立場で話せる人も居た方が良いと思ったのよ」
これから黄泉路のバックにつくというのであれば浅からぬ関係が出来るのは容易に想像がつく。
黄泉路を挟んでの間接的な関係性よりも、直接やり取りできる関係性になってしまったほうが手間がないと思ったのも理由の一つだった。
「なるほど。確かに私は表面上は友人関係という事になっていますが、ええ。終夜さんと同じ立場でというわけにはいきませんからね」
互いにビジネスライクに近い友人という立場ではある。だが、葉隠の場合、黄泉路と接触するためのつなぎとして所属する組織への接触手段、仲介役として表向きの友人関係を求められた偽装的なもので、内実でいえばギブアンドテイクの共犯関係にあたる。さすがに唯陽も葉隠を正真正銘友人だとは思っていないだろうことは容易に想像がつくし、事実、葉隠もそのように割り切って唯陽と接してきた面もあった。
彩華の場合、そこよりさらに個人に寄った思想信条の面で唯陽と向き合う立場だからこその友人関係と言えた。
「……」
「どうかしましたか?」
「ええ。ちょっとね。この建材、資料で見てはいたけれど、確かにやりにくいわ」
通用口を進み、人の往来も足音としてすら聞こえない通路の端。
彩華が壁に手を添えながら目を閉じ、難しい顔をしていることに問いを向けた葉隠に、彩華は触れていた手を離して人差し指と親指の腹をすり合わせる様にしながらぽつりと呟く。
初見時、富司演習場へとやってきた際に彩華が一目で抱いたのは違和感だった。
彩華は物質の構造を再編成し刃へと変えるという能力の性質上、物体の構造を把握する能力に長け、本来であれば一般的な建造物であれば一目で構造を把握できてしまうほどの能力を持つ。
そんな彩華をして、富司演習場に建てられた次世代防衛設備展示会の施設は不可解にも、一目で構造を看破しきれないナニカであった。
「終夜が開発した能力を使用した抗能力建材……理屈としては理解できているつもりだったけれど、たしかに、これは問題だわ」
「それほどですか」
「能力者の能力はある程度相殺する、同系統であれば特に。この辺りの話は先輩である葉隠さんならご存じでしょうけど、その理屈を転用して想念因子を取り込んだ材料を使用することで能力に対する抵抗力を持った素材を作り出す……ここまで完成してるとは思わなかったわ」
事前に唯陽から手渡された資料――内部資料とも言うべき社外秘の技術的要素まで含んだ誠意の証ともいえるそれ――に目を通した際の彩華がそれほどのものかと高を括っていた点は否めない。
だが、実際にこうして手で触れてしまえば、その能力の性質上――触れた物質を自身の思うままの刃へと作り替えることのできる力の持ち主として理解できてしまう。
この技術は確かに能力者に対抗しうるものだと。
「会場のテーマがテーマなだけに、オペレーターの中継を前提にしなかったのは幸いね。この建材、恐らくだけれど念話すら弾きかねないわ」
「それは……警戒度の修正が必要ですね」
「もしかすると、懸念していた通りその内念話を傍受したり盗聴する技術も出てくるかもしれないわね」
一見すると普通の建材と見分けのつかない壁を見つめ、彩華は厄介な技術だと首を振る。
「能力者でない人からすれば一夜城のような建築に目を向けても、能力の阻害性については実感しにくいのも厄介な点ですね」
「私なら無理やり作り替えることもできるけれど、この分だと使用者は厳しそうだわ」
使用者の中でも白峰や遙のような上澄みであればまた違うのかもしれないが、平均的な使用者の出力を想定するならば、無造作に作られたこの通路ひとつとっても能力を防ぎきる壁として有効だと彩華は分析する。
「この技術に抗しうる新兵器、侮れないかもしれませんね」
「そうね……こちらは元々終夜の系列が多いから期待はしていなかったけれど、彼は上手くやってくれているかしら」
同時に、これから黄泉路が相手取る月浦の新兵器はこれら終夜の技術に対抗できると踏んで開発され、持ち込まれたものであるという事実に気を引き締めた彩華と葉隠は遠くから小さくなり始めた足音に息をひそめてその場を離れる。
翌日以降の本番へ向け、さらに関係者の動きや展示の裏側を調べる必要があると、ふたりは足早に通用口の奥へと進むのだった。