12-14 次世代防衛設備展示会 PreviousDay-1
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時は流れ、2月の末。
黄泉路が唯陽に協力すると決めてから、あれこれと下準備に忙しくなった唯陽の呼び出しによって、黄泉路達は富司大規模演習場に聳えたつ黒を基調とした塔とも呼ぶべき高層建築の上層部に設えられた部屋に集合していた。
簡素ながらも品の良いベージュの色調に統一された、高級ホテルの一室と比して遜色のない広々としたスイートルーム、そのゲスト用のテーブル席に腰かけた少女、終夜唯陽が腿の上で重ねた両手を握るように閉じて口を開く。
「……ここまで、打てる手は積極的に打ってきました」
ベストは尽くしたのだと自分に言い聞かせるような、僅かに緊張の滲んだ――それでも表情は澄まして覆い隠せているのだから社交界を渡り歩く上流階級のご令嬢としては申し分ない――表情で同じテーブルを囲んで座った面々を碧眼が見回し、
「あとは今日からの実際の皆さんの動きに掛かっています」
その瞳が、正面に座った黒髪の少年へと留められ、真っ直ぐに祈る様な視線を向けられた少年――黄泉路がリラックスさせるように緩く笑みを作る。
「最悪、何もわからなくても僕がひっくり返せばいい。そういう計画なんだし、今から緊張しても仕方ないと思うよ」
「そうね……結局、迎坂君がやれるというのならやれるのだろうし。下手に固くなるよりは気が抜けている方がマシかもしれないわ」
あまりにも身も蓋もない黄泉路の発言に一瞬、はく、と唯陽の呼吸が詰まる。
黄泉路の隣に腰かけた彩華が黄泉路の発言を揶揄う様に肩を竦めて見せられれば、唯陽もすぐに自分の緊張を解そうという心配りを察して小さく咳払いをして、
「東都を救った英雄方ですものね。非力な女の子をひとり救うくらい朝飯前というわけでしょうか」
などと、自分でもどの口が非力だなどと言っているのかと突っ込みたくなるようなジョークでもって応えて見せる。
確かに唯陽は能力を持たず、肉体も見た目のままの、下手をするならば箸よりも重いものを持ったことが無いという慣用句がそのまま適応できてしまう可能性すらある生粋のお嬢様だ。
だが、その出自に付随する権力や財力、人脈といった有形無形の力を加味すれば、とてもではないが非力な女の子などという可愛らしい枠に入れていい人物ではないだろう。
「まーかせてくださいよ! オレたちがしっかり守って見せますって! な! リコリス!」
その文言を額面のままに受け止めたらしい遙が自信ありげに笑って見せ、改めて水を向けられた彩華がどうしようもないと悩まし気に首を横に振る。
意図せず発生した即興のコントめいたやりとりに流れを黙って見ていた常群が思わず小さく吹き出せば、今日が初対面の常群に笑われたと明確に認識した遙が思わず睨む様な視線を向けた。
「くっくっく。ま、物理的に非力なのは確かだし、その辺は期待してるよ、マジで」
「言われなくても。そっちこそ、大丈夫なのかよ」
当の常群は黄泉路の仲間は面白いな、などと微笑ましさすら抱く余裕の態度でやんわりと遙を宥めるのだから、遙は自分だけが独り相撲させられている状況に面白く無さげに常群に与えられた役割への自信を問う。
互いによく知らない者同士、黄泉路という緩衝材があって初めて縁が出来た間柄である。
そう思われても仕方ないだろうなぁと大人の態度で受け流す常群に噛み付こうとする遙の気配を察し、黄泉路はパンっと1回手を叩いて乾いた音を鳴らした。
「とりあえず、これ以上話が脱線しちゃう前に、唯陽さん、続きをお願いしても大丈夫かな?」
「……ええ、そうですね。あまり堅苦しいのはやめて、これからのそれぞれの役割と動きについて最終確認を致しましょう」
黄泉路の助け舟によって横転しかけた話題が主軸に戻ると、それぞれが居住まいを正して唯陽の方へと向く。
唯陽がちらりと傍に控えてひとりだけ直立していた白峰へと視線をやれば、心得ているとばかりに白峰がテーブルの上へ地図を広げ、さらに各人の前には個別にネックストラップが置かれる。
「これは施設全体の見取り図ですわ。ただ、私共が主となって建設に携わりはしたものの、各社協賛での開催という名目上、手を入れられていない部分も多く、わかりやすい秘密通路などを仕込めばそれだけでスパイ行為を疑われかねなかったこともあって手を入れられた部分は多くありません」
「それでも、こうやって主催側から確かな地図の提供があるのは助かるよ」
「私が現地で確かめるにも限りがあるものね」
唯陽としては、主催側という立場を利用して事前に施設そのものに手を加えて融通の利く裏口などを作っておきたかったのだろうが、普段から施設に不法潜入したりする側の黄泉路達からすれば、主催側が味方に付いているというだけでも十分すぎる恩恵を感じていた。
何せ、標が思考や電子上からハッキングして入手した図面や彩華が現地で構造把握能力で大まかにあたりを付けた土地勘などに頼らずとも良い。それだけでも黄泉路達にとっては十分すぎる手助けで、
「オマケに身分証まで貰ってはね」
「ここまで準備して頂けているならば、ええ。普段よりもむしろ動きやすいと言えますね」
自らの前に置かれたネックストラップ、その透明な吊り下げ式の名札入れの中に納まった電子チップの付いた身分証を指の間で挟んでひらひらと振る彩華に、葉隠もうんうんと頷いて見せる。
「おふたりはあくまで秘密裏に、人目につかずに月浦を調べる事を前提としていますので、その関係者証はあくまで保険程度の認識でお願いしますわね。一応、複数会社を跨いで終夜の関連企業であるとはすぐに分からないところから寄り寄せはしましたが、照会されれば露見するのは時間の問題になりますから」
「時間の問題といっても、別に1日2日でバレるほどじゃないんでしょう? なら何も問題ないわ」
そもそも見つかるつもりもないのだし、と、彩華と葉隠が頷けば、唯陽は小さく頷いて視線を黄泉路と遙へと向ける。
「私と黄泉路さんは前日視察という形で会場入りし、私の名前で衆目を集めて調査組の隙を作りつつ、堂々と施設内を見物して探りを入れる、よろしいですか?」
「うん。それで最終日の終夜のゲストとして僕が出る為の空気作りも、だよね」
現在こそ東都を救った英雄という印象が先行し、表だって顔を出したところで政府関係者から追及され辛い状況であるが、それでも黄泉路は在野の能力者であり、能力者法案によって届け出ていない以上はそこまで止まりだ。そんな黄泉路が突然ゲストですと言って登場しても、何も知らない来場客はともかく関係者達は納得しないだろう。
逆に、開催前日という、関係者の中でも出展側の人間しかいないこの環境で、開催側の中でも飛び切りの大物が引き連れて関係者に紹介して回ったならば、関係者は勝手に想像する。終夜と東都の英雄の仲を。
この作戦に含んだ唯陽個人の思惑にも気づきつつ、あえて気にしない素振りで彩華はちらりと遙へと視線を向ける。
「で、護衛は貴女の所の白峰さん、と。こっちの真居也君になるわけだけど」
「お、おう! 何があっても終夜さんはオレが守ってやるぜ」
「……はぁ」
元気よく返事する遙――の顔は、普段彩華たちが見慣れた明るい茶髪の青年ではない。
黒のオールバックに固められた髪と切れ長の三白眼と、普段の顔を見ている彩華と黄泉路からすれば別人ともいえる容貌。
事前に夜鷹内の相談の末、遙に自らの顔に能力を使って別の外見をかぶせておこうという話で纏まった結果であった。
幻影により自在に顔のパーツを変えられる遙だからこその変装術である。
その上からサングラスをかけ、見かけ上は白峰と同僚であると言われれば納得できるような黒いスーツ姿の遙だが、その態度ばかりは変えようがない。
そうした外見と内面のちぐはぐさは目立つものの、護衛として遙が傍にいる利点が多いことから彩華は小さく息を吐く。
「――んで。最後に俺が繋ぎ役兼関係者目線での調査ってことだな」
締め括る様に、関係者証ではなく、終夜グループ正規の社員証を首から下げた常群が、白峰や遙とはまた違ったビジネススーツに身を包んでにやりと笑う。
その姿は黄泉路と同い年とはとても思えないほどに堂に入っており、社員証も併せれば大手企業の若手敏腕営業職員という風体であった。
立場にあった身嗜みにスッと合わせてくるあたりに経験に裏打ちされた場慣れが感じられ、黄泉路はそんな常群の状態に何とも言えない内心をぐっと堪える。
「では、あらためて夜にもう一度こちらで合流するという形で」
「ええ」
「了解」
唯陽の号令を受け、常群が席を立つ。
先んじて部屋を出ていく常群を見送った黄泉路は改めて気を引き締め、唯陽のエスコートに集中すべく改めて自身の身嗜みを確認するのだった。