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12-10 自分の意思で

『……わかりました。よみちんがそう決意したなら、私はよみちんの意思を尊重して反対を取り下げます』

「ありがとう標ちゃん」


 キィ、と。ゲーミングチェアのリクライニングを限界まで倒した標が伸びをしながら送る念話に黄泉路が礼を告げれば、標は体勢はそのまま、見上げるように黄泉路へと顔を向ける。


『あーちゃんにも私にさっき言ったみたいに直接よみちんの言葉で伝えること。そうすればあーちゃんもきっとわかってくれるから』

「そうだといいけど」

『最悪、あーちゃんには終夜のお姫様と付き合う気はないって明言しとけば半分くらいは説得完了ですし大丈夫大丈夫』

「えぇ……?」

『それともぉ、よみちん的には逆玉の輿はアリ寄りのアリなんですぅ?』

「いや、別にそうは言ってないけど……」


 どうしてすぐに色恋に話が繋がってしまうんだろうと困惑する黄泉路だが、憎からず思って傍にいてくれる女性がいる前で告白されたことまで馬鹿正直に話してしまった自分の撒いた種である。

 だが、対象を選ばず(・・・・・・)必要とされていたい(・・・・・・・・・)という無差別な承認欲求、他者依存体質からスタートした黄泉路の情緒はそれらを正しく理解するにはまだまだ時間がかかりそうであった。

 急かしてもどうにもならないことだけあって、今の標にできるのはこうやって揶揄い混じりに情緒を刺激して反応を見るくらいしかないのだが、当の黄泉路はただただ困ったように苦笑するのみで。


『ま、よみちんが特別に誰かを好きになったら分かりますよぅ』

「標ちゃんはわかるの?」

『もっちろん。私は見ての通り内心のプロですから』


 つまり恋愛経験は無いんだ。と、至極失礼な感想を抱いてしまう黄泉路である。

 閉ざされていただけあってその心の声自体は聞き取ってはいないものの、黄泉路の沈黙からそうした傾向の感想を抱いたことだけは即座に理解した標がリクライニングを起こして黄泉路の頬を両手で引き延ばす。


『余計な事考えてましたよねぇ?』

「ごめんごめん」

『もう。私だって誰かに恋したりすることくらいありますよーだ』

「へぇ」

『……そこで掘り下げてこないのが、よみちんの良い所でもあり、って感じですねぇ』

「なんでちょっと呆れられてるのかわからないんだけど」

『そこが分からないからじゃないですかねー?』


 ようやく解放された頬を擦る黄泉路だが、その両頬は赤くなることもなく、非力な女性のと枕詞がつくものの、それなりの強さで引き延ばしていたつもりであった標はやれやれと首を振ってデスクへと向き直り、黄泉路に背を向けたまま、そういえばと念話を発した。


『終夜のお嬢様の依頼を受けるとして、結局魔女との再戦とかはどーするつもりなんです?』

「あー……その問題もあったね」

『人気者は辛いですなぁー』

「笑い話じゃないんだけどね……」

『ま、お友達の話じゃあ、魔女についてもほとんど終夜に囲われてるようなもんらしいですし、最悪終夜唯陽に丸投げしてもいいんじゃないですぅ? 割り込みで依頼投げてきたんですから、そっちの調整くらいさせれば良いと思いますよぅ』

「刹那ちゃんと戦うにあたっての場所の問題の解決……か」

『ですですぅ。終夜のコネなら適当な無人地域まるっと使い潰させて(・・・・・・)くれそーじゃないです?』

「あはは……それは、ちょっと確認してみないとだね」


 黄泉路はともかくとして、黒帝院刹那という能力者が揮う力は強大だ。

 ほぼ無制限、その能力を遺憾なく発揮しきれば、先の東都崩壊の下手人であったマーキスのそれすらたやすく上回るだけの火力を持っている。

 マーキスの所業が部下や使い捨ての能力使用者を使って自らの能力圏域を拡張し、自らも想念因子結晶の摂取による過剰発動を持ってかの巨大な砂嵐の巨人とも言うべき災害となっていたが、黒帝院刹那という少女はその類まれなる想像力ひとつで巨人の一部を焼き払う事すら可能としていた。

 そのような人物とまともにやりあおうと思えば、近隣に人が住んでいる場所など無論論外、不意の介入の予防や戦闘後も見据えた場合、極力人里離れた広大な土地、またはいっそ海上であった方が望ましいとすら言える。

 黄泉路や現在の三肢鴉にそのような場を用意できるだけの伝手や財力などあるはずもなく、再戦を望む刹那に対してそうした条件を付けることで向こう側が用意する場に赴く前提で思考していたが、そこに終夜という財力も影響力もずば抜けた存在が仲介するというのならば、場の確保は一気に現実的な話へと変わる。

 一度刹那を交えて真剣に交渉テーブルに乗せてみる必要があると思考を纏め、画面と向き合う標に背を向けて部屋の外へと向かう。


「それじゃあ、しばらくしたら夕飯だから、あまり遅くならないようにね」

『はーい。よみちんのお手製ごはん楽しみにしてますねぇ』


 頭に響くだらけ切った声に肩を竦め、階段を下りながら窓の外の景色が黒々とした夜映し出しているのを横目にキッチンへと向かう。

 出歩けない黄泉路の代わりに買い物に出ていたメンバーの好みによって変わる冷蔵庫の中身を確認し、賞味期限が早い順に取り出して献立を考えた黄泉路はぱっぱと準備を進めてゆく。

 その仕草は家事に慣れた者のそれで、当番制であるという側面を除いたとしても料理の頻度が高いことが見て取れるものであった。


「(買い出ししたのは廻君かな。舞茸ご飯と、あとは……)」


 冷蔵庫やその脇に置かれた段ボールに入った常温保存できる食材を見つつ、食材の傾向から和食を好む廻だろうとあたりを付けつつ、夕食に顔を出すだろう人数を計算しながら手を動かす。

 現在の新夜鷹拠点でもあるメゾネットに生活の基盤を置いているのは標と黄泉路の他、廻と姫更、歩深の3名と、日によってまちまちではあるものの、自宅に居ても一人暮らしであることもあってこちらに顔を出すことが多い彩華と、最近では訓練を行った遙が泊りがけの際に同席するといった、夕食だけは大所帯となるケースも増えていた。

 今日はと言えば、平日であることもあって普段は真っ当に学生をしている廻と姫更、最近では三肢鴉の方からその幅広い能力を期待されて裏方の手伝いへと回る機会も増えた歩深などはもうじき帰宅する頃だろう。


「(――そういえば、遙君は今日居ないんだっけ)」


 廻達と同じ学校に通っていることもあり、帰宅に便乗する形で来訪することが多い彩華とは違い、遙の場合はひとりだけ活動地域が東都近辺であることもあってそこまで機会が多いというわけではないが、最近では東都の復旧に際して学校そのものが機能していないため、その余暇を丸々訓練に当て込んでいる日も多いので黄泉路の中では半ば同席者のひとりとなりつつあるのだった。


「(……帰ってきたね。人数は――ああ、よかった。彩華ちゃんも来てるね)」


 最も時間のかかる炊飯器を稼働させたところで黄泉路の感知に玄関へと転移してきた数人の気配が引っ掛かると、その人数から逆算して廻と姫更、彩華の3名であると把握した黄泉路はリビングへと向かってくる気配へと振り返る。


「おかえり」

「はい、ただいま戻りました」

「ただいま」

「お邪魔するわね」

「彩華ちゃんもいらっしゃい」


 炊飯器から上がり始めた蒸気に混じった舞茸と出汁の香りに僅かに表情を綻ばせる廻を微笑ましく、3人が洗面所へと向かってゆくのを見送った黄泉路は続いて根菜に手を付ける。


「今日は和食?」

「廻君が買い出し当番だったみたいだから」

「そう。手伝うわ」

「じゃあ焼き魚頼んでいい?」


 隣へやってきた彩華が自然と手伝いはじめれば、黄泉路も流れる様にふたりでキッチンに立てるように横へとズレてスペースを確保する。

 共同生活するようになってからそれなりの時間が経っていることを表すような、今となってはさして珍しいものではない光景。

 黄泉路が根菜の皮を剥く音と、彩華が魚の切り付けを行う微かな音が規則正しく響く。


「……彩華ちゃん」

「何かしら」


 黄泉路の控えめな呼びかけに応じた彩華の声は平淡だ。

 真剣な話であることは黄泉路の声のトーンから察していたのだろう。そして、この直近においての真剣な話題といえば自ずと内容は察しがついてしまう。


「この間も話したけど、僕は、次世代防衛設備展示会の依頼を受けたいと思ってる。理由はいろいろあるけど、1番は情報収集の伝手。終夜の情報網が使えるなら、今よりももっと広く情報が得られる。もしかしたら美花さんやカガリさんの安否とか、リーダーの消息とかが分かるかもしれない。僕がやりたいこと、その為に依頼を受けたいんだ」

「……」

「彩華ちゃんが僕を心配してくれてるのも、勿論分かってるつもり。人に流されてばっかりで、人の為、誰でもいい誰か(・・・・・・・)の為に動いていた僕が、今の世間に顔を出して、英雄を演じてしまう(・・・・・・・・・)のを心配してくれてるんだよね」


 彩華は応えず、切れ込みの入った魚に塩を振りかけてコンロに備え付けられたグリルの網へと押し込んで電源を付ける。

 無視しているようにも見える態度であるが、黄泉路は構わず、こちらも皮を剥き終えた根菜を鍋へ移し、火にかけながら言葉を紡ぐ。


「大丈夫だよ」


 短い、しかし、黄泉路の本心ともいえる断言に、彩華の手が止まる。


「今の僕には皆がいるから」

「……」

「他の多くの誰かじゃなくて、ここにいる皆が、僕を見てくれた。すごい能力者だとか。英雄だとか。そういうのじゃない僕を見てくれる人がいるから、僕は大丈夫」


 鍋に注がれた水がこぽこぽと音を立て始める中、黄泉路は照れるように頬を掻き、


「それに、僕が反対されてもやりたい(・・・・・・・・・・)、っていうワガママを言えるようになったの、ちょっとすごくない?」

「……はぁ」


 誇るような、それでもまだ少し申し訳なさそうな、そんな黄泉路の口ぶりに、彩華は小さく息を漏らす。

 呆れるような溜息だが、その対象は黄泉路の口ぶりにというよりは、そんな言葉でも最終的には飲み込んでしまう自分自身に向けられているようで、


「わかったわよ。いいわ。貴方が自分で大丈夫だって私に言うんだもの。やりたいようにやりなさい」

「――! ありがとう!」

「ただし。わがままに付き合う以上、後で埋め合わせは求めたい所ね」


 大きく手間を取る料理も終えたことで、箸休めの浅漬けをさっと仕上げた彩華は、あとは時間が経つのを待つばかりとなったこともあってキッチンに背を向ける。


「貸しひとつよ。紳士的な(・・・・)お返事を期待しているわ」


 去り際、冗談めいて言い残された彩華の言葉に、黄泉路は真剣にどう応えようか頭を悩ませる事となり、暫くして、後日常群に相談しようという情けない結論に至るのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物語最初の方は姫ちゃんはヒロインとしては若すぎるよなあって思ってたけど、黄泉路が外見年齢変化しないせいでだんだん適正年齢に近づいていくの面白い(今現在姫ちゃんが何歳かは正確に把握していません…
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