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12-8 姫君の依頼と鳥たちの懸念

 常群との邂逅が思いがけない形へと転がった翌日。

 廻の用意した隠れ家――現在の新生夜鷹とも呼べるアジトのリビングでは、集まった面々が顔を突き合わせていた。

 決して広くはない一軒家のリビングだ。かつてより人数が減り、少年少女だけの集団となった今となってもやや手狭に感じる空間に、今はひとりの少年の声だけが響いている。


「……と、言うわけなんだけど」


 ひとしきり事情――常群とのやりとりこそ省略されたものの、それ以外に関しては大筋をなぞる形でのほぼ全て――の共有を終えた黄泉路の、やや歯切れの悪い末尾がリビングの空気を震わせ、各々の反応を含んだ身動ぎの衣擦れ音と混ざり合う沈黙が広がる。

 互いが互いに顔を見合わせる、ということはないものの、齎された情報にどう反応すべきかと迷う中、


「はぁ……。ただの幼馴染との再会で、どうしてこうトラブルを引きずってくるのかしらね」


 真っ先に口を開いた彩華の口ぶりには多分な呆れが含まれていた。

 とはいえ、真剣に呆れているというよりは、黄泉路を取り巻く関係の複雑さと、他方から頼られるだけの実績が伴ってしまっているが故の贅沢な悩みに対するものが大半であった。


『そーですねー。よみちんはもうちょっと女性に対してガード高めた方が良いと思いますよぅ』


 残る呆れは心情を比率で表すならば凡そ3割弱といった具合の彩華本人の極めて個人的な感情に根差すもので、彩華本人は口にするつもりがなかったが、それを読んだ標が冗談めかして乗っかったことで彩華は薄く睨むように標を見据える。


『てへっ』

「てへ、じゃないわよ」

「その……僕は女性関係にだらしないつもりはないんだけど……」


 そもそも、女性と交際した経験すらないのだから、だらしない以前の問題じゃないかなと困り顔で首を傾げる黄泉路であったが、持ち込まれた話を素直に話してしまった段階で味方と言える存在はこの場には居ない。


「っざけんなよお前マジ、終夜(よすがら)って超つけても足りねぇレベルの大財閥じゃねぇか! 彩華さんキープしつつそんな良い所のお嬢様ひっかけておいてどの口が――」

「私をキープ呼ばわりとは随分と失礼なことを考えてるのね。生け花になりたいの?」

「ひっ。すんません!」


 真面目な話の間こそしっかりと聞いていた――というよりは、あまりに規模間の違う単語が飛び出してくることで半ば放心していた遙が吼える様に黄泉路に指を突き付けるのと同時、彩華の底冷えのする様な鋭利な言葉と鈍色の花が遙の腕ごと指を絡めとり、一瞬で鎮火する様に遙の声が萎む。


『たーしかに。キープ発言はよくないよーはるはるぅ……?』

「すんません……」

『まーでも、似たり寄ったりな感想は一旦脇に置いておくとしてー。どーしましょ?』


 叱ると窘めるが半々の、揶揄い混じりの苦言に遙が頭を下げると、標はぱんぱんと手を叩いて彩華に刃の花を引かせて話の主題を引き戻す。

 戻された主題――終夜唯陽の依頼を受けるべきか否かに、黄泉路は迷いつつも口を開く。


「僕個人としては、受けたい。と思う」

「……」

「ただ、僕ひとりの一存で決めていい事じゃないし、僕の周りにいる皆も巻き込むことになる。だから」

「――私は反対と言っておくわ」

「っ」


 真正面からの否定に、黄泉路は思わず身を強張らせる。


「貴方を英雄として担ぎ出すことそのもの、貴方自身は望んでいるのかしら?」

「それは……」

「自分の恋路は自分で決めるっていう終夜さんの価値観そのものは賛同できるけれどね」

「ぁ、ぅ」


 私の意見は変わらない、と。締めくくった彩華は口を閉ざしてカップに口をつける。

 その仕草からはもう語るべきことは全て語ったと無言の主張が滲みだしていた。

 彩華からはこれ以上黄泉路は視線を彷徨わせた末に標と目が合う。

 だが、標は困ったように首を振り、


『確かにー。終夜の伝手があれば色々めちゃくちゃ楽になりますけどねー。ただ、それって本当によみちんがしなきゃいけない事なんですぅ?』

「でも、僕の手を借りたいって」

『東都の英雄って看板は確かに衆目環境に出るにはうってつけですし、三肢鴉が復活するにあたって旗印としては申し分ないんですけど、よみちんはそんな形で表に出て大丈夫ですか? ただでさえよみちんは求められたら断れない性質なんですし、そーゆー要らない重荷を、私たちの為に背負ってほしくはないですね。とゆーわけで、私――三肢鴉の現情報統括者としては反対ですぅ』


 それでも、黄泉路がやると決めたならばサポートすると、反対でありつつも消極的な肯定を残して念話を閉じる。

 次いで黄泉路が視線を向けると、標の隣に腰かけて考え込むように目を閉じていた姫更がじっと黄泉路の顔を見つめていた。


「お金、大事だけど、黄泉にいの方が、大事」


 姫更らしい短い回答のみの主張だが、その中身は彩華や標が概ね口にしたものだ。

 依頼そのものへのリスクではない。黄泉路自身に降りかかる重責や好奇の視線に対する憂慮。

 黄泉路を大事だと思うが故の言葉に、黄泉路自身反論することもできずにいると、ちびちびと両手でカップを持ってココアを飲んでいた歩深が黄泉路を見上げ、


「死なない人がやりたいことをやればいいと思う」

「歩深ちゃん……」


 話の大半は、現場では眠り続けていた為覚えてないだろう。ここで話を聞いた今もすべてを理解しているとは言い難いが、それでも歩深は黄泉路の背を無自覚に押す。


「歩深は出来る子だけど。死なない人も出来る子だから」

「……ありがとね」


 続き、これまで否定続きだった事もあって口を開きづらかったのだろう。歩深の肯定を受けて遙が手を挙げる。


「はいはい! オレも賛成ー!」

「遙君?」

「だってよー、終夜だぜ!? 終夜! 誰でも知ってるレベルの大財閥とコネできるなんてヤベーじゃん!」

「遙君」

「貴方ねぇ……」


 一気に、内容の薄い軽い賛成票が投じられたことに呆れた空気が場に浸透する。

 普段真面目な話し合いには正式なメンバーでないという自覚もある為か口を挟むことの少ない歩深ですら真面目に考えて意見を述べた矢先の発言に、賛同されたはずの黄泉路ですら困ったような顔になるのも無理からぬことであった。

 思わず眉を顰める彩華の声に、遙はさすがに不味いと思い至ったのか慌てたように口を開く。


「あ、あと! 正直な話さ、オレは三肢鴉とかあまり関りねぇし実感もわかねぇけど、お前にとってはそうじゃないんだろ!! ならやりたいようにやればいいんじゃね? ……やってもやらなくても後悔するかもしれねぇんなら、自分が納得できる方を信じろよ」


 オレにそれを教えたのはお前だろ、と。最後の言葉だけは気恥ずかしくなったのか、それとも未だ尽きぬライバル心からか。体ごと捩って黄泉路の視線から逃れる様に顔を逸らす。


「……最後は、僕ですか」


 終始無言で成り行きを見守っている様子だった廻に、一同の顔が向けられる。

 未来予知という、別の視座ともいえる立場に居る廻の扱いは夜鷹の中においても特殊で、普段であればこうした意思決定の場に廻自身が口を挟むことは多くない。

 廻がどんな内容を口にしたところで、受け取る側は廻の能力を前提にその意見を受け取ってしまう。

 そうした事情がある為、廻を深く知らない遙すらも、廻が歩深とはまた違う事情でこの場に居ることを理解しつつある中での意思表明に、皆が皆廻へと意識を集中させる。


「ひとつ言えるとするなら、受けるのであれば、終夜や月浦の動きだけでなく、政府の動きにも目を配る必要がありますね」


 廻の口から出たのは、受けた場合に気を配るべき、注意すべき点。

 暗に賛成票を投じたような空気が滲むのを遮り、廻は僅かに首を振り、


「とはいえ、僕が賛否を唱えることはありませんよ。どちらに転んでも――まぁ、大きな分岐ではあるのですが、フォローできる範囲ですし。皆の為の援助や情報収集の伝手が欲しい兄さんの気持ちもわかりますし、そのために兄さんが重荷を背負うリスクを案じる姫姉さん達の意見も正しいですから」


 互いの主張を並べ、どちらも一理あるとしたうえで、廻はぐるりと卓を囲んだ面々を見回す。


「現時点では、兄さん、水端さん、真居也さんが賛成で、戦場さん、藤代さん、姫姉さんが反対。であれば、僕は中立という形で、一旦この場は解散としませんか。回答期限はあと6日。別に今日明日で決める必要もありませんしね?」


 気の抜けるような意見、だが、ここで激論を交わそうとも決着にはならない、できないと知っているような言外の説得力に呑まれ、主に反対していた女性陣が渋々と席を立つ。

 各々が気分転換と言いつつ部屋を出てゆけば、残された賛成組もまた自由にふるまい始める。


「廻君」

「なんでしょう?」

「本当に、どっちを選んでも正しい(・・・)の?」


 歩深が付けたテレビの音がリビングに賑わいを与え、ニュースが取り上げる東都の今や避難民の生活密着などといった最近ではお決まりの文言が響く中、戸惑う様な調子で問いかける黄泉路の言葉に廻は小さく首を振る。


「正しい、なんてありませんよ。皆が言うように、どうしたいかがあるだけです」

「……どうしたいか、か」

「別に、本心から絶対に反対ってわけじゃないんですから。あとは兄さんがどうしたいのか。その結果をどう受け止める覚悟があるのかを示せれば何も問題は無いと思います」


 言い終えると、廻は席を立ち、


「じゃあ、ちょっと真居也さん借りていきますね」

「は? え、オイ!?」


 言うが早いか、立ち上がり際にはすでに掴んでいたのだろう、遙の手首を握ったまま歩き出した廻に引っ張られる形で席を立った遙が戸惑う声を響かせながらリビングを離れてゆく。


「え、えぇ……?」


 後に残された黄泉路は困惑した声を上げ、唯一残ってテレビを見始めてしまった歩深に一度視線を向けるも、話し合いという雰囲気ではないよなぁと小さくため息を吐くのだった。

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