3-12 夜鷹支部4
暫くして我に返った黄泉路はソファに座りなおし、湯気を立てる紅茶を口へ運ぶ。
「落ち着いたか?」
「……ええ、はい」
2口目を飲み込んでカップを置いた黄泉路へとリーダーが声を掛ける。
緩やかに頷き、再び聞く体勢へと移行した黄泉路を一瞥し、自身の紅茶に口をつけながらリーダーは中断していた説明を開始した。
「それでは、続いて能力について説明をしていく事にしよう」
「お願いします」
「まず、能力者として覚醒する原因については我々でも、いや、政府ですらまだ全容を掴みきっていないと言うのが実情だ」
「そうなんですか?」
「尤も、政府よりも我々の方が能力者に対して理解が深いのは間違いないがな」
「政府以上って、どうやったらそんなに情報が集まるんです?」
「何、政府よりも我々に対して能力者が協力的だということだよ」
そう言ってリーダーが話し始めた内容を聞けば、黄泉路はなるほどなと先ほど抱いた疑問が解消する。
能力者とは、それこそ突然一般人であった者が覚醒する黄泉路のようなケースや、生まれつき、物心ついたときには既に能力を手にしていた者など様々だそうだ。
ただ、共通して二次性徴期から成人までの間に多く見られる事や、生命の危機など、突発的な状況に遭遇した場合の事例、または身近に能力者がいるケースなどが多いらしい。
黄泉路の場合など年齢的にも丁度良く、状況としても能力者に襲われ命の危機に瀕するという、典型例の凝縮のような状態であった。
政府のやり方を疑問視している研究者が三肢鴉に所属する能力者の同意の元に聞き取りを中心とした研究からの推測だという前置きをした上で、リーダーはじっと黄泉路を見据える。
「能力とは、一種の現実の超越なのではないか」
「現実の超越……ですか?」
いまいちピンとこない黄泉路は思わず首をかしげ、その様子も当然だと想定していたリーダーは特に気にする事もなく話を続ける。
「常識や摂理といったモノを捻じ曲げる力、ということだ。人は命の危機に瀕した時、常識や摂理を超えてでも自身の生命を守ろうとするし、覚醒しやすい年齢層は丁度人格形成や社会のあり方、つまりは世界の法則を学習する段階にあって世界そのものの捉え方が非常に不安定だ。そこに能力者という前例が身近にあれば、覚醒に至り易いというのも頷ける推論ではないかと私は思っている」
「……なるほど」
その推論には黄泉路も思う所があった。
確かにあの時、自身の命が脅かされていたあの状況下、自身は常識や摂理、倫理などと言った理性的なことを、果たして考えていただろうか。
ただ単純に、死にたくないと。能力者になれば死なないですむかも、と。
そう考えてはいなかっただろうか。
「次に、能力者の能力には大まかにいくつかの分類がある事は知っているか?」
「……いえ」
政府の作ったデータの流用ではあるがと前置きをした上で、リーダーは一旦言葉を区切り、紅茶で口を湿らせる。
カップをソーサーへと戻す小さな音が響き、再び静寂が訪れた所でリーダーは再び口を開いた。
「能力には大きく分けて5つの系統がある」
「5系統、ですか」
「【エレメント】系、これはカガリが使う発火能力などの自然界に存在するあらゆるエネルギーを操作する能力の系統だ。カガリならば能力は【エレメント・ファイア】となる」
「なるほど……」
「次に【エンハンス】系。元々の性質を強化する事に特化した能力の系統で、一般的に多いとされている系統でもある。死に瀕した際、人は誰しもその死を遠ざけようと、自らを強化したり、再生能力を増強させたりする為にそうした能力が発現し易いのではないかと言う推論だ」
エンハンス、という言葉には、黄泉路は微かに記憶の彼方で聞き覚えがあった。
そう、たしか、施設で我部が言っていたように思える。
「【エンハンス・リジェネレート】……」
「ふむ?」
「あ、いえ、再生能力って、そう呼ぶんですよね?」
「ああ。知っていたのか?」
「えっと、たまたま耳にする機会が有っただけで……」
「ふむ。まぁいい。続けるが、問題ないか?」
「はい、お願いします」
黄泉路がぶんぶんと首を振って話を促せば、リーダーは僅かに怪訝な顔をするだけに留めて説明を再開させる。
「続いて【チェンジ】系統。これは先ほど説明した【エンハンス】系とは違い、“元々の性質を変質させる”能力の系統だ。この能力は定義範囲が広く、自身の身体を獣の如く変異させる者や周囲の物体の形状を変質させる能力者など多岐に渡る」
「獣化能力……」
「迎坂が覚醒した経緯には【獣化能力】の能力者が噛んでいるんだったな」
「はい」
「苦手意識はあるだろうが、能力者であろうと一般人であろうと、犯罪を犯す者は犯す、今はまだ難しいかもしれないが、そう割り切る事だ」
「はい……努力します」
獣化能力と聞いてトラウマにも近い苦手意識を顔に出してしまっていた黄泉路に、咎めると言うよりは諭すに近い調子でリーダーが告げる。
いくら監禁された4年間の間で幾度となく臨死経験したとしても、一番初めのきっかけ、暴力的なまでの恐怖を上書きする事は出来ない。
未だに心の奥底で沈殿している恐怖心が刺激され、池をかき混ぜて水底の土砂が水中に舞い上がるように内心を圧迫する。
理性ではリーダーの言っている事が正しい事だとは理解してはいるものの、拭い切れない恐怖心から黄泉路は顔を青くしたままどうにか前向きな言葉を紡ぎ出す。
見かねて紅茶を勧めるリーダーに促されて一口、二口と紅茶を喉に流し込めば、先ほどから若干時間が経ったことで少しばかり温度の下がった紅茶の暖かさが黄泉路を徐々に落ち着かせていった。
「……続けようか」
「お願いします」
少しして、黄泉路が落ち着いた事を確認するようなリーダーの口調に、黄泉路は静かに小さく頭を下げた。
「よかろう。では、続けて【ドミネーション】系統。これは前述の中では【エレメント】系に近いが、その本質は“操作”や“支配”にある。例えば【ドミネーション・ヒュプノ】は催眠術の様に他者に暗示を掛けることができるし、【ドミネーション・ドール】は人形など人型をした無機物を自在に操作する事が出来る」
「なんか、怖い能力ですね」
「そうでもないな。前述した系統の中では一番発現事例が少なく希少度も高い上に、一瞬で他者を自由自在に支配するほどの強力な能力を持つ事例は未だ発見されていない。個人に対して数分間幻を見せるのが精々といった具合にな」
「……やっぱり、強力な能力ほど少ないものなんですかね」
「そこに因果関係があるかはさておくとして、残る1つについては詳しい話はない」
「どうしてです?」
「端的に言うならば“前述の4系統のどれにも属さない能力”という、未だ分類する事が難しい能力をひとまとめにした【アンノウン】だからだ」
「例えば、どんな能力がそこに含まれるんです?」
「能力だとしか考えられないにもかかわらず、それがどういう経路を通じて現実に反映されているかがわからない物、などだな」
「え、えっと……」
「例えば、迎坂。君は“運命を捻じ曲げる”“奇跡を起こす”能力の存在を信じるか?」
「えーっと……」
唐突に問いかけられた内容に黄泉路は思考を巡らせる。
運命を捻じ曲げる、奇跡を起こす、どちらも人間が扱えるならばそれこそ奇跡だ。
しかし、そんな能力者が現実にいるものなのだろうか。
そこまで考えてふと、黄泉路の中に疑問が生まれる。
もし本当に運命や奇跡なんて物を操れるのだとして、それを確認する方法はないのではないか。
「……あ」
「気づいたようだな」
「えっと、運命も奇跡も、どっちも操作した事を明確に調べる事が出来ない?」
「正解だ。政府の能力解剖はあくまで科学で解き明かせている事象に当てはめる事を目的としているのだから、そもそも運命や奇跡といった現象を解き明かせていない現在の科学を基盤としている時点で観測の仕様がない。しかし、現に奇跡としか思えない現象を起こしている能力者がいる事は事実。そうした矛盾を解消する為に半ば棚上げ先として作られたのが第5の系統と言う訳だ」
今度こそしっかりとした納得と理解を示せば、サングラスの奥で黄泉路を見つめるリーダーの目が笑ったような気がした。
黄泉路が少しばかり気恥ずかしげに小さく笑みを浮かべていると、リーダーがふと視線を宙へと向ける。
「……ふむ。概ね時間通りだな」
「え、っと?」
「この後迎坂の身体測定を行う予定だったのでな。丁度準備が終わったと今連絡が入った」
ついてこい、そう言って立ち上がり、部屋の外へと歩いて行くリーダーの背を、黄泉路はハッとなってソファから立ち上がって慌てて追いかけるのだった。