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12-6 常群幸也と周辺事情12

 ひとしきりじゃれあうと、互いに話の流れが途切れたことを察して様子見にも似た僅かな沈黙が降りる。


「……まぁ、そんな感じだな。俺がここまでたどり着いた経緯ってヤツは」

「なるほどね」


 そのまま黙り込むのも気まずく、自分から話を畳むことで会話の主導権を握りなおすことにした常群の締まらない括りの言葉に、黄泉路は小さく頷いて乗っかる。

 常群が湯呑を口へ運び、話題を切り替えると仕草で前置きしてから改めて口を開く。


「さて、と。じゃあ次はこれからの話でもしようぜ」

「わかった」


 新たな話題として持ち上がったもの自体、黄泉路も考えていたことだ。

 常群のこれまでの経緯を聞いたことで思いついたことや、元々、常群に問おうと思っていたもの。そうしたものをどう尋ねようかと思っていただけに、常群が率先してその話を切り出してくれたことはありがたかった。

 そうした内心をおくびにも出さず、黄泉路もまたお茶で喉を湿らせる様に口元を隠して常群に話の続きを促すと、常群は少しだけバツが悪そうに眉を下げてから、


「あー……その、さっきもチラッと話したけどよ」

「うん?」

「悪い! 刹那がタイマンさせろって言ってそろそろ抑えきれそうにねぇんだ! 一発沈めておとなしくさせてくれ!」

「えぇ……」


 パンッ、と。小気味いい音を響かせて両手を合わせて拝むようなポーズをとった常群に、黄泉路は思わず呆れと困惑が入り混じった声を漏らしてしまう。

 とはいえ、そのやりとりや、微妙にしまらない姿もかつての常群と地続きのように感じられ、懐かしさに緩みそうになる口元を引き締めて詳細を聞き出そうと口を開く。


「まぁ、少し聞いたから、なんとなくはわかるけども。刹那ちゃんが僕との1対1を望んでる、それを手伝う代わりに、僕の捜索を手伝わせたってことだよね?」

「ああ。それで、お前とこうして連絡とりあったり会うってのがバレちまっててな。それなら我との再戦も、って意気込んで話ができる状態じゃねぇんだわ」

「うわぁ……それ、大丈夫なの?」

「今は何とか。やみっきーが隣にいるとそれなりに自制できるっぽくてな。じゃれあいみたいな形で……その、室内がめちゃくちゃになる程度で何とかなってる」

「あー……」


 黄泉路は自分の知る刹那と己刃の性格や立ち振る舞いを思い出し、その上で東都で再会したふたりの様子を思い描いて常群のいう絵面が容易に想像できてしまったことで、苦笑にも似た呻きを漏らしつつ首をかしげる。


「でも、それってやみっきーがいれば大丈夫って事じゃないの?」

「そのやみっきーも、っつーか、やみっきーの方がヤバそうなんだよなぁ。たぶんわかると思うけど、アイツって元々自制しないタイプだろ?」

「ああ、うん。そうかも?」

「そんな快楽――とは違うんだろうけど、殺人鬼がさ。我慢してるって、俺はかなりヤバいと思うんだよ」


 いつ、どんな些細な状況で我慢の限界を超えて牙をむくか分からない凶獣。なまじ理性で物事を考えることができ、一応の損得勘定も備えたうえで人間の理の中に身を置けるだけの擬態能力まで持ち合わせたとびっきりの異物。

 そんな己刃は下手をすると夢を見たまま帰ってくる気のない、言い換えれば、夢の側の規則さえ把握できていれば操縦しやすいとすら言える黒帝院刹那よりも危うい存在だと、常群の直感は告げていた。

 自身の所感を告げる常群に、黄泉路はなるほどと頷きつつ、それならば常群はこちらに来た方が良いのではないかという考えが頭の片隅から持ち上がる。


「(――でも、そうすると常群は完全にこっち側になってしまう。……いや、でも最近は遙君みたいなケースもあるし何なら刹那ちゃんたちと行動してる時点で思いっきり闇側だったし問題は――)」


 無論。黄泉路もそれらがただの建前で――常群の身を案じる気持ちは当然本物だが――単純に常群と一緒に居たいだけだという自分の本心が大半を占めている事には自覚していた。

 それ故に、そうした下心を出すのは憚られると本心に口を噤んだまま、端的に常群の頼み事に了承を返す。


「わかった。近いうちに刹那ちゃんと戦えばいいんだね」

「マジか。いや、一度勝ってるってのは刹那本人からも聞いてるから知ってはいたんだけど、お前アレに勝てるのか……やっばいな」

「好きでそうなったわけじゃないんだけどね。……それで、再戦を呑むんだから、当然こっちからの要求だって呑んでくれるよね?」

「あ、ああ。それは俺が説得する。あいつはフェアにお前と戦えればそれでいいって感じだから、極端に互いに優劣の付く環境でなきゃ大体呑んでくれるはずだ」

「ううん。それもあるけど、僕が条件を付けたいのは、常群にだ」

「俺?」


 考えないではなかったものの、昔の――道敷出雲の性格をベースに考えていたが故に、高くない可能性としていた自身へと向けられた要求に、常群は思わず首をかしげる。


「刹那ちゃんとの再戦自体は構わないよ。僕からそれに対して要求するのは、人目につかない、広範囲に暴れても被害が出ない場所ならどこでもいい。ってことくらいだし」

「ああ、それくらいなら俺も是非そうしてくれと思ってるからな。刹那としても受けてくれるだろ」

「常群にはそれとは別に、僕の方の人探しに付き合ってもらいたいんだ」

「……人探し?」

「得意だろ?」


 悪戯っぽく、揶揄う様な調子で告げる黄泉路の顔に、常群はきょとんとしてしまっていた顔を僅かに顰め、


「だーれーが探させたと思ってんだ」

「あはは。ごめんごめん。だけど、さっき話してくれたこれまで培った力。人脈や情報収集能力を貸してほしいのは本気だよ」

「……はぁ。ったく。誰を探してほしいんだ?」


 強引に話を進めるべく――そも、常群にとって黄泉路の要求を断るという選択肢は頭になく――内容に踏み込んだ常群に、黄泉路は改めて、心を鎮める様に息を吐いてから、その者達の名前を口にする。


神室城(かむろぎ)斗聡(とざと)煤賀(すすが)(りょう)。……それから、叶井(かない)美衣子(みいこ)


 改めて口にすれば、リーダー、カガリと美花の安否や、もう一度会いたいという気持ちが嫌が応にも膨れてしまう。

 それらを隠すように茶で感情を飲み下すように湯呑を傾けれていれば、常群が難しそうに首をかしげながら呟く。


「3人もか。……どんな人だ?」

「それぞれ、僕を保護してくれた三肢鴉のリーダーと、保護先の先輩。夜鷹支部の僕の先輩ふたりだよ」

「――ああ。あの時、お前を逃がすために足止めを買ったって言う」


 黄泉路のこれまでの話の中、極力話を満遍なく進めるために省かれていたものが補完されたことで得心した常群の小さな声は、室内に思いのほか大きく響いたような気がした。

 それが黄泉路の抱える感傷故の錯覚か、はたまた、その声すらも大きく響くほどの静寂があったが故かは定かではない。

 だが、黄泉路の真剣な表情が、他人に何かを求める(・・・・・・・・・)という行為そのものを(・・・・・・・・・・)苦手としていた出雲(・・・・・・・・・)が求める程のものであると正しく認識している常群は、ややあってから、ゆっくりと首肯する。


「わかった。細かい情報は追々貰うとして、俺の方でも探してみるわ。そっちとは違う伝手だからってのも期待してるんだろうが、あくまで俺がここまでお前に迫れたのは憂ちゃんの加護あってのものだからな。期待はするなよ」

「それでも、常群がこれまでに身に着けた技術や人脈は常群のものだ。だから、その常群に僕は頼みたいんだよ」

「……ったく。仕方ねぇなあ」


 黄泉路(いずも)に頼られるという事がそも少なかったこともあり、常群は懐かしさの中に新鮮味を感じながらも、それくらいならばと了承する。

 その中に別の感情があったことに常群自身も気づかないまま、互いの話の詳細を詰めようかと口を開きかけたところで、ふと、黄泉路の意識が自身へ向いていないことに気づく。


「? どした?」

「外。人の気配がする」


 黄泉路は視線を部屋と通路を隔てる襖へと向けたまま、指を2本立てて常群へと人数を知らせて見せる。


「(ふたり? 片づけに来たか? いや、ここは料理を出したらあとはこっちが呼ぶまで人は来ない。だとしたら近くの部屋の客か?)」


 頭に候補を挙げては打消し、常群も自然と視線を、意識を通路の方へと向けていると、黄泉路の目つきが僅かに鋭くなる。

 すっと気配が絞られた黄泉路に、常群もまた通路の気配が部屋の前で止まったことを理解した。




 ――からり、と。

 微かな音を立てて襖が横へと開いてゆく。




 客のプライベートを何よりも重視するこの店に置いて、何の声掛けもなく扉が開かれることはありえない。

 すでに可能性としては限りなく低いと考えていた従業員の線が完全に消えた――それ以上に、常群は開かれた襖の先に見える通路に対して驚き、目を見開いてしまう。

 僅かな軋みもなく静かに開かれた襖から見える通路には人の姿はなく、ただ、雰囲気を保つために明度の落とされた仄明るい通路があるばかりであった。


「誰も、いねぇ……?」

「っ」


 黄泉路は咄嗟に席から立ちあがると、通路と部屋の間へと体を滑り込ませるように立ちはだかる。

 部屋には守るべきものがふたりもいる。そんな状況で異常に対して即座に体が動いてしまうのはもはや癖ともいう刷り込みの成果であり、黄泉路のこれまでの歩みを感じさせるもの。

 だが、黄泉路が警戒していたような襲撃はない。

 代わりに――


「!?」

「なっ!?」


 通路の一部、部屋の真正面が揺らぐように景色が滲む。

 思わず声を上げた黄泉路と常群だったが、その驚きの内実はそれぞれ別の人物へと向けられていた。


「そう警戒しないでください。ええ。私ですよ。お久しぶりですね」


 そう、落ち着いた調子で声をかけてきたのは、滲む景色の中から溶け出すように姿を現した女性のひとり――ボーイッシュな雰囲気は変わらないままだが、以前よりも伸びた肩口で揃った真っ直ぐな黒髪の女性、葉隠が、かつてと変わらぬ淡々とした調子で黄泉路に片手を挙げて見せた。


「葉隠さん――に、それに……」

「なんでお嬢様(・・・)がここにいるんすか!?」


 黄泉路が口に出そうとした言葉を継ぐように、部屋の中から常群の驚いた――それでいて頑張って小さく収めようとした声がこぼれる。

 その声に反応したか、それとも、葉隠が言葉を交わすのを待っていたのか。

 葉隠の能力によって光学迷彩を被っていたもうひとりの女性が、部屋の入口に立つ黄泉路へと飛び込むように小走りで駆け出し、


「――また、お会いできるのを心待ちにしておりました」


 豊かな黒髪が靡き、黄泉路の胸元へと飛び込んだ女性が甘える様な声を上げる中、黄泉路は困惑しながらも飛び込んできた女性――終夜(よすがら)唯陽(ゆうひ)を抱きとめたのだった。

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