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12-5 常群幸也と周辺事情11

 程なくして届けられた料理は店の構えに相応しい鮮やかに彩られたお重に包まれ、副菜や吸い物と共に盆に載った状態で各々の前へと供される。

 箱の見た目からも値が張るとわかるそれに、歩深は興味津々といった具合で見つめており、それに気づいた常群は小さく苦笑しながら黄泉路達へと食べるように勧めた。


「いただきます」

「いただきます」


 ふたりが揃って食事に手を付け始めれば、追って常群も自身の前に出された食事へと手を付け、


「――んで。どっちから話す? どうせお互い積もる話は山ほどあるんだ。時間はあっても有効に使っていこうぜ」


 行儀が悪いと指摘する者もいないのだと、開き直ったような態度で黄泉路へと提案すれば、黄泉路は熱く湯気を立てた吸い物の器を置いて迷うように口を開く。


「僕からでもいいけど、食事中に話すような内容にはならないよ?」

「いいよ。程度の差はあるだろうが俺も同じだし」

「わかった。……まずは、あの日常群と別れた後のことからかな」


 食事を存分に堪能し、また、自分は部外者であると割り切って会話を聞く様子すら見せない歩深の配慮なのか天然なのかわからない態度を横目にありがたいと思いつつ、黄泉路は自身のこれまでを語る。

 路地裏で能力者に襲われたこと。死んだと思ったら生きており、その後助けに来たという我部に騙されて研究所に送り込まれたこと。

 研究所の中で実験動物のように扱われ、三肢鴉に――夜鷹に救われたこと。

 夜鷹の面々に支えられ、役に立ちたいと、身に付いた能力と共に成長してきたこと。

 依頼先で出会った様々な人との交流や、能力を使って悪事を働いていた者との対峙。能力や能力者を利用して陰謀を企てていた事件との対決など。

 所々、口にするのも憚られる内容や詳細は明かせないものなどは省略しつつも、黄泉路の語る自らの7年間の足跡はとてもではないが食事の間に終わる様なものではなく。

 結局、黄泉路が語り終えたのは、非常にゆっくりと時間をかけて料理を味わい尽くし、歩深などは黄泉路の分のデザートまで平らげて満腹感から寝始めてしまった頃であった。


「……そっか」


 黄泉路の経緯が語られる間、聞きに徹して相槌程度しか打たずにいた常群は、黄泉路の口から流れるように飛び出す冒険譚の終わりに小さく声を零す。

 それは黄泉路を労わるような、自分が隣に居られなかったことを悔いる様な、黄泉路のこれまでを否定する事のない優しい色を宿していた。


「楽しかったか?」

「――! うん。辛いことも、悩みも、後悔も、現在進行形でたくさんあるけど。……でも、楽しかったよ」


 長い旅に出ていた子供へ尋ねる様なとも例えられそうなほどに穏やかな常群の問いかけに、黄泉路は一瞬目を瞠ったものの、しかし答えは決まっていたと言わんばかりに即答することができた。

 仲間がいて、自分の立つべき場所がある。それは掛け替えのない大切なもので、楽しいことなのだと、そう胸を張って応えた黄泉路に、常群は新たに淹れた緑茶を口に運び、熱く火傷しそうなそれを自身の内にあった葛藤と共に飲み下すと、真剣な眼差しで黄泉路を見据える。


「じゃあ。今度は俺の話な」


 吐き出された熱せられた息に宿った僅かな自己嫌悪や諦観のような感情に黄泉路は小さく頷く。


「(常群がここにいる理由か……)」


 対面する親友の態度から見える覚悟ともいえる硬い雰囲気は、黄泉路の思考の隅に積もり続けている疑問――すなわち、道敷出雲の知る限り一般人でしかなかった常群幸也という少年が、どうやって三肢鴉の能力者・迎坂黄泉路を追いかけることが出来たのか。何故、黒帝院刹那や行木己刃といった裏社会でも指折りの危険人物と友人の様な気安げな関係を築いていたのか――に対する回答を含んでいることを察し、黄泉路は常群の言葉を待った。


「……まずは、お前が死んだって聞かされたあの日からの話だ」


 常群はそんな言葉を皮切りに、これまでのことを、自分がどんな心境で過ごしてきたのかを。

 出雲が消えたことで空いた穴がどのような傷跡として周囲に残ったのかを語りだす。


「最初は、死んだって聞いた時は現実感がなくて、おじさんもおばさんも(うき)ちゃんも悲しんで、空の棺で葬式が挙がったのをぼーっと眺めてた。……そっから、何か月経っても憂ちゃんが立ち直れない姿が見てらんなくて、今思えば自罰の意味もあったかもしれねぇけど、自然とお前の代わりに憂ちゃんの兄みたいなポジションを取るようになってな」


 自罰、という言葉に、黄泉路は先の常群との再会早々にされた謝罪の内容を思い出す。


「(あの時引き留めてなければ巻き込まれてなかったかもしれない、か)」


 結果論でしかなく、ましてやそれが正しかった保証もない。だが、残された者としてはそう考えずにはいられなかったのだろうと理解した黄泉路は、思い出したようにまた謝りそうな、感情を堪える様な常群にゆるりと首を横に振って先を促す。


「……悪い。折り合いついたと思ったんだけどな。まだちょっと割り切れてねぇわ。……っと、続きだったな。そっからずるずると兄妹ごっこ、って言い方をすると露悪的だけど、まぁ、そんな感じの関係が続いて、段々と憂ちゃんも表面上は立ち直ったかなって思ったくらいの頃」


 視線が、黄泉路へと突き刺さる。


「――お前が戻ってきた」

「!」

「驚いたよ。何せ死んだと思ってたあの時から何一つ変わらない姿だったから。最初は幽霊になって俺に恨みでも晴らしに来たのかと思ったくらいだったぜ」

「そんな訳……」

「ああ。ちゃんとお前は生きてたし、あの時、お前の顔見てわかったよ。よく分かんねぇけど出雲は生きてた。って」

「……」


 あの日、常群の成長した姿に、取り残された自分を見せつけられたような、もう二度と日の当たる場所に帰れないような気さえして、恐ろしくなって逃げ出してしまったあの瞬間。

 常群はちゃんと自分を見てくれていたのだと、黄泉路の胸に3年越しに喜びと申し訳なさが刺さり、バツが悪そうにちらりと視線を脇へと逸らす。


「そっから、お前が家に帰って……憂ちゃんからの伝聞だけど、おじさんとおばさんがお前をどうするかってんで大喧嘩したんだろ? それで飛び出したお前がまた行方知れずになってさ」

「……まぁ、そう、だね」

「その時からだなぁ。憂ちゃんに一緒に出雲探しをしようって持ち掛けられたのは」

「!」


 逸らしていた視線がハッとしたように向き、黒々とした瞳に驚きと何かを尋ねたい雰囲気を滲ませた黄泉路を制止するように、常群は緑茶を口へ運ぶ。


「出雲が何聞きたいかはさておき、続き良いか?」

「――あ、うん。終わったら、改めて聞くね」

「おう。……んで、そっから少ししてからかな。お前を探してるっつー警察の人が、お前の家の近くうろうろしててさ。なんか情報持ってねーかなって思って接触したらビンゴ。どうもお前と因縁のある刑事さんらしいじゃん?」


 知り合いだろ、と。差し出された端末の液晶に映し出されていたのは、先の東都テロの最終局面で黄泉路に対して警察の先頭に立って何事かを叫んでいる男性の姿。

 個人的にもタイミング的にも、何一つ良い印象のないその男に、黄泉路は思わず眉を顰めてしまえば、常群はそれが可笑しい様子で携帯を引っ込めながら小さく笑う。


「っはは。嫌われてんなぁ永冶世さん。ま、分からなくもねぇけどさ」

「……知り合いなんだ?」

「知り合い、っつーか、まぁ、その辺りはこれからの話でしようと思ってたんだけど、協力者だな」

「っ」

「つっても、向こうは出雲を捕まえたい、俺は出雲を見つけたい、だから、どっかで切り捨てる前提の協力関係だったけどな」


 けらりと笑って見せる、強かな調子を隠しもしない常群に呆気にとられる黄泉路だったが、常群は構わないと言わんばかりに続きを話し出す。


「そんな感じで、打算だけの協力者として警察権力様を頼れるようになったからさ。俺もできる限りのことをしようって思って、情報集めに必要な知識とか伝手とかを作れないかと、まぁ、色々やりだしてみたわけだ」

「色々……」


 ただの一般人の学生の身分での色々など、それこそ程度があるだろう。それがどう転がったらこう(・・)なってしまうのかと内心首をかしげている黄泉路に、常群は、だよな。と困ったような、過去に飲み下したなにかを思い出すような遠い目をしてしまう。


「出雲もわかってると思うけど、まぁ、一介の大学生程度の色々なんて限度があるのは俺も分かってたんだよ。けど、なんかいろんなことが奇跡的な転がり方をしてな。あれよあれよという間にその道のプロみたいな人にやり方を教わる機会に恵まれたり、ちょっとコアな情報誌扱ってる出版社の編集長に気に入られたりして。おかしいなって思ってた所で、憂ちゃんから連絡があった」


 傍から聞いていれば、どこの創作物だと言わんばかりのサクセスストーリーと言わざるを得ない常群の経歴に、そんなに超人的な奴だったっけかと親友の隠されたスペックに驚きを隠せないでいた黄泉路も、穂憂の名前で再び話が中核に戻るのを察して意識を切り替える。


「憂ちゃんも憂ちゃんで、独自に調べたり動いたりはしてたらしいのは知ってたんだよな。つっても、さっきも言ったけど俺は大学生、憂ちゃんは高校生で、やれることなんて高が知れてた。そう思ってあまり干渉はしてなかったんだけど、どうやら憂ちゃんの方にはめちゃくちゃデカい魚がかかったらしくてな」


 今思えばそれもそうだろうなと、諦観を交えた自嘲と、どうしようもなかったとしても悔悟せずには居られないという常群の態度に、黄泉路は穂憂の現状を思い出す。


「――もしかして」

「ああ。お前からも聞いた。我部ってヤツ。憂ちゃんにも目を付けたらしくて、俺の知らない所で声をかけられてたらしい」

「ッ」

「つっても、お前にしたみたいなだまし討ちじゃなくて、憂ちゃんにも能力があるって話と、その能力の検証と使い道の話をしてきたらしい」

「憂に……能力が?」


 初めて知った――というよりは、穂憂が能力にいつ目覚めたのかを知らない黄泉路からすれば、何故という疑問の方が強く残る。

 何故我部は穂憂に能力があることを知っていたのか。何故、穂憂だったのか。

 問う様に視線を向ける黄泉路だが、常群もそこは知らないらしく首を振る。だが、


「その我部とかいうイカレ野郎が言うには、憂ちゃんは自分の身の周りで(・・・・・・・・)起きる現実を選ぶ力(・・・・・・・・・)があるらしい」

「――現実を、選ぶ?」

「俺も憂ちゃんから聞いただけだから、もっと細かいことも聞かされたんだろうが、要するに、憂ちゃんはこれから起こる出来事(・・・・・・・・・・)に対して自分が望んだ(・・・・・・・・・・)結果を常に得られる(・・・・・・・・・)、って事らしいんだ」

「ッ!?」


 あまりにも突拍子のない力の内容に、黄泉路は思わず目を瞠ったまま絶句してしまう。

 その力は朝軒廻の様な未来予知に似ているが、下手な未来予知などよりもずっと異常極まる能力だと、長らく能力というものと肌で接し続けてきた黄泉路は理解する。


「なんだ、それ……そんなの――まさか」

「お、出雲も気づいたか。そう、俺がなんか上手くいってたのも、憂ちゃんがそう望んだ(・・・・・)からだ。兄、出雲を探す、絶対的な味方である俺という存在が行う、出雲を探すための行為が上手くいくように。ただそれだけのことで、俺は自分で必要だと思った技術を、伝手を手に入れた」


 常群が何事もないように語るそれは、黄泉路にとっては衝撃的すぎるものだった。

 何せ、(ほうき)が望んだ、ただそれだけのことで親友(つねむら)の人生は、努力によって得られただろう成果は、すべてが穂憂の能力によって機会が与えられたものとなってしまったに等しいのだから。

 自身の妹が引き起こした親友への仕打ちに、どう対応すればいいかと目を白黒させる黄泉路だったが、常群は気にするなとばかりに苦笑しながら顔の前で手を振った。


「良いんだよ。それで俺も助かってるんだし。こうしてお前とも逢えたんだから。それに、俺は昔から使えるものはなんでも使うタイプだって知ってるだろ?」

「でも、それとこれとは」

「一緒だよ。それに、話はまだ終わってない」

「!」


 強引にでも本題に引き戻すことで、黄泉路の意識から自身に対する後ろめたさを拭い去った常群は再び口を開く。


「問題は憂ちゃんの方だ」

「そう、だ。憂。憂は、どうして」

「対策局に居たのは我部に取り入る為だ」

「なんで、そんな――」

「言いたかないが、お前のため、だろうな。憂ちゃんの、望む結果を得るための最善が働く能力は自分にも――いや、自分にこそ効果がある。だから我部の誘いに乗った体で潜り込んだのも、そうするのが一番効率が良かったからなんだろう」

「効率って、僕と何の関係があるんだ」

「憂ちゃんの望みは、きっと昔から変わってない。お前とまた、普通に暮らしたい。それだけだろう。そのためには我部が邪魔だ。この国の、お前を追い詰める仕組みが邪魔だ。だから、それを一手に牛耳ってる我部のおひざ元で動き回れる立場こそ、憂ちゃんの望みが一番早く叶う場所ってことなんだろうぜ」

「そんな……そんな事のために」

「ま、その辺りは俺もよく知らないから、あくまで、俺が知ってるあの頃の憂ちゃんの願いのままならって推測だ」

「推測……? だって、連絡を取り合ってるんじゃ?」

「それも、我部の下に潜り込むって段になってお互いの安全のためと、警戒のために最低限にするって取り決めでな。ここ最近は忙しいのもあって全くだ」

「……そっか」

「気になるか?」


 その気になれば、穂憂と対面するセッティングもできると言外に告げる常群に対し、黄泉路は逡巡した後に首を横へと振る。


「ううん。今は、できる限り我部の側に情報を渡したくない。憂が我部を利用してるだけだとしても、リスクは極力犯したくない」

「今の仲間のため、か」

「うん。悪いけどね」


 躊躇いなく言い切った黄泉路に、常群は僅かに目を瞠った後に静かに息を吐く。


「……いいや、なんつーか、変わったな、お前」

「そう?」

「そうだよ。いつも俺の真似して、一般人をなぞってた(・・・・・・・・・)癖に」


 当たり前の様に放り込まれた一言に、今度は黄泉路が目を瞠って常群へと愕然とした視線を向ける。

 誰かの真似をして――誰かに求められる自分を無意識に演じ続けてきた黄泉路は、まさか常群がそこまで自分を理解しているとは考えてもおらず、この親友は自分の何を知っているのだろうと、驚愕に固まってしまう。

 そんな黄泉路の様子に常群はおやっと、掛け違ったボタンの端に指をかけたことを理解して小さく頷く。


「気づいてなかったか? ……いや、無意識だったってことは覚えてないのか」

「え、え? 何の話?」

「覚えてないならいいさ。気にするな。もう過ぎたことだし」


 気になるならまたあとの機会にな、と、強引に話を打ち切った常群に、黄泉路は自身と常群の間に何かあっただろうかともやもやとした気持ちが蟠るのを感じつつも、たしかに会えるのは今回に限った話ではないのだと、これまでとは違うのだと意識を強制的に常群の話の続きへと向ける。


「ともあれ、そんな憂ちゃんの手助けもあって、俺は晴れて一端の情報屋を名乗れる程度にはいろんな所に伝手が出来た。そこで、能力者関連法やらで情勢が不安定化してる隙をついて、今までの俺じゃ入り込めなかった深層に手を出して、紹介されたあのふたりと手を組むことにした」

「黒帝院刹那と行木己刃、だね。でもまた、どうしてあのふたり?」

「仲介屋に、不死者で名の通ってる能力者について知ってる奴、追ってる奴を紹介してほしいって言ったら、あのふたりに当たったんだよ。なんでも、お前刹那のライバルなんだって? あと己刃がお前のこと語る口ぶりが怖ぇんだけど」

「あ、はは……それは、なんとも。僕の側に非はないとだけは言っておくよ」

「……ま、そんな感じで、あいつらと引き合わされて、その場であいつらに取引持ち掛けて協力関係になったってわけよ。俺からは情報を、あいつらは戦力をってな。あいつらが求めてんのはお前とのタイマンであって、お前が勝ちゃあなんの心配もねーしな」

「うっわ、結局僕任せって事じゃん。酷いなぁ」

「うっせ。必要な技能は身に付いたっつっても俺は能力者でも何でもないただの一般人だぞ。護身術程度であの化け物共と張り合えると思うなよ」


 けっ、と、いじける様な、開き直ったような調子で茶化す常群に、黄泉路も思わずだよねぇと同意しながら笑ってしまう。

 真剣な話をしているはずなのに気づけばあまり重さを感じないというのも、常群と共にいて黄泉路が懐かしいと思うものであった。

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