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12-4 変わったモノ、変わらないモノ2

 常群と連絡を取った1週間後の午前。

 隠れ家の玄関口に立った黄泉路は、同じくよそ行きの格好に身を包んだ水端(みずはな)歩深(あゆみ)と共に、見送りとして残った標の方へ振り返る。

 気持ちばかりの変装として帽子を被り、ハーフフレームの眼鏡をかけた黄泉路の格好は一見するとその外見から見て取れる年齢としては地味だという印象を抱かせるものの、その立ち振る舞いからどこか育ちの良さを感じさせる。

 所謂お坊ちゃまの様な雰囲気を纏う黄泉路に対し、手袋越しに手を繋ぐ歩深は格好こそ黄泉路に合わせたシンプルながら品の良さを感じさせる白系統のコートに淡い赤色のボリュームネックセーターと、歳に見合った愛らしさが同居したものだが、黄泉路と圧倒的に違うのはその髪色。

 天然の透けるような白髪ばかりはどうしようもなく、スプレー等で染めることも考えたものの、結局は同色のコートで誤魔化してしまえばいいという結論に達した彩華によって雪の精を思わせるような華やかな装いに纏められていた。

 そんな対照的なふたりが揃って、だらんとした部屋着のままで手を振る標に応えるように片手をあげる。


「それじゃあ、行ってくるね」

「行ってくるね。念話の人」

『はいはーい。お土産期待してますねー』


 玄関の段差の所為で目線が近くなった標の姿がぐにゃりと、景色ごと巻き込むように滲む。

 次の瞬間には黄泉路と歩深はびゅうっと吹き抜けた冷たい風に晒され、手を繋いでいた歩深が寒さから黄泉路に身を寄せる。


「付き合ってくれてありがとうね」

「良い。皆忙しい。歩深は暇だった」

「それでもだよ。……それじゃあ、行こうか」

「うん」


 洋風な佇まいのメゾネットだった隠れ家の玄関口とは打って変わった、石畳と瓦屋根の軒先が頭上の日差しを僅かに遮る小道を、黄泉路と歩深は手を繋いだまま歩き出した。






 何故黄泉路が歩深を伴って行動しているか。それは常群に直接会うことを提案された翌日に遡る。

 当初黄泉路は外出の是非を確認すべく彩華や廻、姫更に話を振り、外出自体は特に問題はないだろうという所に落ち着いた。

 だが、追って常群から寄越された待ち合わせ場所を調べた標によって黄泉路単独で向かうには遠方すぎたこと、飲食店の背後が聊か因縁めいていた(・・・・・・・)ことも併せ、黄泉路ひとりで向かわせるのはどうかという話になったのだが、そこで問題となったのは、誰が同行するか(・・・・・・・)であった。

 長距離の移動ともなれば当然第一候補に挙がるのは、新生夜鷹の機動力担当である転移能力者、神室城姫更だが、その姫更は復旧しつつある旧三肢鴉の繋がりを取り持つため、掛園紫をはじめとした転移、移動系能力者と共に東奔西走の働きをしており、黄泉路の私事に借りるのは一時とはいえ気が引けた。

 次いで、どこから入手したのかという面はさておいて、資金面、物資面において新生夜鷹を支えている廻に移動手段を借り受けるという案が挙がるも、移動手段の種類と移動距離からその案も却下となる。

 廻が用意できる移動手段は基本的に黄泉路の外見上――実年齢は20を超えているとはいえ、身体年齢はいまだ15で止まったままなのだから、車どころかバイクですら怪しいため――見咎められた場合に言い逃れしづらいという理由には、さすがの黄泉路も閉口するしかなく、その落ち込み具合に遙ですら同情的になったほどであった。

 そんな中、話を聞くだけ聞いていた、夜鷹の面々としては同席していただけに思っていた歩深が手を挙げたのだった。

 曰く、入れ替えの人(・・・・・・)の能力なら歩深もできるよ、と。

 能力を模倣し、自分の能力として再現可能なものに落とし込むことが出来る歩深の能力は夜鷹の中ではすでに知られていたものだ。しかし、いつの間に転移を模倣できるようになったのか、任せられるのかという疑問以上に歩深の提案に迷ったのは、歩深の事情(・・・・・)を知る黄泉路と標であった。

 水端歩深――東都の悪鬼と恐れられた凶悪犯罪者であり、政府の能力研究機関で実験動物として監禁されていた特異な能力者。

 その来歴から、歩深は夜鷹に保護されて以降、メンバーとしてよりは保護観察対象に近い扱いで、そのポジションも宙に浮いたまま。むしろ、後からなし崩し的に飛び込んできた真居也(さないなり)(はるか)の方が構成員(メンバー)としては近い位置にいる程であった。

 そんな少女からの提案に逡巡した黄泉路と標であったが、今回求められる条件を並べれば並べるほど、歩深以上の同行者が選出できない事実に、かつて歩深を信じると決めた黄泉路の決断が補強する形で今回の外出と相成ったのであった。






 そんな、普段はあまりない組み合わせでの移動は黄泉路の手に持った携帯端末に表示されたマップアプリのガイドによって程なくして終着を迎える。


「……ここ?」

「うん。そのはず、なんだけど……」


 事前に標が調査したことで危険性は低く、由緒ある店であることは知っていた黄泉路であった。

 しかし、実物を目前にしてしまうと、待ち合わせの相手へのイメージとの乖離(・・・・・・・・)から、本当に待ち合わせ場所であっているのかという疑問が湧いてしまう。

 黄泉路と歩深の目の前、歩行者のみを想定した石畳の大通りに沿って高く左右に伸びた塀と、奥に見える建物の格に見合った年季が入りつつも決して古臭いとは感じさせない立派な門。

 削りだして作ったであろう木製の看板には達筆な筆文字を彫り込んだであろう流麗な文字が綴られ、大きく開かれた門の向こうでは昨日の雪の名残で装飾された樹木がアーチのように庭園と道を分けて並んでいた。

 歴史ある高級料亭。それが黄泉路の抱いた目の前の待ち合わせ場所に対する感想であった。


「場所は合ってるはずだし、行こうか」

「うん」


 黄泉路が意を決し、歩深と共に門を潜る。

 塀や庭園の樹木によって風が止んだような、一歩潜っただけで空気感そのものが変わったような錯覚に思わず小さく息を詰めた黄泉路だが、その隣で何ら感じるものが無いように変わらぬ歩幅で進んでしまう歩深に半歩置いて行かれたことで黄泉路は慌てて歩幅を合わせて料亭の入り口までたどり着く。


「いらっしゃいませ。ご予約はされておりますでしょうか」

「常群の名前で入っているはずですが」

「はい、常群様ですね。席へご案内いたします」


 受付に佇む和服の女性の淀みない接客が、黄泉路と歩深という、如何に見た目を上品に繕っていても子供がふたりで訪れたようにしか見えない組み合わせに一切の動揺なく対応できるスキルの高さと店の特異性を示しているようで、そこそこの距離を開けて点在する個室の間を縫うような通路を案内する女性の後をついて歩く黄泉路は徐々に物音が聞こえなくなる不思議な店内に思わず視線を彷徨わせそうになる。

 きょろきょろと視線を巡らせて興味深げにしている歩深の隣で、誘惑を振り切り、前だけを向いて道順を覚えながら進んだ黄泉路は、やがて案内の女性が立ち止まったことで足を止める。


「お連れ様は先にお待ちです」

「ありがとうございます」

「御用がありましたら席に備え付けのボタンでお呼びください」


 案内の女性が来た道を引き返してゆくのを見送り、黄泉路は靴を脱いで段に上がると、小さく深呼吸して個室の襖へと手をかける。


「……」

「……」


 襖がゆっくりと横に流れ、開かれた部屋は小さなはめ込み式の丸い小窓から庭園が望めるこじんまりとした掘り炬燵の席。

 その上座に腰かけた青年の姿を見た瞬間、そして、扉を開けたことで気が付いた青年の視線が黄泉路へと向いた瞬間。

 互いの時間が止まったような錯覚すら抱くほどの静寂と硬直が空間を包み込む。


「?」


 唯一、その空気に飲まれなかった歩深だけが黄泉路とその青年の顔の間で視線を行ったり来たりさせて首をかしげていると、先に復帰した青年が勢いよく立ち上がると、大股で黄泉路の方へと歩み寄ってくる。


「――出雲」

「うわっ」


 黄泉路が青年の声で我に返って真っ先に理解したのは、自分が抱きしめられているということ。


「良かった……やっと、ちゃんと会えた……!!」

「常、群――」


 黄泉路の記憶の中ではさほど差のなかった身長は、今は黄泉路の顔が青年の首に埋まるほどで。

 背に回された手の大きさも、すこし上から降ってくる声も、以前よりも大人になったと実感させるもの。


「ごめ、ごめんな……!」

「――」


 頭の上から、耳元に降る様な謝罪に、黄泉路は青年を落ち着かせるために背に回しかけた手を止める。


「俺が、あの時(・・・)引き留めてなきゃ、巻き込まれてなかったかもしれないってずっと、ずっと……!」

「……」

「もっと早く見つけられてたら。何か違ったのかってずっと考えて……俺……ッ!」

「常群……」

「ごめん、ごめん出雲。ごめんなぁ……!!!」


 その声が掠れ、涙を堪える様なものになっていることをあえて無視して、黄泉路は青年の背に手を回して優しく叩く。

 背に感じた刺激でようやく自分が何をしているのかを思い出したらしい青年がゆるゆると身を離す。

 見上げた黄泉路の視界には若干バツが悪そうに視線を逸らす青年の顔。

 黄泉路はあえて、自分はここにいると、落ち着いて会話ができるのだと伝えるように青年――常群幸也へと笑いかける。


「久しぶり」

「……だな」


 未だ気まずそうにはしているものの、それでも黄泉路のフォローを受け取ることにした常群がぼそりと返せば、ようやく互いの雰囲気が僅かに綻んだ。


「とりあえず、座ろうぜ。そっちの子は……」


 常群の視線が、気づいてはいたがこれまで触れてこなかった歩深へと向けられれば、当の歩深は説明を黄泉路に丸投げするつもりらしく沈黙したまま黄泉路を見上げる。


「この子は――まぁ、僕達が保護してる子。ここまで来るのに協力してもらったんだ。特に話に割り込んでくるタイプでもないから大丈夫だよ」

「出雲が良いなら俺からは何も言うことないし……どうする? 食事、食べてからにするか、それとも食べながらにするか」


 どうやら予約の際に料理の注文もしていたようで、声をかければすぐに提供されるのだろう。

 黄泉路は少しだけ逡巡した後、今すぐにでも常群から話を聞きたい、自分のこれまでを話したいという衝動を抑える。


「じゃあ、食事してからにしようか。どうせお互い長い話になるだろうし」

「オッケー。じゃあ料理出してもらう連絡だけするからちょっと待ってな」


 気を取り直して席へ促す常群に従い、黄泉路と歩深が常群の対面へと腰かければ、常群は手慣れた様子でテーブルの端に置かれたボタンに触れる。

 程なくしてやってきた店員に二言三言告げれば、店員が静かに扉を閉める音と、離れてゆく僅かな足音だけを残した静寂が残った。


「……なんか、手慣れてるね」

「まぁな。あれから、色々あったから。嫌でもなれるさ」


 やはりこうした高級な店に常群がいるという――しかも慣れた様子で対応している――事実に違和感を拭い切れない黄泉路が呟けば、常群は渇いた笑みを浮かべるとともに店員が置いて行った湯呑を黄泉路と歩深の前へと置き、


「警戒する必要はねぇよ。ここ、予約必須で会員制の完全個室だから、色々と突っ込んだ話をするためにお偉いさんとかも利用する所だし。機密とかについては申し分ないはずだ」

「……よく予約取れたね」

「まぁ、色々と伝手が、な?」

「今日はそのあたりのことも聞けるってことでいいの?」

「……ああ。その代わり、俺もお前の話が聞きたいけどな?」

「うん。わかってる」


 親友との再会と呼ぶにはぎこちない、何かを埋めようと藻掻く様な手探りの空気感は、店員が料理を運んでくる気配を黄泉路が察して意識が通路へ向き、黄泉路につられて常群と歩深の意識が外を向くまで続くのだった。

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