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12-2 贅沢で切実でありきたりな

 廻に休養を提案されて数日。

 黄泉路はアジトに宛がわれた自室のベッドの上で仰向けに転がったまま、もう何度目になるかも分からない思考を浮き沈みさせながら天井を見上げていた。


「(……どうしよう、かな)」


 休日にやるべきことが見つからない。そう聞けば仕事中毒を連想するかもしれないが、黄泉路の場合、その内容に含まれる仔細は聊か異なる。


 ――自身に求められるものが何もない。


 そう言い換えても良い現状こそが、黄泉路が最も当惑し、突然陥ってしまえばある種のパニックになっていただろう事態であった。

 今黄泉路が前のめりに、もしくは破滅的に、周囲の人間に自分の役割を、行動方針を求めていないのは、偏に廻をはじめとした周囲の人間が黄泉路にそうした思考からの脱却を促すために段階的に、黄泉路の存在を認めたうえで与えた余暇であったからに他ならず、であるが故に、黄泉路は数日が経過したにもかかわらず部屋でごろごろと考えを巡らせるだけの日々を過ごしているのだった。

 何かをするべき――したいはずだと考えてはいるものの、それは結局誰かに求められるだろう役割の延長であったり、黄泉路がこうしたほうがいいのではないかと思う、誰かのための行動であったりと、考えれば考えるほど、黄泉路は自分が何をすべきなのか。否、何をしたいのかがわからなくなってしまう悪循環に陥っている自覚を抱え、日がな一日ベッドの上やリビングなど、最低限の移動範囲の中で暇を持て余すに留まっていた。


「(何もするべきことがないっていうのも、性に合わない――のかなぁ)」


 これまで、黄泉路は常に何かをしなければならないという場面の中で生きてきた。それ故に、自分だけの意思で好きなことをするという時間の使い方がわからない。


「(――標ちゃんならゲームで暇をつぶすって言いそうだし、廻君も姫ちゃんも同じ、かな。彩華ちゃんは――どうだろう。買い物に行くかも。遙君が一番多趣味そうだけど……今聞くのも悪いかな)」


 誰かに尋ねたところで、今の自分ではそれをそっくりそのまま模倣するだけに終わってしまうというのも十分理解している。

 その上、一番相談した際のバリエーションが広そうな遙は現在、なんだかんだで黄泉路達のグループに属することを表明し、ならばと彩華が最低限実戦で使える(・・・)様にするのだと意気込んでいる最中である。

 最低限の護身術として身構えと咄嗟の反射だけは付け焼刃で仕込んだとはいえ、それに甘えて活動を続けられるような表層に居ないのが黄泉路達だ。

 そこに食らいついていくならば時間などいくらあっても足りないのは黄泉路自身が夜鷹に引き取られて以降の訓練で身を持って知っている為、その段階に足を踏み入れた遙の時間を取るのも気が引けた。


「(後は参考にできそうな人は、誰がいたかな。……カガリさんは、こういう時は酒ーとか、どっか遊び行こうぜとか、言ったかもしれないな……。美花さんはそれこそ、暇なら鍛錬って感じで、体を動かすのに付き合ったかも……)」


 黄泉路の狭い交友関係から連想される、今は手の届かない人を思い出して僅かに思考が沈む。

 自身で思い描いておいて気落ちするなんてと、深く沈みそうになる思考を断ち切って改めて誰かいないかと意識を広げ――


「……あ」


 ひとり、黄泉路にとって懐かしい――それでいて記憶に新しい人物が浮かび上がる。

 流れるようにベッドから起き上がり、サイドテーブルに置きっぱなしにされていた携帯を手繰り寄せて電話帳を呼び出し、該当の名前を前にはたと手を止めた。


「……」


 端末の画面に映し出されている名前は、黄泉路がかつてただの少年であった頃。

 一般人の少年という役を演じるにあたり、大いに参考にしてきた幼少期からの無二の親友。

 最近になってようやく再会を果たしたものの、何故あんな場所に居たのか。何故彼らのような人物と共にいたのか。ついぞ聞けず仕舞だった相手の連絡先を前に、黄泉路は電話を掛けようとした手を止める。


「(連絡、してもいいのかな)」


 かつての親友へと連絡を取る躊躇。平日昼間に掛けても大丈夫だろうかという懸念――ではない。得体のしれない立ち位置への身を置いてしまっている相手に連絡する、現在進行形でお尋ね者の自分。互いの立場が不鮮明なことによる、通信傍受まで含めた広範囲のリスクが頭を過り、黄泉路は一度画面を消して嘆息する。


「(なんだか、随分色んなことが変わっちゃったな)」


 再びベッドへと仰向けに倒れこみ、握った携帯のひやりとした感触が手のひらを伝うのもそのままに黄泉路は逡巡する。


「(やりたいこと……常群と話したい。どうしてあそこにいたのか。どうして刹那ちゃんたちと一緒にいたのか。聞きたいことは山ほどある)」


 やはり、リスクが高いとは言っても疑問は尽きず、紛れもなく黄泉路個人の事情であり興味関心も高い事柄であるという自認が消えず、何度自身の心に問いかけても答えが変わる様子どころか、繰り返せば繰り返すほどに内側から湧き出してくる活力にも似た衝動が高まるのを感じていた。


「(と、とりあえず。相談することから始めてみようかな)」


 ダメと言われたら、まぁ、それはそれで何かしら考えればいい。と、この時点で、黄泉路は常群と接触することを諦めるという選択肢を思考から外している事に気づかず。

 また、相談すれば何だかんだ協力してくれるのではないかという、仲間への信頼とも言える希望的観測を胸に、黄泉路は携帯を手にしたまま部屋の外へと向かうのだった。


「標ちゃん。今良いかな?」

『はいはいー。どったのよみちん』

「実はね――」


 部屋を出た黄泉路がまず向かったのは、情報収集や管理を行っている藤代標だった。

 電子的なハッキングや位置特定など、リスクにつながる要素に一番精通しているだろう標の部屋の戸を叩き声を掛ければ、どうやら今は起きていたらしい標の念話が頭に響く。

 事情を説明した黄泉路に対し、標は部屋に招き入れた上で小さく頷いた。


『番号的にはー普通の携帯のものですねー。私たちがよく使ってるフリーの端末の一種で、番号自体はたぶん何にもないです』

「じゃあ」

『ただ、向こうの機器自体に逆探付けてあったり、通じた状態限定で作用する能力とかまでは今の段階だとわからないですねー』

「……そっか」


 とはいえ、標も専門ではあれどすべてを把握しているわけではないらしく、リスクは最低限ついて回ることを説明されれば、黄泉路はどうしたものかと眉を下げた。


『まーまー。お姉ちゃんに任せなさいって』

「え?」

『ちょっと時間貰えれば逆探阻止くらいはしてみせますしぃ、なんならそーゆー能力の妨害だってできないわけじゃないんですよぅ?』


 黄泉路の困り顔はそこそこの頻度で見るものの、普段のそれとはやや趣が異なる表情に気づけたのは、標が心を通わせることを専門とする能力者である面目躍如といった所だろう。

 茶目っ気たっぷりにウィンクして見せる標に、黄泉路は一瞬呆けたようにまじまじと見つめてしまうが、すぐに我に返って標に問い返す。


「え、でも、良いの……?」


 抽象的な、確認するような問いが、できるのかできないのかではなく、良いのかどうかであったことに、標はクスリと笑みを浮かべて自信満々に答える。


『良いもなにも、よみちんが珍しく自分のやりたいこと(・・・・・・・・・)を通そうとしてるんだから。助けてあげたくなるに決まってるじゃないですか』

「……あ、えっと。……ありがとう」


 他人の口から、自身のやりたいことを追認された黄泉路は少し戸惑いながらも、それでも嬉しそうに笑みを浮かべ、


「じゃあ、その、お願いしてもいいかな?」

『まっかせてくださいー。超特急で仕上げますから、明日には連絡とれるようにしておきますねー!』

「え、そこまで急がなくても」

『いいんですよぅ! ネトゲは正月イベントも終わって今はデイリーくらいだしー。情報収集だって休業中はそこまで密度濃くなくていいですから、暇つぶしにもってこいってやつです』

「あ、はは……そこまで言うなら、じゃあ、お願いするね」

『あ! でもでも、折角やる気になってるんだし、他の皆にも話してみたらどーです? 大丈夫ですよ。きっと皆否定はしないと思いますから』

「そうかな。……そうだと良いな」

『はい。めぐっちはもう少ししたら姫ちゃんと一緒に帰ってくるみたいですから、夕食の時にでも話振ってみたら良いんじゃないですかねぇ?』

「うん。そうするよ。……となると、夜まで少し時間が空くなぁ」


 標の部屋を後にしようとした黄泉路だったが、そうなると夜までまた暇を持て余すと気づいて思わず嘆息が漏れる。

 暇を厭うような黄泉路の口ぶりを聞いた標が思い出したように、あるいは暇つぶしと、ある種の揶揄い混じりの提案を投げかける。


『あー。そーいえば、はるはるがあーちゃんに面倒見てもらってますけど、ちょっと顔出して来たらどーです? なんか、あのふたりだけって状況はちょーっと過激になりすぎる気がするんですよねぇー』

「?」


 言われ、黄泉路は遙に彩華が稽古をつけていることは知っているが、それがどうかしたのかと首をかしげる。

 顔に出ていた疑問に対し、標は先ほどまでの笑みとは種類の違う――悪戯を仕掛けている際のような少しの意地悪さが滲む――笑みを浮かべたまま黄泉路の頭にイメージを流し込む。


『いやぁ、はるはるがあーちゃんに惚れてるのは一目瞭然公然の事実と言いますかぁ。そこはよみちんも知っての通りだと思いますけど。現段階であーちゃんにはるはるがアタックするの、割と自殺行為じゃないですぅ? ふたりきりの青春ボーイにその辺の機微が塩梅できるかなーって。今頃ヒートアップしたあーちゃんのスパルタ訓練で血みどろになってないと良いなぁ、とか。ね?』

「あー……」


 頭に鮮明に叩き込まれたイメージの説得力に、黄泉路は思わずしないはずの頭痛に悩まされるように眉をしかめて額に手を当てる。


「うん……ちょっと様子見てくるよ」

『はいはーい。いってらっしゃーい。念のためあゆあゆも連れてったらどーかな。治療必要だったら欲しいでしょ』

「そうだね。少しの間ひとりにするけど、大丈夫?」

『無問題ー。よみちんの帰る家はしっかり守る良妻ですわよですことよー』

「はいはい。じゃあ、行ってくるね」


 冗談とわかるような調子で早く行けとジェスチャーする標に苦笑し、黄泉路は階下でおそらくテレビを眺めているであろう歩深に声を掛けようと、自室で悩んでいた時とは比べ物にならないくらいにすっきりとした思考で歩き出すのだった。

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