表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/605

3-11 夜鷹支部3

 扉の先は書斎の様な内装となっていた。

 壁際に並べられた本棚には難解なタイトルの、おそらくは論文などの研究者向けと思しき書籍が犇いており、黄泉路は一瞬目を向けたものの、すぐに目がちかちかする様な錯覚を覚えて目を離す。

 背の低い机を挟み対面に設置されたソファの片方、出入り口から遠い奥側の席へと腰掛けたリーダーは黄泉路を一瞥し、対面に座るように促す。

 黄泉路が席に座ったところで、リーダーはじっとサングラス越しに黄泉路の瞳を見据えて口を開いた。


 「ようこそ夜鷹支部へ。 ……と、言いたい所だが、私は厳密にはここの人間ではないのでな。三肢鴉へようこそ。迎坂」

 「おはようございます。リーダー」

 「呼び出した理由はカガリ達から聞いているか?」

 「え、っと。新人研修みたいなモノ、とは」


 思い返すようにして端的に回答する黄泉路に対し、新人研修という言葉は言い得て妙だとリーダーは小さく笑みをこぼす。

 その様子に何か可笑しな事を言っただろうかと首をかしげる黄泉路に、リーダーは小さく首を振る。


 「いや、すまない。中々秀逸な表現だったものでな」

 「あの、カガリさんがそう言ってたので……」

 「ふふふ。そうか、カガリか、なるほど」

 「それで、具体的には何をするんでしょうか?」


 黄泉路としては、未だ多く接点を持っているわけでもないリーダー、立場上目上と言う事になる大人と二人きり、という状況は精神衛生上あまり良いとは言えず、出来る事ならば早く本題に入ってしまいたいというのが本音であった。

 少なくとも本題に入れば聞く体勢を維持する事に注力する事で他に意識が向いてしまって気にしなくても良い事まで気にしてしまうということは避けられる。そう考えて黄泉路が先を促せば、リーダーは笑みを収め、普段どおりの感情の読めない表情へと変わる。

 リーダーの変化を察し、黄泉路の心構えが変わるのを見て取ったリーダーは改めて口を開く。


 「三肢鴉の目的について話しておく。 ……まず確認だ。迎坂は能力者(ホルダー)能力(スキル)についてどこまで知っている?」

 「……え、っと……」


 真っ先に問いを向けられるとは思ってもいなかった黄泉路はわずかに瞠目し、それから能力について自身がどれだけ知っているかをまとめようと思考を働かせる。


 「あ、あれ……?」


 しかし、それもすぐに戸惑いとなって音が口からこぼれてしまう。

 なぜなら、黄泉路は自身が思っているほど能力についての知識を持っていなかったのだから。

 自身が能力者であるにもかかわらず、黄泉路が知っていることといえば、“能力者は特殊な力を扱うこと”“能力者による犯罪がメディアで大々的に報じられていること”。

 どれもこれも、一般人として最低限知っている、しかも、蚊帳の外のことだと無意識のうちに目を逸らしていた事ばかりであった。

 今更になって自身が何も、自身の身に宿る能力のことすらも知らなかった事に思い至って愕然としてしまう。

 そんな様子を嘲るでもなく、最初から予想していたという風なリーダーの声がぐるぐると渦を巻く思考に飲まれかけていた黄泉路の耳に届く。


 「一般人から突然覚醒した能力者は皆、最初にこの壁に辿り付く」

 「……?」

 「それほどまでに、能力というものは一般に知られていないと言う事だ。 ……正確に言うならば、“政府によって秘匿された”知識だということだ」

 「ぁ……」


 “ただの一般人”であったはずの道敷出雲が、能力者として覚醒しただけで隔離され、あれほどの大規模な施設で受けた仕打ちを思い出した。

 そして、黄泉路の暮らす日本どころか、どこの国でも法的に認められていないだろうあのような施設が平然と存在しているという事実。

 それらから導き出される巨大すぎる闇に黄泉路は思わず気が遠くなるのを感じる。


 「そう、あれは政府が極秘裏に進めている能力者を調べるための人体実験施設だ。政府にとって、いや、今の世界にとって能力者とは人間ではない」

 「でも……僕は」

 「そうだ。能力者は虚空から生まれるわけではない。人間が新たな技能を獲得したに過ぎない」


 リーダーの語る言葉は、いち能力者として、未だ自身の足場も不確かな黄泉路にとって、とても心地のいい言葉のように感じられた。

 自身がまだ人間という括りでもいいのだと。肯定されているような気がしたのだ。


 「それこそが三肢鴉(トライクロウ)の目的にもつながる」

 「つまり、どういう……」

 「我々は能力者に確固たる人権と市民権を与え、一般人と手を取り合って共生していけるのだと主張する事こそが三肢鴉の理念だ」


 夢物語、そう否定するのは容易い。

 しかし、サングラス越しでもリーダーの本気が伝わってくるような、ある種の熱のような物を感じ、黄泉路は声を発することすらできずにただ聞き入ってしまう。


 「合法的な集会やデモによって能力者の人権を訴えるのが表の活動とするならば、政府や犯罪組織による能力者への不当な扱いを力ずくで排除するのが裏の活動というわけだ」

 「なるほど……」

 「レジスタンス、というのはあくまで政府にとって不都合のある行為もするが故の対外的な認識でな」


 そういって、リーダーは三肢鴉の人員の構成や、置かれている現状などについて大まかに説明をしてゆく。

 メンバーの構成員は黄泉路やカガリ、美花の様な能力者ばかりでなく、共感を抱いた一般人や、能力者を身内に持つ一般人も数多く所属している。

 デモに参加している構成員は主にそういった一般人側の協力者であり、デモ集団に対して政府が強制的な手段を取れないのもそうした理由だそうだ。

 一般構成員は裏で政府が非人道的な活動をしている事すら知らない者も多く、元を辿れば政府が後ろ暗い事をしている場所を攻撃しているに過ぎず、表で活動しているデモ隊などを刺激すればかえって自らの傷口を衆目に晒してしまう事になりかねないという理由によって、政府もデモ活動や合法的な活動については一切の黙認を貫かざるを得ない状況だそうだ。

 無論、メディアを使いデモ等の活動が大々的に放送されないように工作しているが、合法的な活動かつ自ら配信する事もできる現代において、調べようと思えば表の活動に接触する事は容易である。

 三肢鴉の能力者の多くが、そうした表の活動を通じて保護を求めてきた者達であり、一般人支持層とあわせてかなりの規模の人脈を形成しているそうだ。

 そうした説明を受け、黄泉路は朧気ながらに三肢鴉という組織が秘密組織ではなく、ある程度一般に知られた組織であり、施設襲撃などを行うのは一部の裏方の人員なのだということを理解する。


 「じゃ、じゃあ、コードネーム、っていうのは……」

 「裏方に従事する際に日常生活に支障を出さないための措置、または、迎坂の様に政府に能力者であることが知られている等の理由で実名で生活できない者の為に用意した偽名や戸籍と言った二通りの意味がある」

 「……なら、僕は裏方として施設の襲撃とかに参加しなくても良いんですか……?」

 「ああ、裏方作業については本人の自由意志に任されている」


 コードネームを与えられた時点から、黄泉路はある種の予感としてそうした活動に参加させられるのではと覚悟を決めていた。

 しかし、ここへきてよい方向で予想が外れたことに内心で驚いてしまう。


 「……だが、能力者である事には変わりはない。故に能力とはどういう物か、能力制御の仕方など、迎坂にはこれから暫くの間修練を積んでもらう事になる。これは表で生活している能力者に対しても行われることだ」

 「わかりました」

 「能力についての説明の前に、少しばかり休憩を入れるとしよう。迎坂も今得た情報を精査する時間が必要だろう?」


 そう言ってリーダーは黄泉路の後方へと視線を向ける。

 何事かと黄泉路が首を後ろへと向けると、つい先ほどまでは誰もいなかったはずの場所に、さも最初からいたとでも言うかのように神室城姫更が存在していた。

 テディベアの手をトレイの端に置き、その上から自身の手で握る事でテディベアがトレイを持っているかのような仕草をさせ、湯気を立てる紅茶のカップを運んでくる所であった。


 「おとうさん。お茶、持ってきた」

 「ああ、ありがとう姫更。そこに置いてくれ」


 人形めいた容姿の少女がお茶を運んでくる様子に、黄泉路は幼い頃の妹を思い出して席を立ち、姫更へと歩み寄る。


 「姫更ちゃん、だったっけ? 持ってきてくれてありがとうね。僕が代わるよ」

 「でも、よみじさん、おきゃくさん……」

 「いいから、姫更ちゃんが火傷したらリーダーも悲しむよ」

 「……わかった」


 目線を合わせるようにしゃがみ込んだ黄泉路に、姫更は僅かに逡巡するように目を自身の父親であるリーダーと黄泉路の間で彷徨わせ、結局は納得したように黄泉路へとトレイを渡す。

 黄泉路はトレイを受け取って机の上、リーダーと自身の前へと紅茶を置けば、あいた手で姫更の頭をやさしくなでる。


 「ぁぅ」


 小さく漏れた姫更の声にハッとなった黄泉路があわてて手をどけると、姫更はトレイを奪うようにして顔を隠し、そのままきびすを返したかと思えば一瞬にして姿が掻き消えてしまう。

 その様子に呆気にとられて姫更が消えた場所を見つめている黄泉路の背後で、リーダーは声を殺して小さく笑みを浮かべるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ