11-60 砂塵の痕2
今回は少し説明的な部分です。
事件翌日に行われた的井――日本国第99代内閣総理大臣代理の会見は瞬く間に世界に拡散された。
星の裏側、国交も控えめで事件による経済的な影響も波及しづらい国々ですら、的井の会見は強く、繰り返し放送されていた。
普段であればはるか遠方、人の意識に置いて近くなり過ぎた情報とは裏腹に物理的に距離があり過ぎる国の凶事など、流れた瞬間こそひどい話だと憤慨し、哀悼を示し、現地の人々に救いあれと祈る――祈りはしても、特段の行動もなく、報道内容の切り替わりに合わせて自身の周囲に横たわる現実へと回帰していく――人々も、今回の事件、そして報道の内容には強い関心を示していた証左であった。
能力者はなにも日本にのみ存在するわけではない。世界中に遍在し、その特殊性、自覚や認定、枠組みのし辛さから、多くの国々では実在はするものの存在はしないものとして扱われてきた。
無論、能力があろうがなかろうが自国民であるが故に国民に共通して付与されている法の順守や権利、義務は付帯する。だが、能力者だからという扱いは存在していなかったというのが実情であった。
であれば何も問題はない、普通の国民と等しく扱われているのだからと考えるには、現実はそれほどまでに優しくはない。
世間一般での認識としては、能力者とは人を逸脱した人なのである。
無手で隣人と同じように人々の間を往来しながら、当人の意思ひとつで銃を所持した軍人や暴漢の様に振舞えてしまう。口がさない人々からは天然の兵器とも揶揄される存在が、世界における能力者の立場であった。
そうであるがこそ、能力者の多くは隠れ、隠れている内にアンダーグラウンドな領域の者たちと迎合し、そうでなくとも隣人たちに自分が異分子であると露見しないように息をひそめる様に生活することが当たり前であった。
そうした能力者たちに対して、一般的で善良的な民衆が向ける感情はどの国も程度の差はあれど一致していた。
――能力者は恐ろしい。
恐ろしいが故に距離を、排斥を、そう考えてしまうのが、力なき数の多い側の心理だった。
能力者による大規模なテロが巻き起こした危機感は世界中で多かれ少なかれそれら大衆心理を刺激し、当事国である日本がどんな動きを見せるのかを為政者たちが注視する中で出された、被害を乗り越えた能力者との積極的融和政策。
一方的に傷つけられてなお、手を取り合うべきだと主張し、手を差し伸べるべきだと決断した日本のトップの決断に対して世界――よりいうならば、危険と縁遠い場所に居た世界中の理想主義者は喝采した。
テロ被害と大国が跳梁跋扈した疑惑に断固とした決断をし、その一方でこれまで腫物の様に扱われてきた者たちへと手を差し伸べる。まさしく美談と呼ぶにふさわしく、政府などの意思を無視した大衆向けメディアはこぞって報道し、囃し立てる。
それに感化された一般市民たちは簡単に正義を味わえる側へと流され、口々に日本の対応を、テロ襲撃犯を撃退した日本の能力者組織を称賛することとなった。
悪意無き、むしろ善意で無自覚な民衆たちに頭を悩まされたのは各国の政府だ。
これまで能力者を法の上で存在しないように扱ってきたのは単なる怠惰だけではない。そうせざるを得なかった理由があったが故のことに、民衆が今更のように牙を剥いてきたのだ。どこの国の政府高官も泡を食ったように、または、蜂の巣をつついたような騒ぎの下で対応を急ぐこととなる。
その中でも特に慌ただしく対応に追われていた国家のひとつがアメリカ衆央国であった。
全世界に放送されている中で黒幕として名指しされたから――というのも大きな要因であったが、同時に国内から噴出したある問題によって諸外国への対応に全力で当たることができなくなってしまっていた。
アメリカ衆央国は元々イギリス人の大量入植によって植民地としてスタートした比較的新しい国家であり、そういった歴史から見ても分かる様に、その国土は人種間の血と闘争によって築かれたもの。
古くは入植時、当時は同じ人間としてすら見られていなかった有色人種原住民に対する入植者達による迫害と、それに対抗するために原住民達が原始的な能力――いわゆる、魔術や呪術と呼びならわされてきたモノを用いて対抗したことを根とする、有色人種能力者に対するアレルギー的な忌避反応。
最新のもので言えば、第二次世界大戦時、圧倒的優勢で勝利すると思われていた対日戦に置いて、追い詰められた日本軍や民間から発生した能力者による一騎当千の戦線維持と、それによって入植時代の黒歴史が刺激されたアメリカ衆央国による苛烈な攻勢と核による非人道的破壊での日本の降伏による辛勝。
そうした、能力者に対するトラウマが根深く残り、現在も銃社会という、危険と常に隣り合わせの国家であるが故に、国家が企てた陰謀に最も敏感だったのは国民たちであった。
『くそ、あの忌々しいマフィアめ!!』
そう悪態を吐く国防長官だが、一部の穏健派や融和派の反対を黙殺して特殊作戦を推し進めた身である為、それを知る政府上層部からの風当たりは過去にないほどであった。
連日報じられるのは陰謀の真偽は勿論、近年国際社会で活性化する過去の有色人種への差別を無かったことにしようかという人種差別への過激な反発と結びついた、政府へと責任を求める大規模デモ。
アメリカ衆央国において有色人種の能力者という、最悪の立場が国に命じられて特攻めいて起こしたテロと認識される今回の事件は差別意識の残る民衆と、差別から脱却すべきだとする民衆、そして被差別側であった民衆の大規模な衝突へと発展してゆく。
さらには日本が先んじて発言した真相究明と国防強化、国交の見直しなどの示唆は政府関係者の中でも大きく波及し、元々日本に対能力者制圧用の装備として拘束具を求めていただけに、これから活発化するであろう国内の能力を用いた犯罪、デモ行為などに対応できる物資の供給が滞るのではないかという懸念が持ち上がり、上院下院を問わず大きく紛糾することとなる。
……そこに、日本への謝罪と賠償などといった、非を認める内容が一切含まれていないのは覇権国家らしく、また、世界が変わりつつあることを理解できないでいる能力排斥国家らしくもあった。
先の事件に関与を示唆された国の一つ、中華連合共和国もまた他人事ではない。
ある意味ではアメリカよりも血に塗れた、広大な国土の中で複数の民族で覇を競い合ってきた国はこのような難事は慣れっこではあったし、先にテロの予行演習として上海が選ばれていたこともあって国際社会においては被害者というポジションを維持することができていた。
だが、国内はと言われればそううまい話はなく。
上海テロに際して早期の鎮圧を図るあまり民衆を蔑ろにしてしまうお国柄が前面に出てしまったことで民衆からの支持は大きく削られ、更にそこに台頭してきた枯崙マフィアによる国政介入である。
テロを鎮圧するついでに口封じの如く被害者たちを消そうと暴れ回った中華国軍から民衆を守った英雄として、枯崙マフィアたちは古き良き義侠の名の下に大きく躍進を果たしていた。
世界が荒れるこの時期だからというのもあるだろうが、その根底には日本からやってきていた友人たちに対する義理があるというのは枯崙マフィア上層部、豊崙派と呼ばれる者たちにとっては周知の事実であった。
中華は今、体面の為に民を浪費する国と民の為に立ち上がったとされる義侠たちの間で真っ二つに割れていた。
アメリカ衆央国や中華連合共和国と共に関与が示唆され、実行犯が生きたまま確保されているロシア連邦は荒れに荒れていた。
国内世論こそ統制され、国民からの不満や疑問こそ表面上は沈静化しているものの、日本から発信される表裏合わせた情報に含まれるロシア関与の確実性に対し、国際社会の眼は非常に冷たいものとなっていた。
もとよりロシア連邦以前、共産党独裁国家時代からの軋轢を抱える西欧諸国からはこれまでの歴史を上乗せしたこれ幸いといった便乗的なもので、ロシアとしは取り合うつもりは一切ないものの、そうした空気やロビイングによって裏で形成される国際世論は確実にロシアを蝕んでいた。
今後活発化する国家間による能力者の有用活用や優位的登用の波に、ロシアはますます乗り遅れていく。
これは元より共産党時代に大粛清によって特異な能力を持つモノが排除され続けてきたことによるもので、近年の秘密特殊部隊への徴用などによる能力資源開拓では到底間に合わない大きな問題であった。
そうした主犯国家の中でも、とりわけ平和でだったのはイギリスであった。
中華での予行演習とも呼ばれた上海テロの際には既に足抜けをしており、その上で持ち帰った情報を元に日本と密な連携を組むことで先んじて犯罪連合を組んでいたのは潜入工作の一環であったのだという印象付けを諸外国に叩きつけたイギリスは、率先して日本の味方側に立つことで国際世論の内側に居座ることに成功していたのだ。
順調なのは国際社会への関係だけではない。
無事に融和的に日本における最高レベルの能力者と接点を持った工作員から齎された、真に迫った日本の能力者事情――その多様性と層の厚さ――を認識したイギリス政府は今回の謝罪を裏で匂わせつつ急速に日本と距離を縮めることとなる。
幸い物理的な距離があることから日本が直接イギリスに対して害を及ぼすことはないだろうという見立てはあれど、もし仮に、東都で起きたテロを撃滅した能力者がひとりでもイギリス本土に送り込まれた場合、降りかかる被害の試算で軍部も大蔵省も白目を剥いたというのが最大の要因であった。
これまでの緩やかな平穏期が嘘のように、世界は能力者を話題の中心として変わりつつあるのを自覚していた。
各国で自国内における能力者への待遇が見直され、日本で施行された能力者法を参考に急速に法整備が進んでゆくこととなる。
東都で見せつけられた能力者の暴発、それが自国で起こってはたまらないという思いからであった。
かくして、世界は否が応でも能力者と、能力と向き合うこととなる。
11章はこれにて完結。
次回からは11章の間で起こったこと、12章へと向けて間に起きたことなどを11章幕間で何話か展開し、12章へと向かっていきます。
長く続いた本作も段々と終盤が近づいてきたことで、しっかりまとめ切らねばと気を引き締めなおしております。
今後とも、拙作にお付き合いいただければ幸いです。
評価・感想・いいね・レビュー、ファンアート、諸々常に欲しております。
頂けたら頂けただけ励みになります。
それでは、次回幕間でまたお会いしましょう。