11-59 砂塵の痕
◆◇◆
僅か半日にして東都という世界でも上から数えた方が早い大都市を壊滅にまで追い込んだテロ事件は終わった。
多くの部下や使い捨ての中毒者などを用いつつも、切り取ってみればたったひとりの能力者によって引き起こされた今回の惨劇は世界に激震を奔らせた。
それは過日に日本から発表された御心文書――能力の根本法則や能力者の発生プロセスが人為的に発生させられる証拠品と共に世に放たれた際の衝撃と同程度の、いや、それよりもより凄惨かつ人々の生活や安全に直結する内容であったが故に、より強調され、過激に世界中へと拡散してゆく様は、まさしくマーキスというひとりの男が望んだ爆弾の威力そのものであっただろう。
事件終息から一夜明けた翌日の午前。
壊滅状態の東都に替わり、隣県の庁舎を借りて行われた記者会見には被害の直後だというのに数多くの報道陣が詰めかけていた。
急場、それも元より国の行く末を左右するような大きな発表の場としては想定されていなかった会場も、避難してきた官僚や元々所属していた職員たちの手によって整えられており、あえて粗探しをしなければ無視してしまえる程度にはしっかりした姿へと変貌している会場において、粗探しを狙うものはいない。
そのような些事にかまけてこれから行われる内容が薄くなるようなことがあってはならないと、普段であればどんな些細な粗であろうと拡大して切り取って拡散することに執心している記者ですら上司や社長から直々に言い含められ、神妙な顔でその時を待っていた。
国籍も多種多様、カメラや集音マイクで壁が構成されているとも錯覚するような箱詰めに、秘書を連れたひとりの人物が現れる。
途端に焚かれたフラッシュやざわめきが男の全身を捉え、その一挙手一投足が生中継によって世界中に公開される中、集められたマイク束の載った公演台の前に、痩身の男性――的井史三郎は居並ぶ報道陣のざわめきが落ち着くまで待つようにじっと正面を見据える。
その姿に、マスコミは落ち着くどころかざわめきを増す様にがやがやと秩序のない音があふれ出す。
的井という人物については国内メディアはおろか、派遣されている海外メディアすら周知である。
だが、的井は前外務大臣かつ現職の文部科学大臣、さらには能力者特例法の特命大臣を兼任している人物だ。そのような人物が、国の大事を発表する場に登壇するというのは些か場違い、メディアの面々がそう感じてしまうのは無理ならざることだ。
本来であれば総理大臣、そうでなければ官房長官が立つべき場所だろう公演台の前で、ざわめきが落ち着かないことを悟った的井は静かに声を張る。
「本日は日本国における重大発表の場にお集まりいただき感謝の念に堪えないとともに、後日改めて正式な礼を申し上げさせていただきますが、いち早い災害支援を発表してくださった諸外国の方々に厚くお礼申し上げます」
まるで、自分こそがこの場に最もふさわしいのだと、堂々とした振る舞いにマスコミの喧騒が一瞬にして鎮静化する。
彼らは発表を待っていた。就学児童でもないのだから、自分たちの私語で本題がつぶれてしまうのは元も子もないので当然といえるだろう。
そうしたマスコミの心境を読み取った的井は、あえて一拍おいてから、改めて口を開く。
「既にこの場にいるマスメディアの方々や、放送をご覧の皆様方も不思議に思っておいででしょう。総理大臣でも官房長官でもない、いち大臣である私がこの場にいる。本日いくつもあるお知らせから、まずはそのことに対して、お話させていただきます」
静かに、それでいて良く通る、演説慣れした声がマイクへと吸い込まれるように吐き出される。
「先の大規模なテロにより、国民の皆様にも少なくない被害者が出たことは既に把握しており、更なる現状確認を進めている最中でございますが、先んじて、第99代内閣総理大臣、佐沢博郷。並びに内閣官房長官、大島春義両名含む内閣人員の複数名が避難中の不慮の事故によって亡くなりました」
言葉を区切った的井の言葉が染み渡る様にメディアや報道を見る人々の思考に浸透してゆけば、先ほどまでの静寂とは打って変わった、当初のざわめき以上の喧騒となってカメラのフラッシュが、記者の身動ぎや動揺が巨大な一つの塊の様に大きな振動となって音を奏でる。
「被害状況の確認、ならびに報告と今後の方針についての発表の場と重ねる形となったことをお詫びするとともに、日本国の発展に尽力されてきた方々、此度の事件によって命を落とした方々への哀悼の意として1分間の黙祷を捧げたいと思います。皆様方もどうか、ご理解いただきたく思います」
それらの喧騒を飲み込む様に被さった的井の言葉に、再び騒ぎが沈静化する。
傍に立った秘書官がマイクを持ち、黙祷と号令をかけ、1分。場を、日本を、沈黙が支配した。
そうして黙祷が開けると、的井という人物は先んじて支援を表明してくれた国家に対して礼を述べ、その後すぐに被害に傷ついた国民へのケアと報告を行う手際を見せたことで、代理としては悪くないんじゃないかという空気感が醸成される。
「……ありがとうございました。それでは、此度の事件について触れていきます。質問は後程受け付けますので終わるまで静粛におねがいいたします」
的井の言葉を皮切りに、日本に起きた事件のあらましが、改めて公式の発表として世界へと発信される。
事件の規模、事件の凄惨さ、なにより、少数の能力者によって引き起こされたという衝撃。さらには映像にも残ってしまっている、ビルをも上回る巨人が個人の能力によるものであることまで。伊達に国内外に能力関係の専門政治家であるとアピールしているわけではない知見と共に展開される報告に、マスメディアも、それを見ていた視聴者たちも静かに息を呑み、事件の恐ろしさを改めて身に刻み込むこととなるのだった。
やがて、そこそこ長く続いた報告も終わり、記者たちがそろそろ自分たちの出番かと、報告された以上の情報を持ち帰ろう、引き出そうと挙手の体制を構えて身動ぎする。
「――以上を持ちまして的井文部科学大臣の会見を終わります。質問のある方は挙手をおねがいいたします。あらかじめ多く時間を割いておりますので慌てず、騒がずおねがいいたします」
秘書官のアナウンスに、記者団から一斉に手が上がる。
それらひとつひとつに秘書官がスポットを当て、立ち上がった記者が的井へと質問を投げかける。
被害についてどう思われているのか。復興の目途は立っているのか。今後の政治はどうなるのか。
普段であれば関係のない大臣個人や属する政党議員の不祥事についてなど、関係ない話で盛り上がろうとする記者たちも、この時ばかりはこぞって事件に関する詳細や今後の展開についての見解を求め、的井もそれに真摯に、丁寧に対応している姿が全世界へと流れてゆく。
そうした質問がある程度流れたところで、その質問は来た。
「曙新聞社の北谷です。一部の情報では今回の東都襲撃テロの主犯であった男性が、今回のことをアメリカ衆央国が命じたものだと主張していたそうですが、何か見解はあるのでしょうか。また、一部国家からの援助を断っているという情報も入っているのは事実なのか、犯人の証言に関係することなのかお答えください。加えて、同盟国がそのようなことを行っていたことが事実だった場合、日本としてはどのような対応をするのでしょうか。お答えください」
それは、先日の終息時に駆け付けたメディアはおろか、全世界の人々が聞き取ってしまった隠しきれない巨大な疑惑。
誰もが訪ねようと思いつつもこの場に居合わせる他国メディアの眼を意識して委縮していたそれに踏み込んだ北谷という記者はどうやら新人らしいが、その畏れ知らずにも見える態度は記者団をはじめとした多くの人々には勇者の様に映っていた。
シンと静まり返る会見場。その視線の全てが的井へと集まり、この質問にどう答えるのか、それ次第でまたいくつもの質問が上がるだろうと的井の言葉を一字一句逃さない構えを見せる面々に対し、的井は公演台に乗ったカップから水を一口含んで、覚悟を決めた様に正面を見据えた。
「……そのような証言があったことは事実です。また、現在共犯と思しき容疑者の取り調べを行っている最中ですので、その証言の真偽については明言を控えさせていただきたく思います。後程、確証が取れ次第改めて発表の場を設けることをここに約束することで質問への回答とさせて頂きます。……次いで、一部国家からの支援を断っているかについては、語弊がありますので訂正させていただきますと、確かに証言の影響はありますが、国民の不安を助長しかねないということで、現在は該当国の救援隊や組織団体などの立ち入りをお断りさせていただいております。正しい情報が精査され、国民に行き渡ったタイミングで改めて検討する、保留という形で検討が進んでいます。……ただ、もし仮に。我らが同盟国たる国がそのような卑劣極まりない策略を進めていたのであれば、誠に遺憾である。そういわざるを得ません。しかるべき外交ルートによる抗議、ならびに、対象国への制裁措置と同盟解消も検討している。現在はこのような方針で調整が進んでおります」
的井の言葉が終わるなり、ざわめきが一層強くなった。
なにせ、今までの政治家であればこのような場であっても曖昧で具体性のない抗議や対応といった包括的な言葉で誤魔化して逃げてしまうというのに、目の前の男は毅然とした態度で報復と関係の見直しをチラつかせ、それが不断の決意であるとその態度で示して見せたのだ。
記者団が目に見えない熱の様なものすら感じる中に、的井に対して困惑を抱く者もいた。
的井史三郎という人物自体、そこそこに名の知れた人物である。
元外務大臣であり現職の大臣と、2期連続で大臣職を頂いている大物政治家で、特に前職での活動で外交面の露出が多いことからメディアの覚えも強い人物だ。
だが、だからこそ、今の的井の態度がどこか変わったと、言葉には言い表せない所で不思議に思ってしまう。
元々の的井は確かに有能ではあるが、いわゆる凡百の政治家と同じく失言や不祥事を避けるために無難な行いばかりで、どちらかと言えば有名でありながらも影の薄い印象のある人物であった。
それがどうだ。今は、もはやこの人物こそ国家のリーダーであると言わんばかりの威容を醸し出しており、その雰囲気にのまれた記者団に対し、的井が更に言葉を続ける。
「また、先ほどの質問でもお答えしたように、現内閣は今回のテロ事件の復興にめどが立ち次第解散し、改めて国民の民意を問う形で新たな内閣を発足させる事になりますが、私、的井史三郎は99代内閣総理大臣代理としてここに宣言させていただく」
空気が振える。
それは、的井の決意からくる錯覚か。はたまた記者団が気迫に呑まれた呼吸音か。
カメラの稼働音だけが微かに鳴り、レンズに乱反射した光の中、的井の宣言が強く響いた。
「東都は復興します。更に強く、更に逞しく、世界に対してこれが日本であると誇れる形での復興を、今ここに確約させていただきます。皆さんも先の事件で彼ら――能力者についての危険性は存分に知ったことでしょう。ですが、彼らは決して危険なだけではない。彼らの協力があればこそ、此度の事件は被害甚大なれど終息し、彼らの協力があれば、東都は以前よりも力強い形へと再生されるでしょう!」
的井はこう言っているのだ。
能力を使った復興を行うことで、世界にも類を見ない迅速な再生と成長をしてみせるのだと。
「最後に、今回の事件解決に尽力した不法能力者対策局の多大な貢献に敬意を表し、この会見を終了させて頂きます」
能力に屈せず、能力の善悪は人の手によるものだと示すような的井の宣言に、世界は沸いた。
また、能力者をこれまで以上に本格的に社会の枠組みに取り込もうとする的井の言葉は世界中の能力者に希望を与え、能力という異物に対してどうアプローチをかけるべきかと二の足を踏んでいた人々は瞠目し、遅きに失したことに気づいたものは画面を前に手を握り締めていた。
これから、否が応でも世界は変わる。
そう確信させられる放送は連日繰り返し報道され、実際に東都の復興が尋常でない速さで進んでいく光景を目にした世界の人々は、時代が変わる瞬間を実感することとなるのであった。