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11-57 東都崩壊戦線-急ノ十一

 銀の粒子を湛えた穂先がマーキスそのものと化した砂の障壁へと突き立つ。

 物質的な砂とこの世ならざる非物質的な粒子が一瞬拮抗する。


『オオオオオオオオオッ!!!!』


 内に抱え込む形となってしまった極小の黒星(ブラックホール)の所為でもはや人型の維持すらままならないマーキスは吼えるように砂を蠕動させて黄泉路の槍を迎え撃ち――


『オオオ……ォ……?」


 気づけば。人としての形で立ち尽くしていた。

 動揺から周囲を見回し、少しでも情報をと視線を彷徨わせたマーキスだが、取り巻く光景はただただ困惑を強めるだけの効果しか齎さない。

 自身が荒らしまわり、もはや世界有数の大都市であったとは到底信じられないほどに破壊しつくされた東都、ではない。

 日本らしからぬ荒れた街並み。舗装も最低限で劣化したコンクリートやレンガがそこかしこにヒビと穴を作り、同じく風化が著しいコンクリート壁やシャッターにはでかでかと強めの色彩でスプレーアートが描かれた――マーキスにとっては見慣れた街並み(・・・・・・・)


「(……あの化け物の攻撃、にしちゃあ毛色が違い過ぎるな。こんな真似ができるのはあのメスガキくらいだが)」


 あの破壊力に全振りしたような理不尽、魔法使いという言葉がしっくりくるほどの無軌道で無秩序な銀髪の少女が、このような回りくどい手をわざわざ使ってくるだろうか。

 戦闘の最中に理解したことしかなくとも、敵の傾向の分析などマーキスにとってはお手の物。なにせ、そうしなければ生き残ることすらできない環境でマーキスは生き続けてきたのだから。


「(それにしても――)」


 人気のないスラムの街並みだが、たとえ人通りがあったとしても活気があるとはとても言えたものではないのはマーキスの記憶とも一致する(・・・・・・・・)


「チッ。 (どれもこれも俺が知ってる光景だ。反吐が出るぜ)」


 そう、記憶だった。

 マーキスの目の前に広がり、風も音も温度も匂いも感触も、全てが現実の様に精巧に感じられる世界。だが、マーキスはその景色が既に存在しないことを誰よりも良く知っていた。


「あの店がまだ残ってるってことは、20年くらい前か」


 ちらりと視線を向けた先、路地のひとつ奥まった場所にひっそりと構えられたボロ家の様な外観の、ともすれば廃墟と見紛う程に貧相な構えの店舗が存在していた。

 マーキスが幼少期を超える頃には店主諸共強盗被害に遭って文字通り消えてしまった雑貨屋。それが存在する意味に不愉快さがこみ上げ、マーキスは声を荒げる。


「おい! 隠れてねぇで出てきたらどうだ!! ここがテメェの作った幻だってのはわかってんだぞ!!」


 自身の記憶を、心の底を覗き見られているような。己の根幹(アイデンティティ)を暴き立てようという意思が透けて見えるような光景を作り出した奴を必ず殺してやろう。そう不快さを露に吼え立てたマーキスの前に、一陣の砂塵が吹いた。

 砂の露出も多いスラム街だ。そういうこともあるだろう。だが、マーキスという砂を操作することにかけては右に出る者のいないプロからすれば不自然な砂塵が吹き抜けた後には、黒い少年が佇んでいた。


「チッ。やっぱテメェか。何をした化け物」


 黒い髪、黒一色の学生服に身を包んだ、実年齢からするとだいぶ幼い容姿の少年の黒々とした夜の様な瞳がマーキスを見つめる。

 その手には先ほどまで戦っていた際に握られていた槍はなく、その身体からあふれ出ていた銀の粒子も存在しない。

 ただただ、ごく一般的な東洋人の学生の様な姿でそこに在る少年の異常性、能力者としての力量を知っているマーキスは油断なく、自身で操作可能な砂を手繰り寄せようと意識を絞り、


「――」

「できないよ」

「ッ」


 先手を打ったとばかりに声をかけてくる黄泉路に、小さく息を呑んだ。

 だが、マーキスが衝撃を受けたのは黄泉路の言葉だけではない。


「(なんだ、何がおきてやがる!? どうしてだ! どうして砂が――)」

「貴方の能力は【砂の(ドミネーション)支配(・サンド)】。存在しないものは操れない、だろう?」

「存在しない!? そんなバカなことが」


 能力の本質が露見していること自体はさしたる問題ではない。あれほどまでに大規模に能力を行使したのだから当然バレている上、だからといって対処が容易になる程度の軟な能力ではないことはマーキス自身のここに至るまでの生存が物語っている。

 だが、その後に告げられた言葉には、思わずマーキスも驚愕してしまう。

 砂が存在しない、であれば操る先のない能力は不発に終わる。確かにそうだろう。だが、現実問題として、空中に飛散する細かな砂埃などといった粒すら一切存在しない環境など存在するだろうか。

 先ほどや今もなお、この景色の中には数多の砂が滞留しているのは能力を使うまでもなく明らかだ。

 にも拘らず、黄泉路曰くこれらは砂ではないのだという。

 であれば、この光景を作り出すものはやはり幻――そう判断しかけたマーキスへ、黄泉路は更に斜め上の真実を突き付ける。


「ここは境界。現世とあの世の境目――より、ちょっとだけ幽世(こっち)側に近い場所だよ」

「なんだと……?」


 普通、そんな与太話を信じる人は多くない。マーキスは輪をかけて我の強さや生存への嗅覚が鋭いこともあり、敵からもたらされた情報を信じることなどありえない。

 だが、あまりにも異常な現状、そして、それを告げる常人離れした、マーキスをして化け物と言わしめる超越的な能力を持つ能力者の発言には、一定の説得力が備わっている様に感じてしまう。

 死線の最中でさえそうした直感が嘘を吐いたことのないマーキスは本能的にそれが正解なのだと理解してしまうが、それでも、言葉の上では納得できず、主導権を握られ続けている事の拙さに虚勢を張る。


「ハッ、言うに事欠いて死後だと? 俺がいつ死んだって? 俺はいまや砂と同化した状態だ、全部が丸ごと消し飛ばされでもしねぇ限り死ぬはずがねぇ!」

「そうだね。まだ死んでない。けど、死んでないだけで、もう生きても居られない」

「……」


 虚勢の為、普段よりも大仰に、マフィアとしての威圧感を前面に押し出した恫喝にも近いマーキスの意見は、黄泉路の静かで、それでいて事実だけを語る起伏のない言葉によって叩き落される。


「その様子だと、もう気付いてるんだろ? 想念因子結晶による能力の過剰増強(ブースト)は、確かに一時的にはすさまじい力を、本人の力だけでは越えようもない現実を飛び越えるだけの力をくれる。だけど、代償だってある。その代償は、もう支払ってしまってると思うけど」


 身体が砂に溶けてしまったのは、その時点で自分の能力が限界だったから。

 それでも砂の巨人として能力を使い続けられたのは、能力が砂の支配(・・・・)だったから。

 溶け落ちた自分の身体すら能力の一部として行使し、逆説的に、砂そのものが自身の身体であると再定義したが故に自らの身体を失ってなお動き続けた理外の怪物。

 そう語る黄泉路の声は、そうなってしまった人物を救う手立てを知らないと語っているようで。

 だが、だとして、


「それで? 俺がそんな些細なことを突き付けられて降参するとでも?」


 マーキスはそこで絶望しない。


「こっちは元々死ぬ気で今回の作戦をやってるんだ。死にづらくなった、結構じゃねぇか!」

「……だろうね」


 もとより、言葉だけで説得するつもりもなかった黄泉路が静かに目を伏せる、その仕草に憐みにも似た感情が宿っていることを敏感に察したマーキスの額に青筋が奔る。


「おい」

「憐れむな、でしょ?」

「――解ってんなら」

「貴方達のこれまでを知って、確かに可哀そうだとは思ったよ。だけど……」


 どこで知った、といった問答はもはや無用であった。

 駆けだしたマーキスが握りしめた拳が、黄泉路の頬に突き刺さる。

 そのまま学生服の襟を掴むと、地面へと押し倒して馬乗りになり、ガードもなにもない黄泉路の顔面をこれでもかと殴りつける。


「テメェは! 何を! 知った気に!! なってやがる!!!」

「……」


 拳を叩きつける度、鈍い音が響き、血飛沫が地面へと飛び散ってマーキスの拳を赤く染める。

 拳銃も能力もなく、ただただ生まれ持った肉体と暴力だけで相手を打ちのめすのはいつ以来だっただろうか。激情の中でも殺し合いの為に残しておいた冷徹な理性の片隅で、懐かしさにも似た感情が揺れるのを感じていたマーキスだったが、一切反撃どころか身動ぎすらしない黄泉路の様子を不審に思う。

 長年の勘で、組み敷いた相手が死んでいないことは理解できているものの、まさかこの程度で意識を飛ばしたわけじゃないだろうなと血に塗れ、骨格から歪んだ少年を見下ろしたマーキスの目が、どこまでも沈み込むような黒々とした視線とぶつかった。


「知ってるよ」

「何をだ」

「貴方の生まれも。育ちも。目的も。貴方の部下が教えてくれた」

「……口の軽い奴ァいねぇはずだが?」

「もうこの世にはって意味なら、僕には関係ない。僕たちを欺くための捨て駒として残った、客船で影武者をしていた彼が」

「チッ。拷問でも口を割らねぇ奴だと思ってたのによ。買い被りか」

「ずっと貴方を心配してたんだ。マイケル(・・・・)()トラヴァーズ(・・・・・・)


 配下にすら知らない者が居る本名を出されれば、マーキスは口元を歪めて再び拳を振り上げる。


「俺を知った!? だからなんだ! だったらテメェは何がしてぇんだ!」


 振り下ろされた拳が、今度は当たることなく地面を強かに叩きつける。

 マーキスの下から溶ける様に滲んで消えた黄泉路が目の前に立った姿で出現すると、マーキスは咄嗟に跳ぶように距離を空けて黄泉路を見やる。


「彼らが貴方を止めたがっていた。覚悟をしていたのだとしても、死に殉じてでも牙を剥くのだと、決意していたとしても。やっぱり彼らは貴方に死んでほしくはなかった」

「何を言ってやがる……」


 先ほど顔面が崩れるほどに殴り倒した後とは思えないほど身綺麗な黄泉路に明確な不利を理解しているマーキスだったが、それでも止まれない。止まれなかったのが自身なのだと、マーキスは再び黄泉路へと殴りかかるために地を蹴った。


「こんなに慕ってくれる人が居るのに、あんな手段を採った貴方を、僕は同情しない」

「さっきからゴチャゴチャと、知った風な口利いてんじゃねぇ!!!」


 再び顔面に突き刺さったマーキスの拳を無視するように、黄泉路の突き出した拳がマーキスの鳩尾を抉る。


「ぐっ」

「貴方を必要としてくれる人が居る。貴方の為に死んだ人が居る。貴方の為に動いてくれる人が居る」

「ごっ、が、かはっ!?」


 黄泉路の拳が的確にマーキスの人体としての急所を突き、ガードをしようにもガードの上からひき潰すような、その見た目に似合わない凶悪な威力によって叩きつけられる打撃にマーキスは苦悶の声を漏らしながらも反撃する。

 重い打撃の応酬の中、黄泉路の静かな声だけが水中に反響する様にマーキスの耳を叩く。


「恵まれない生い立ちも、差別されてきた生涯も、僕には経験のないことだけど、憐れんだら怒るだろうことくらいはわかるよ。だから僕は貴方をその点について憐れんだりはしない」

「ッ、だ、ったら、テメェは、その目は、なんだってんだよ畜生がッ!!!!」


 ガードすらしない黄泉路には面白いようにクリーンヒットが入っているにも関わらずまるでダメージが入っている様には思えず、逆に、要所要所でガードしているはずのマーキスは一打一打の重さに全身が麻痺してしまう程の衝撃を受けてしまう。

 体格的には大人と子供の殴り合いとも言うべき不平等、しかし、その内実を見れば黄泉路の側が一方的にマーキスを追い詰めていた。


「僕が憐れんでいるのは、貴方の仲間にだ」

()、だと……!?」

「彼はただ、貴方の事を慕ってた。死んでも、貴方が無事ならそれでいいって。貴方が目的を果たせるなら、それが一番だって思うくらい。自分の命を、だれもが一つしか持っていないものを擲ってでも、貴方に尽くしたいと、そう思っていたんだ!」

「ごはっ!!!」


 マーキスの突き出した拳を掴んだ黄泉路が受け流す要領でマーキスを引き寄せ、身長差の縮まった瞬間を狙い打った黄泉路の拳がマーキスの横っ面を思い切り歪ませた。

 殴りぬいた衝撃が脳を揺らし、踏ん張りも利かないマーキスの身体が黄泉路の矮躯からは想像もつかない怪力による拳の振りぬき動作に合わせて吹き飛び、風化した古い壁面へと叩きつけられたことでずり落ちて止まる。


「何もない、奪うしかない。そう言ってる貴方にはあったじゃないか。ちゃんと貴方にしかないものが」

「……ぺっ」

僕はそれが許せない(・・・・・・・・・)


 よろよろと背後の壁を頼りに立ち上がり、口の中に溢れた血液混じりの唾を吐き出すマーキスに、黄泉路は自分でもどう表現すべきか、未だに整理ができていないままの感情を吐き出す。


「彼らを切り捨ててまで、貴方は“支配階級”なんていう見えない敵(・・・・・)に勝ちたかったの?」


 自分が求めてやまないもの――自らを求めてくれる、慕ってくれる、頼ってくれる人達を切り捨ててまで成したかったのかと問う黄泉路の声は、どこか羨ましい物に向けるような色が宿っていた。

 整理もつかない、素だとわかってしまう本音の感情が宿った黄泉路の言葉が、マーキスの培ってきた価値観においても真実だと、この化け物は、本気で死んでいった敵の部下を思って、持たざる者として、虐げられる側として生まれ、生きてきた自分を羨ましいと思っているのだと理解してしまう。


「……決まってんだろ」


 マーキスはこの作戦を始動させたときの覚悟を、再び思い返して痺れが抜けてきた身体に喝を入れる様に吼える。


「俺がはいそうですかってやめちまったら、死んでった奴に地獄で嗤われんだろうが!!!」

「――」


 自分はおそらくこの化け物には勝てない。最初にぶつかった時にも抱いた感覚を、もはや確信として受け入れたマーキスは、それでもと拳を握り締めて黄泉路へと駆けだす。

 ボロボロでありながらも覚悟が輝きを宿すようなマーキスの吶喊を前に、黄泉路は困ったように、静かに苦笑を浮かべた。


「大丈夫だよ。ここ(・・)にいる彼らは、貴方を嗤ったりしないから」


 マーキスの振りぬいた拳が届くより早く、懐に駆け込んだ黄泉路の拳がマーキスの顎を強かに打ち上げ、宙へと舞い上がったマーキスの視界が反転する。


「チッ……。そういう……ことかよ……」


 反転、落下までのわずかな時間。マーキスの逆さまになった視界には、見慣れた街が銀の粒子と化して溶けていく姿が映っていた。

 同時に、町の外に広がる何処までも続く暗闇と水、蒼銀の砂丘と、町を形作っていた砂が見覚えのある姿へと変わっていく。


「化け物め……」


 落ちてくるマーキスを受け止める様に、今回の作戦についてきた部下たちが手を差し出している光景に、マーキスはそっと瞳を閉じ――






 現世の東都で、砂の塊が弾ける音が響いた。

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