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11-54 東都崩壊戦線-急ノ八

 不死者と魔女、生きた嵐が人を象った巨大な砂嵐と相対する光景は戦域から離れた避難地域からでも見ることができ、フィクションの世界の出来事なのではと感じさせる現実離れした有様に避難していた一般人や、戦列に加わることのなかった能力者たちは、彼らの中でもさらに上澄み、頂点に座する能力者と呼んで過言ではない彼らの戦いをただ茫然と眺めていた。


「……やっべぇな」

「あそこにいるのか。お前の仲間(・・・・・)……」


 避難先に指定されているうちのひとつ、普段であれば子供や老人が疎らに居るだけの公園に犇めく民衆の中で少年の呟きがパニックじみた狂騒の中に溶ける。

 だが、その言葉を伝えたい先である、隣で同様に災害の中心を見据えて立っている少年にはしっかり届いており、


「ああ。……やっぱすげぇよな」


 ひとりだけ、縁日からやってきたような狐の面を斜めに額にかけた真居也遙は感慨深く呟くように応える。


「負けんなよ」


 小さく呟いた言葉は今度こそ誰の耳にも届くことなく掻き消えた。




 ――その一方。東都の中心、政治の中枢ともいえる国会議事堂を目前にした広々と空けられた更地(・・・・・・・)では青年のゴキゲンな笑い声が響いていた。


「いやぁーっはっはっはっ! 面倒臭ぇけど【リコリス】のお陰で見えてきたなぁ!」

「ふん、要は制御下に戻れなければ良いのだろう。であれば我の魔導でも十分というものよ」

「刹那ちゃん、言っておくけど溶岩とかはやめてね。できるだけスマートな勝ち方のほうが格好いいよ?」

「むぐぐっ……!」


 呑気な会話にも聞こえるだろうが、そこは異常気象の只中。ただひとりの意を汲んで荒れ狂う乱気流と、その合間に吹き荒れる極寒の冷気を押し固めた蜃気楼のように揺らめく霜の幻影、この世の何にも区分されない、組成すら定かではない赤黒い塵によって形成された3対の翼にも似た腕に支えられた銀の槍。さらに、それらが飛び交う頭上を見上げる様に、降り注ぐ大量の砂を養分に東都というコンクリートジャングルを新たな環境へと塗り替える様に咲き乱れる刃で形成された金属質の植物群。

 日常とはかけ離れたそれらだが、作り出した面々からしてみれば自身の扱う力の一端、または余波でしかなく、その様なものに一々驚いてはいられないとばかりに戦場を駆けまわっていた。


「(……迎坂君、すっかり手綱を握ってるわね。あの魔女に好き勝手された時に一番被害を受けそうなのは私だからありがたいのだけど)」


 頭上で繰り広げられる漫才めいたやりとりを聞き流しながら、彩華はせっせと地上に刃を咲かせる。

 作りだす形状こそ花でありながら、頭上の戦闘と比すれば地味な作業。しかし、その行為こそがこの戦線に置いて最も重要視されているものだという認識はこの場にいる全員が共通して抱いていた。

 万能の能力者にして現代を生きる魔女、黒帝院刹那こそ、自身の魔法(・・)を用いれば砂が回収されることもなく倒せると豪語してはいるものの、しかし、黄泉路が先に言ったように魔女自身の力はその現象に比例して被害も大きく、取り返しのつかないものになりがちで、そうして得た勝利が格好いいかどうかという視点で見るならば、彩華という演出係(・・・)がせっせと舞台を彩ってくれている現状の方が心地良く、加えて生涯の好敵手と定めた黄泉路に頼られているというシチュエーションもまた、刹那がこの場で自制し、他の面々と協調できている理由にもなっていた。

 唯一の例外である刹那すらそのように彩華を尊重しているこの場において、逆に言えば、マーキスが最も排除しなければならない相手というのも明確であった。


『チッ、相性が最悪だぜ!! この規模の物質変化能力者とはなぁ!!!』


 砂塵の巨体が爆ぜる様に隆起し、数多の槍となって彩華の駆けまわる地表へと向かう。

 だが、そんな大振りを許すわけがないと言う様に不可視の壁が地上と空中の間に展開され――


「《三爪(ドライ)()廃棄真空(トラッシュカーム)》!!」

『さっきまで仲間割れしてやがって癖に……!』


 指定領域から大気をはじき出し、真空を作り出すことによって作られた空気の層が砂を受け止めて弾く。

 一時的に制御を失ってばさりと宙から降り注ぐ流砂が彩華の金属植物に受け止められると、瞬く間に砂として識別できない植物群へと姿を変え、満開に咲き誇った花弁の上に立った彩華が指を構えて宙に浮いた祐理へを見上げ声をかけた。


「――お礼を言うべきかしら?」

「いーや、いらねぇよ。やることやってくれりゃ十分だ」

「そう」


 言われなくても、と。刹那と祐理が協力するようになったことで余力ができた彩華は太く鋭い蔓を編み出して巨人の足元を払う様に急速に成長させる。

 それに反応して巨人を構成する流砂が回転を増し、削岩機のように荒々しい音を唸らせるが、マーキスが能力の指向性を巨体の維持へと傾けてしまえば宙を舞う3人への攻め手が薄くなり、


「《地獄に佇む静けき女帝(ヘイルタナトス)》」

「《一爪(ソロ)()空圧弾(バレットガスト)》!」

「はあああっ!!」


 絶対零度の霞が、圧縮された大気の砲弾が、理を超える銀の穂先が砂の巨体を固め、散らし、引き裂いてゆく。

 お世辞にも連携攻撃などとは言えない、個々の持てる戦術を好き勝手に――最低限誤射しても相手は避けるだろう程度の感覚で――叩きつけるだけのものだが、しかし、それを行うのが世界でも有数、最高峰と呼んで差し支えない領域に立つ能力者たちであれば、同じく規模やその被害状況からみても今後歴史に残るであろう能力者と言っても良いマーキスとて損害無しとは言えないものになっていた。


『(クソ、やつらどれか2匹だけでも邪魔だってのに、このままじゃジリ貧じゃねぇか!)』


 巨体から切り離された砂が彩華に回収されてしまう前にと、大急ぎで制御を回したマーキスは自身が知覚している砂塵の人型が当初よりも小さくなっていること、そして、このまま状況が進めばそう遠くない内に自身を守るだけの砂も残らない可能性があることを誰よりも強く理解していた。


『(どうにかしてこいつらを振り切らねぇと――)』


 砂塵の中央、自身を取り巻くすべての砂に意識を集中させていたマーキスは、ぽたり、と。水気も何もないはずの領域の中で感じた湿り気に目を開き、粘着いた液体が自身の唇に垂れてきているのを手で擦り、自ら鼻から血が垂れていることに気づいて僅かに硬直する。


『……ハッ』


 次いで、口から零れたのは乾いた笑い。

 吹っ切れた様にも、諦めたようにも聞こえるその笑い声はすぐに砂同士が擦れ合う音に呑まれて消えるが、ふき取った先からまだ流れ出てくる鼻血を気にも止めずマーキスは懐から使い捨ての注射器を取り出すと、半透明の容器の中で揺れる彩光には目もくれず、逆手に握って自らの首筋へと針を突き立てた。


『グッ、ゥ、あ、ああぁッ、ハハ、ハハハハハッ、何、ここまで来たなら、イイコちゃんぶってる必要なんざねぇじゃねぇか……!!』


 刺すと同時に中身が注入される仕組みのアンプルが空になると、手の中に握られていたそれが握力でへし折られ、次の瞬間にはサラサラと崩れて(・・・・・・・・)周囲を取り巻く砂塵の一つまみとなって群れに統合されて見えなくなる。

 それは先ほどまでの男には持ちえなかった力。


『なるほどなァ……能力の先、拡張か』


 能力者がたどり着く自らの能力の発展形、それを無理やり引きずり出したマーキスは嗤う。


『止められるもんなら止めてみやがれクソガキ共ォ!!!』


 自らの意志が、命が、肉体という器を越えてゆくような酩酊感と浮遊感。薄れゆく現実感に浮かされるままに叫んだマーキスの声は砂塵を越えて外界を震わせた。


「ッ!?」


 ビリビリと大気が震える。

 同時に、天蓋のように空を覆い、絶えずマーキスへと砂を供給し続けていた砂塵がぴたりと制止する。

 時間にして一瞬。それこそ、重力に惹かれて砂が再び降り落ちるまでのごくわずかな制止だが、都市全域を覆う砂が一斉に動きを止めるという事象はそれだけで何かあると確信させるだけの圧があった。


「……空が、砂が、集まってくる」


 その確信は違わず、直後、世界全体が嘶く様な轟音と共に東都を覆う砂嵐を形成していたすべての砂が一斉に天へと収束し、巨大な砂の塊となってマーキスの砂巨人へと降り注ぐ。


「いやいやいや、この状況で第二形態ってマジ!?」


 空域を制し、大気の全てを制御下に置く祐理は、東都中から砂が集まり出した時から横やりを入れてやろうと風向きをかき回していたものの、広域に薄く伸びた祐理の制御を嘲笑う様に収束した砂の天体が巨人に振り落ちるさまに、先ほどまでの敵とは全く違うと警鐘を鳴らし始めた本能に従って距離を取り、


「――ほう。ただの木偶ではないと、そういいたいわけだな。古の巨人よ。ならばよかろう、我にその証、示して見せよ!」


 自身の考えうる限りの全てを実現する魔女は、砂の巨人の全身に力が行き渡ってゆく、これまでは風船のように表面に呑み循環していた力が充足してゆくのを直感して杖を振りかざして笑う。

 そして、あらゆる生命の終着に身を浸し、おおよそ魂という概念に最も造詣が深い黄泉路は、


「――本体の場所……わかった、けど、これは……!」


 これまで、個人の能力によって形成された巨人という性質から術者であるマーキス本体の居場所を特定しきれていなかった存在に、急速に命が行き渡り、巨人を構成する砂の一粒一粒がひとつの命であるかのように拡張され、マーキス自身が巨大化したような感覚に慄いた。

 そうした本能や直感、感覚を持たない彩華とて、今のマーキスの異変を理解していた。


「うそ……! (砂がいきなり巻き込めなく、いえ、違う、この感じはまるで)」


 ――命あるモノ(せいぶつ)を変質させようとした時の様な。

 驚いて手を離し、能力の行使を中断した彩華だったが、その内実はマーキスから感じ取った変化にではなく、むしろ、その感じ取った内容が自身の経験上ありえないものであったからこその反応であった。


「迎坂君! アイツ、もしかして――」

「うん……。マーキスの命が、砂の巨体全部に行き渡ってる。これじゃあまるで」

「あの姿そのものが本体であるかのよう、か?」

「……刹那ちゃんの見立てでも?」

「ああ。今のあ奴は砂の化身、旱魃の王とも言うべき災害の象徴よ」


 見る間に砂の天体が巨人に飲み干され、その巨躯が削る前よりもさらに驚異的な大きさへと肥大化した巨人を見上げる。

 東都を象徴する塔よりもなお高く、天を突いて聳える巨人によって日中だというのに深い影に呑まれた黄泉路達は、圧倒的な質量と暴力を兼ね備えた巨人が足を持ち上げるのを見た。


「――来るよ!」


 それは弱者に踏みにじられたモノが、己以外の全てを踏みつぶさんと振り上げた、塵芥達の反逆の一歩にして、東都という都市に対する破滅の宣告となる一歩。

 振り落ちる巨人の大足に真っ先に反応したのは、自らが空想に生きる魔女。


「ふはははははっ! 我を踏みにじらんとするか! よかろう、その思い上がりを我が正そう!」


 杖を構え、黄泉路が制止するよりも早く、降り落ちる壁とも思えるような大足の裏を睨んで力ある言葉を紡ぎ出す。


「万象を照らす焔の王、それは苛烈なる原初の叡智にして鮮烈なる終焉の担い手。天高く輝く絶対者よ、天理を侵す傲慢を焦がし、四方に蔓延る悪逆を」


 だが、自身のイメージを固め、世界にねじ込むという大業を果たす為には、その結果が強大であればある程に、現実から離れていればいるほどに、長くなってしまう刹那の詠唱では。

 今まさに振り下ろされんとしている大足の速度には間に合わない。


「――ああ、もうっ! 銀砂の槍よ!!」

「ッ、《片腕(アーム)()装填(セット)》!!」

「《重刃盾菊(かさねばしゅんぎく)》」


 追って、詠唱が間に合わないと踏んだ黄泉路が、釣られたように我に返った祐理が、黄泉路の動きに合わせられるよう、覚悟を決めていた彩華が、各々にその場で出せる最大範囲の技を構える。


「理逆巻け!!!」

「《一爪(ソロ)()大空砲(エアロカノン)》!!!!」

「《一華繚乱(いっかりょうらん)》!」


 槍の穂先から放たれた銀の粒子が加速し、閃光のように駆け抜けながら巨人の足裏へと到達する。

 触れた瞬間、ガラスの割れるような甲高い音とともに閃光が枝分かれし、上へ上へと抜けるために無秩序に巨人の足裏を奔ってその勢いを僅かにだが押し込める。

 直後に真下から放たれた不可視の大砲が爆ぜれば、黄泉路の放つ銀の奔流を巻き込みながら足裏を僅かに押し返すも、ただの1発でしかない衝撃が過ぎて再び重力を帯びて加速する足裏へと、過去最大規模ともいえる巨大な1輪の菊が花開く。

 細かな花弁がびっしりと上を向いて満開に花開いた菊の全てが刃で構成され、彩華が今出力できる最も硬質な物質として顕現したそれが砂嵐の塊とも、削岩機とも呼ぶべき足裏と激突して火花を散らした。


「う、ぐうううっ!」

「ぐ、ッ、彼岸ちゃん(リコリス)!」


 だが、これまでの戦いで能力を酷使し、既にサポートにまわるので精いっぱいだった彩華がそれを十全に受けきることは難しいのは誰に目にも明らかで。

 バキバキと音を立てながら欠けてゆく刃が元の塵となって砂に吸収されてゆけば、刃の残骸の先から黒々とした影そのもののように見える巨人の足裏が変わらず近づいてきているのが見えてしまう。


「――焼き払え。我が手に来たれ、背徳を灰に、人理の塵にて新たなる理を生み出さん!」


 だが、そのわずかな時間。僅かな猶予が、魔女の極大魔法の詠唱を間に合わせた。


「――《白く輝く黄金の理(プラネットセイヴァー)》!!!」


 巨人の足をも飲み込む、白く輝く天体が東都上空に顕現し、炎使い程度では比べるのも愚かしい程の壊滅的な熱波がまき散らされた。

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