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11-53 東都崩壊戦線-急ノ七

 砂塵の天蓋を構成する止むことのない砂嵐が、それよりもはるかに凶悪な黒点へと吸い込まれ、


『な、ん――ぐうううおおあぁああぁああッ!?』


 至近距離で黒点を作られた巨人は勿論の事、周囲の高層ビルや、砂嵐によってボロボロにひび割れたコンクリートなどまでもが中空に浮いた黒点へと巻き上げられ消えてゆく。

 時間にしてたった数秒。

 しかし、そのたった数秒の間に此度のテロによって壊滅的な被害を受けていた東都の街並みは一層凄惨な光景へと塗り替えられてしまっていた。

 抉り取られるように壁や窓、備品などが吸いだされて自重を支えきれなくなったビルが倒壊する。

 地面を満たす砂の上に轟音を響かせて崩れ落ちたそれが多量の砂を巻き上げ、新たに降り始めた砂によってビルの残骸すらも飲み込まれて行き、レンガやコンクリートが敷き詰められた整然とした道路も、上空へと引きつける強すぎる力によって捲れあがって土が露出し、掘り起こされた水道管が破裂したのか、水が噴き出してそこそこの規模の水たまりが出来上がっている場所や、電柱が折れた影響で電線が方々に散らばって漏電している場所など、この光景を見せて日本が誇る首都であるといっても誰も神事はしないだろう惨状がそこにはあった。

 かろうじて無事だったのは彩華が事前に金属の花によって地表を覆っていた区画であり、金属の根が地面を深くつなげていたことから被害を免れたとはいえ、そこは人の立ち入りを考慮していない刃の花園。到底、こちらの方がマシとは言い切れない光景だ。

 世界の終末とでも題すれば絵画のひとつにもなろうかという破滅的な光景からいち早く退避し、影響範囲から脱出することに成功していた黄泉路の腕に抱かれた彩華はあまりの光景に絶句していた。


「……」

「全く。相変わらず周りへの影響とかまるで考えてないんだから……」


 そんな綾華の顔のすぐ近く、呆れたような色を滲ませる声でつぶやく黄泉路に、ようやっと目の前で起きている現象が現実だと理解した彩華は黄泉路に顔を向ける。


「あれも、迎坂君のお知り合い?」

「あー……うん、まぁ」


 知り合いかと言われれば間違いなく。しかし、黒帝院刹那としての彼女と、田中寄子としての彼女、どちらとしても友人というほど交流を重ねたわけでもなく、常群との共同戦線がある今となっては敵と呼ぶのも憚られる。

 どう形容しようかという逡巡がそのまま表れた様な曖昧な返答に、彩華はなんとなしに今しがた起きた異常現象を引き起こした魔女がどういう存在(・・・・・・)なのかを理解してそっと溜息を吐いた。


「我が宿命(ライバル)よ! この程度の塵芥に手古摺るとはらしくないぞ!」

「……助かったよ。刹那ちゃん」

「ふ、ふは、ふははははははっ! 汝がかように苦戦している姿を見ていられなかっただけのこと。礼を言われる筋合いはない」


 その割には声がうれしそうね、と、黄泉路の腕に抱かれたままの彩華は思いはするも、あえて口に出して顰蹙を買うひつようもないかと黄泉路の服を引いてもう大丈夫だと示す。


「じゃ、私はまた砂の処理に回るわ。あっち(・・・)は迎坂君が対処する、それでいいのでしょう?」

「うん。気を付けてね」


 黄泉路の腕から飛び出し、足元の砂を鈍色の光沢を宿す蔓へと作り替えた彩華が肥大化する葉に乗って離れてゆくのを見送り、黄泉路は改めて背から展開した無掌幻肢(フリーハンド)をかろうじて原型を残しているビルへと突き立てて空へと飛び上がる。


「来たか。幽世の王よ」

「まぁね。これで終わってくれればいいけど――」

「ふっ、古の巨人がこの程度で朽ちるはずもなし。そら、来るぞ」


 腰から上がぱっくりと捩じ切られたように消失した巨人、その残された下半身が鳴動し、降り始めた砂を巻き込んでその身が急速に再生してゆく。

 無論、それを黙ってみている黄泉路ではない。


「再生される前に本体を探さないと」

「よかろう。我と貴様の終焉の前座だ。疾く片付けてくれよう」


 黄泉路が銀砂の槍を構え、刹那が手にしたごてごてした杖を構える。

 そこへ、上空から飛び込むようにキレ気味の祐理が割り込んだ。


「なーにいきなりイチャついてんだゴラァ!!! お前知ってるぞ!? 銀冠の魔女とかいう奴だろ!? ふっざけんなよお前もうちょっと離脱が遅かったら死んでたじゃねーか!!」

「む。なんだ貴様は」

「対策局の能力者だよ。……ええっと」

「祐理だ!! ゆ、う、り!!!」

「だそうだけど。まぁ、良いんじゃないかな。別に味方じゃないらしいし」

「ッ!?」


 黄泉路らしからぬ意趣返し、しかし、この状況でありながら協力体制を拒んだのはそちらだと告げる様に抗議を切って捨てれば、祐理としても自分の先までの振る舞いが尾を引いているのはさすがに自覚できることで、それまでのやりとりを知らない刹那のみがきょとんとした顔で祐理と黄泉路を交互に見た後、なるほどと納得した。


「つまり古の巨人もこやつも纏めて征伐すればよいのだな」

「そうなるんじゃない?」

「待て待て待て!」


 この状況下で刹那と黄泉路をまとめて相手にしながら巨人とも戦うのは無謀だと判断するだけの損得勘定はあるらしい祐理がぶんぶんと手を振るが、話し合いに終止符を打ったのは話し合いの最中にも再生を進めていた砂の大質量だった。


『ああああああああああっ!!』

「ッ」

「おっと」

「むっ」


 巻き込まれれば一瞬にしてすり身にされる様な高速で蠕動する砂で形成された巨大な腕を叩きつけるように振り下ろした巨人に、三者は示し合わせた様に散開する。、

 するりと風に乗って砂をすれすれに避ける祐理と、赤黒い塵の手を器用に使って退避する黄泉路。


「――我らが語り合っているというのに。この無礼、貴様には言葉もないということらしい」


 転移によって腕の通り抜けた直後の同じ座標へと現れた刹那が構えた杖の先端を巨人へと向けていた。


「……じゃあ、今だけ共同戦線に納得する? 君も、向こうに行かれたらマズいんだよね?」

「ちっ。わかったよ。魔女にも俺を狙うなって伝えとけよ」

「はいはい」


 刹那が杖を構えるのを下方に見ていた祐理の傍へと飛んできた黄泉路がちらりと国会議事堂の方へと視線を向けつつ問えば、祐理は一瞬抜け目ないなと眉を顰めるものの、内容としては妥当としか言いようがないものであったが故に渋々ながらに了承する。

 そんなやり取りの真下、


万象を照らす焔の王(・・・・・・・・・)――」


 刹那が詠い出した詠唱に黄泉路はギョッとする。


「刹那ちゃん!?」


 その呪文はかつて、大樹に覆われた山肌をごっそりと焼き尽くして巨大な燃え盛るクレーターを作り上げた広域焼失効果を持つもの。

 そう理解した瞬間に飛び出した黄泉路に、刹那の唱える文言の危険度を瞬時に悟った祐理が続く。


「それは苛烈なる原初の……むっ」

「何考えてるんだ! 街中なんだよ!?」


 飛び出してきた黄泉路に肩を掴まれた刹那は思わずといった具合に詠唱を中断させる。

 そこへ、奇襲を透かされてさらに固まって会話と、刹那が登場してから無視され続けてきたマーキスが苛立ちに声を荒げ、咆哮が響く。


『なんなんだよテメェらはよぉおお!!! 羽虫の分際で邪魔するんじゃねぇええぇえぇええッ!!』


 ずずん、と、荒れ果てた地面に踏み下ろされた足が地響きを立て、すっかり全身が生え揃った巨人が歩き出す。

 だが、黄泉路はふと、その姿に違和感を覚えた。


「(あれ……?)」

「む。我を無視するとは、良い度胸だ。古の巨人よ、終焉の魔術師の名において貴様に終焉(おわり)を齎そうではないか!」

「あ、ちょっと――」


 違和感の正体を精査するよりも先に飛び出して行ってしまった刹那に黄泉路は小さく溜息を吐く。

 結局、祐理との共闘の件も伝え損ねてしまっているが故に、刹那が再び無茶をしないうちに話を通さなければ共闘自体が頓挫しかねず、この状況で三つ巴ならぬ四つ巴は最悪だと、黄泉路は慌てて追いかけようとし、周囲に支柱にできる高層建築が残っていないことに気づいて空中で困ったように立ち往生してしまう。


「(まずい……風で飛べる祐理と魔法で好き勝手出来る刹那ちゃんだと、僕が圧倒的に機動力が足りなくて追い付けない……!)」

「迎坂君、使って!」


 だが、そんな黄泉路の思考を読んだ様に間隔を空けて天を突く勢いで成長した鈍色の茎に、黄泉路はハッとなって声の方へと視線を向け、


「ありがとう!!」


 自身の能力で巨人の足止めと砂の変換、足場づくりまで熟す縁の下の力持ちともいえる彩華のファインプレーに、思わず喜色の滲む声で感謝を告げた黄泉路は先んじたふたりを追って宙を駆け出す。


「無視してっと痛い目見るぜ! 《二爪(ソーン)()鎌鼬(ゲイルシックル)》!!」


 不可視の斬撃が飛び交い、砂巨人の表面が削れるたびに砂が宙を舞う。

 黄泉路が追い付けばその攻撃は先の共闘を視野に町の被害を――さらに言うならば、被害を出せば小言がうるさいだろう国会議事堂方面を――気にしたものであるとすぐにわかり、内心でホッとするのも束の間、


「吹き荒ぶ風、大いなる者の息吹よ。大海を超え、丘陵を駆け、山脈を射抜く者、汝に名を与えよう。我が魔導として姿成せ。 ――《緑光纏いし巨人の息吹(エメラルドブレス)》!!」


 祐理が使う風の砲撃にも近い局所的な突風が刹那によって引き起こされ、巨体の脇腹がごっそりと大穴を空けると同時にその直線状にあったビルの屋上の給水塔を貫いて盛大に水しぶきが吹き上がった。


「刹那ちゃん!!」

「む。追い付いてきたか、我が好敵手よ」

「あっちの彼とも話がついた。現状はあれを倒すまで共闘路線、良い?」

「ふむ。つまり奴を巻き込まぬように振舞わねばならんか……。おい、嵐纏いし者よ!」

「――んぁ? それって俺の事?」

「他に誰があろう。貴様、我が魔導に巻き込まれる出ないぞ。命の保証はできんのでな」

「おぉん? いうじゃん。そっちこそ俺の射線に飛び込んでこないでね。邪魔だからさ」

「……」

「……」

「仲よくしろとは言わないけど、せめてお互いに背中から打つような真似だけはしないでね」


 到底仲良くなれないだろうふたりに挟まれ、黄泉路は諦めたように槍を握りしめて今この瞬間にも足元で砂を変換した蔓のバリケードを使って遅延してくれている彩華の負担を減らすべく巨人へと駆けだした。

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