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11-52 東都崩壊戦線-急ノ六

 不可視の刃が砂塵の中で輪郭を帯びて巨人を刻む。

 巨人のいたるところが爆ぜて砂飛沫を上げるのも束の間、降り注ぐ砂塵がその穴を瞬く間に埋めてしまうという膠着状態の中、砂の巨人ことマーキスは周囲を飛び回るコバエにも等しいふたりの隔絶した力を持つ能力者を無視して歩を進めていた。

 無論、その間にも銀の穂先が、風の刃や砲弾が、絶え間なくマーキスが形成するビルをも超える巨大な砂の人型を削り切ろうと猛攻を仕掛けてくるが、マーキスにとっては既に危険視するほどのものではないと確信できるものであった。

 というのも、マーキスが形成する砂の巨人はその大質量は勿論の事、多くの部下や駒を使って東都全域に吹き荒れさせた砂嵐という無尽の修復リソースが戦域を覆いつくし、その厚みと防御力は時間を経るごとに増していくものであったからだ。

 徐々に通りが悪く――無論、切れ味が落ちているわけではない。だが、明らかに修復の速度や刃が浅くしか入らなくなってゆく――のを手応えで理解しつつも、黄泉路に攻撃の手を休める理由はない。


「(砂が尽きないとはいっても、これだけ能力を使っていれば疲弊だってするはずなのに、まだ何か秘密が? いや、今はそれよりも――)」


 周囲のビルなどを経由して無掌幻肢の6対の腕で巨人の周囲を跳び回りながら、時折降り注ぐ砂嵐とは違う密度の高い砂飛沫をかわしながらちらりと頭上を見上げて顔を顰める。


「(お互い敵だから仕方ないとはいっても、これじゃあどっちが政府の人間なんだかわからないね……)」


 ざっくりと切り裂かれた巨人の肩口。そこから削り取られた砂が滝のように振り落ちる中を潜り抜けた黄泉路の視線の先では、金髪の青年――祐理が縦横無尽に空を飛びながら風を纏って巨人を強襲していた。


「ったく、キリないぜ! ノロマで分厚いだけの癖にさっ!!!」


 雑に、狙いをつける気もないという風に歩行の際のバランスを取るついでのような薙ぎ払いをすり抜ける様に気流に身を任せて回避した祐理が指を4本立てて構え、その矛先を振りぬいたばかりの巨人の腕へと向ける。


「千切れちまえ! 《四爪(スゥ)()昇竜陣(ミストラルケージ)》!」


 祐理の開かれた手。立てられた四本の指の間を起点として、突如風が渦を巻く。

 ぐりんと腕ごと手首を捻るような仕草と共に吼えた祐理の声と共に指の先の風が唸りを上げ、伸びきった巨人の腕に絡みつくような横向きの竜巻となって強襲する。


『ぐっ、クソがあッ!!!』


 ガリガリガリと暴風が巨人の身体を形成する砂塵を逆巻きに捻じり上げ、その身を構成する多量の砂が突如としてマーキスの制御を離れて宙を舞う。


「――なっ、あいつ!!」


 それを見た黄泉路は咄嗟に腕のあった地点周辺――落下位置のあたりを目算して飛び出すと、半ば倒壊したビルの大部屋へと転がり込む。

 着地後即座に構えた槍が背から生えた赤黒の塵で象られた巨腕によって振り回され、黄泉路が飛び込んだ階に残っていた壁の名残が切り飛ばされて視界が開ける。

 同時に降り注ぐ大質量の砂が迫る中、黄泉路は肥大化した槍を高速で回転させて傘のように砂を散らして下界を守ると、マーキスの砂腕を斬り飛ばして満足げな祐理へと声を荒げた。


「何考えてるんだ! この下にはまだ生きてる人がいたんだぞ!!」

「あぁ!? 知るかよ!! っつかこの辺りはもう避難完了通告出てるんだし、いるとしてもコイツの仲間くらいじゃねーの? どうでもいいじゃんそんな奴ら」

『ぎゃあぎゃあうるせぇ羽虫共が。そんなに騒ぎてぇなら仲良くくたばってろっ!!』

「おわっ!?」

「ッ!?」


 斬り飛ばされたばかりの腕の付け根が蠢く。

 それをみた黄泉路と祐理は即座に言い合いをやめて飛び上がると、巨人の肩口からあふれ出した幾本もの砂の鞭が作り出す破砕を潜り抜けて宙を駆る。

 元の腕よりは些か細いものの、それでも成人の胴体よりなお太いであろう砂の束が砂塵の中でさえくっきりと別物だとわかる様に躍り、それらがひとしきり暴れ回れば束ねられるように寄り集まって再び元通りの巨大な腕へと変わってしまう。


「あー、くそ、キリがねぇ……」

「(ほんとにね……。さっきの振り回しはそがれた分を砂嵐から補充する意味もあったみたいだし)」


 本格的に、吹き荒ぶ砂嵐をどうにかしないことにはどうしようもないのでは、と。黄泉路が頭を悩ませつつも、再度使用すること自体は可能になった奥の手をどこで切ろうか観察する。

 少なくとも、この場のふたりだけでは難しいと断じた黄泉路はダメ元で祐理へと声をかける。


「そういえば、対策局(そっち)は君ひとり?」

「あ? んだよ何か文句あっか?」

「いいや。そっちに手がないなら無いって言ってくれるとわかりやすいからね」

「――」


 黄泉路の側がひとりである以上、それをあえて告げる必要もない為にやや挑発的になってしまった物言いに、祐理は裏を読むこともせずに直情的に口の端をひくりと動かして目が動く。

 そんな青年の振る舞いにわかりやすいなぁと思ってしまう黄泉路だったが、直後に乱射された風の砲弾がマーキスも黄泉路も関係なく飛び交う様になってしまえば、先ほどまでの手玉に取りやすそうだなどという感想は撤回せざるを得ない。


『よみちんよみちん!』

「(っ、標ちゃん、どうかした?)」


 膠着状態が本格的な三つ巴の乱戦へと変貌してしまった最中に脳裏に響く少女の声に、黄泉路は何事だろうと心の中で返答する。


『あーちゃんが今そっちに向かうって』

「(それは、嬉しいけど……大丈夫なの?)」


 この上でまだ何事か起きたのかと一瞬身構えてしまったものの、降って湧いた朗報に喜ぶのも束の間、この巨大で危険すぎる戦場に彩華を立たせてもいいものかと逡巡する黄泉路に標は呆れたように首を振るという器用なイメージを転写しつつ告げる。


『よみちんはもうちょっと周りの人間を信頼すべきですねぇ。私たち、そんなに弱くないですしぃ』

「(でも僕は――)」


 もう身近な人に傷ついて欲しくないし、別れたくない。

 そんな言葉が思考に浮かぶ。だが、標はそれをあえて無視したように、


『それとも、よみちんが必要とする私たちって庇護対象としてなんです?』

「っ」


 自分たちをもっと信頼しろというイメージのこもった簡潔な言葉を黄泉路の頭に叩きつけた。


「……そうだね。ごめん」


 仮面の奥で呟いた言葉が砂嵐に呑まれる。だが、本心からの言葉はしっかりと標に届いており、


『はい。もし次同じようなこと言い出したらよみちんのこと嫌いになりますからね』

「(――それは嫌だなぁ)」

『じゃ、私が言いたいのはここまで。あとはあーちゃんに任せます。ふたりとも、ふぁいと!』


 ぷつ、と。脳裏に流れる声が、繋がりが途切れる感覚。

 同時に、祐理が再び吹き飛ばした砂飛沫が飛散して地に降り注ぐ中、無掌幻肢で跳び回っていた黄泉路は砂が降り落ちる先にひとりの少女の姿を見た。


「――なんでもかんでもひとりでできる、そう思っていたのだけれど」


 少女の声が砂塵に掠れる。

 だが、凛とした立ち姿から発せられる言葉は不思議と黄泉路達の耳に響いた。


「存外、頼られるのも良いものね? 迎坂君」


 ぶわり、と。宙を舞う大量の砂を貫いて天へと伸びた鈍色の茎が爆発的に生育して巨人の足を抉り取る。


「うわっ!? あれもしかして【リコリス】ってやつか!?」

彼岸ちゃん(リコリス)!」

「やっぱり私、今回は特に相性が良いみたい」


 さりさりさりと金属が擦れ合う音を響かせ、鉄柱を思わせる巨大な茎から生えた葉の一枚に足を乗せた彩華が戦域に上りくれば、周囲を吹き荒んでいた砂塵が心なしか薄まり、同時に枝葉を広げた鈍色の植物群が地表の砂諸共にマーキスの巨体を貪る勢いで這い回る。


「さすがに本体は難しいみたいだけど、周囲に散った砂の処理は私が引き受けるわ」


 マーキスの巨人体を構成する砂の補充先、地面や空間を飛び交い山積する砂が瞬く間に鈍色の花弁へと変わってゆく、刃の花津波とも呼ぶべき光景に祐理は瞠目したまま目を輝かせ、黄泉路は頼もしすぎる救援に槍を握って大きく頷いた。


『こ、の女ぁあああぁぁぁあ!!!』


 マーキスの咆哮が戦域を轟く。戦況を覆す一手を持ち込んだ彩華を快く思わないのは当然であり、


『お前が、一番邪魔だッ!!!!』


 その彩華を最優先で狙うのも、至極当然のものと言えた。

 しかし、狙われた彩華は涼しい態度で振り来る家屋ほどもある巨大な握りこぶしを見上げて肩を竦める。


「言ったわよね。私、受け持つのは周りの砂だけだって」


 彩華に向けられた拳が槍の一振りで切り裂かれ、


彼岸ちゃん(リコリス)に手は出させない」


 彩華を狙うべく体勢を傾けた巨体の首から上がバスン、という轟音と共に風の大砲に吹き飛ばされる。


「これであんたの小言も聞かなくて良いってわけだ。良い仲間持ってんじゃん」


 黄泉路よりも大きな一撃を出したことを得意気に誇る様に祐理が笑う。

 連携らしい連携もない、敵同士であったはずのふたりが戦況を変えうる存在を守るために連携し始めたことに、マーキスは歯噛みする。


『(チッ、あの女と俺は確かに相性が悪ぃな。ケチが付き始めたが、まだ、まだ終わらねぇ!)』


 地表を埋め尽くす鉄の花を踏みにじり、粒子状へと再び摺りつぶしてその身の一部へと変えた巨体が侵攻する。

 彩華が巨人の進路をそれる形で花を形成して砂の処理を図り、黄泉路と祐理がその身を構成する砂を削り取って制御権を散らす。

 徐々に押し込めている、時間はかかるだろうがこのままならばと3人が思い始めていた時だった。


『――見えて、きやがったッ!!!』

「ッ!?」


 マーキスの侵攻速度が上がる。

 それが明確に目的地を見据えたが故のものだと理解した黄泉路は即座に進路の先にあるモノ――マーキスが何を目的にしているのかを確認しようと視線を巡らせ、


「――国会!?」

「おま、ふざけんなよ!? あそこのおっさんどもうるせーんだからな!!」


 日本の政治中枢、その象徴とも呼ぶべき他とは明確に異なる建物に気づいた黄泉路と祐理の声が被る。


「(国会議事堂が目標……ってことは、明確に日本そのものに対する攻撃よね? 何がそこまでさせるのかしら)」


 彩華もまた、マーキスの狙いが国会議事堂であることに驚きはするものの、自分の役割は変わらないのだからと思考を切り替えてマーキスの狙いを考察するように首を傾げるが、どのみち、敵の思い通りに向かわせる義理もないのだからと蔓を編んで巨人の足を引き倒す様に茨の柵をビルとビルの間に張り巡らせた。


『邪魔するんじゃねぇぇえええ!!』

「きゃっ」

「彼岸ちゃん!」


 マーキスの巨体が猛進する勢いそのままにビル間に張られた網に突っ込み、両軸を支えるためのビルが轟音の悲鳴を響かせる。

 能力の性質上、造形物を通して繋がっている彩華は自身が足場にしている巨大な茎そのものが引っ張られるようにして揺られ、足を滑らせた彩華に黄泉路が即座に救いの手を差し伸べて飛び上がると、制御を失った茎が茨の柵に引きずられて音を立てて倒壊してしまう。


「ごめんなさい、助かったわ」

「それはいいけど、このままだと止められない……」

「ええ。もっと強く大きな柵も作れないこともないけれど、少し時間がかかるわ」


 その時間をどうやって捻出しようか、黄泉路と彩華がマーキスに追いつくために宙を跳びながら短い時間に沈黙する間も、物質再編による砂の抑制という枷を取り払ったマーキスの侵攻を押さえる為に奮闘する祐理の悲鳴が響く。


「だあああああ!! 目標見つけたからって全力ダッシュとか犬かよぉ!!!」


 悲鳴とはいえ、当人そのものに被害はなく、ただ、拮抗するために必要だった黄泉路と彩華の一時的な離脱による形勢不利を嘆くだけの言葉だ。

 祐理には黄泉路に対する彩華のような駆けつけてくれる味方は居ない。

 先走ってひとりで突撃してきたというのもそうだが、そもそも肩を並べ、背中を預けていられる渡里悠斗(あいぼう)は機動性も低ければ好戦性もないのでこういった場に連れてくることはまずありえない。

 その他人員にしても、これほどまでの巨体を相手にするには相性が悪いと言わざるを得ず、必然、祐理は先ほどまで敵対していた――むしろ、現段階でも敵ではあるのだが――黄泉路と彩華の復帰を願うしかなく……


星よ星(・・・)――」


 不意に耳に届く初めて聞く少女の声にハッと意識をそちらへと向けた。


「光を捕まえる黒き凶星(まがつぼし)、我が手を辿り、そなたの亡くした熱を埋める手伝いをさせておくれ」


 詠う様に言葉を紡ぐ、祐理とはまた別の理でもって砂塵の中にありながら悠々と宙に浮いた銀の髪が揺れる。


「あ……」

「……誰?」


 黄泉路の何かを察したような声を間近で聞いた彩華は、そんな声を漏らす黄泉路が珍しいと言う様に問いかける。

 だが、黄泉路は既にその少女が紡ぐ言葉の意味を知っているが故に、


「ごめん彼岸ちゃん!」

「きゃあ!?」


 先ほどまでの比ではない程の速度で背中に生えた巨腕を操ってマーキスの巨体から距離を取り始めてしまう。

 そんな黄泉路の危険回避行動を見た祐理もまた、自身の直感が告げる最大級の危険信号に慌てて上空へと最高速度で退避する中、


「我が手示す先は我が敵の熱、手繰り巡り辿り着く星の旅路、その末尾を彩っておくれ!」


 魔女の詩が完結する。


「《黒より黒き至る死の星(ダークスフォーム)》!!!」


 東都の砂塵に煙る景色の中に、破滅を齎す黒々とした球体が姿を現した。

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