3-10 夜鷹支部2
「よう、二人とも早起きだな」
誠に案内されて中庭を歩き、その造形に見惚れていた黄泉路は不意にかけられた声に我に返る。
「おはようございます。煤賀様、狩野様もお早いですね」
「楠さんも、仕事熱心」
開かれた扉に背を預けた燎と、その隣に立つ美花の姿に誠が微笑んで一礼して挨拶する。
「煤賀さん、美花さん、おはようございます」
僅かに遅れて黄泉路も二人へと挨拶をすれば、燎はひらひらと手を振りながら黄泉路と誠を交互に見て楽しげに笑みを浮かべる。
「誠さんと随分と仲良くなったんだな」
「中庭を案内してもらってたんです」
からかう様な調子を含んだ燎の言葉に、黄泉路は思わず顔が赤らむのを感じてしまう。
外見上は高校生になったばかり、下手をすれば中学生ほどにも見えてしまう少年にしか見えない黄泉路が無邪気さを発揮する事に関してはなんら違和感はないのだが、当の黄泉路にその自覚はない。
一応の実年齢こそ20歳の黄泉路である。黄泉路の中の感覚としては20ともなれば十分に大人であり、没頭してはしゃぎまわっていた所を見られたかと思うと急に恥じらいが顔を出してしまうのだった。
「そ、それで煤賀さんと美花はどうしてここに?」
黄泉路は恥じらいを隠すべく――実情としては思春期の少年らしい気恥ずかしさが大半を占める恥じらいである――慌てて話題の転換を図る。
判り易い話題転換に苦笑を浮かべつつもその方が話が早いと燎はあえて深く突っ込むことなく用件を切り出す事にした。
「お前を探してたんだよ。部屋に行ったらもう出かけてたみたいだから適当に歩き回ってな」
「僕を、ですか?」
「ああ。お前も昨日付けで俺たち夜鷹支部の一員になったんだ。施設の案内は必要だろ?」
「夜鷹支部、ですか」
「【夜鷹の止まり木】を拠点にしてるから夜鷹支部、ってな。判り易いだろ。あと、リーダーから三肢鴉の理念やら現状で判明している超能力についての正しい知識についての講座するから呼んで来いって言われてな。まぁ、言ってみりゃ新人研修ってやつだ」
新人研修、という言葉に、思わず表情を引き締める黄泉路を他所に、美花は普段の眠そうな目に輪をかけた様な、半ば舟を漕ぐ様な表情で大きなあくびを口元に手を当てて形ばかりの隠す仕草をしながら口を挟む。
「最低限、覚える事は多くない」
「ま、そういう事だから、黄泉路は借りて行くぜ、誠さん」
「はい。中庭の整備も終わりますし、迎坂様の事を宜しくお願い致します」
ついて来いと手で合図する燎の下へと駆け寄る黄泉路がちらりと後ろを振り返れば、誠は変わらず緩やかな笑みを浮かべたまま手を振っていて、黄泉路が小さく手を振り返せば楽しげに目で頷くのだった。
「それで、どこに向かうんですか?」
中庭から屋内へと戻り、サンダルをスリッパに履き替えながら黄泉路が問いかける。
それに対し、【夜鷹の止まり木】へと車で移動している最中とは対照的に、燎は勿体振るつもりもない様子で答えてくれる。
「ん、ああ。丁度黄泉路が泊まってる部屋の下にな、“暁の間”って部屋があるんだが。そこが支部の入り口になってんだよ」
隠し通路とか男のロマンっぽいよな、などと、楽しげに方を揺らして先を歩き始める燎と、理解できないとばかりに首を振る美花の姿が対象的であった。
そんな2人の後を追って、宣言どおり東館1階の端、ほかの部屋と変わらない扉の上に“暁の間”という木製のプレートが掲げられた部屋の前までやってきた黄泉路は燎と美花が入ってゆくのに倣って中へと足を踏み入れる。
自身が泊まっている部屋とさほど変わりない内装をしげしげと観察していると、燎が寝室の方から手招く。
「黄泉路、こっちだ」
「……? そこに入り口があるんですか?」
がらんとした寝室を見回して首をかしげる黄泉路を横目に、美花が何食わぬ顔で床の間の壁をノックする。
一定の間隔、リズムで壁を叩いた数秒後、壁の奥で僅かな物音がしたかと思えば、床の間の壁が緩やかに回転し始める。
少年心擽られる仕掛けに驚きと小さな興奮を抱いていた黄泉路は、回転扉のように動く壁に遅れないように美花に手を引かれて我に返った。
「す、すごい仕掛けですね」
「な? かっけーだろ?」
「はい、驚きました……」
率直な感想が嘘で無い事は黄泉路の顔を見ればすぐにわかる。
驚きを色濃く映す黒色の瞳の中に少年らしい輝きを見つければ、燎は楽しげに黄泉路の頭にポンと手を置いてひと撫でして壁の裏側に続いていた階段を降って行く。
すっかり兄貴分が板についた様な燎の背中を追いかけて階段を降り、新たに現れた扉を潜った黄泉路は唐突に明るくなった視界に思わず目を瞬かせた。
「どうだ。ここが俺たちの拠点、夜鷹支部だ」
燎の声をきっかけに驚きから立ち直った黄泉路は光量に慣れた事もあり改めて目の前の光景に視界をめぐらせる。
上の旅館とは対照的な、鉄筋コンクリートをむき出しにあえて硬質な印象を抱かせる様な広場を頭上と床から等間隔に照らす白色の照明。
円形の広場からさらに枝分かれしている様子で、いくつかの扉に囲まれている事もあってこの広場自体はただの通過点に過ぎないのかもしれないという印象を受ける。
どこか出雲が隔離されていた収容所を思い出させるような息苦しさを感じる物の、目の前に立つ燎や隣に並ぶ美花のお陰かさほど顔に出すことなく、小さく頷く事で燎に応えた。
先行する燎が壁に並ぶ扉のうちのひとつへと向かうのを見て、美花とともに追いかける。
その後も幾度か分かれ道を進み、漸く変化らしい変化が訪れたのは5つ目の分かれ道を曲がった後であった。
「この先でリーダーが待ってるぜ」
「え、一緒じゃないんですか?」
「私たち、この後準備」
扉の前で入るように促す燎に黄泉路が不安げに視線を向ける。
しかし、美花達もずっと付きっ切りで居るわけにも行かないのだと理解すれば、覚悟を決めて黄泉路は扉を開けて中へと入った。