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11-45 東都崩壊戦線-破ノ五

 金属が激しくぶつかり合う硬質な高い音が絶えず降りしきる砂嵐を切り裂くように響く。

 挟み込むように前方から飛来する幅広の刃と、背後で退路を断つように編み上げられた鋭い蔦の檻。

 対処するためには能力を使うことを余儀なくされる包囲陣形を、対策局の少年――菱崎満孝はまるですり抜ける様に何事もなく突破した。

 その様子こそを観察するために注視していた彩華は、菱崎の回避方法と先ほどから自身へと向けられていた攻撃の性質を照らし合わせ、菱崎が使う不可視の能力が彩華にとって既知のものであると推察する。


「(――姫更と同系統の能力……やっかいね)」


 貴重な移動手段として、ほとんど無制限の物資輸送係として新生夜鷹でもその価値が揺らぐことのない神室城姫更の持つ希少能力――転移系(・・・)

 一瞬にして刃の檻の中から外へと移動した菱崎の姿は姫更が転移する際の様子に非常に酷似しており、もし推測通りの転移系能力者であるならば、この戦闘は長引くだろうという嫌な確信に思わず眉を顰める彩華は自身の周囲に淡く広がった嫌な気配に咄嗟に身を屈める。


「ッ」

「惜っしいー! やるねリコリス!」

「それは、どうも!」


 ざりりりりっ、と、大気中を満たす砂を鑢の様な音を立てて弾きながら飛び出した無数の茨が菱崎を絡め切り刻もうと迫る。

 その様はもはや足の踏み場もないという比喩表現を現実に落としこんだような密度で、これには菱崎も一瞬ギョッとした表情を浮かべるなり、地面を満たす柔らかな砂を蹴って跳躍すると同時に、パッ、と、その姿が掻き消える。

 菱崎が消えた瞬間を観測した彩華は、上空から降り落ちる断片を見た瞬間には地を埋め尽くす茨を再編して頭上に大きな天蓋を作り出す。

 天蓋の屋根へと振り落ちたナニカがカンカンと甲高い音を響かせる。

 彩華は音を聞き流し、靴をがっつりと噛むように絡めた鉤爪状の花の茎を急速に成長させることで地面を滑る様に移動して天蓋から飛び出すと、天蓋の中に残されていた蔦の残骸が一瞬にして掻き消える。

 その鋭利な断面は彩華の刃と同じかそれ以上の凶暴さを隠しもせず、彩華はスケートのように滑る動きで地表を埋め尽くす蔦に触れた瞬間に再編成して空へと刃を向けて大輪を生やして上空を牽制する。


「リコリス! あんまりちょこまか動かないでよ!」

「(そう言われて立ち止まる人なんていないでしょうに)」


 頭上から降る声には反応せず、通り過ぎた跡に大輪の刃をまき散らして上空へ向けて射出を繰り返しながら駆ける。

 上空では彩華が打ち上げた刃が砂嵐の中で踊る様に飛び交い、その中を小刻みな転移でやり過ごして滞空する菱崎の姿があった。


「(転移されるたびに一瞬見失うのが厄介すぎるわ……)」


 それに、と。

 降り注ぐ断撃と自由落下してきた刃の雨を掻い潜りながら、彩華はちらりと先ほどまで天蓋があった場所へと目を向ける。

 そこには彩華のものではない切断痕を残した鉄の茨の残骸が転がっており、巨大な花弁を模した刃を受けてもああも綺麗に切断されるはずがないと、材質に関しては掌握しているといっていい彩華は菱崎の能力の性質について考察する。


「(弾幕もどきの花弁の欠け方から見て、彼の転移は空間そのもの(・・・・・・)を切り取る(・・・・・)性質――切断は座標の切り取りを行ったときに巻き込まれた副次効果って所かしら)」


 まともな思考回路であれば、真上に対して刃物を投げつけるなどという暴挙は行わない。

 重力によって自由落下した刃が下を向いて自らに襲い掛かるのだから当然のことだ。

 だが、彩華にしてみれば無機物である以上、自身に触れると同時――それこそ、刃が肌や髪を傷つけるよりも早く――に分解、構造の再編成を行うことで無効化できるのだから、刃が降り注ぐ、それこそギロチンが降るような天候と呼んでもいい光景であってもメリットが余りある。

 彩華は転移系能力とあたりをつけ、菱崎が空に逃げた時点で再び地表に戻ってくるという想定を早々に投げ捨てた。

 自身を転移させることができる能力者ならば座標を連続で動かし続ければ疑似的な滞空も浮遊も思いのままになることくらい容易に想像がつく。


「(攻撃頻度がさっきまでよりマシになってるのは嬉しい誤算ね。まぁ、能力を攻撃にも防御にも転用する必要がある以上、同時展開できないならそうせざるを得ないのでしょうけど)」


 そもそも、転移能力というのは性質上、空間を正しく把握し、転移する前と後、双方をしっかりと理解している必要があるため、複数を完全に同時に、別々の場所をシャッフルするなどといった器用な真似には向いていない。

 どうしても一度の能力行使に対して座標ふたつを選択してから使用する必要がある転移能力と、物質さえあればそこからいかようにでも形を変えられる彩華の能力とでは物量の面で差が出てしまうのも仕方のないことであった。

 とはいえ、彩華も余裕があるわけではない。


「(物量で責め続けてスタミナ勝負、ってのは避けたいのよね。ここが最終決戦ってわけでもないのだし。適当に切り上げてお互い無益なことはやめましょうって言えればいいのだけれど……まぁ、無理よねぇ)」


 彩華の側からすれば暴徒でもなんでもない、過激がすぎるが今は関わらないことも選択肢に入る対策局の能力者との戦闘など不毛でしかないのだが、生憎とその理屈が相手にも通るとは思っていない。

 相性が悪いとまでは言わず、互いに互いに対する必殺をねじ込む余地がある分、黄泉路などの飛びぬけて尖った能力者を相手にするよりはマシなのだろうが、彩華とて能力を無限に、無尽蔵に展開し続けられるわけではない。

 ゲームなどのように明確にリソースがあるわけではないが、能力者は往々にして自身の体力とも言うべき代償を支払って能力を使う。

 彩華はその中でも燃費の良さは群を抜き、広域を一手に制御できるだけの出力もある稀有なタイプではあるが、だからといってこれまでの暴徒鎮圧が全く堪えていないかと言われれば否だ。


「(せめて足を止めて能力に集中できれば別なのだけど――)」


 千日手にも見える転移を繰り返す菱崎と刃を投射し続ける彩華のバランスは絶妙なところで成り立っている。

 それは彩華が絶え間なく刃を飛ばすことで菱崎が回避にも能力を使わねばならないということでもあり、彩華が絶えず高速で移動を続けているからこそ、菱崎の空間断裂とも言うべき一撃必殺にふさわしい能力に捕らわれずにいるのだ。

 互いに何か一つでも判断を鈍らせてしまえばその時点で詰みという、極限の攻防。


「くッ」

「!」


 あとどれくらい続くのかもわからないように見えた均衡の終焉は思いの外すぐ訪れた。

 彩華の打ち出した下から突き上げる刃と、上空へと飛んだ後、砂嵐に煽られて不規則に落下してくる上からの刃、その両者の噛み合わせが乱数的にかみ合った地点に転移してしまった菱崎が咄嗟に身をひねり、直後、その姿が完全に上空からかき消える。


「――何処に……逃げた?」


 見通しの悪い砂嵐に目を凝らし、能力を行使するにあたって向上している構造把握で周囲を埋め尽くす刃の花々に異変がないことを確認した彩華は咄嗟に逃げ込むならば周囲のビルだろうかと視線を巡らせる。


「――!」


 未だ砂に侵食されていない室内に小さく嗚咽の様な息遣いが生まれる。

 地面から見上げる彩華からでは観測できない交差点を囲むビルの一室。

 物量と攻撃頻度による相性の悪さをその身で噛みしめ、咄嗟にその身を逃がした菱崎は靴裏で床を踏みしめる感覚と、途端にかかる重みに僅かに膝を曲げて着地した。

 がしゃがしゃと転移に巻き込まれた刃や欠片、砂粒がオフィスの床にばら撒かれ、短時間にも拘らず長いこと足を地面についていなかったような錯覚に息を詰まらせていた菱崎は我慢の限界だと言う様に口を開き、


「っ――はぁああああっ! やっばっ!! なんだあれ、人間ミキサーじゃん」


 彩華の視界から外れたことでようやく一息つくと、ミスの許されない綱渡りの様な能力の連続行使によって酷使された脳が悲鳴を上げ、ふらりと傾いだ身体に喝を入れてすんでのところで机に手をつくことで踏みとどまる。


「ぐ……短時間に使いすぎ……た……」


 視覚情報すら脳を苛むと言う様に目を閉じて痛みが引くのを待つ間、菱崎は先の戦闘で見た彩華の能力を分析しはじめる。


「(能力自体は相性はお互い無視できるけど、何が最悪って今の環境が最悪過ぎるんだよなあ。なんで素材が無限に降る場所でバトってんだ僕……)」


 思わず自らの行動に文句をつける菱崎だが、すぐに思考を切り替えて言い渡された目的を果たすためにどうするべきかに意識を向けた。


「(先輩達には頼りたくない、いっぱい褒めてもらうには僕ひとりでやらなきゃ。穂憂さん。僕、頑張りますから、ちゃんと見ててくださいね)」


 この場にはいない自らの女神(・・)へと誓いを立てた菱崎は改めて、逃げていないならばまだ交差点の付近にいるであろう彩華を狙う為に窓際へとそろりと身を寄せ――


「――うっわ」


 眼下に広がる、とても都心の大路地とは思えない光景に小さく声を漏らしてしまう。

 黄色い砂煙に覆われた窓の外、本来ならば砂が降り積もった砂漠もかくやという光景が日常を上書きしているはずのそこを、今まさに成長途中と言わんばかりに巨大な鉄色の植物たちが侵食していた。

 以前、研究所の教育プログラムの中でジャングルの発達を上空から観測して早回しにした映像を見たことがあったなと、場にそぐわない回想すら脳裏に流れてしまう。


「(僕に足場を与えないため、じゃないな。あの大きさと幅はむしろ地形の創造……遮蔽を作って僕の能力を制限するつもりなのか?)」


 菱崎の能力【立方隊(ブラッドボックス)】は空間を正方形に切り取り、別の座標に上書きする能力である。

 空間のシャッフルとでも言うべき、立方体の境界に切断したい対象を含むことで空間ごと切り取って入れ替える作業に巻き込んで絶対的な切断を与える能力は遠方ともやり取りできる性質上、座標さえ認識できていれば視覚に囚われることはない。

 だが、逆に言えば地形の把握ができない視界の悪い閉鎖空間の中ではどうしても自身を移動させるなどといった行為は躊躇われてしまう。

 なにせ、自身を含む空間ごと切り取って転移した先が物質の中であったり、まだそれくらいならばマシな方で、菱崎が転移してきたことで支柱などを交換――引き抜いてしまえば、そのままだるま落としのように巨大な体積を持つ構造物が押し寄せてひとたまりもない。

 なおも蠢くようにその範囲を、巨大さを拡張している鉄の植物たちの中から術者である彩華を探そうにも、砂嵐と幾重にも折り重なるように天蓋を形成する刃の枝葉によって地表をまともに見ることすらできず、粗方地表を飲み込んだ植物たちが、交差点を都心の空白地帯足らしめるビルにまで絡み、飲み込み始めているのを目の当たりにし、菱崎は思わず窓際から僅かに身を引いてしまう。

 菱崎が身を置いているビルも当然のように鈍色の蔦に侵食され、この場すらも安全圏からは徐々に危険域に変わりつつあることを理解する。


「(でも、リコリスも僕の居場所がわかってるわけじゃないってだけでも十分だよね)」


 彩華がこうも無尽蔵に刃を生み出し、面制圧どころか環境侵食と言えるような規模で能力を行使しているのは、転移と一撃必殺を使いこなす菱崎の目から隠れつつ、菱崎を燻り出すための苦肉の策だと看破した菱崎はすぅっと大きく息を吸い、右手を挙げて意識を集中させる。


「(とりあえず、このサイズならどうよ!?)」


 掲げられた手の先から、能力によって切り取る座標を囲う立方体が組みあがってゆく。

 それは菱崎の立つビルのフロアの天井を飲み込み、壁を内側へ納め、さらに上層階も収めて肥大化し、最終的には菱崎が立つ階数よりも上のビルそのものが範囲にすっぽりと収められ――


「ぐ、ううううああああッ!!!」


 頭がひび割れるような痛みを堪える為に唸る様な声を上げた菱崎が掲げた手を握りこむ。

 ――ふっ、と。

 次の瞬間には頭上にあったはずの天井が消え、待っていたとばかりに降り注ぐ砂がむき出しにされたデスクや置き去られた端末などに降りかかる中、本来あったはずの上階がまるでビルの上だけがスライドしたかのように交差点の真上の上空に現れる。

 質量兵器と化したビルの上階が重力に惹かれて自由落下を起こす。

 このまま落ちれば刃の森林といえど無事であるなどとは考えられず、その下に身を潜めているはずの彩華とて無傷ではいられないだろう。

 とはいえ、彩華も頭上に起きた変化は把握していた。


「――ほんと、デタラメね」


 菱崎が聞いていればお互い様だというだろうが、彩華は即座に移動を取りやめて両手を地面の砂へとつくと、太く成長した刃の森林を束ね――


「特大……《刃廻金盞花(はめぐりきんせんか)》!」


 木の幹かと思う様な鈍色の茎が幾重にも混ざり合い折り重なり、頭上に向いた巨大な金盞花がガリガリと大きな音を立てて回り出す。

 さながら、採掘用ドリルのようにビルの重みを受け止めた金盞花の茎が僅かに撓むも、彩華が追加で砂を巻き上げて補強の為のフレームを蔦で作り上げれば、落下の重量と破砕が奇跡的に釣り合った轟音が響き渡る。

 ガリゴリと、ビルの鉄骨もコンクリートも椅子も机も一緒くたに摺りつぶした金盞花も、ビルの上層階そのものという質量を前に大きく刃が欠け、互いに力尽きる様にボロボロと交差点の地表へと剥がれ落ち、その空白地帯に立つ彩華と、ビルの上層階という遮蔽を失った菱崎が互いに互いの存在を認知する。


「まだやるのかしらね」

「まだまだ……!」


 声も届かない距離、しかし、互いの意志は通じた様に言葉が漏れた、その時だ。


 ――ずずず……。

 と、吹き荒れる砂嵐の異変を、彩華は物質に対する構造把握力から。菱崎は持ち前の空間認知能力から理解する。

 思わず視線を外したのは、現状では攻撃までにそれなりのタイムラグがあると確信しているが故に余裕を持てていた菱崎であった。

 菱崎は砂が一方向へと流れてゆくのを見て、その先へと視線を向け――


「……なん、だ。アレ……!?」


 先ほどの彩華の面制圧樹海を見た時以上の衝撃に思わず目を見開き、目に入りそうな砂を嫌ってすぐに目を細めた。

 その異常に気付いた彩華もまた、一瞬遅れて視線を向けるなり、視界の先に広がる光景にそれがなんであるのかを理解した上で溜息を吐いた。


「迎坂君の相手もかなり規格外みたいね……」


 遠方、ビルが切り取られたおかげで多少見晴らしがよくなった都の上空を満たす砂嵐の渦が、竜巻のように一か所へと収束してゆく光景はある種この世の終わりを想起させるものであった。

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