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11-41 東都崩壊戦線-破ノ一

 思いがけない再会を経た黄泉路は経緯を共有するために標との念話に意識を割きつつも、変わり果てた都心の大通りを駆け抜けていた。


『つまりぃ、雑に援軍が増えたってことでいいんですぅ?』

「(あの感じだと、今は信じても大丈夫だとは思いたいかな。ただ、こっちから仕掛けて休戦が破綻っていうのは避けたい)」

『了解しましたー。あーちゃんと、念のためはるはるにも伝えておきますねぇ』

「(よろしく。……それで、状況はどう?)」


 ちらりと、今しがた通り過ぎたばかりの駅へと目を向け、もはや電車の運行どころではない様子で人気もない光景に、かつては自身も常群らと遊びに来たこともある場所だとどこか現実味の薄い映画のセットを見ているような感覚を抱きつつ、標に能力による思考の盗聴やインターネットなどの情報網を使った調査の進捗を問いかける。


『警察と自衛隊、消防のおかげで最初に被害が確認された地域の民間人の避難と、近い地域からの離脱はもうじき終わるみたいです。急な移動に対応できない大病院等に少ないながら対策局から能力者も回されてるそうですけど、やっぱり圧倒的に能力者に対する戦力が足りてない感じですぅ……』

「(首謀者についてはまだ何も?)」

『今は首謀者探しどころじゃない、ってのがいろんな情報をまとめた印象ですねぇ。国の組織としては犯人捜しよりも民間人の避難・保護が優先されるのは当たり前のことですしぃ』

「(わかった。ありがとう)」

『よみちん、行くんですか?』

「(きっと、僕に(・・)求められていること(・・・・・・・・・)ってこういうことだから)」

『……』

「(オペレーター。ほかの皆のナビゲートをよろしくね)」

『わかりましたよぅ。そっちは遠慮なく片付けてきてくださいね』


 眉を顰めるようなニュアンスの思念を無視した黄泉路が普段と変わらない調子で頼めば、標は切り替えたように応答し、念話特有の精神的なつながりが閉じた様な感覚が残る。

 黄泉路自身、つい口に出してしまったことに思うところがないでもないが、自分の役割に身を委ねるという行為がこれまで自然だったことを考えれば思うところができただけでも上等であろう。

 標と交信しながらも走り続けていたお陰で、景色はとうに駅前を過ぎ去り、略奪の痕が見て取れる商店街を抜ける。


「おいそこの、止まれ!」

「仮面なんかつけてヒーローゴッコかァ?」


 もう少しで店舗の連なる区画を抜け、車道が主となるビル群へと入るといったところで、黄泉路の前方を塞ぐように飛び出してきたガラの悪い男がせせら笑いながら、これ見よがしに掲げた手の上に炎の弾を作り出す。

 能力使用者が出てきてから幾度となく見たそれはもはや脅威としてすら映っていない黄泉路はあえて無視するように足を速め、


「おい無視してんじゃねぇぞゴラァ!」

「ビビッてんのかオラッ!」


 投げつけられたバスケットボール大の火球を片手で振り払うと同時、火球を放った方へと身を滑り込ませると、全身のバネを利用した蹴り上げで男の顎を蹴り砕く。

 ふわりと宙に浮く男が後方へと倒れるより速く蹴り上げた足を地にたたきつけるように踏みしめてもうひとりの懐に飛び込むが、あまりにも突然、あまりにも一方的かつ洗練された初動に気を取られていた男は反応することすらできず――


「邪魔だよ」

「ぐぇあ!?」


 駆け込んだ際の速力を乗せた掌が男の鳩尾へと突き刺さり、骨がひび割れる鈍い音とともに男の姿が建物の割れた窓ガラスを突き破ってレストランの中へと消える。

 そうした暴徒の安否や撃破確認などする必要もないと、黄泉路は足早に再び駆けだして今度こそ車がそこかしこに転がる車道へと飛び出してボンネットや車の屋根を伝う様に飛んで移動する。

 東都がこうなってしまってからというもの、まだ駆けつけて数時間もないというにも関わらず先ほどの様な暴徒の姿はもはや珍しくもなんとも感じなくなってしまった黄泉路は空を覆う砂塵の天蓋を見上げながら思案していた。


「(四異仙会――マーキスは何が目的なんだ。こんなことをすればテロの首謀者の背後関係なんて真っ先に洗われるし、そうなれば困るのはアメリカ衆央国のはずなのに……)」


 一段と強く踏みしめた車の屋根が靴底型にへこみ、高く跳躍した黄泉路の真下を砂が押し固められた鞭のような何かが駆け抜ける。

 直後、黄泉路が踏み台にした車の傍に停まっていたトラックの荷台を砂が強く叩きつける音が響く。


『アハハハハハハッハハハハハハハハッ』


 嗤っていることしかわからない。何がおかしいのか、それとも、何も見えていないのか。

 目の焦点が合っていない外国人が大手を振ってジェスチャーをする姿に、黄泉路はますますもってマーキスの目的が分からず、ともあれ目の前の邪魔なテロリストを黙らせて進むほかないと進路をわずかに修正する。


『アアハハアハハアハハアアハアアアハハハハハハハハッ!』

「――何がしたいんだ、か!」


 一様に狂ったように暴れる――目的などなく、ただ暴れることそのものが目的であるかのような――テロリストに向かって跳躍した黄泉路は、迎撃するように沸き立った砂の中へと躊躇なく飛び込んで全身がすりつぶされる様な感触を無視して突破、そのまま見上げるように笑う顔面へと足を揃えてドロップキックの構えで着地する。

 足に鈍い感触が伝うのにも慣れてしまった自分を、つい先ほど顔を合わせた常群の顔が頭にチラつくことで自覚した黄泉路は仮面の奥でわずかに顔を顰める。


「……ああ。もう。わからないことだらけで嫌になる」


 常群がどうして彼らと行動を共にしていたのか。マーキス達は何が目的でこんなことをしでかしたのか。

 上海でのテロの時から、答えの出ない疑問だけが膨らみ続ける。

 ともあれ、その答えがどんなものであっても碌なものではないのは確かだろうと、かぶりを振り、黄泉路は意識を手放してぐったりと、蹴り倒された際に当たりどころが悪かったらしく後頭部から血を噴出させてコンクリートを染める砂使いの頭へと手を伸ばす。


「(繋がりを、辿る。砂粒の流れみたいな感じの……)」


 男の額に手を当てた黄泉路は目を閉じて指先に集中すると、瞳の奥――自らの内側に広がる仄暗い水底から見上げる黄泉路の本体とも言うべき視点の頭上に天の川が如き粒の流れが映し出される。

 現世と黄泉路の内世界を隔てる境界とも言うべき水面、その先できらきらと明滅する一定の色の粒を辿り、最もまばゆく大きな粒を辿り――現実の黄泉路は瞳を開くと、立ち上がりながら男の額から指を離して視線を1点へと向ける。

 先ほどまでの進路よりもややそれた方角、しかし、黄泉路は確信をもって、黄泉路にしか見えていない光を辿って走り出す。

 普段のように人目があればまずしないだろう、目立つことを承知での全力移動の甲斐もあり、黄泉路はものの十数分で麻草を通り過ぎ、両國との境界に横たわる墨田川の川岸まで飛び出す。

 さすがに川幅をそのまま跳躍できるかは怪しいところだと判断した黄泉路はちらりと近くの橋を探すも、近くの橋は一部が欠落したように崩されており、普通に渡ろうと思えば大きく迂回せねばならない有様であった。

 とはいえ、完全に両岸から崩されているわけではなく、川の中で途中が崩落している程度であれば黄泉路にしてみれば何ら支障はない。

 助走をつけた黄泉路の足がアーチ状の橋の支えを踏み、空へ駆けあがった黄泉路は途切れた足場のギリギリで更に高く跳ぶ。


「――っと、ギリギリっ」


 ずざ、と、黄泉路の靴が裏面の凹凸によって摩擦を削り慣性を殺す。

 アスファルトの上を深々と覆った砂に直線の軌跡を描き出し、砂埃を巻き上げた視界が開けると、黄泉路は川を挟んだ対岸の時点で見えていた光景に改めて驚きと呆れを抱く。

 半ばから折れてバチバチと火花を散らす信号機が点滅するのはうず高く積もった黄色い砂の中。横転した車は焼け焦げ、本来であれば火が燻っていてもおかしくないそれは皮肉にも降り注いだ砂によって鎮火されて静かに溶け込むように埋もれ、見えている一面を覆う様な激しい砂嵐は文明が滅んだあとを想起させるような退廃的な情景を東都という大都市の日常に覆いかぶせていた。

 いったいどれだけの規模で能力を使えばこのようなことができるのか。黄泉路とて、大規模に効果を及ぼせる能力を引き出して使おうとしてもこの規模は難しいと断言できる。

 それだけに、この規模の能力を維持、展開しようと思うならば術者は遠くに離れることもできないことは容易に想像がつき、黄泉路は追いかけてきた魂の類似性とも言うべき痕跡が正しかったことを確信する。


「……もう面影がギリギリあるかどうかって感じだね」


 踏みしめた足跡が数秒後にはかき消される様な砂嵐の中、マーキスの能力影響下であるためか、先ほどよりも魂による近くが鈍る感覚に足取りを緩めて慎重に進む。

 砂に埋もれた道路や車の残骸、ガードレールや街路樹の無残な姿の中に倒れ伏した人型(・・・・・・・)を見かけるたびに、その抜け殻はもう手遅れであると直感で理解できてしまう黄泉路はそれらの身に着けているものが一般人も警察も区別なく、それどころか、味方だろう外国人のものまであることから、この場にいるすべての生命を等しく殺すつもりなのだという強い殺意を感じ取り、


『――来ると思ってたぜ。化け物』

「それはお互い様だろ。……ひとつ、聞いてもいい?」

『ハッ』


 元々は大通りの交差点に構えられた立派なデパートだったはずのソレ、今となっては砂山にしか見えない残骸の上に腰かけ、葉巻の煙を空へと燻らせて虚空を眺めていた黒人へと声をかけた。

 サングラス越しの視線と共に吐き出された鼻で笑う様な息に、黄泉路はそれを肯定と捉えて口を開く。


「何の為にこんなことをしたのか」

『……』


 問いに対する答えはマーキスが砂山の上から飛び降りた音と、飛び降りざまに吹き上がった砂の槍によって成された。


『そんなに気になるならこの世の理って奴で聞き出してみな!』

「そうするよ!」


 幾重にも枝分かれした、肉食獣の顎を思わせる鋭い砂の刃が黄泉路を包み込むように振り落ちる中、黄泉路は無理やり身体を牙の間に突き入れて上半身を逃がす。

 直後、ぶちぶちと黄泉路の身体が胸の下あたりで閉じた砂の槍によって寸断され、外に逃れた上半身だけがずり落ちるように砂の上を滑る。

 だが、不死性について聞き及んでいたマーキスはそこで終わるはずがないと身構え、事実、自由落下する最中に赤い塵が寄り集まって身体を再構築した黄泉路が砂を踏みしめてマーキスへと肉迫する。


「シッ!」

『ハァッ!』


 黄泉路の突き出した拳が赤く塵を帯びて加速する。

 同時に、マーキスが受けて立つように突き出した拳に砂が渦を巻き、削岩機のように凶暴な音を立てて周囲の空気とそこに混じる砂を巻き込みながら突き出され、互いの中間でぶつかり合った。

 強化されているとはいえ常人の強度しか持たない黄泉路の拳と、微細な粒子を高速で動かすことによって触れたものすべてを砕き抉るマーキスの拳がぶつかった結果は自明、触れた瞬間から黄泉路の拳が赤い飛沫と化して霧散し、骨すらも細かく砕かれて手首までが一瞬でかき消される。

 だが、そこからが黄泉路の通常ならざる――尋常ならざる能力の本領というべきか。

 吹き散らされたはずの黄泉路の拳を再生するように赤い塵が吹き上がり、血煙と化したはずのものまで巻き込んで渦を巻く砂を侵食するように赤いものがマーキスの突き出した拳を這い上がる。


『ッ!』


 咄嗟に、それこそマフィアとして、能力者として鉄火場を潜り抜けてきた本能に任せる形で手を引いたマーキスは即座に腕を覆っていた砂をまき散らして新たに砂を纏いなおすと、散らされた砂に滲んでいた赤色だけが浮き上がる様にして袖から先のない黄泉路の右手に集約され、真っ新な細い手指が無傷のまま現れる。


「答える気には?」

『ならねぇなァ!!』


 周囲を埋め尽くす砂が一斉に牙を剥き、全身を砂の渦で覆ったマーキスが飛び出すのと、防御をかなぐり捨てた様に前進して迎撃に入った黄泉路の拳が再びぶつかり合い、両者の間で赤い塵が舞い上がった。

書きたいシーンが多すぎてどの順番でどこにいれようと考えているとだんだんととっちらかってくるようにも思え、かといって全部をストレートに順番に並べてしまうとどうにも味気なく……。

未だに最良が見えない手探りの中で書いております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 俺はただの一読者だから執筆のことはよくわかんないんですけど、すごく面白くてずっと月曜の習慣になってますんで、これからも更新頑張ってください。
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