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11-40 東都崩壊戦線-序ノ三

 彩華が救助活動と暴漢退治に精を出していた同時刻。

 黄泉路もまた、彩華とは別の地区に降り立って移動しながら目につく民間人の救助や避難援護を行っていた。


「歩けますか? 確か避難所があっちに――」

「ひぃっ!? く、くるな化け物ぉ!」

「……」


 とはいえ、その内実は彩華のそれはとは違う。

 彩華の能力は一目見てわかりやすく、連日華々しく持ち上げられていたこともあってある種のアイドル性を帯びた色眼鏡があったことで、ニュースを流し見するだけの一般人にとっては彩華という存在は姿も見たことはないけれどなんとなく民衆の味方、のような扱いになっていた。

 一転、黄泉路はと言えば、その戦闘スタイルは自身の体の一部から赤い塵を散らし、常人離れした身体能力を用いて有無を言わさぬ肉弾戦によって敵を制圧する暴力的なもの。

 空を覆う砂塵(・・)が見知らぬ能力者の仕業であるということは漠然と理解している民衆にとって、黄泉路の姿は一見すると暴徒の側と区別がつけられず、トドメに顔のない仮面で姿を隠しているとなれば、窮地という平常心ではいられない精神状態の中では助けられた安堵よりも恐怖が勝ってしまうのも仕方のないことであっただろう。

 慌てて駆け出し、その拍子にとがった瓦礫にひっかけてしまったのか、浅く切れた腕から血を滴らせながら這うように黄泉路から離れてゆく中年男性の姿を、黄泉路は手を差し伸べようとした中腰からやや起き上がった姿勢で硬直したまま眺めていた。


「(……まぁ、こんな状況じゃ仕方ないよね)」


 本来ならば思うところのひとつやふたつ有ったところで責められる謂れもないにも拘らず、黄泉路はさっくりと切り替えて姿勢を起こすと、ようやっと立ち上がれたらしく、崩れかけたビルの影から出ようかという中年男性から視線を外し、自身も移動しようとした時だ。

 不意に、中年男性の体が不自然に揺らぐ。

 まるで通せんぼでもされたかのようにその場に慣性を置き去りに静止したかと思うと、次の瞬間、ずるり(・・・)と首から上と下が別の存在となって再び正常に稼働した慣性がそれらをアスファルトの上へとぶちまける。


「ッ!?」


 目の前で起きた一瞬の出来事に瞠目したのも束の間、直後に何かが奔るか細い音を聞くと同時、黄泉路の目の前が一瞬にして暗くなる。


「眼潰し――」


 とはいえ、肉眼のみで周囲を認識しているわけではない黄泉路にとって、その現象が自身の肉体の目が物理的に潰された――ちょうど中年男性の首が断ち切られたように、黄泉路もまた目を一瞬で切り裂かれたのだと理解し、即座に臨戦態勢を取ると、


「そこっ!」


 するりと音もなく駆け寄ってきていた下手人(・・・)へと裂帛とともに蹴りを見舞う。

 鋭く突き出された靴裏が宙で何かを蹴る感覚に手ごたえを覚えた黄泉路が軸足で距離を取りながら目を修復すると、そこには一度見たら忘れられない色彩が揺れていた。


「あはっ。やっぱこんくらいじゃ殺せねーよなー!」

行木(やみき)己刃(おのは)――!」


 蹴りをガードした直後らしいクロスさせていた腕をしびれをとる様に振りながら笑う青年の軽薄な声に合わせるように淡い桃色と水色が入り混じったユニコーンカラーの柔らかな髪が揺れる。

 かつて、黄泉路が大財閥の地下闘技場へと潜入した折に会敵した異能を持たない(・・・・・・・)異才の殺人鬼(・・・・・・)

 己が本能と研ぎ澄まされた技術のみで能力者とすら渡り合う生粋の危険人物が、黄泉路に対して楽し気に笑いかける。


「おう、俺だぜー。久しぶりだなー黄泉路」

「どうして……!」


 まるで久々に会った友人にそうするように、隣り合う様な距離であれば肩でも組もうとするのではないかと錯覚するほどに自然体で友好的な笑みを浮かべる己刃を、黄泉路は先の奇襲によって仮面が割れて露になった素顔に渋面を浮かべて睨みつける。


「あ……? なんのこと?」

「約束、したんじゃなかったのか。僕を殺したいなら、僕以外に手を出すなって」

「――あ。あー!」


 何やら黄泉路に執着したらしい己刃へとわした以前の口約束を持ち出し非難する黄泉路に、己刃は納得の色が乗った声音で目を瞬かせる。

 その様子は約束を守る気がなかった、または忘れていたというよりは、どちらかといえば、先の中年男性はその約束の範疇にないと判断していたような仕草で。

 黄泉路はお互いに交わした約束がどこか食い違って解釈していると薄々理解して、改めて口を開く。


「……僕以外を殺さない約束、どういう判定をしてるか確認して良い?」

「え? 人間、自分の知り合い以外だったらどーでもいーんじゃねーの?」

「……」


 あっけらかんと口から出てきた言葉を、黄泉路は否定できない。

 事実、黄泉路からすれば先ほど助けた相手は赤の他人だし、親しいというよりはむしろ、距離を取ろうとしていた相手ですらある。

 仮にこの場から退散した中年男性が、保護されるよりも先に再びなにかの窮地で命を落としていたとしても、おそらく気にも留めなかったであろう。

 たったそれだけの関係、だが、それでも目の前で殺すのは違うんじゃないだろうかという蟠りに黄泉路が沈黙していれば、己刃は心底くだらないという風に、先の奇襲に用いたのだろうワイヤーを手繰りながら口を開いた。


「だってそーだろ? 世の中なんて曖昧な言葉にしなくてもさ、今まさに、この東都でだって雑多に殺して殺されて、大勢(おーぜー)が雑に死んでるんだぜ? どっちにしたって無関係の他人が勝手に死んでるだけで、そこに何も違いはないだろ?」

「それは、違う、と思う」

「ほーん?」

「無関係でも、目の前で死なれたら思うところはあるよ。それに、その理屈は、僕の関係者だとわからないままに僕の大事な人たちを殺す可能性もあるから」


 チリチリと燃え立つように黄泉路の足元から沸き立った赤い塵が戦意の高まりを示し、己刃も待ちに待った殺し合いとばかりに口の端を釣り上げて臨戦態勢から開戦へと移行しようとした、その時だった。

 崩れかけたビルの間を抜け、砂塵を一切感じさせない一筋の閃光が黄泉路達の頭上に瞬く。


「見つけたぞ我が好敵手(ライバル)ー!」

「げっ」


 響き渡る尊大な少女の声と、頭上から灼熱(・・)が降り落ちてくるのはほぼ同時。

 急速に膨れ上がった大気が熱を伴った暴風となって崩れかけていたビルそのものを吹き飛ばし、黄泉路は咄嗟にその場で防御を固めてそれに耐える。

 1秒、2秒、3秒。黄泉路の全身が熱に焼かれ、己刃に視覚を潰されたときの比ではないほどに外部との知覚が立たれた後、都会の街中に突如として作られた更地の上で全身を修復した黄泉路が頭上を見上げて今度は君かと声を荒げる。


「刹那ちゃん!! こんな時にどういうつもり!?」

「どうもこうもあるまい! 汝が居て我が居る。それ以外に理由がどこにある!」


 己刃以上に話が通じる気配のない――見るからにテンションが振り切れて大興奮といった具合の――少女、銀冠の魔女(ウィッチクラウン)黒帝院(こくていいん)刹那(せつな)の登場に、黄泉路は今度こそ穏便に話が済むという甘い想定を捨て、如何に早くこの規格外の魔女を周辺被害を押さえながら制するかという無理難題に思考をシフトさせ……


「だああああっ!!!! このクソ魔女ォ!!!!!!」

「うわっ」


 どがっ、と。吹き飛ばされた瓦礫――その不自然に大きな山から飛び出してきた桃色髪が頭上に向けて吼え、同時に、黄泉路と刹那も己刃が居たという事実が一瞬だけ頭から吹き飛んでいたことを思い出す。


「む。生きていたか。まぁ、この程度で終わるのであればその程度だった。というだけの話よな。我と貴様は元より我が好敵手を見つけ出すために手を組んだに過ぎまい?」

「だったら俺が決着つくまで待つのがマナーだろーがよぉ!? 俺が、先に、ヤッてんの!!! この頭ハッピーセットのコミュ障陰キャ!!!」

「んなっ!? 貴様いうに事欠いて我のどこがコミュ障――じゃない、情緒不安定の戦狂いがどの口で言うか!」


 ぎゃーぎゃーと互いに喚きあい、もはや当事者の黄泉路は先の戦意はどこへやら、呆れるやら困惑するやらといった具合で宙から見下ろす銀髪の少女と天へ向けて吼える桃色髪の青年の痴話喧嘩にも似たやり取りを眺めていた。


「ぶっ殺す!」

「疾く消えよ!」


 とはいえ、互いにもはや我慢ならないとばかりに刹那が炎の蛇を、己刃が投擲用のナイフを構えたところで、この場にいる誰のものでもない声が割って入る。


「――おい、まて……ちょっと……落ち着け!!!!」


 その声は合間に荒い息を絡ませ、ここまで全力で走ってきたのがよくわかる疲労具合をしていた。

 だが、黄泉路はそんなことは気にもならず、ただ、その声のした方へと顔ごと視線を向けて呆然としてしまう。


()……()……」

「……はぁ、はぁ……。ふぅ。久しぶり、出雲(・・)


 何とか息を整えた青年――常群(つねむら)幸也(ゆきなり)は、黄泉路に顔を向けて安堵したように緩く笑った。

 そこへふわりと降り立った刹那が常群へと詰め寄るのを見て、黄泉路は咄嗟に常群を守ろうと駆けだそうとする。

 だが、黄泉路が何かアクションを起こすより早く、刹那の腕が常群の胸倉をつかんだ。


「何故止めた同盟者」

「その方が良いと思ったからに決まってるだろ。まずは、お互い矛を収めようぜ」


 胸倉を掴まれていると言えば物騒だが、実際には常群と刹那の身長差によってどちらかといえば刹那が常群にぶら下がっているようにすら見える中、剣呑な声音の刹那にあくまでも自然体といった風の常群が宥める様に応える。


「……我らの同盟は幽世の王と再び邂逅するまでのはず。であれば、貴様は条約通り我らの決着まで身を潜めていればよかったであろう」

「そーそー。邪魔すんなよなー」


 そこへ、どうやら刹那よりは頭の血が下がった様子の己刃も合流するように常群へと詰め寄る姿に、動き出しかけていた黄泉路は混乱して身を固めてしまう。


「(え、常群、なんで……? え……?)」


 黄泉路にとって常群幸也という青年は、自分がかつて普通の少年であった頃、いつも隣にいた平穏の象徴であり、もはや戻れない過去の安寧のシンボルであった。

 そんな青年が、道敷出雲ではなく(・・・・・・・・)迎坂黄泉路として(・・・・・・・・)裏社会の凄惨な世界の中で出会った危険な人物たちと一緒に入る姿が現実のものだと受け止めるまでに多少の時間を要してしまう。

 元々、夜鷹から撤退する際に常群に助けられたこと自体がおかしいことではあった。そこから深く、というよりは、より悪いほうに想定することをやめていた黄泉路にも非があるといえばそれまでだが、幸い、黄泉路が硬直している間にも常群と刹那、己刃の口論は収束へと向かっているようで、


「別に誰の迷惑にならないところでやりあうっていうなら俺は止めないけどさ。今は完全に非常事態だろ。そんな時に、たぶんだけど目的があって動き回ってる出雲に、むりやり戦おうぜって言って、お前らが全力で納得できる勝負になると思うか?」

「む……ぅ……!」

「あー、そーいわれちまうと弱いなー……」

「っつーわけで、だ。出雲」

「ひゃい!?」


 いきなり矛先が自身に向いたことで、思いがけず上ずった声が漏れてしまい、取り繕うことすらできず黄泉路は固まったまま常群へと視線だけを向けて疑問を投げかける。

 聞きたい内容は常群とて自覚している。故に、常群は黄泉路の面白い反応には僅かに笑うにとどめ、一旦宥めすかした猛獣ふたりの闘争心に再び火が付くより先に事態を動かそうと黄泉路へと問いかける。


「お互い、把握してる事情を出し合ってすり合わせようぜ。なんでお前がこんなところにいるのか、とかさ」

「……ああ、うん。えっと、ふたりもそれでいい?」

「ふん。事情によっては一時休戦も已む無しであろうな」

「いーよ、ぶっちゃけそこのバカにセット壊されてるから今はちょっと殺しきる自信ないし」

「あァ!?」

「つってもお前くらいなら殺せるけどな!?」

「俺を挟んで殺気を飛ばしあうな怖いだろうが!!」


 間に常群を挟むだけで、先ほどまでの殺しあう一歩手前の姿から、互いに本気で噛みつきあいつつもじゃれあう姿に見えてしまうのはある意味すごい影響力だと、黄泉路はもはや諸々の疑問は一旦脇に置いて現状に適応しようと意識を切り替える。


「じゃあ、僕が把握してる現在の状況と東都で起きてること、目的を話すから。もし可能なら協力してほしい」


 そうして、黄泉路はこれまでにあったことを要約して伝える。

 伝えたのは昨今の小規模組織の摘発から中華に拠点を置く多国籍組織の存在を突き止めて本拠地まで乗り込んだこと、そしてその先でテロを陽動に東都を襲撃する計画があり、それを阻止しきれずことを起こされてしまったこと。


「――今は、仲間と手分けして避難民の救助と暴徒の鎮圧をしつつ、四異仙会のボス、マーキスを探してる所だよ」

「なるほどな……となると、もうひとり姿の見えないイグナートっつったか。そいつも裏で動いてるとみていいかもな」

「どういうこと?」


 黄泉路の話を脳内で整理し、自身の持つ情報網からの傾向からそうあたりを付けた常群に、今度は黄泉路が疑問を投げかける。


「いやな。このテロが起きる何日か前から、俺の情報網に露国系の組織が全然引っかからなくなっててな。そのイグナートって奴は露国系なんだろ? だったら、マーキスって奴が騒ぎを起こすのを知ってて、それに乗じて露見しない形で混乱に乗じて何かしようとしてても不思議じゃないだろ? 目的は日本、で、盛大にテロ起こした中華にはもういる意味もないわけだし、この機に日本で何かしようとしてるって警戒しておいた方が良いと思ったんだよ」

「なるほどね。だとすると、僕はマーキスの手がかりを辿って進めるけど、イグナートの方はさっぱりだ。任せていい?」

「おう。事前に他国勢力の組織の位置は大まかに把握してるからな」

「――ちょっと待て!」


 とんとん拍子に話が進む黄泉路と常群。その間で視線を交互に行き来させていた刹那がまとまりかけた話に待ったをかけ、その身ごとふたりの間に割り込んで常群を睨む。


「我は貴様の手下などではないぞ! 勝手に了承するなど許した覚えはないぞ同盟者!!」

「……いや、刹那。よく考えてみてくれ。これまで悪潰しをしてきてもあまり良い評判を得られなかったよな?」

「うむ。我の偉大さを理解できぬ蒙昧共がメディアで下らんことを言っておったな」

「じゃあさ、今、この大事件の裏で暗躍してる黒幕、退治したら格好良くないか?」


 常群のあまりにも安直な説得に聞いている黄泉路の側がハラハラとしてしまうが、


「……良い」


 わずかな沈黙の後、ぽそりと呟かれた刹那の一言がすべてを物語っていた。


「出雲はこの砂を操ってる奴の場所はわかるけど、黒幕の場所はわからない。でも俺たちなら? ずっとこっちで他国勢力を洗ってきた俺たちなら、イグナートってやつをぶっ飛ばして、企みを阻止できる。事件を解決できれば出雲と真正面からやりあえる機会だってあるだろ? どうだ? 協力してくれないか?」

「う、むむ……仕方ないなぁ!!! 我という最強無敵の切り札があるのだから頼りたくなるというのもよくわかるというものよな! うむうむ! 良いぞ!! この“終焉の魔術師(エンドオブウィザード)”が大いなる企てを砕いてみせようではないか!」

「……やみっきーもそれで良いか?」


 すっかり乗り気になり、すでに意識の中では救国の英雄にでもなったつもりなのだろう刹那の哄笑を脇に、常群がこっそりと己刃へと顔を寄せて確認を取る。


「いーよ。元々、こんなシチュで殺りあっても無理ってわかってたし。せっかくだからそっちのキラキラを確かめに行こーぜ」

「助かる」


 事後承諾とはいえふたりの了承を得た常群が、今度こそはと忘れないようにメモを取り出して走り書きをして黄泉路へと差し出す。


「これ、俺の番号だから。何かあったら連絡寄越せ。あと、これが解決したら絶対な」

「――うん。わかった」


 しれっと、前回番号を渡し忘れたことを省いたことに気づいたのは己刃くらいであるが、あえてここで茶々を入れるほど飢えていない己刃はそれじゃあ、と別れを告げて飛び去ってゆく黄泉路を見送ったのち、常群へとにやりと、意図を伝えるような笑みを向け、常群は降参したように肩を竦めるのだった。

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