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11-38 東都崩壊戦線-序ノ一

 視界が一瞬のうちに黒煙立ち上る文明が荒廃したSF世界さながらの都市の通りから、倉庫と呼ぶにはいささか日常的で、家と呼ぶにはやや憚られる寂れ具合といった、人が数か月住んでいない家屋のリビングへと差し変わる。


「――っとぉ!? うぇえ!? けほっ、こほっ」


 同時に鼻から吸い込んだ空気に混じる匂いも何かが燃えるような煤けた空気や錆びた鉄の様な治安の悪いものから、埃とカビの様な煙たさに近い萎びた匂いに代わり、その落差から転移に慣れない遙が小さく咳き込んだ音が響く。


「……戻って、来たのか」


 空咳に喉を押さえながら調子を確かめるように呟いた遙が周囲を見回せば、わずかに遅れて黄泉路が、彩華が姿を現し、最後の彩華の手を握って姫更が合流する。

 全員が揃っていることを確認した黄泉路が口を開く。


「とりあえず、当面の方針を確認しようか」

「おい、急がなきゃなんじゃねぇのかよ!」

「だからこそよ。何をすべきで、何を避けるべきか、目標地点を定めないまま長距離走を全力疾走するつもり?」

「っ」

「まぁまぁ。とりあえず外を確認してからでも遅くはないかな?」


 何を悠長な、と。焦燥と非日常の緊張感からか興奮気味な遙が食って掛かるも、基本的に黄泉路の意見に寄っている彩華がため息交じりに窘めれば、彩華(リコリス)に憧れるひとりの少年としては引き下がるしかない。

 そんな、場面さえ違えば青春の1ページにも見えるやりとりに区切りをつけるべく、黄泉路はふたりに割って入る様に提案して扉の方へと歩き出す。

 最初の提案者が動き出せば、彩華も遙も現状ではそれが妥当かと後に続き、ここまで口を挟まずにいた姫更はじっと遙の後頭部をわずかに見上げるように見つめていたが、ややあって自身も遅れて後に続いた。


「――」


 ひゅおう、と。冬の冷たい乾燥した風が吹き抜ける。

 だが、本来ならばありえないはずの光景はそれ以上に見る者の心を冷やす。

 扉と壁という遮蔽物が取り払われたことで遠く響き渡るアラートが木霊する空は黄色み掛かった茶色の半円状に覆われ、さながら砂塵の天蓋とも言うべき怪現象の直下に聳える日本最大の都、東都はその至る所から黒煙を噴き上げていた。

 黄泉路たちが転移してきた小屋とも廃墟ともつかない家屋は都心と言える環状線を中心とした23区から離れた、人によっては東都出身者ですら同じ東都と認識していないだろう郊外の地域で、標高が都心よりも高いことと、元々高い建造物が周囲に少ないこともあって都心の状況が遠方からでもよく見渡せていた。

 元々、秘密裏に移動するための転移座標としてしか利用する予定のなかったセーフハウスもどきではあるが、こうして大きな異変があった際にも観測しやすい、かつ、騒ぎに巻き込まれづらい位置という絶妙な場所をいつのまにか廻が用意していたこともあり、今はその求められた役割を十全に果たした形と言える。

 果たして廻はこの事態(・・・・)すら予見していたのかと頭の片隅でこの場に居ない弟分とも言うべき少年へ意識を傾け、その弟分と最も親密な関係にあるであろう姫更へとちらりと視線を向ける。


「?」

「ううん。何でもないよ」


 だが、どうやら姫更もすべてを知っているわけでもなければ、この場にいること自体で目的を果たしたと言わんばかりの佇まいで、現在の状況を鑑みても言及する余裕があるわけでもないことから、それらを意識から追い出して再び都心の方へと目を向ける。


「それで、ここからどうすんだ!?」


 まさに、これからどう動くべきかに意識をシフトさせた黄泉路のすぐ横に並ぶように立ちながら都心を見て絶句していた遙が再起動したように声を上げる。


「まずは共有できるようにしておこうか」

「は?」


 遙からすれば何の脈絡もなく、黄泉路からすればこれからのすり合わせややりとりの齟齬を減らすため、隣り合っていた遙の手を握る。

 その行為にギョッとしたのは外ならぬ遙だ。これが彩華であればシチュエーションや現在の逼迫感など一瞬で吹き飛んで年相応の少年らしいときめきに思考がシフトチェンジしてしまっていただろうが、残念なことに今回の相手は隠しきれない内心でライバル視している黄泉路である。

 健全な青少年としてはいきなり何してんだコイツという感情が先に立ち、困惑に目を白黒させつつも咄嗟に振り払おうと手を引くが、黄泉路の手は接着剤で固定されているかのように離れない。


「何してん――」

『はろはろー。聞こえますぅ?』

「うぇ!? だ、誰だ!? どっから声が」

『あっはっは。ナイスファーストリアクションー。あ。よみちんもう手離していいよー』


 突如として頭に響くような聞き覚えのない女性の声に思わず声を上げてしまう遙の様子を苦笑して見つめる彩華と黄泉路。

 その視線に更に混乱する遙だったが、黄泉路が手を離したことで、直接ならずも説明可能な人物であると認識し、説明するんだろうなとじとりとした視線で睨みつける。

 そんな、揶揄ったことを咎めるようにも見える視線を受け止めた黄泉路は苦笑を引っ込めつつ標へと声をかける。


「説明も含めて、オペレーター、お願いできるかな」

『はいはーい。よみちんに代わりまして、ここからはオペレーターことオペ子ちゃんが自己紹介から現在の状況までざっくり説明しちゃいますねー』

「え、お、おう」


 状況にそぐわない明るく調子のいい声に戸惑うも、説明するというのならば聞こうと遙が無理やり内心のあれこれを飲み下して頷けば、標は念話だというのに器用に咳払いしたような音を混ぜてからそれぞれの頭に声を響かせる。


『オホン。はるはるは初めまして、話は聞いてますよぅ。私はよみちん達の後方支援をしてるオペレーター、気軽にオペ子ちゃんって呼んでくださいねぇー』

「あ、ああ……」

『主な役割は情報収集と解析、伝達になりますー。というわけで、さっそく現在の状況をお伝えしていきますねー』


 立て板に水とばかりに流れ込んでくる怒涛の自己紹介に戸惑う遙を他所に、ここからは黄泉路達向けでもあるのだろう、いつもの調子とでも言う様に現在東都で起きている大規模テロとそれに対する政府の動向を、標自身が現在進行形で見ているであろう画面をイメージ映像として脳裏に転写する形で叩きつけてくる。

 慣れない遙は送り込まれた情報量に頭を抱え、幾度も経験があるとはいえ、未だ受け止め切れているとは言い難い彩華もまたわずかに眉を顰めつつも目を閉じて自身の目に映る光景をカットしてイメージの映像に集中する中、標の声が東都23区を映したマップに追記される点や円、矢印などを交えて現状を伝える。


『今もまだ錯綜中ですが、テロ当初から少し時間が経ったこともあって少し詳しい情報を抜くことができました。当初、発生は湾岸部に近いエリアから同時に数か所、さらに連鎖して反対側、県境に近い地域でも大型施設からの出火や爆発という形で現在は23区を包囲する形でテロが進行しています。テロリストの大半は5人から20人程度のグループに分かれて無秩序に暴れ回ってるみたいですねー。そのうちの大きなグループのいくつかはすでに対策局が殲滅(・・)したという情報も入ってきてますー』

「た、対策局! これだけの騒ぎになっててまだ終わらないってことは、対策局の奴らも手が足りてねぇんじゃねぇか!?」

『ですねー。民間人の避難先に学校や大型施設が選ばれて、誘導として警察が出動してますけど、そっちも人手が足りてないというか、これだけ大規模で広域なテロからの避難なんて民間人がキビキビできるわけないんで、結構な数が散り散りに逃げまどってて警察側もつかみきれてないのが現状みたいですぅー。最悪なのが、対策局とか公安対策課が掴んでるテロリストの進行状況って、基本人数の多い、危険度が高めのグループが優先なんで、数人規模の暴徒と民間人がカチ会うケースも結構あるらしくて、警察も広範囲に人数割いてる所為で同数程度だと能力者に負けちゃうんでどこもかしこもヤバめですねー』


 語られるにつれて詳細になる東都の惨状に、どうすればいいのかと焦りばかりが募る遙だが、その焦りを声にして向けてしまうより早く、結論を出すように黄泉路が口を開く。


「じゃあ、ひとまずは23区方面に向けて移動。その後、彩華ちゃん(リコリス)と僕は分かれて西回りと東回りで民間人の救助と避難先への誘導をやっていこう」

「オ、オレは!?」

「遙君はー……」


 正直なところ、戦力としての遙は未熟と言わざるを得ず、加えて怪我による体力の消耗から回復しきっていない現在、場慣れしていない浮足立った様子も鑑みるとこの場に置いていくのが最適解、であると黄泉路も理解しているのだが、かたくなについていく、協力すると言い張る遙の手前強く否定することもできずどうしたものかと言い淀んでいると、くいっと、遙を挟んで黄泉路とは反対側に立った姫更が遙の袖を握って注意を引く。


「わたしと一緒」

「えぇ?」


 端的、それゆえに意図が伝わりにくい姫更の言葉に困惑したのは遙だけではない。


「姫ちゃんには、出来れば危ないことはしてほしくないんだけど」


 斗聡(リーダー)から預かる形になっていることも、貴重な転移系能力者であるという替えの利かないポジションであるということも併せ、黄泉路が苦言を呈する。


「大丈夫。わたしが、守る」

「え、おい、なんでオレが守られる側なんだよ!?」


 胸を張って宣言する姫更と思わず突っ込みを入れてしまった遙のやり取りは冗談のようだが、状況が状況なだけに悠長な押し問答はしていられず、また、遙の能力と姫更の能力は確かに相性が良いのもあって最終的に黄泉路は折れて小さく息を吐く。


「わかった。けど、出来る限り目立たないようにね。……これは僕も彩華ちゃん(リコリス)もだけど、警察や対策局との遭遇は極力回避するように」

「えぇ? 目的が同じなら協力したほうがよくね?」

「あのねぇ。こっちが勝手に似たような目的で動いてるだけで、向こうからしたら私たちは纏めて不法能力者(はんざいしゃ)よ? この状況でテロリストと野良能力者の区別なんてつくわけないじゃない」

「そういうこと。とにかく、何もなくてもオペ子ちゃんの能力で適時連絡は取りあうこと、あとは何かあるかな?」


 ぐるりと見まわし、確認した黄泉路はパンと手を叩く。

 それから懐からいつもの無貌の仮面を取り出して被れば、彩華と姫更もそれぞれ彼岸花の模様が刻まれた仮面と両頬に髭状に3本線の入った猫を模した仮面を被って意識を切り替える。

 すでに上海で受け取った仮面を紛失してしまっている遙はひとり疎外感を感じつつ、やはり顔を隠すのがトレンドなのかと幻で自分の顔を誤魔化そうかと考えていると、脇から見慣れた仮面が差し出される。


「無くしたんでしょう?」

「あ、さんきゅ……」

「今度は無茶しないように。死んでも指名手配されても自己責任の世界へようこそ」


 差し出された狐の面、前回同様のそれを受け取りつつ、かけられた言葉に内心おっかなびっくりと改めてヤバい世界に両足を踏み込んでいることを自覚する遙だったが、目の前の惨状に足を踏み出したのは自分なのだからと内心で喝を入れて仮面を被る。

 全員が仮面を被り、準備が完了したことで黄泉路が姫更にそれぞれを都内へ送り込んでもらおうと手を差し出す。

 姫更が握り返し、中華から帰国した時同様――しかし、今回は飛ばすのが黄泉路ということもあって転移先の状況を考えない転移で良いため完全に都内に送り込む予定だ――能力を発動させようとした時だ。

 ふと、思い出したように仮面を被った黄泉路の顔が遙へと向く。


「ちなみに、オペレーターの能力は双方向の念話――ようは、心に思い描いたことを距離を問わず伝える力だから、口に出さなくても伝えようとするだけで大丈夫だよ」

「それを早く言えよ!」


 しれっとひとりで会話をしていた事実を思い出して仮面の奥で顔を赤くした遙が怒鳴ると同時、逃げるように――あるいは逃がすように――黄泉路の姿が掻き消える。

 くつくつと小さく含むような笑い声を漏らす彼岸花の仮面に対して遙が何とも言えない表情を覆った狐面を向けると、次は自分と姫更の手を握った彩華が弁解するように空いている手を振り、


「ごめんなさいね。でも、向こうでは音を立てないことも重要なのはわかるでしょう? だからそのためのレクチャーのはずよ? 意図してやるような茶目っ気じゃないと思うわ」

「……」

「それじゃ。また生きてたら会いましょう」


 黄泉路のフォロー、または自分が笑ってしまったことを取り繕う為か。告げるだけ告げて転移してしまった彩華に何とも言えないもどかしさを抱えた遙はふたりきりで残された初対面の少女を思わず見やる。


「……それで、オレたちはどうすんだ?」


 こんな小さな、明らかに年下であろうとも、能力はすでに見て体験して知っている通り、おそらく経験だって自分よりもあるのだろうとわかってしまうだけに、遙はどう接すればいいのかわからず自分でもややぶっきらぼうだなと思う対応をしてしまう。

 とはいえ、対応が固い――というより、未だに人見知りの気が強い――姫更もそれは同じこと。


「狐さんの好きでいいよ?」

「きつ――オレのことか?」

「……はぁ。好きで良いったってなぁ……」


 遙自身、こういう場面での状況判断能力が培われているはずもなく、先に提示された方針はあくまで黄泉路と彩華が単独で行おうとしていることの役割分担でしかない。

 そのため、遙自身が自由に何かをしろと言われれば言葉に詰まってしまう。


「行きたいところ、ないの?」

「行きたい所ぉー……?」

「気になる人、とか」


 短く、意図を辿り辛い姫更の言葉を何とかかみ砕き、遙はこの少女が自分の身近な人――家族や友人――はいいのかと問うているのだと理解すれば、遙は僅かに首を傾けた後に歯切れ悪く口を開く。


「ぁー……そー……だな。でも、ほんとに良いのか?」

「何が?」

「皆が大勢のために動いてるときに、オレだけ身内の心配なんてさ」

「何が悪いの?」

「あ?」

「皆、自分ができること、やりたいことをやってるだけだから」


 漠然と抱いていた後ろめたさや焦りに目が曇っていた事実を突きつけるような姫更の言葉に、遙は一瞬思考に空白が生まれたような錯覚と、復帰した際にはいささか落ち着いたような、一息ついたような感覚が巡るのを感じ、深く息を吸い込んで吐き出してから改めて姫更を仮面越しに見つめる。


「さんきゅーな。ちょっと焦り過ぎてたみてーだ。……それで、悪いんだけどさ。太多区に向かってくれねーか」

「わかった」


 サボりがちとはいえ、自分の通う学校の周辺区域だ。当然ながら冬休みとはいえ部活動や近所に住んでいる友人知人もいる。

 すべてを助けることはできなくとも、助けに向かうことに意味があるはずだと決意する遙は、握られた手の思いのほかしっかりとした感触とともに再び一瞬の浮遊感とともに視界が書き換わる慣れない感覚に戸惑いながら転移するのだった。

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[一言] 毎週楽しみにさせていただいています。 いいねボタンが受付停止中のようです。 デフォルトだとオフなのかも?
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