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11-36 東都崩壊戦線-開戦

 ◆◇◆


 その日は何と言うこともない日常だったはずだった。

 からりと乾燥した風が屹立したビルの間を駆け抜け人の足を急かせるが、その中にあっても活気に満ちた人々が行き交う世界でも有数の大都市の当たり前の光景が広がっているはずの都市は今――


「痛い、痛い、痛いぃぃ……こういうとき、どう……救急車呼んでぇ……」

「押すな、押すなっつってんだろ!!」

「うえええぇぇえぇん、ママぁパパぁー!」


 喧騒はあれど平和であるからこその活気ある人の営みともいえる騒がしさに満ちた都市は今、空を覆う砂塵と降りしきる土砂、散発的に発せられる爆発音によって阿鼻叫喚の只中にあった。

 多くの一般市民は唐突に発生したこの現象が何なのかもわからず、突如上がる爆発に巻き込まれたもの、避難するにもどこへ行けばいいのかわからず、ただただ広がるパニックに押し合いの末に二次被害に遭ってしまうものなどが都市全域で(・・・・・)右往左往していた。


「い、今! 東都の上空からお伝えしております! 繰り返しお伝えします! これは日本です! 日本の東都の光景です!! 信じがたいかもしれませんが、この国の首都で起きているとは、現場にいる私としてもにわかに信じがたいほどですが、現実に起きている暴動です!!! あ! カメラ! カメラあっちに回して!! ご覧ください! 警察の機動隊が出動したようです!」


 砂塵で視界の悪い中を無理に飛ぶ報道ヘリに乗り込んだリポーターがマイクに向けて声を張る。

 同乗しているカメラマンがリポーターの指示に沿ってカメラを回すと、地上では紺色の制服で統一された集団が市民の避難誘導を行いながらも近場で起きた爆発現場へと急行しているところであった。


「もっと寄れない!? 危ない!? そんなのこっちも下も変わらないわよ! 少しでも詳しい情報を伝えな――キャアア!?」


 そんな報道ヘリを下から突き上げるような衝撃が襲い、突然のことに手を放してしまったリポーターが開かれていた扉から放り出される。

 突然の浮遊感、自分が乗っていたはずのヘリが仰向けに見上げる煙る空に傾いで見え、そのスキッド――着陸時に足として設置する箇所――に触手の様に砂が巻き付いており、衝撃の理由はこれだったのかという理解が走馬灯のように駆け巡る。

 次いで、そのヘリ自体も墜落し始めているという事実をパニックの中、頭の片隅で理解しながらも、リポーターの口からは甲高い悲鳴しか出てこない。


「(落ち、落ち、落ちる!! やだ、死、助け――)」


 墜落死の場合、多くは落下の衝撃による物理的なものよりも、ショックのあまり自ら生命活動を停止させてしまうショック死の方が多い、という話がある。

 訓練もなく心構えもないまま、ただ地に引きずり込まれるように、重心の関係から体の向きが逆さまになって落ちてゆくリポーターが意識とともに命まで手放してしまいそうになっていた、その時だった。


「――っと(・・)重っ(・・)

「キャアアアア――アギッ!?」


 ぐん、と減速する感覚と、同時に自分の背と膝裏を支えられる感覚。

 減速が急すぎたこともあって盛大に口が閉じられ、ガチンと口の中で歯がぶつかって舌を噛んでしまい、リポーターが新たな痛みに顔を顰めて涙目になっていると、すぐ上から声が降ってくる。


「あー。悪ぃ悪ぃ。舌噛んだ?」

「あ、ぅ、だ、だい、大丈夫、です」


 言葉とは裏腹に悪びれない様子の若い男の声。

 咄嗟に癖で大丈夫だと口にしてから、口の中に広がる鉄の味と痛みに再度顔を顰めつつも、顔をそちらへと向けたリポーターは、自分が目の前の青年によって救われたのだとようやく理解する。

 風に揺れる長く鮮やかな金の髪。カラーコンタクトの入った赤い瞳をした青年が、リポーターの顔を見てわずかに眉を寄せたのち、ああ、と納得したような声を上げた。


「あんた、朝番組の人じゃん! 見たことあると思ったー」

「うぅ……あり、がとうございますぅ……」


 鋭い目からきつめの印象のあった青年の顔がころっと楽し気に笑う姿にリポーターの女性は自分を知られていたということも含めて気恥ずかしさに声が窄むが、青年――瀬河(せがわ)祐理(ゆうり)はまるで気にした風もなく周囲へ目を向ける。


「着地するからまた舌噛まねーようにな」


 祐理の所作につられ、リポーターは周囲に目を向け、ようやく、自分はまだ完全に助かっているわけではなく、


「え、あっ、えええっ!?」

「っ――いきなり叫ぶなようるせぇな」


 自身がいまだ、ビルすらも届かぬ上空にいることに気づいたリポーターが思わず叫んでしまえば、顔近くで大声を出された祐理が思い切り顔を顰めて文句を言う。

 滑空するような緩やかな降下でリポーターを横抱きに抱えた祐理がビルの屋上に着地すれば、もう必要ないだろうとばかりに雑にリポーターをヘリポートに立たせて背を向ける。

 靴裏に踏みしめるものがある感動と今だ危機から抜け出した実感が抱けず震える足でなんとか立つことができたリポーターが、何もない方向へと歩き出していた祐理へと声をかける。


「あ、あの、貴方は?」

「俺ぇ? 俺はー……あー。不法能力者対策局の職員だよ。っつか、この名前やっぱ言いにくくねぇ? 他の奴らよく噛まずに言えるよなー」

「た、対策局ってことは、この事件は能力者の仕業なんですか!?」


 彼女個人としての素朴な疑問でありながら、職業意識からか、つい気になったことを口に出してしまったリポーターに、祐理は面倒臭そうに空を見上げて示し、


コレ(・・)が自然現象に見えんの?」


 と、砂塵に覆われた太陽無き空へと意識を向けさせる。

 リポーターはこの規模の現象が今まさに自分たちの足元で起きている大規模暴動に関係しているとは思ってもおらず、祐理の言葉に目を白黒させてしまう。


「え、そんな、能力者ってこんなことまでできるの……?」


 自分を救ったのも能力者だが、そもそも、こんな事件を引き起こした強大な能力を振りかざす相手に顔色を悪くするリポーターをよそに、祐理はポケットで主張する端末を取り出して耳に当てる。


「はいはい。俺俺ー」

『瀬河さん! どこで油売ってるんですか。早く制圧に加わってくださいよ!』

「あーはいはい。わかってるよ。っつか、満孝(みちたか)こそ何やってんだよ」

『こっちはこっちで雑魚が多くて鬱陶しくて忙しいんですよ!!』


 通話先では今まさに最前線で戦っているらしく、むしろ、よくその状況で電話してきたななどと感心していた祐理だったが、あらゆる意味で後輩に急かされてしまえば、他では悠斗以外には触れることのない対抗心も起きるというもので。


「んじゃ、俺もう行くから!」

「え、ちょっと、こんな場所にひとりにしないでください!?」

「だって、俺と一緒に来たら地獄見るぜ?」

「っ」


 振り返った拍子に後ろ髪だけが長い金の髪がふわりと尾を引いて、祐理の周囲を取り巻く風の膜をなぞる様に軌跡を描く。

 向けられた赤い瞳はリポーターがこれまでの人生で見たこともないような冷たい、本能的に恐ろしいと感じる気配をにじませており、思わず身を竦ませたリポーターから視線を外した祐理は改めて背を向けて屋上を囲むフェンスへと駆け出す。


「あ……!」


 その先は何もない、自殺するつもりなのか、そんな当たり前(・・・・)の驚愕から声を漏らしたリポーターの眼前で祐理の姿が消える。

 だがそれは祐理がフェンスを飛び越えて落ちたからではなく、その逆。

 フェンス手前で高く跳んだ祐理はそのまま屋上を飛び出して砂塵で覆われた空へと舞い上がり、瞬く間にその姿が小さくなっていった。

 置き去りにされたリポーターはしばし呆然としていたが、やがて自身のポケットに入っていた端末が着信を知らせる振動を始めたことで我に返り、心配して電話をかけてきていた上司に平謝りをしながら無事であることを伝えるのだった。




 こうした事態は東都各地で起こっており、対策局の人員はその多くが突然発生した能力者を中心としたテロリストに対するカウンターに駆り出されていた。

 テロリスト、といってもその出自所属は様々で、中心になってテロを起こしまわっている、仮称【砂賊(・・)】が前面に立って暴れているのに加え、能力対策法によって息をひそめざるを得なくなっていた中小規模の能力犯罪組織が混乱に乗じてかねてより温めるのみであった襲撃計画などを実行に移し始め、組織に所属していないものの、もともとは孤独同盟などで仕事を得ていた個人の能力犯罪者などが火事場泥棒の様に暴れ出し、結果、誰にも収拾がつけられない大規模な暴動――いっそ、内戦と形容すべき形で、外国勢力によるテロが国内の急速な変革で生じた火種に着火したというのが、早急に取りまとめられた報告書に記された結論であった。

 なまじ、東都という日本の中枢であったため、本来であれば率先して情報を発信しなければならない政府も会見場所の安全が確保できないという理由で情報を発信できないばかりか、その場所に駆け付けようと移動をするだけでも危険が伴う現状から、マスメディア各社は会社や局に立てこもって必死に報道を続けようとするに終始していた。

 そんな現状の中、都内を1台の高級車が非常時でありながらも緩やかに乗り捨てられた車の間を縫うように走っていた。


「お父様が都内に居なかったのが不幸中の幸いだわ」


 高級車の後部座席に座った少女、終夜(よすがら)唯陽(ゆうひ)は防弾使用のスモークガラス越しに外の惨状を見やり、あまりの悲惨さに辟易して早々に窓から視線を外して小さくこぼす。

 運転手は道に転がった瓦礫や、怪我人だか死人だかもわからない人を避けることに集中しており、その言葉に応じることのできる人物は唯陽のすぐ隣に座った人物しかおらず、その人物も、いつ襲撃があってもいいようにとピリピリとした雰囲気を漂わせていた。

 そのこと自体が非常事態に慣れていない唯陽にとってはストレスであるものの、自分を守ろうとしてくれているのだから文句を言うわけにもいかない。

 ただ、非常事態の中に身を置いてしまえば思ってしまうのだ。


「黄泉路さんが居てくだされば心強いのに」


 あの少年ならば、このような事態であろうと普段と変わらない調子で唯陽を守り抜けるだろう。

 今まさに唯陽の護衛を務める青年、白峰(しらみね)(まさき)は終夜謹製の能力者として一度は矛を交えた経験からそう判断するものの、主の口ぶりはまるで自分では頼りないと言外に言われたようで、表情こそ変えないものの内心ではしこりのようなものが浮かぶ。

 だが、それも運転手の逼迫した声が耳に届くまでの話。


「白峰さん! 前方に暴徒が――!」

「私が出る。刺激しないように車を止めてくれ。お嬢様は姿勢を低くしてここでお待ちを」

「……ええ。気を付けて」


 短く言葉を交わし、揺れの収まった車から降りた白峰の耳に、車外の喧騒とともに聞き取りづらいダミ声が響く。


「おーおー、良い車乗ってっからどんな金持ちのジジイかと思ったら、案外若いじゃねーの」

「御託は良い。通行の邪魔だ」

「ハハハハハッ! 聞いたか? 通行の邪魔だってよぉー!」

「わかってんじゃねーか!」

「通りたきゃ身ぐるみ脱いで車ごと置いてきなーギャハハハッ!」


 白峰が淡々と要求を告げれば、前方を塞ぐ3人の暴徒は嘲りを含んだ笑い声を唱和させた。

 明らかに舐めている、態度で前面に出ている3人に、白峰は小さく溜息を吐くと、サングラス越しに3人を射程に収めながら(・・・・・・・・)最後通牒を突き付ける。


「警告は一度のみだ。速やかに車線を外れ、この場から失せろ」


 小さく落ち着いた声であったにもかかわらず、白峰の声は騒ぎ立てる暴徒たちの耳にも届いたらしく、暴徒のひとりが手にした鉄パイプをアスファルトにたたきつける。


「あぁ? なんつったよテメェ。わりーな、もう1回言ってみてくんねーか?」

「悪ぃ悪ぃ、俺たちが優しくしすぎたみてーだわ。命令すんぞ、お前こそさっさと身ぐるみ置いて失せな」


 ズン、と。すぐそばに停車していた乗り捨てられた乗用車に暴徒が蹴りを入れれば、車の外装が大きくへこんで靴跡が刻まれる。

 その蹴りの威力は相手が身体強化系能力者だとわかるに相応しいものがあったが、しかし、白峰にしてみれば相手がただの身体強化能力(・・・・・・・・・)だとわかった時点で安心の方が勝る。


「そうか。ならば仕方ないな。お前達の様な雑魚に構っている暇はない。手早く《凍れ(・・)》」


 白峰はすでにいつでも発動できる状態になっている自らの能力を、暴徒たちへと手をかざすと同時に発動する。


「おごっ」

「な、にが――!?」

「っぎ、ィッ」


 ひゅおっ、と、冷気が吹き付ける感覚を暴徒たちが感じたのも一瞬。

 数秒と立たずに四肢の末端という熱が留まりにくい個所から氷に包まれた男たちは驚愕と度を越した冷気による痛みに顔をゆがめたまま氷像と化し、その場に3人分の墓標となって直立したままこの世を去ってしまう。


「……まだまだ制御が甘いか」


 暴徒たちの氷像を見つめた白峰はそう小さくこぼすと、本当であればけり倒して脇によければ通れるようにする予定だったにもかかわらず、アスファルトと靴の接地面まで凍らせてしまったが故に動かしづらくなってしまったそれらを退かすべく、自身の課題に思いをはせながら後処理に入る。

 その後ろ姿を車内から見ていた運転手が自分も手伝う為に表に出てゆくのを見送り、ひとり車内に取り残された唯陽は目の前で人が死んだという事実を受け止めながらも、本格的に治安も何もない状況であることに嘆くと同時、自分の想い人はこの騒動に関わっているのだろうかと考えてしまう。


「黄泉路さんがどうにかなるとは思えませんけれど、どうかご無事で……」


 少女の祈りにも似た呟きから数分後、車は荒廃してゆくかつての都会に背を向けて、終夜の本家のある東都郊外へと向けて再び動き出すのだった。

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