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11-33 砂と骸の水面2

 出航までの僅かな時間に邪魔が入る事を想定し、出航後も港の監視を欠かさなかった船上のマフィア達の反応は早かった。

 陸を離れ、海原へと飛び出したばかりの偽装客船の船尾に集まった蒼い塵が数秒と経たず人の形――真っ白な無貌の仮面とは対照的な黒い学生服の少年を形作るなり、海上にけたたましい警報音が鳴り響いた。


「――大歓迎だね」


 黄泉路が波に揺られて上下する甲板へと足を付けると同時、複数の発砲音が響いて蒼い塵によって形作ったばかりの身体に銃弾が突き刺さる。

 大口径の銃も混じった弾のいくつかは薄い身体を貫通して水平線へと抜け、身体の奥深くに突き刺さった弾と合わせて衝撃で黄泉路の身体を揺らす。

 だが、銃に出来たのはそこまでだった。


「これだけ派手にやるってことは、客船の体裁も捨てたって事でいいのかな」


 通じるとは思ってはいないものの、増援によって包囲を厚くし、銃を構えたまま警戒の態勢を取る堅気とはとても言えない風体の男達へと視線を一瞥させた黄泉路はゆっくりと歩き出す。

 黄泉路の身体を隈なく穴だらけにしようという様な鉛の嵐が吹き荒れてその場に押し留めようとするが、黄泉路が一歩進む度、その足元へと役目を終えて弾頭が潰れた銃弾が赤い塵に内側から押し出される形で吐き出されてカンカンと微かな音を奏でる。


「押し通らせて貰うね」


 包囲の最前列からやや遠い位置、しかし、黄泉路からすれば一足飛びに距離を詰められるぎりぎりの距離から、一言発した黄泉路の姿がふっと掻き消える。


『消え――』

「ふっ!」

『ぐぇっ!?』


 船尾から船中へと続く直線状に陣取っていたマフィアの悲鳴が上がる。

 ハッと見失っていた全員の意識が其方へと向けば、低い姿勢から蹴り上げる様に足を振り抜いた状態の黄泉路の姿がマフィアの中に姿を現していた。

 何か特殊な能力――それこそ、船へと突然現れた時のような――を使ったのかとマフィア達が動揺する中、黄泉路の姿が再び掻き消える。

 だが、今度は消えたように移動するという前例を知っていたが故に、多く詰めかけたマフィアのうちの幾人かがそのからくりを見破って声を上げた。


『足元だ!』

『ッ!?』


 声を張り上げた男はたまたま黄泉路の進行方向とはやや逸れていたが故に、その言葉を正確に集団に伝播させることに成功する。

 言葉によって向けるべき視線の方向性を得た集団は今度こそ、消えたように思えた黄泉路を捕捉する。

 少年が纏う黒が甲板を滑る様に、極限まで低くされた姿勢で集団の足元を縫う様に駆け、進路の邪魔となる相手だけを正確になぎ倒す姿をみたマフィア達は、この少年がただの能力に依存した子供ではない事を理解する。


『体張って止めろ! 屋内の狭さじゃ勝てねぇぞ!!』

「バレたかな。できれば早めに中に入りたい所、だけどっ!」


 集団の、自身へと向かって来る動きが変わったのを察した黄泉路は手早く正面の男を殴り倒して駆けだす。

 だが、包囲の只中に飛び込んだ黄泉路に対して銃は無用と判断したマフィア達は複数人で示し合わせる様に互いの幅を狭め、その体躯でもって黄泉路を抑え込もうと包囲を狭める。

 能力も持たずに鉄火場で戦ってきたマフィア達の身のこなしは下手な能力者などよりも厄介だと、黄泉路は押し寄せる波の様な連携を近づく端から打倒しながら仮面の奥で僅かに眉を顰めた。


「(さすがに、これだけ数が居ると足が止まっちゃう……船上だから戦力に限りがある、と、思いたいけど……)」


 普通に考えれば、マーキスの計略の主力だろうこの船の戦力さえどうにかできれば計画は潰せるだろう。


「(もう一度蒼塵を――でも、首魁がどこにいるかもわからない内から使ってたら後が続かないし、やっぱりある程度当りを付けて手探りで探し回るしかない、か)」


 黄泉路は転移能力者という、希少ではあれど存在しない訳ではない能力者を身近に知っているが故に、あまり時間をかけてマーキス本人に雲隠れされて再起される懸念を抱かざるを得ない。


「(仕方ない……僕も、彼らを連れて行く(・・・・・)覚悟を決めよう)」


 一度、押し寄せる陣形から距離を置くために高く跳躍して包囲の上に逃れた黄泉路は水平線の先に見えていた港の姿が滲むほどに遠くなっていることに思いのほかこの場で時間をかけてしまっている事実を再認識する。


「――すぅ、はぁ」


 落下に身を任せた身体が短い滞空時間を経て再び甲板へ、敵が待ち受け、落下地点ですぐにでも黄泉路を取り押さえようと身構えているマフィア達の下へと落ちて行く。


『捕っ――』

「ここから先、君たちの命は僕が貰う」

『ぐがッ!?』


 運悪く、着地する寸前の黄泉路の足を掴むことに成功した男が悲鳴を上げて集団の中へと吹き飛ばされ、数人を巻き込みながら甲板の柵を破って海へと放り出される。

 だが、それが幸運だったのだと彼らが知るのは、その直後のことであった。


幽世(こっち)に来たら、仲良くしてね」


 あまりの力に半ばからもぎ取られた男の腕だけが足に取り残された黄泉路が、ぷらりと足を振って腕を蹴り剥がしながら、至極穏当に、戦場には似合わない柔らかな物言いで告げた言葉を理解できた者はこの場に居ない。

 ただ、これから自分達が立ち向かわなければならない存在が、自分達が思っているよりも埒外(バケモノ)だったという事実が本能として身体の奥、心よりもなお深い場所に刻み込まれる様な感覚を誰しもが抱く。


「銀砂の槍よ、境界を開け(・・・・・)


 黄泉路の身体から溢れ出した銀の粒子が手元で槍の形へと結実し、洋上の日光を受けて鈍く煌く。

 その輝きが冷たく、生理的に受け付けない歪な輝きに見えたことで総毛立つ様な悪寒に見舞われたのも束の間、男達は、槍の真価を身で体験することとなる。


「まずは君たち」

『は、――ァ……!?』


 槍を手元で回し、囲む集団を雑に一閃すると、首元を奔った銀の軌跡が鮮血を生む。

 ぱっくりと裂けた喉を押さえ、出血に膝をついた男達には目もくれずに動き出した黄泉路にハッと我に返ったマフィア達が応戦しようと――武器を手にしたとて、その長柄を振り回せる環境で無ければ恐れる事はないという、通常であればむしろ褒められた判断によるものだ――真っ先にやられた先頭集団の死体を乗り越えて集団で押し寄せる。

 しかし、


『ウォオ!?』

『何、だ、足が引っ張られ――ヒッ!?』

『ウワアアアアアアアッ!?』


 黄泉路に最も近い、新しい先頭集団が何かに足を取られたようにつんのめり、後続がそれに足を取られて黄泉路へと向かう道が塞がれるが、彼らの注意はもはや黄泉路には向いていなかった。


「……()()()()()゛」


 それは声というよりも音。空洞という構造に空気が通り抜けたが故に生じた自然現象的なもののようでもあり――死者が生者に向けた怨嗟のようでもあった。


「さぁ、まだ往こう。僕と一緒に、どこまでも」


 黄泉路の声に応じる様に、死者が起き上がる(・・・・・・・・・)

 それは先ほど黄泉路に首を断ち切られ、頽れた後に間違いなく出血多量とショックによって死に至ったはずのマフィア達。

 首から未だ鮮血の名残を滴らせ、瞳孔の動かぬ瞳を虚ろへと向けながらも、かつての同胞へ向けて血に塗れた手を伸ばすその姿は誰がどう見てもホラー映画の一幕であった。


『な、なんだ、おい、ジョンソン!! しっかりしろ!』

『やめろ、触るな、おい、やめろ、やめ――ぐああああああっ!!』

『ジャック!! チクショウ! くそ、離せ、離せクソが!!!』


 死者となり、肉体のリミッターを解き放たれた亡骸が手近な――それこそ、先程足を掴んで引き摺り倒した者などに――掴みかかり、力任せにその生きた肉へと歯を立てようと大口を開く。

 直前までまともだった同胞の突然の変貌に混乱し、その所作があまりにも原始的かつ直接的であることからすぐに元仲間が何をしようと(・・・・・・)しているのか(・・・・・・)を理解してしまった者は恐慌に陥ってがむしゃらに掴む腕や顔を殴りつけて引きはがそうとする。

 だが、その程度で命と共に痛みを失い、理性を失った死者は止まらない。


 ――ぞぷり。と、人の歯という、本来肉食獣の様に噛み千切る事に特化されていない鈍ら刃が彼らの肉に突き刺さり、抉る。


『ギャアアアアアッ!!』

『くそ、くそっ、死ね、死ねッ!! 俺に触るな!! あ、やめ、や――』


 阿鼻叫喚、そう呼ぶに相応しい惨状の中心、人の波が途切れた凪に立つ黄泉路はその光景を静かに見つめていたが、やがてくるりと踵を返して船室のある船の中央へ向けて歩き出す。


「ああなりたくない人は道を開けてね。……連れて行く僕の側からしたら、むしろ、一緒に行きたい人は前に並んでね、って言った方が正確かも知れないけど」

『バ、バケモノォオォォォオオ!!!』

「心外だなぁ」


 もはや、仲間への誤射のリスクなど思考から抜け落ちたらしい進路上のマフィアが銃を乱射する。

 それは黄泉路の身体にいくつかの弾痕を刻む物の、それ以外の多くの弾は黄泉路に掠る事すらなく後方で死者との乱闘で混沌と化した味方の集団へと吸い込まれて消え、運悪く流れ弾に撃ち抜かれた男が死者の列へと加わって周囲を襲い始める。

 黄泉路はそれを確認する事もなく、玉切れを起こしてなおカチカチと引き金を引き続ける憐れな男に槍を振い、その思考を命と共に刈り取って背後の地獄への参加券を押し付けた。


「(この能力、僕と相性はめちゃくちゃいいんだけど、やっぱ、うん、あまり気分良くないや)」


 ――黄泉路が今行使している力。それは、かつて黄泉路が心を極限まで擦り減らす事となった事件の実行犯【死体漁り(スカベンジャー)橋下條(はしもとのじょう)実近(さねちか)の能力。

 【死霊使い】と呼ばれた【死体支配(ドミネイト・コープス)】の力は、命亡き骸を再び稼働させる外道の力であった。

 他者の認識に固執し、魂となってなお自身と共にある事を願う黄泉路と、只管に他者の人格を拒み、喋って考える生者よりも、物言わぬ従順な骸の方こそ有用と考えた橋下條の価値観はある意味では対極で、対極であるからこそ、よく馴染む。


『ゾンビ映画かよ!! クソ、()を作れ!!』

『砂で防壁を張れ!!! ゾンビ(やつら)を近づけるな!』


 噛み千切られた場所が悪く、ショック死ないし失血死した事で新たな戦列に加わる亡骸をどうにか足止めするべく、これまで、海上という素材の少ない環境故に能力を使わずにいたマフィア達がとうとう能力を使って屍者の足止めを始める。

 【砂使い(エレメント・サンド)】もしくは【物質編成(チェンジ・マテリアル)】らしき人物が虚空から砂をかき集めて生成し、【砂支配(ドミネイト・デザート)】能力者がそれらを束ねて屍者の身体を拘束する。

 それらによって余裕が出来た戦況が再び矛先を黄泉路へと向けさせるが、黄泉路は再びの砂の能力者に僅かに目を細めるものの、既に屋内への扉近くまでやってきていた事もあって足早に通路へと飛び込んでゆく。


『アイツを逃がすな!! 無線回せ! 船倉の奴等(・・・・・)も放って物量で押し殺せ!』


 背後でスラング混じりの英語による指示が飛び、黄泉路が開けっ放しにした扉に砂の束が殺到する。

 今まさに甲板へと応援に駆けつけようとした通路にいたマフィアが黄泉路の到来に驚くも、その背後から迫る砂を見て即座に挟み撃ちの形に持ち込もうとその場に足を止めて構えを取る。


「ふっ!」

『ッ』


 背後の砂に追い付かれぬよう、更に深く踏み込んだ黄泉路が槍を突き出すと、正面の男は咄嗟に身体を逸らして突きを避ける。

 だが、元より人員による物量で叩く予定だったマフィアの背後には当然の様に控えていた仲間が居り、


『グゲッ』

「あーあ」

『クソッ、だが槍はもう使わせねェ!』

「そう、くるよね――!」


 黄泉路の突きが吸い込まれるように後続の鳩尾へと突き刺されば、先頭に立っていた男が避けた事で不運にも死の最前列に立たされた男は自身に何が起きたのか理解できないという顔で自らの胴に突き立った刃を見下ろし、直後、ずしゃりと床に倒れ込んで痙攣してしまう。

 憐れな犠牲者から槍を引き抜こうとする黄泉路だったが、先に避けた男が槍に飛びついてその伸び切った柄を握り込んで抑え、直後、背後から押し寄せた砂が黄泉路の身体に突き刺さる。


『ヘッ、これで終わりだ。……おい、何で槍が奪えねェ、クソ、まだ生きてやがる! チクショウ、離しやがれクソがッ!!』


 砂に呑まれて槍を持つ腕から先が見えなくなった黄泉路に安心したのも束の間、未だに綱引き状態を維持している槍を持つ力に黄泉路の生存を確信した男は、槍を奪おうと力を込めながら吼える。

 その背後へと、先に甲板で起きた惨劇の焼きまわしの様に、ゆらりと立ち上がった屍者が手をかけ――


『ッ、助かる、さっさとこいつを引き抜いて――』

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛」

『イ、ギ、ガアアアアアアアッ!?』


 むき出しの首筋が赤色に染まる。

 噛みつかれた事でもはや槍を握る事すら出来ず、咄嗟に手を離して周囲の仲間と共に屍者を引きはがしにかかる男達に畳み掛ける様に、砂の渦の中から全身を磨り潰された様な有様の黄泉路が飛び出してくる。


「はぁっ!」


 突きではなく、縦に振う様に繰り出される槍が屍者諸共マフィア達を打ち伏せ、通路に僅かな空きが出来た。

 その空白を逃さぬとばかりに黄泉路は倒れた男達の背を蹴って通路の奥へと、今まさに客室の方から増援に来たらしい男達の姿に正面から飛び込む様に駆けだすのだった。

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