3-8 夜鷹の止まり木8
リーダーがごく自然に燎と姫更の間の席へと腰を下ろせば、果が運んできた料理を膳へと配る。
「それでは、皆揃った事だ。【黄泉渡】解放作戦成功を祝して祝杯としよう」
「おいおい、出雲の三肢鴉参加も、だろ、リーダー」
杯を手にしたリーダーへと隣から燎が待ったをかける。
そのまま進行するとばかり思っていた出雲は手を止めて様子を伺っていれば、リーダーはじっと正面に座る出雲へと視線を向けた。
「――その前にひとつ聞こう。道敷出雲」
「……はい」
「君は三肢鴉に参加する事に異存はないか?」
改めて、じっと見据えられてしまえば、出雲は自身が心のどこかで既に三肢鴉に参加しているつもりになっていた事に気づいて自分自身の心境に驚いてしまう。
返事を待つように静まり返った広間の中で、出雲は心に整理をつけるために静かに瞳を閉じる。
数秒、頭の中で自身の意思を再確認した出雲は眼を開けて、サングラス越しに見透かすようなリーダーを真っ向から見つめ返しながら緩やかに口を開く。
「――僕は、道敷出雲は死んでいます。だから、三肢鴉しか居場所がありません。僕を三肢鴉に入れてください」
出雲の返答に、リーダーは僅かに意外だという雰囲気を漂わせるも、すぐに普段どおりの感情の読めない表情へと戻り、静寂を裂いて重厚な声を響かせる。
「よかろう。では以降、【黄泉渡】の“迎坂黄泉路”を名乗れ。コードネームだ」
新しい名前、それは出雲にとっては過去との決別を意味していた。
しかし同時に、それも良いと思えていた。
自身がいくら望もうがもうかつての日常へと帰ることは、時間を巻き戻さない限り不可能なのだ。ならば自身が変わるしかない。
自分である証の名前を捨てることで今までと完全に決別する。そうする事で初めて、今の自分を肯定できる気がしていた。
「……わかりました」
静かに吐き出された出雲の返答は重く、神妙な顔つきで応える。
「僕は今日から、迎坂黄泉路です」
一度名乗ってしまえば、胸の内に燻っていた未練が緩やかに溶けて行く。
後戻りできないという証を手に入れて、出雲は小さく、柔らかな笑みを浮かべた。
その笑みを受けて初めて、リーダーは微かに笑ったように出雲は感じる。
「……では、新たなる同志の加入を祝して、細やかではあるが宴としようか」
リーダーの言葉に、皆改めて杯――なお、明らかに未成年である黄泉路、標、姫更の膳にはしっかりとオレンジジュースが置いてあった――を手に取り、宙に掲げる。
短く簡潔な乾杯の音頭の後に一斉に飲み干せば、そこから先は無礼講の様子で美花と姫更などは黙々と料理に手を付け始め、燎は料理を肴に酒を飲むという勢いで酒を開け始めてしまう。
『どーしたんですかぁ? いずいず改めよみちんー。こんなにおいしいのに食べないんですかぁ? いっぱい食べないと成長できないんだよぉー?』
あまりの変わり身の早さに呆然と眺めていた黄泉路の脳内に響く標の声に、黄泉路は視線を標へと向ければ、行儀が悪いと言うべきか、便利だと言うべきか。
脳内へと念話を飛ばしながらも外見上は黙々と食事を続けていた。
その様子に脱力し、もはや早々に変なあだ名を付けられたことなど気づきもせず、黄泉路も料理へと手を付ける事にする。
「そうですね。頂きます」
今更成長の余地があるのかという点については甚だ疑問ではあれど、おいしいものを食べないと言う選択肢は黄泉路の中には存在しない。
碌な食事も摂れていなかった分、【夜鷹の止まり木】の趣向を凝らし山の幸をふんだんに使われた料理は舌に染みるようで、一口飲み下した後は黄泉路も美花や姫更の事をいえないような集中力を発揮して食事にのめり込むのだった。
「ふぅー。食った食った。ごちそーさま」
案の定最後まで食事を続けていた燎が箸を置いた頃、既におのおの食事を終えて寛いでいると、リーダーが携帯を取り出しどこかへと通話する為に中座した事を皮切りに自然解散する流れとなる。
『じゃー私、姫ちゃん連れてお風呂はいってくるねぇー。いこっ、姫ちゃん!』
「……ん」
標が姫更の手を引いて広間を後にすれば、続くように燎が立ち上がったかと思えば、ちょうど終了のタイミングを見計らって入ってきた果に風呂場に持ち込める熱燗を要求し、月見酒をすると言って広間を後にする。
必然的に残された美花と黄泉路も互いにちらりと目を合わせる。
「……僕たちも、部屋に戻りましょうか」
「そうね」
どちらからともなく立ち上がり、広場を後にすれば僅かに涼しい風が廊下を吹きぬけ、心地よいと感じる足裏の感触を感じながら自室へと戻る。
途中、2階へと上がった際に美花と別れ、一人部屋に戻った黄泉路は大きく息を吐く。
「はぁ……」
宴会はありふれた、何の変哲もないパーティの様であった。
2度と縁のない、半ば諦めていた様な楽しさを思い返して黄泉路は頬を緩める。
それと同時に、久々に多くの人間の輪の中で会話をしたことで、知らずの内に気疲れしていたのだろう、一人になった途端に表面化する眠気を感じ、部屋に備え付けられている洗面台で手早く歯磨きを済ませて布団へともぐりこむ。
静かな室内でうつらうつらとしている内に、気がつけば黄泉路の意識は夢の中へと深く深く沈んでいった。