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11-31 塵と鉄の戦禍

 ◆◇◆


 遙がミンソクから子軒を庇い、単独でプロを相手取る死闘が始まった頃。

 崙幇――子軒や虚己を遙に任せて先行した彩華と黄泉路もまた、戦場の只中に居た。


「ハーッハッハッハッハッハァッ!」

「うるさいわね。皆こんなテンションなのかしら」


 高層ビルで斑に塞がれた空は黒煙と砂塵によって覆われ、平時であれば観光客などで大いに賑わいを見せていたはずのメインストリートには、それらがつい先ほどまで居たであろうと示す様に、赤黒い液体と布を纏った人型の肉が散らばっていた。

 世界中で見ても上位に入るだろう近代的で華やかな街並みは見る影もなく、横転して現在進行形で燃え盛る車やそこから力なく垂れ下がった黒く焦げたナニカ、割れて陥没した道路に飲み込まれて、潰れたモノなどが平然と転がる光景は、既にこの場が日常からほど遠い世界に変貌してしまった事を如実に表していた。

 そんな中に響く哄笑に辟易した呟きを漏らしてしまう彩華だが、それもそのはず、こうした常軌を逸した言動を目の当たりにするのもこの騒動が始まってから既に数えるのも馬鹿らしいほどの回数になっていたからだ。


「たぶん、麻薬か何か使われてるんじゃないかな」


 飲食店と思しき店舗から飛び出して来た男が身に纏う砂塵ごと、足元から生えた鉄の茨で切り裂いて一撃の下に沈黙させた彩華に、既に白目を剥いて意識を失った男を一瞥した黄泉路が応える。

 店から飛び出してくる段階で既に正気でない様子で、眼の焦点もどこかあやしく現実を見れているかも怪しかったその男は、身なりからしてとてもではないが清潔とはいえず、下手をすれば枯崙の下層で暮らしていた人々の方が身綺麗な印象すらある有様で、平時のこの場所に元々居たとは考えづらい風体をしていたことも、黄泉路がそう予想させる判断材料となっていた。


「麻薬に覚醒器で即席の能力使用者を量産して、この混乱を作るだけ作ってどうするつもりなのかしら」

「さぁ。でも、目的はともあれ、僕らの足止めをしたいっていう意図は感じられるよね」

「そうね」


 先ほどの男を放置して港へ向けて駆けだし、まだ数分と経たないにも関わらず、網を張る様にふたりを半円状に囲う形で複数の気配が潜んでいる事に気づいた彩華が足を止め、


「どうやらここが検問のようだから迎坂君は先に行って」

「任せるね! 片付いたら一度李さんたちと合流して待ってて!」


 更に一歩、強く踏み出した黄泉路がノンストップで高々と跳躍すれば、ビルの間の細い路地や割れた地面の窪み、焦げた車の残骸の影やビル中階の窓から砂塵が触手の様に舞い上がり、宙を跳ぶ黄泉路を捕らえんと奔る。だが、


「――無駄な事をして位置を知らせるなんて、やっぱり理性の無い暴徒って扱いやすいわね」


 砂塵が鎖の様に、または鑢の様に、宙にある黄泉路の身体を一瞬にして絡めとりながらズタズタにしてしまうのも構わず呟いた彩華の足元から鉄の蔓があふれ出し、早回し映像の様に生育した刃の茨が砂塵の出所へと疾駆する。


「グアアアッ!?」

「ギ、ッ!?」

「ゲェ――!」


 彩華の鉄の茨のいくつかが敵を捕らえ、同時に切り裂いて行く。

 その間にも中空で引き裂かれたはずの黄泉路は何事も無かったかのように包囲の後方で着地すると、敵の操る砂塵とは違う赤黒い塵を足元に散らしながら駆け、跳躍とも言える1歩1歩の移動距離の長さで一瞬にしてその後ろ姿が小さくなってしまう。

 麻薬によって判断力を奪われた浮浪者達が駆け抜けて行く黄泉路に釣られて物陰から飛び出せば、彩華の刃が瞬く間に追い付いてその四肢を絡めとって血の海へと沈めた。

 あまりの早業に、一瞬の静寂と沈黙が廃墟と化した街並みに広がるが、彩華の凛とした声が敵の潜伏を許さない。


「このままかくれんぼを続けてくれても良いのよ。貴方達を裂いて咲くのが花束になるか、桜の大樹になるかの違いでしかないのだから」


 ――さりさりさりさり。金属が擦れ合う音が重奏を響かせて威圧する様に花開き、彩華の足元のコンクリートが鈍色の大輪へと編み直されてゆく。

 物質を任意の形へと――彩華の精神性や得意とする傾向で刃の花という形が主だが――再編成する力が、街中という無機物に溢れた立地で咲き誇る。

 同時に、足元から広がった蔦が近場のビルへと伸び、血管が奔る様に外壁を這ってビルと融合を果たしてしまえば、直後、ずずず……という地鳴りのような音と共にビルが振動をはじめ、よくある3階建ての商社という風体でしかなかったビルの外観が練り直され――


「出てこないのなら、桜並木の下に埋めてあげるわ!」


 ビルが(・・・)大樹に変成する(・・・・・・・)

 黒煙と砂塵が立ち込める冬空から差し込んだ薄明かりを弾き、鈍色に輝く季節外れの桜の大樹が、ビル一棟を養分に咲き誇る。

 実際の桜とは規模からして違う巨大な鈍色は威圧的で、退廃した光景の中にあってすら異彩を放つ威容は、麻薬によって理性を奪われてなお比較的意識が残った者や足止めの為に残ったマーキスの部下達が戦慄し、慌てて物陰から飛び出してくるには十分すぎる視覚効果を発揮する。

 隠れているだけでは遮蔽ごとのみ込まれてあの恐ろしい刃の大樹に磨り潰されてしまう。そんな危機感が共通意識として沸き立ち、無理矢理従わされているものも、騒ぎに乗じて暴れようと思っていた者も、命令通りに動いていた者も、一様に彩華を排除すべき最大級の危険と見做す。

 能力使用者として目覚め、自身の手に能力という力が存在する事で、目の前の少女が自分達よりもはるかに危険で強大な力を持つ存在だと嫌が応にも理解させられた能力使用者達は、僅かな視線の交錯によって共闘する事を選択する。

 それは仲間意識だとか、マフィアと浮浪者の上下関係だとかではない。純粋なこの場における生命の危機に対する防衛本能であった。

 ぞろぞろと、なるべく建物から離れる様に姿を現した暴徒達を一瞥し、彩華はその身に纏う砂塵に眉を顰める。


「(全員が砂使い……? 能力者の規格化は確かに意味はあるでしょうけど、全員を同じものに纏める必要があるのかしら?)」


 彩華の眼前に広く、大通りだった道を塞ぐ様に展開した数十人にも及ぶ集団。

 それらが一様に塵状のものを、ある者は生成して、ある者は周囲からかき集めるようにして、身に纏ったり手元で圧縮したりする姿に、彩華は内心で困惑しつつも、塵が目に入る事を嫌って足元から茎を伸ばして手元に仮面を花開かせる。

 蔦が這う様な意匠の施された仮面は普段とは違い、目元に透明度の高いガラスを生成してはめ込んだ防塵仕様の特製品として彩華の顔を覆う。

 仮面をかぶり、意識そのものも切り替えた彩華は告げる。


「覚醒器を捨てて素直に拘束されるなら命はとらないでおいてあげる。だけど、もし戦うつもりなら、私を害するつもりなら――」


 それは彩華にとって、人を殺すという行為のハードルの確認作業にして、彩華自身の命懸けの戦闘行為に対する明確なスイッチとなる宣言。


殺されても(・・・・・)仕方がない(・・・・・)わよね?」


 彩華の足元、ビルの外壁、街灯、それら華やかな街の残骸を絡めとって這う鈍色の蔦が彩華の殺意に応じて蠢いたのと、暴徒達が能力によって彩華を攻撃したのは同時であった。

 飛来する砂の鞭、砂の礫を、爆発的に成長した鈍色の蔦がぶつかって相殺――否、彩華の能力が頑丈な固形である分だけ有利を取っていた。

 加え、彩華は生粋の能力者。その能力は自身の身体の一部が触れていなければならないという条件があるものの、接触箇所と繋がってさえいればその効果範囲、効果対象は幅広く、発動速度や精度も三肢鴉での訓練によって飛躍的に上昇している。

 対して砂を生成して射出する能力や、周囲の砂を支配下に置いて制御する能力と、シナジーを産む組み合わせを多くの人員で行う事によって能力使用者特有の個々の出力の低さを補って余りある物量を発揮してはいるものの、根本的な練度という点で彩華個人を上回る事が出来ないでいた。


「――砂は同一能力を揃える事で使い回しのしやすさと物量に頼るメリットの為だったのね。でも、相手が悪かったわね」


 彩華が制御を失って足元に散らばった砂を踏む。

 すると、次の瞬間には砂粒は押し固められるように溶け合って新たな芽となって鈍色に輝き、彩華の周囲を守る様に大輪を咲かせる。


「元の粒子が細かいからかしら。それとも、想念因子で作られたものだからかしらね? どっちにしても、使いやすくて助かるわ」

「ッ!?」

『怯むな! 面で叩きつけて視界を奪え!』

『死にたくなきゃテメェらも全力で戦え!!』


 中華人でない、マーキス直属の手下らしい男が叫び、個々の投射による弾幕であった砂塵の攻撃が変化する。

 早口でまくしたてられる指示を聞き取れるわけでもない彩華は、変化した攻撃の手筋に対してスカートを翻す様に左足を軸にその場で足元の砂をかき回す様に右足を滑らせる。

 まるでコンパスで円を描くようにして地面を滑る足が通り抜けた地面から溢れ出した細かな刃で構成された蔓が急速な生育と同時に絡み合って編まれ、後を追う様に数を増すそれらが微細な隙間すら埋めて面で向かって来る砂粒すべてを受け止める巨大な壁となって彩華の身を護る。


「《鉄線籠目(てっせんかごのめ)》……」


 鉄線――中華由来の、現在ではクレマチスとも呼ばれる大輪を咲かせる蔓植物を模した蔓に守られた彩華の曇った声が砂塵舞う戦場に響く。

 彩華を守る様に聳え、緩やかに円錐を描いて天で結ばれた鈍色の蔓の籠の至る所から蕾と思しき刃が生える。

 その様子を、自身らが作り出した砂嵐で濁った視界で認識できた者――その中でも、勘の良い者だけが咄嗟に不気味さと危機感からその身を投げ出し、


「――《風車(かざぐるま)》」


 さり……。と。控えめな音が複数重なると同時。

 身を投げ出して退避を選んだ者を除いた、能力で暖幕を張ろうと立ち尽くしていた者達が一斉に飛来した8枚の花弁が均等に並んだ500円玉ほどの直径の円盤の群れによって貫かれた。


「カ、ハッ……!?」


 砂塵の幕を裂いて飛来する無数の花、それらは全て均一に揃った花弁を高速で回転させながら、さながら手裏剣の様に飛来して、手榴弾による炸裂を思わせる放射状の被害をまき散らす。

 運のいい者は四肢のいずれか、もしくは単体では小さな刃であるが故に肩や胸の浅い箇所に刺さるのみで、痛みに呻く程度で済んだものの、運悪く彩華に近い位置に陣取っていた者は全身の至る所を鋭い花弁によって裂かれ、貫かれ、その花弁が血色に染まって苦痛を吸う様に咲き誇って宿主を地べたへと誘った。


「手向けの花ならまだまだあるわよ」


 運よく助かった者達に彩華の無慈悲な宣言が降り注ぎ、第二射となる刃の装填が終わる微かな音が響く。

 この段になってしまえばもはや麻薬などあって無きが如く、痛みによって強制的に現実に引き戻された浮浪者は命令に従っていてもこのまま目の前の刃の化物に切り殺されると、そして、少しでも頭の回る者は人数が減れば減る程、初めからなかった勝ち目が摘まれて行くことを理解するなり、統率などまるでない潰走へと、少しでも遠くへ逃げる為に背を向けて走り出す。


『逃げるな!! ぶっ殺されてぇか!!!』


 未だ戦意を――というよりは、マーキスからの指示を厳守しようとする米国人マフィアが英語でがなりたて、その手に集まった砂が銃弾の様に背を見せた浮浪者のひとりの頭を穿った。


『ひっ!?』

『あ、あああ、うあああああっ!?』


 逃げようとした同胞が殺された事でパニックに陥った集団が手当たり次第に能力を乱射し始めれば、最初に逃亡者を撃ち殺した男にすら制御不能な大混乱が即座に戦域を満たして行く。


「ああ、もう。面倒なことになったわ……」


 それに困るのは彩華も同じ、むしろ、先程以上に無秩序な攻撃から身を守りながら、個々人の戦意や混乱を叩き潰すまで終らない戦場となってしまったことで、彩華は暫くの間集中して刃の花を投射するハメになってしまうのだった。

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