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11-28 “狐憑きのモノ騙り(フォックステイル)”

 路上の何もない空間(・・・・・・)に向けて短剣を振り回し、シャドーのように――それにしては聊か反応過剰が過ぎるが――機敏に動き回る黒装束をした成人男性の姿は何も知らない人が見たならば滑稽にみえるだろう。


「(くそっ。あの動きはオレじゃ無理だな……)」


 能力者というのは皆あのように身体能力まで曲芸染みたものになるのだろうか。そんな思考が頭の片隅に過るものの、黄泉路による対能力者戦に向けた講義(・・)でそれらは否定されているため、遙自身もただのない物ねだり、願望による愚痴でしかないと自らの心の内に浮かんだ甘えを吐き捨てる。

 男が跳ねる。身軽さを重視した装甲の薄い服装とはいえ、成人男性が自身の頭と同じ高さまで飛び上がったり宙返りをしたりする光景は圧巻で、実戦によって洗練された動きは演舞のようにも見えるが、今まさにそう仕向けている(・・・・・・・・)遙にとっては安穏と気を抜くことなどできはしない。

 空を切り続ける刃がいつ自分へと――本物の遙自身へと振るわれるかわかったものではないのだから。


「(虚像の動きを、もっと機敏に、再現しろ、黄泉路(アイツ)を、コイツを、見て、盗め……!)」


 これまでにない程の速度と密度による能力の酷使で頭の片隅がズキリと痛むが、それすら無視した遙は焼き付ける様に、冬空の風で瞳が乾くのも無視して目を見開き続ける。

 遙の目に映る現実はミンソクがひとりで舞い跳んでいるだけではない。現実という代えがたい光景に重なる様に、半透明な狐面の少年が機敏に駆け、同じく半透明に揺らぐ青い狐の頭を模した炎の塊が四足動物の如く男を食いちぎらんと宙を泳ぐさまを幻視していた。


「くっ、本体は何処に――」

「このまま何もわからねーまま憑き殺されてくれ。――《狐火(ヒトモシ)》!」

「炎……ッ!」


 狐面の少年の口元から出たように幻聴を響かせながら、遙はこうも有利な対面に持ち込んだにもかかわらず決めきれない現実に顔を顰めた。


「(あんだけ斬られたり焼かれたりしてんのに、どうしてまだ堕ちねぇんだよ……!)」


 ――真居也遙の能力【虚構に塗れ(インスタンス)た現想世界(・イマジナリ)】と名付けられたそれは、ミンソクが推察した通り、【(エレメ)(ント・フ)(ァントム)】に分類される、幻影を創り出す能力だ。

 質量以外のすべてを忠実に再現するそれは触れなければ目の前にあっても偽物と気付けない、超高精度の映像を場所を問わず作り出す。

 それだけであれば、ミンソクが推察したように使用者が扱う幻影系能力とさしたる逸脱はなく、決め手を持たない遙は早晩ミンソクに本物を見つけられて殺されているだろう。

 だが、遙の能力は本来の使用者の出力をはるかに上回る。

 対象者に幻の傷を現実と誤認させ、肉体が整合性を(・・・・・・・)取るために(・・・・・)自ら自傷してしまう(・・・・・・・・)程に。

 生粋の能力者としての幻影系能力であっても、そこまでの実在感を持つ幻影能力は珍しい。故に、ミンソクも幻影と本体の差異を掴み損ねて苦戦していた。

 現実すらも騙し得る幻影。それが遙の持つ特異性。使用者という出自にあるまじき、圧倒的な能力者としての才能(ポテンシャル)

 その特異性が故に仲間であったはずの不良たちからも遠巻きにされ、生粋の能力者達が鎬を削る暗闘の場に立つことも無かった不世出の異才。

 それが今、闇に生きる能力者の経験則という盲点の内に潜り込み牙を剥いていた。――とはいえ、それは決して、遙の一方的な優勢を意味していなかった。


「(くそ。さっきから寒ぃ……冷や汗止まらねぇし痛ぇし気が抜けねぇし最悪すぎる)」


 ポタリ、ポタリ、と。

 土が混じるコンクリートの割れ目へと赤く粘ついた雫が不規則に滴る。

 それは遙の足元にごくわずかな染みを作り、冬の寒空の下でも止まらない冷や汗による悪寒とは裏腹に焼けた鉄が刺さっているかのような熱い痛みを訴える右腕を抑え、遙は痛みに顔を顰める。

 二の腕に奔った、服の袖を裂いて赤々とした肉を外気に晒す傷口は遙が先の不意打ちから子軒を庇った際に負った傷であった。

 事前に纏わせていた幻影のお陰で目測がズレ、この程度で済んでいること自体はよくやったと自分を褒めたいほどの成果と言えたが、それでもこうして戦闘に意識を集中させなければならない時にジクジクと痛む腕に泣き言が頭を過らざるを得ない。


「(……絶対生き残ってやる。オレだって、やれば出来るんだってずっと言ってきたんだ。証明しろ、現実にしろ)」


 頭に浮かぶネガティブな想像が能力の幻影に影響を与える前に、心の中で自身に発破をかけて幻影を操る遙は、か細い勝機を狙う様に息を潜める。

 常の遙らしからぬ慎重な姿勢は文字通り命懸けの戦場である事を鑑みれば当然と言えば当然だが、事前の付け焼刃で仕込まれた物である自覚がある遙は痛みを噛み殺す様に口をきつく結ぶ。

 既に傷口を抑えた手の内は冷えて固まった血で痛い程に冷たく、それが傷口の痛みと合わさって最悪のコンディションの中、


「(貧血って奴なのか? あー、くそ、熱出た時みてぇに頭が茹ってる感じがする……)」


 熱に浮かされた様な思考が、付け焼刃を仕込まれた当時の事を想起させていた。

 黄泉路に頼み込み、戦い方を教えてもらうことになってすぐのことだ。


『最初に言っておくと、僕の戦い方と遙君の能力は相性が悪い』


 初めに遙から能力についての申告を受けた黄泉路はそう切り出した。

 遙が意味が分からず、断る為の方便かと噛みつきかけた口を塞ぐ様に、黄泉路は言葉を繋げる。


『僕の戦い方は基本、捕縛されない(・・・・・・)事を最優先に据えた再生能力者向け(・・・・・・・)の護身術(・・・・)から派生した、多少の被弾は無視してとにかく相手の手を“受けてでも潰す(・・・・・・・)”ことに特化した正面戦闘メインの格闘術。一方、遙君は身体能力的には一般人と変わりなく、能力から言えば“相手の意識の外を狙う(・・・・・・・・・・)”暗殺術に似た戦い方が向いているはずなんだ』


 日常ではおおよそ聞くことのない暗殺術という単語に思わず目を輝かせる遙だったが、対面する黄泉路は逆に、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべて結論としてこう結んだ。


『その手の戦い方を、対処法はともかく“使い方”として教える事は僕には出来ない。それはどちらかと言えば彩華(リコリス)の戦い方だからね』


 具体的に出された名前は遙があえて師事を仰がなかった人物のものであり、遙は自身では教えられないという黄泉路に対し落胆を浮かべざるを得ない。

 しかし、遙の落胆を受けてか、もしくは元々そのつもりであったのか。黄泉路は“でも”と口を開く。


『直接は教えられない。代わりに、僕と立ち会う事で遙君自身が糸口を掴む練習はできるよ。幸い、遙君の能力はその手の技法を習熟して得られるものをはじめから備えてる。心構えだけでも身に着けていればいざという時には役に立つと思うんだ』


 黄泉路はそう言って、改めて遙に訓練をするかどうかを問い、その質問に覚悟を問われたような気がして、遙は強く頷き返した。

 その日から始まった訓練という名の一方的な模擬戦を思い出し、遙は思わず眉間にしわを寄せる。


「……。(あー、くそ。嫌な事思い出しちまった。ったくあの体力お化け、毎日立ち上がれないレベルでボコりやがって……!)」


 とはいえ、それが今まさに活きている状況には、遙としても後で黄泉路に礼は言わねばなるまいと心に小さく、本当に僅かな機微として抱きつつ、そろりと音を殺す様に慎重に立ち上がる。

 遙の能力が如何に幻影として高性能で、痛みすら錯覚させ得るものであるといえど、所詮は幻の痛み、一発で意識を奪えるような傷でなければ決定打には程遠い。

 あくまでも、質量以外は実物と変わらない幻を創り出せるというだけの能力の欠点は、どうあっても幻は幻でしかないということ。トドメを刺す、決定打を撃つならば、遙自身が動くよりほかないという所であった。

 これまで虚像に立ち回らせることで体力を温存し、同時にミンソクの動きに慣れようとしつつ疲弊を狙っていた遙であるが、このままでは埒が明かず、恐らく持久戦に成れば経験則と集中力で勝るミンソクに軍配が上がるだろうことも理解して、遙は自らリスクを冒してでも決着をつける覚悟を決めたのだった。


「(すぅ、はぁ……落ち着け、アイツはまだオレを見つけられてない。オレはただ隙を作って、その隙を突けば良い。焦るな、焦るな……!)」


 じりじりと、亀よりもなお遅い足取りで戦域に近づく遙は自らの心臓が激しく鼓動するのを強く感じ、耳の血管に血が巡って痛いくらいに脈打っている感覚の中、何度も自分に言い聞かせる。

 焦って気配を悟らせたら終わり、黄泉路にも指摘された、攻撃するぞという意思の発露をコントロールできない自分が不意を打てるのは良くても最初の1度のみ。

 であれば、その1度で決めなければ。

 絶対に失敗出来ないという緊張感が更に遙の足を遅くする。その間にも、遙が展開した幻影はその虚像を複数に増やし、囲んで波状的に刀を振るう。

 最小限の動きで回避を、そして礼儀程度に差し込まれる致命の反撃を突き入れるミンソクの足が完全に止まる。


「(――今しかねぇ!)」


 強く、息を吸って止め、タンッ、と駆けだした足音を幻影の足音でかき消して、遙はミンソクへ接近する。

 その姿は幻影によって風景と同化し、足音は他の幻影が立てる幻聴に紛れ、視覚からも聴覚からもミンソクの意識の外へと抜け出していた遙は、あと数歩でミンソクを射程に捉え、行けると確信した――


「そこか」

「っ!?」


 それが、ミンソクが待ち続けていた反応だとも知らずに。

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